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核兵器廃絶

2023年1月30日 (月)

府中地区・1.27ネバダデー行動

朝起きて見ると私の家でも庭に少し雪がありました。

朝から小雨がやみません。

座り込みをどうしようかと相談した結果、座り込みの場所は濡れているため府中市役所の玄関のひさしの下で20分間のスタンディングに変更となりました。

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参加者は水田、土井市議会議員、府中市職労、社民党のみなさんでした。

終わりに広島県原水禁の常任理事である水田豊市議会議員から「ロシアが核兵器を使うと言っていることからも、唯一の被爆国として戦争終息の調停に回るべき日本は反対に

『台湾有事』などと言って敵基地攻撃など憲法違反の先制攻撃を閣議で決めています。

いまこそ戦争反対の声を上げなければなりません。

その抗議のため中止にせずスタンディングに変えさてもらった。

これからも今まで以上の怒りの抗議を行っていきましょう。」

と挨拶がありました。

小川敏男

【編集者】府中地区でも毎年、「1.27ネバダデー行動」が実施されています。小川さんからの報告が27日に届いていましたが、了解を得て今日掲載します。広島は幸いにして雨が降りませんでしたが、府中では雨の中での行動となったようです。

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2023年1月29日 (日)

「原水爆禁止広島県協議会第92回総会」開催

広島県原水禁は、27日午後6時から自治労会館で「原水爆禁止広島県協議会第92回総会」を開催しました。県原水禁の総会は、毎年この日(1月27日)に開催することにしています。

総会は、高橋克浩代表委員の開会あいさつの後、議長に丸山さん(広教組書記次長)を選出し、スタートしました。続いて、私が3人の代表委員を代表してあいさつ。特に、岸田首相が「核兵器のない世界の実現」と言いながら、安保3文書の改悪による軍事強化の姿勢、核兵器禁止条約締約国会議への不参加、NPT再検討会議に参加しながら「核兵器禁止条約に全く触れなかった」こと、福島原発事故は依然収束していないにもかかわらず原発政策を大転換させたことなど、広島の背を向けた政策をとり続けていることを厳しく批判し、「抑止力論を基にした軍備の増強の行きつくところは核兵器保有に進む危険性がある」と指摘しました。

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福島原発1号機の現在(高橋代表委員の報告資料から)

本部からは、谷事務局長が参加し、あいさつがありました。

その後議事に入り、2022年度活動報告、決算報告、2023年度活動方針、2023年度予算案が、大瀬事務局長から提案され満場一致の拍手で承認されました。運動方針では、特に「①情報発信の強化②運動継承のための原水禁学校の開催③福島の現地の実情を知り、運動を学ぶための「第3回福島現地交流団」の派遣」などを今年度の重点課題として取り組むことになりました。

役員改選では、代表委員に秋葉忠利、金子哲夫、高橋克浩(アイウエオ順)の3名、事務局長に大瀬敬昭、常任理事26名を選出しました。

総会の議事終了後、下記の「G7サミット広島開催にあたっての 広島選出の岸田文雄総理大臣への申し入れ」(秋葉代表委員が原案を作成)が提案され、承認されました。


今年5月に開催されるG7サミットは、貴職の働き掛けによって広島で開催される運びになりました。広島選出の総理大臣としてG7サミットを、「ヒロシマ」に込められた被爆者や市民の思い・祈りならびにこれまでの歴史を踏まえて、「ヒロシマ」の意味を世界に広める場にしたいという貴職の強力な意思表示だと受け止めています。

その貴職の思いと、主権者としての私たち市民レベルでの「ヒロシマ」理解に齟齬なきことを期するため、改めて「ヒロシマ」の意味を確認し、「全体の奉仕者」(憲法15)のトップとしての貴職と共有すべくここに申し入れを行います。

⓪ 「ヒロシマ」の意味は、被爆の実相を我がこととして理解し、被爆者のメッセージを謙虚かつ真摯に受け止め、核兵器のない平和な世界を実現することにある。仮初にも、その「ヒロシマ」の意味を蔑ろにしたり、力による支配正当化のための免罪符として利用したりするようなことがあってはならない

① 例えば、長崎以降は核兵器が使われなかった事実は大切だが、それは、『ヒロシマ』の著者、ジョン・ハーシーが1985年に述べたように、被爆者が自らの体験を証言し世界に訴え続けてきたからである。つまり被爆者が「核抑止力」を持つ。それを認めずに、核兵器の所有や使用の脅しが核兵器使用を思い留めさせているという「核抑止論」を容認する口実に使うことは決して許されない。

② 今こそ、被爆者亡き後の世界で核兵器を使わせないために何をすべきなのかを議論するときである。そのためには法的手段である核兵器禁止条約に頼る以外の道はない。

③ その第一歩は、核保有国が「核の先制使用はしない」と宣言することである。核保有三か国の首脳が同時に広島後に集うという歴史的な意味はこの宣言以外にはあり得ない。同時に喫緊の世界的課題の一つ、プーチン大統領の核使用の脅しに対する他の核保有国の説得を効果あらしめるためにはこの前提が必要不可欠である。

④ 今年没後100年を迎える初の広島出身総理大臣だった加藤友三郎は、ワシントンで軍縮条約をまとめる中心的な役割を果した。当時の軍部を抑えて我が国の軍拡路線を軍縮路線に大転換させ、日米敵対から協調の方向を打ち出しただけでなく、会議には参加していなかった中国やソ連との関係も改善し、世界全体の未来を明るくした。同じく広島出身の総理大臣として、貴職もその故事に倣って、今こそ我が国が日本の軍縮のみならず、G7には参加していない国々も含めた世界の軍縮と協調のためのリーダーシップを発揮する機会として今回のサミットを意義あらしめるべきである。就中、ウクライナ戦争を一日も早く終らせるため、「ヒロシマ」の力と権威に依拠した和平工作を始めるべきである。

以上、「ヒロシマ」の意味を再確認し、G7サミットを「ヒロシマ」の意思実現のための新たな出発点とするため、貴職が断固たる決意の下、世界のリーダーとしての力を余すところなく発揮されんことを期待しています。 


この申し入れ書をどう届けるのかは、事務局を中心に協議し決定することにしました。

その後高橋代表委員による「福島原発見学の報告」学習会が、行われました。

いのちとうとし

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2023年1月28日 (土)

1.27ネバダ・デー座込み行動

1951年1月27日、アメリカは、ネバダで初めての核実験を行いました。ネバダでは、今もアメリカによる核実験が行われています。

1984年、ネバダ核実験場の閉鎖と核被害者の救済を求めて行動していた風下核被害者住民で組織された「シティズンズ・コール」(ジャネットゴードン代表)は、世界の反核運動団体に「ネバダ・デー国際共同行動」を呼びかけました。

その呼びかけに応えて、日本でも共同行動が開始され、広島ではその年の1月27日の昼休みに広島県原水禁が呼びかけて原爆慰霊碑前で座り込み行動を実施しました。

以来、コロナ禍の昨年を除き毎年1月27日を「ネバダ・デー国際共同行動の日」として、慰霊碑前座込み行動を実施しています。

アメリカが新型起爆装置などの核兵器開発のために行っている臨界前核実験は、ネバダ核実験場を使って実施されています。核実験場を閉鎖させることは、新たな核開発をストップさせる大きな意味を持っています。

寒波の襲来した今年も27日の午後0時15分から30分間、慰霊碑前座り込み行動を実施しました。

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最初に私が呼びかけ団体を代表してこの座込みの意義などについてあいさつをし、続いて県被団協箕牧智之理事長があいさつし座込みはスタートしました。

最後に自治労の村主公夫(すぐりきみお)さんが、下記のアピールを読み上げ提案し、全体の拍手で確認し、座込みを終えました。このアピール文は、首相官邸、アメリカ大使館、ロシア大使館に送付します。


「1.27ネバダ・デー」ヒロシマからのアピール

 今日1月27日は、1984年、米国の市民団体の呼びかけで始まった核実験場閉鎖・核実験禁止を求めるネバダ・デー国際共同行動日です。

昨年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、今なお終戦・停戦に至らず間もなく1年となります。この間には、プーチン大統領による核兵器の使用・威嚇発言があり、原発や核施設への攻撃も行われました。つい先日もメドベージェフ前大統領が「通常戦争での核保有国の敗北は、核戦争の引き金になり得る」と威嚇するなど、核兵器使用への危機、原発攻撃による放射能被害の可能性が続いています。

一方で、核兵器の廃絶を求めて2017年に国連で採択された「核兵器禁止条約」は、署名国・批准国とも増加し、本年1月9日時点で署名92か国・地域、批准68か国・地域へと拡大を続けています。国際世論が大きく核廃絶へと動き始めていることは確かです。

しかし、当事者である核保有国、そしてアメリカと軍事同盟を結んでいる国やNATO諸国が条約に背を向けています。とりわけ日本は、唯一の戦争被爆国でありながら署名も批准もせず、昨年6月に行われた締約国会議にも、オブザーバー参加すら拒否し、国際社会の中でも大きな批判を浴びています。

この中で5月に開催されるG7広島サミットでは、核兵器の不使用あるいは廃絶への道筋・決意が示されなければなりません。

私たちは改めて、日本政府が被爆地ヒロシマの思いを受け止め、「核兵器禁止条約」に署名・批准に動き、G7広島サミットの議長国として、核兵器の廃絶へリーダーシップを発揮することを強く求めます。そして被爆地ヒロシマの市民として、「核と人類は共存できない」という先達の言葉を心に刻み、全世界に訴えます。

◆ネバダを始めすべての核実験場を閉鎖させよう!

◆核保有国と「核の傘」の下にある国々は、直ちに核兵器禁止条約に参加し、核兵器開発・核実験全面禁止を実現しよう!

◆ロシアによる、核の使用・威嚇は絶対に許さない!

◆東北アジアの非核地帯化と非核三原則の法制化を実現しよう!

◆世界のヒバクシャと連帯し、ヒバクシャの人権を確立しよう!

◆原発の再稼働、新増設に反対し、核に頼らないエネルギーに転換しよう!

 ◆ノーモア ヒロシマ! ノーモア ナガサキ! ノーモア ウォー!

2023年1月27日

「1・27ネバダ・デー」市民行動一同


寒い中でしたが53名の参加がありました。

いのちとうとし

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2023年1月23日 (月)

核兵器禁止条約発効2周年キャンドルメッセージ

核兵器禁止条約が発効して2周年となる昨日(22日)原爆ドームまで、HANWA(核兵器廃絶を求めるヒロシマの会)の呼びかけでキャンドルアピールが行われました。

午後4時半から、1500個のキャンドルが、呼びかけに応じた参加者によって、ガムテープによって描かれた文字上に並べられました。

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その後点灯作業が行われ、午後5時50分には、全てのロウソクに明かりがともり、「PEACE FOR UKRAINE ! NO NUKE WAR ! 2023」の文字が浮かび上がりました。

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灯ったキャンドルを前にして、最初に森滝春子顧問が、今回のキャンドルサービスの意義について訴え、続いて足立修一代表が、下記の「核兵器禁止条約発効2年にあたっての声明」を読み上げられました。


本日(2023年1月22日)は、核兵器禁止条約(TPNW)が発効して2年となる。現在、92か国が署名し、68か国が批准している。

 2022年2月、ロシアがウクライナに侵略し、核兵器を使用する旨の威嚇を行うなど、現在、核戦争の危機に直面している状況にある。しかし、広島の被爆者と市民は、決して核兵器を使用してはならないこと、核戦争に勝者はなく、地球の破滅をもたらす結末となること、今も続く戦火により多くの無辜の人々が殺されていることを一刻も早く終わらせ、停戦・終戦することを訴える。

 77年前、広島市はアメリカ軍の核兵器の爆撃により壊滅させられた。日本人だけではなく植民地支配していた朝鮮半島・台湾出身者、強制連行された中国人、アメリカ人捕虜や、国策により東南アジア諸国や中国から日本に留学した人たちも無差別に被爆させられ、また、死亡させられた。また、原爆の爆裂による直接の威力(熱線・爆風・初期放射線)だけでなく、残留放射線による被爆は爆撃後広島市内に入った人にも及び、放射性降下物による被爆は爆心地から30キロを超える地域にまでも及んだ。戦争が終わった後、広島での死亡者は1945年末までで約14万人と推定され、現在に至るまで白血病やガンにより多くの被爆者が死亡させられてきている。また、3日後に爆撃された長崎市も同様な原爆の爆撃を受け、同様の状態になっている。

 昨年6月、核兵器禁止条約の第1回締約国会議が開催され、ウィーン宣言が採択された。核兵器禁止条約の普遍化と核被害者の援護などが課題となっている。本年11月に開催される第2回締約国会議で、議論が深まることを期待したい。

 昨年8月、核不拡散条約(NPT)再検討会議が開催されたが、最終文書の採択に至らなかった。同条約6条の核軍縮義務を履行し完結する(=核兵器を廃絶する)ことは、2000年、2010年の最終文書で確認されているにもかかわらず、一歩も前進しなかったことは極めて残念な事態である。核兵器保有国がNPTを補完するTPNWの署名・批准に背を向ける態度を取ることは許されない。

 私たちは、核兵器保有国が安全保障を理由に核兵器の廃絶を先延ばしすることに抗し、日本政府に核兵器禁止条約へ速やかに署名・批准することを求めるとともに、核の廃絶を求める世界中の核被害者とつながって核なき世界をめざしていきたい。


昨年は、コロナ過ということもあり、昼間の時間にごく少人数での横断幕を掲げてのアピールとなりましたが、今年は人数を少なくしたものの核兵器禁止条約発効の年2021年と同様に、キャンドルによって「ウクライナに平和を 核戦争を許すな︕」のメッセージを発信しました。参加者は、約50人でした。

いのちとうとし

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2023年1月17日 (火)

今年最初の原水禁常任理事会

今年最初となる広島県原水禁常任理事会が、昨日午後6時から自治労会館で開催されました。

司会は私が勤め、最初に秋葉代表委員が、「ちょうど100年前、広島初の総理大臣加藤友三郎がなくなった。加藤友三郎は、ワシントン軍縮会議に参加し、日本の軍拡政策を軍縮政策へと転換させた。同じ広島出身の岸田首相は、軍拡政策へと大きく転換させた。広島にとっては由々しきこと。米国にいた時、広島の歴史を考えるとき、なぜ86日から始まるのかと問われた。どこからスタートするのは、非常に重要。G7にどう対応するのか。しっかりと考えよう。そしてヒロシマの運動の核となるよう頑張ろう。」とあいさつし会議はスタートしました。

続いて大瀬事務局長が、昨年11月22日以降の活動(原爆ドーム世界遺産登録記念集会、12.8不戦の誓いヒロシマ集会、福島原発見学など)について報告しました。経過報告に続いて、協議事項が提案されました。

最初の議題は、5月に広島で開催される「G7サミット」に向けての対応についてでした。様々な議論を経て、広島県原水禁として、G7で「核兵器を使わない、使わせない」という明確なメッセージが出されるように首相、広島県知事、広島市長申し入れを行うことを確認し、代表委員に案文は一任し、その案文を総会で承認した後申し入れることを確認しました。

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1月1日の原爆ドーム

続いて、1月27日に開催する「原水爆禁止広島県協議会第92回総会」に提案する議案の協議です。今年度の活動方針としては、従来の運動を強化しながら、組織強化を意識的に取り組むため「①特に若い世代への継承を意識した取り組みや各地区の原水禁運動強化のための個人会員の拡大②原水禁学校の開催③ホームページ、SNSの強化」をあげています。また、「ヒバクシャの権利確立のとりくみ」として、特に2月7日に判決日を迎える「被爆二世裁判」への支援強化をあげています。

活動方針の最終案は、各常任理事が今週中に意見を提出し、それをまとめて総会に提案することが確認されました。

その他に、毎年実施している「1.27ネバダデー」の取り組みなど当面する行動日程を確認し、最後の高橋代表委員から、福島原発視察報告が行われ、常任理事会は終了しました。

高橋代表委員の福島原発視察報告は、総会の時にも学習会として行います。

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2023年1月13日 (金)

「核兵器なき世界」はどこにいった

昨日のブログでも触れましたが、岸田首相のG7参加国訪問のニュースの報道されるたびに、「何のための広島開催?」と改めて強く考えさせられます。

伝わるニュースは、武器の共同開発、軍事協力の強化など安全保障面での強化の約束だけで、多くの広島市民が期待する「核軍縮、核兵器なき世界に向けた道しるべ」が話し合われ、その一部でも宣言の中に盛り込まれるサミットとなるように岸田首相が、核国首脳に働きかけた様子は全くありません。

最終訪問地となるアメリカ・バイデン大統領との首脳会談では、もっとひどい内容が話し合われることは今から予想できます。

唯一核問題に触れたのは、ロシア・プーチン大統領の「核使用発言」を意識した「核兵器による威嚇や使用を断固拒否する」というものです。このこと自体を否定するものではありませんが、そこには「核使用の危機を防ぐ道は、核兵器廃絶しかない」という考えは、全くありません。「核抑止力」に頼る核政策からは一歩も抜け出ていないのです。

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官邸ホームページより

 思いだすのは、昨年6月に開催されたNATO首脳会合に、日本政府の首脳として岸田首相が、初めて参加したことです。NATOについて、外務省ホームページは次のように記載しています。

「北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)は『集団防衛』、『危機管理』及び『協調的安全保障』の三つを中核的任務としており、加盟国の領土及び国民を防衛することが最大の責務です。」

NATOは、第5条で「欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国 に対する攻撃とみなす。締約国は,武力攻撃が行われたときは,国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使して,北大西洋地域の安全を回復し及び 維持するために必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び共同して直ちにとることにより,攻撃を受けた締約国を援助する。」ことを定めた軍事同盟ですから、集団的自衛権はもちろん、軍備を持つこと自体を禁止した憲法を持つ日本とは相いれないものですから、その首脳会議には参加すべきでなかったのです。

軍事同盟であるNATO首脳会議に参加することがどんな意味を持つのかの論議も全くないままに、会議への参加が行われたこと自体、政治の危機といえます。

こうした流れの延長線上に、今回のG7メンバー国への訪問があると考えれば、「核なき世界」の理念が押しやられ、軍事協力強化のみが論議・確認されたのは、ある意味で当然のことのように思えます。

問題は、広島で開催されるG7サミットです。核軍縮や核廃絶を話し合うどころか、ロシア、中国に対抗する軍事結束を強化するための舞台となることが危惧されます。

県知事も広島市長も無条件といってよい程歓迎・歓迎ムードづくりに躍起ですが、それでよいのでしょうか。

確かに、両首長もそして多くの広島市民が「核国首脳が、原爆資料館を見学し、被爆者の話を聞くこと」などを求めていますが、G7参加国訪問のニュースを聞く限り、岸田首相がそうしたメッセージを伝えた様子はありません。

岸田首相の「核なき世界は、私のライフワーク」を言葉だけに終わらせないために、広島が、そして私たちが何をすべきか、何をするのか改めて厳しく問われる事態になっています。

いのちとうとし

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2023年1月10日 (火)

23年、「核」と決別する年に―原発回帰は許されない

今年は「3・11」から12年、干支では一回りです。当然あの年もウサギでした。考えてみれば日本で原子力発電所が発電に成功したのが63年のウサギ、茨城県東海村のJCO臨界事故が起こったのも99年のウサギです。

12月22日、政府はGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議を開催し、原発回帰に向けての政策に転換することを決定しました。この春にも閣議決定しようとしています。

もともとグリーントランスフォーメーションとは、環境保護を表す「グリーン」と、変容を意味する「トランスフォーメーション」を組み合わせた言葉で、原発復活を意味するものではありません。

もっと詳しくいえば「温室効果ガスの排出原因となっている化石燃料などから脱炭素ガスや太陽光・風力発電といった再生可能エネルギーに転換して、経済社会システムの全体を見直すこと」とされています。欧米を中心にこれへの投資が拡大しているのです。例えば、2030年までに温室効果ガスを19年比で43%削減し、50年までには実質ゼロにするための戦略を打ち立てるというのが本質です。

なぜかわが日本の政治は、浅はかというか環境保護イクオール原発ということしか考えない知恵の無さしかないようです。報道も「原発回帰」をクローズアップしている節を感じます。

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政府のGX基本方針では、原発活用策として①60年超運転、②再稼働促進、③核融合炉を含め次世代型原発建設、④放射性廃棄物への対応促進となっています。GX実施に向けて官民合わせてトータルで150兆円を投資するといいます。

GXを決めた実行会議の「有識者」13人は、オール原発推進派です。岸田首相から指示を受けた経済産業省の「総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会原子力小委員会」の委員20名は、2名が原発に反対を訴えただけです。9月以来、これだけの委員がそれも5回の審議で、12月8日に、上に書いたような原発活用策を決めてしまったのです。

12年前の福島第一原発事故で、原発依存を下げて、再生可能エネルギーを拡大させよう、新増設は止めよう、原発の運転は40年を原則にしよう、発送配電分離を行い、電力小売りの全面自由化を実現し、広域的運用を強めようと決めたのです。もちろん不十分な部分はたくさんあり、まだまだ見直す必要はありますが、世論の大勢はその方向に向かっているのは間違いありません。

僕は楽観主義者ではありませんが、直感的な感覚でこの政策転換はうまく行かないだろうと思っています。

同じ考えの方が多いと思いますが、政治の場だけでなく多くのことを決める時に議論をしない、頭ごなしで物事を決めるという傾向が特に強くなったように思うのです。

平和公園内には「平和の鐘」が三つあり、いずれも核兵器全廃と恒久平和を伝えるために作られたものです。一つは、8月6日の平和式典で鳴らされる鐘、二つは、毎朝8時15分に鳴らされる鐘、そして三つめは、平和公園を訪れた人のために、自由につくことができる鐘です。

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この鐘の表面には、国境のない世界地図が浮き彫りにされ、「世界は一つ」を象徴しています。撞座(つきざ)という鐘をつく部分は「核」との決別の思いをこめて原子力のマークになっており、反対側には、鐘をつく人の己の心を映しだすための鏡が入っています。

2023年は、核兵器としての「核」、民生利用としての「核」、ともに決別する年にしたいものです。

木原省治

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2023年1月 2日 (月)

外国人の姿が目立つ平和公園

一夜明けた元日の昼過ぎ、再び平和公園を訪れました。二つの目的がありました。

一つは、当然のことですが、原爆慰霊碑に参拝し平和公園の様子を見ることです。

原爆慰霊碑前には、予想以上に多くの人の姿がありました。

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特に気が付いたのは、ここだけでなく平和公園全域で、外国人の訪問者が多かったことです。半数とは言いませんが、三人に一人ぐらいの割合で外国人の姿を目にしました。この場に立って願うことは、誰もが核兵器の廃絶と平和への願いだと思います。今年が、そう願う人たちにとって、大きな変革の年となったと言えるような年にしたいものです。

資料館の入り口には入館待つ人の列が外まで延びていました。

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館内をじっくりと見て広島の実相を少しでも深く実感してほしいと思います。

資料館南口横にある地球平和監視時計の上段「広島への原爆投下からの日数」は「28272」日、下段の「最後の核実験からの日数」は「472」となっています。

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下段の日数が、さらに伸び続けるよう声を上げていきたいと思います。

資料館を訪れる人たちの列を見ましたので、北隣の被爆遺構展示館には、どれだけの人が訪れているのか気になりましたので、そこにも足を運びました。私が入った時には、一人だけ訪問者がいました。午前中に82人の入館者があったようです。資料館を訪れた人にここまで足を運んでもらうのには、もう一工夫が必要のようです。

二つ目の目的は、12月29日の中国新聞記事で紹介された中国からの留学生の遺影を国立広島原爆死没者追悼平和記念館地下2階の遺影コーナーで見ることです。

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中国新聞の記事によれば、今回遺影が登録された中国人留学生の名前は張秀映さんです。広島で被爆した中国からの留学生は12人でしたが、うち6人が原爆死しています。張さんは原爆死した一人です。6人の生存者で現在も健在な被爆者は王大文さんただお一人です。留学生12人中11人がすでに亡くなっておられることになりますが、中国人留学生の遺影が登録されたのは張さんが初めてです。

この遺影は、1月1日から見ることができるということでしたので、登録日のこの日に訪れたいと思い遺影コーナーで検索しました。

追悼空間スロープの壁面に掲げられた「原爆投下に至る経緯や被害の概要」の6枚のパネルの3枚目には、中国人留学生が犠牲になったことが記されていますので、遺影が登録されたことは本当によかったと思います。

その後も平和公園内を散策し、帰宅しました。

いのちとうとし

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2023年1月 1日 (日)

新しい年を平和公園原爆供養塔前で迎えました。

新年あけましておめでとうございます。

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被爆画家田谷行平さんの絵馬

みなさんは、新年をどこで迎えられましたか。多くの方が自宅だと思いますが、私は今年初めて、平和公園の原爆供養塔まで迎えました。

昨年10月に、毎月6日に原爆供養塔まで行われている原爆犠牲者の月命日の供養に初めて参加したことはこのブログでも紹介しましたが、その時から年越しは、この場所でと思っていました。

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除夜の鐘が遠く近く四方から聞こえる原爆供養塔の前に立ったのは、私一人でした。

原爆の最大の犠牲者は、一瞬のうちに命を奪われた人たちです。しかし多くが、自らの名前を証明することもできず、肉親のもとに帰ることもできなかった遺骨のうち約7万体が、原爆供養塔に眠っていることは、決して忘れてはならないことだと思います。

私は、その思いを新たにするためにこの場所で新年を迎えることにしました。

昨年末の読んだ「憲法9条と幣原喜重郎―日本国憲法の原点の解明」(笠原十九司著)は、日本国憲法の平和主義第9条がなぜ生まれたのかが、様々な資料に基づいて書かれています。その中に収録された対談の中で、「軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうするというわけなのですか」との問いに対し幣原喜重郎(憲法改正原案をまとめて首相)が次のように答えています。

「確かに今までの常識ではこれはおかしいことだ。しかし原子爆弾というものが出来た以上、世界の情勢は根本的に変わって終ったと僕は思う。何故ならこの兵器は今後更に幾十倍幾百倍と発達するだろうからだ。恐らく次の戦争は短期間のうちに交戦国の大小都市が悉く灰塵に帰してしまうことになるだろう。そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。そして戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。」

私はこのくだりを読み、改めて「広島、長崎への原爆投下の犠牲になった人たち」への私たちの誓いが憲法9条だということを確認しました。

被爆78周年を迎える今年、これまで確かに核兵器の使用は押しとどめてきましたが、ロシアのウクライナ侵略によって核兵器の脅威を身近のこととして実感させられているのが今の世界情勢です。幣原喜重郎のことばが重みを増しています。

2023年を戦争も核兵器もない世界にすることを誓う場所として、原爆供養塔ほどふさわしい場所はないと思い、2023年の新年を迎える場所としてこの場所を選んだのです。

原爆供養塔前から自宅に帰り、その決意がゆるぎないものとなるように今年も努力をしたいとの思いを込めてこのブログを書いています。

明るくなったらもう一度、平和公園を訪れる予定です。

いのちとうとし

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2022年12月26日 (月)

旧広島陸軍兵器支廠フィールドワーク-その2

段原公民館での藤野次史先生の調査報告が終わり、いよいよ現地でのフィールドワークです。集合場所は、広島大学医学部正門横に建つ医学資料館前です。参加者約20人は、三々五々集合場所に移動します。私は、自転車で移動しました。

発掘された遺構ではありませんが、最初に医学資料館の外観を見学しました。この建物については、2020年11月27日に(宇品線のモニュメントを訪ねてーその2・ちょっと寄り道: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com))で紹介しましたが、今回新しいことに気づきました。

2020年11月27日のブログでは、この医学資料館は、旧広島陸軍兵器支廠の11号館の「被爆煉瓦や石材を再利用して建て替えられた」ことを紹介するとともに次のように書いています。

「正面玄関左右の窓枠の下の煉瓦は、全体と比べると黒っぽい色をしています。ここに、白い石とともに被爆当時の煉瓦が使われています。」

しかし、今回分かったことですが、被爆煉瓦が使われたのは、「窓枠下の煉瓦」だけではありませんでした。正面玄関の左右の窓二つの周りの煉瓦も11号館の被爆煉瓦が使われていることがわかりました。

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写真は正面玄関右側の壁面ですが、下側の二つの窓の周囲の煉瓦とその上の窓の部分(上部が写真では切れている)の煉瓦は、明らかに違いがあります。上部の煉瓦(建物全体がそうですが)が、作られたばかりの鮮やかな色で長方形の形が全くくずれていないのに対し、下側の窓枠の周囲の煉瓦は、この写真では見えにくいのですが、近づいてよく見ると、色も不揃いでほとんどの煉瓦の角が欠けていますので、違いがはっきりと分かります。

正面玄関の左側も同じです。

いよいよ、これからが発掘調査現場のフィールドワークです。この医学資料館の北側に私たちが見学しようとしている立体駐車場があります。

全て埋められていて、何を見るのだろうと思っていました。ところが、立体駐車場の入り口に立つと、そこに看板が取り付けられているのが目に入りました。

柱の陰になっていますので、気をつけないと見逃がしそうです。看板を見逃すというより、そこに看板があることなどこれまでは全然気にもしていなかった場所ですから気づくはずがありません。今回は、発掘調査を行われた藤野先生の案内があったから辿りつけた場所です。

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「こんな柱の影でなくもっとよく見えるようにつければよいのに」と言いながら看板をよく見ると一番下に「広島大学総合博物館埋蔵文化財調査部門」と書かれているのが目に入りました。余計なことを言ってしまったと思いました。この看板は、藤野先生たちの努力によって何とか掲示されたものだったのです。

柱の陰になっていましたが、何とかスマホの位置を工夫し、この看板を写真に収めることができました。

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看板には、「発見された遺構移設のご案内」と書かれています。

看板には、「旧広島陸軍兵器支廠フィールドワーク-その1」で紹介した「上空からの発掘当時の写真」とともに、藤野先生からレクチャーを受けた内容が簡潔にまとめられて書かれています。

そして写真の下側に地図が書かれています。

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看板の「遺構移設」ということばが気になったのですが、この地図を見て納得がいきました。すでに埋め戻されたと思っていた発掘された遺構の一部が、この駐車場の一角に移設保存されているのです。地図には、赤丸でその場所が示されています。早速その場所に移動しました。そこにはいくつかの遺構が、展示されていますが、ここまでの紹介で字数を費やしてしまいましたので、その様子は、次回紹介します。

いのちとうとし

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