「広島ブログ」

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#平和推進

2022年6月21日 (火)

6月の三原地区、府中地区の「19日行動」

今月も三原地区・府中地区の「19日行動」の様子が、藤本講治さんと小川敏男さんから届きました。

三原地区

参議院選挙の公示日を前にした619日(日)、午後530分から三原駅前に19人が参加して定例「19日行動」を取り組みました。

司会者からロシア・プーチン政権のウクライナへの軍事侵攻という事態を受け、710日投開票で実施される参院選は、「戦争する国づくりに突き進むのか。だれもが平和で安心して暮らせる社会をめざすのか。今後の日本の進路が問われる重要な選挙である。」と冒頭訴えて、5人の弁士(政平智春さん・中西一夫さん・岡崎敏彦さん・高木武子さん・冨中豊彦さん)がリレートークを行いました。

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①岸田自公政権について、ロシアの侵略戦争に乗じて、「憲法9条改悪」「防衛費2倍増額」「敵基地攻撃能力保有」「核兵器共有」などを声高に主張している。また、自民党改憲草案(天皇の元首化、国防軍・戦力を持つ、為政者が決めた利益を中心にして自由と権利を制限する等)は、日本国憲法の三原則(基本的人権の尊重・絶対平和主義・主権在民)と真っ向から否定するものである。②核政策について、621日から23日にかけてオーストラリア・ウィーンに開催される核兵器禁止条約第1回締約国会議に被爆地広島県選出の岸田首相は、被爆者の切実な願いである核廃絶に背を向け日本は参加しないと表明したこと、平和国家への道に逆行する行為である。③私たちの憲法観について、今、世論調査で言われているのは憲法改正がにわかにトップにおどり出ようとしている。日本の憲法は、77年前のあの忌まわしい戦争体験の中から二度と戦争はしてはならない。人間らしく平和で安心して暮らせる国に作っていこうという考え方のもとで世界にはない憲法を日本は作ってきたことを改めて再確認し、世界の宝と言われる憲法9条をしっかり守っていくことが今、求められている。④私たちと政治について、再び戦争への道を歩もうとしている現政権に対して、私たちはNO!を突きつけようではないか。戦争は殺し殺されるものである。私たちの生活は政治によって動かされることを考えていこう。私たちが選んだ政治家・政党が政治を行う。良くも悪くも私たちの代表である。そのことをしっかり考えて選挙に臨んでいこう。⑤経済政策について、物価が値上がりしたにもかかわらず年金は下がっている。労働者の賃金は上がらない。一方で財界の貯蓄は、過去最高の500兆円になろうとしている。こうした不平等な問題に政治がメスを入れなくして国民の理解は得られない。このことを確認して私たちの側に立つ政治家・政党の議席を増やしていくことが重要である。

などを訴え、改憲勢力に3分の2議席を許さないという声を街頭からあげていきました。

藤本講治

府中地区

安保法制に反対する府中市民の会は、19日(日)の午後330分から上下町のAコープ前と、5時から天満屋府中店前で、30分間スタンディングとリレートークを行いました。参加者はどちらも10名でした。

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上下町Aコープ前

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府中天満屋前

スタンディングでは、「敵基地攻撃能力は憲法違反!平和外交を」「防衛費倍増より賃金引上げを!」「平和のため選挙に行こう!」と新しく3本の横断幕を作成しました。

リレートークでは、みなさん、自民党の安全保障調査会が政府に提言した①専守防衛の変更、具体的には「敵基地攻撃能力」という名称を「反撃能力」にして、今の憲法では専守防衛しかできませんが先制攻撃が出来る変更、②防衛費の制限をGDP比(国内総生産比)1%であったものを5年以内に倍の2%に引き上げる変更、③外国に武器を輸出して防衛産業の利益を拡大するため、武器輸出の制限を取り払う変更、について多くの人が発言しました。

特に、防衛費の引き上げ額は5兆円で今までのと合わせて約11兆円となり、周りの国に脅威を与えることになる。それよりは食料や電気・ガスの値上がりで苦しむ国民の生活に使われるべきだという発言内容が多かったです。

日曜日ということもあって車の中から手を振ってくださる方が多かったです。

小川敏男

【編集後記】明日から、参議院選挙がスタートします。二地区の訴えが実るように、それぞれの持ち場で頑張りたいと思います。

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2022年6月19日 (日)

広島平和記念公園被爆遺構の保存を促進する会、最後の要望書を提出して活動を終了

広島市が、2017年に「平和公園内の旧中島地区の被爆遺構の展示」を決めて以降、より良い遺構展示となるよう市民の意見を反映させたいとして同年4月に発足した「広島平和記念公園被爆遺構保存を促進する会」(以下「促進する会」)は、昨日午後2時から原爆資料館メモリアルホールで、総会を開催しました。

総会に先立ち、かねての懸案であった鈴木康之先生(広島県立大学教授)の記念講演「被爆遺構展示館の意義と課題」を聞きました。

その後総会が行われ、事務局を担ってきた多賀俊介世話人代表から、これまでの経過の報告と今後の会の進め方「広島市に最後の要望書を提出し、促進する会は今日で解散する」が提案され、全体で確認し総会を終了しました。参加者は、40人でした。

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ここ2年余り、コロナ感染のため、会員全体で討論する場を持つことはできませんでしたが、7人で構成する世話人の会議は、この間52回開催し、その都度提言や要望をまとめ、広島市と協議を重ねてきました。残念ながら、展示されることになった遺構が、あまりにも小さいことや住んでいた人の特定など、課題は残りましたが、一定の役割を果たしたと思います。以下に総会で確認された、広島市長あての要望書を掲載します。


旧中島地区被爆遺構展示整備事業への取組に対する要望書

 貴職におかれましては、平和行政、とりわけ核兵器廃絶実現のために、日夜ご尽力されていますことに心から敬意を表します。また、常日頃から提唱されている「迎える平和」に繋がる平和記念公園における旧中島地区被爆遺構の展示整備事業にも取り組まれてこられたことに感謝申し上げます。

 さて、本年3月26日に「被爆遺構展示館」が正式オープンしました。初めての被爆遺構保存・展示事業として市民の期待は高く、当会は2017年の設立時より、良い物になるよう繰り返し市に提言を重ねてきました。しかし、多くの課題が残されました。今後は、この課題の解決にしっかり取り組んでこそ、この「被爆遺構展示館」建設の意義が高まると考え、以下要望いたします。

1、当会が当初から求めてきた「被爆遺構展示館」の場所にあたる所の元住民の特定については、市もその必要性は感じていると伺ってきています。特定について引続き努力し経過を随時明らかにして下さい。そのためにも、当会が提供した資料をきちんと評価し活用するようにして下さい。

2、被爆遺構展示館」開館から約3か月が経過していますが、来館者が多いとは言えない状況であると思います。歴史的に初めてのこの施設の評価をいっそう高めるためにも市民の声を引続聞き、来館者が増える努力を続けてください。そのためにはこの施設を所管する平和推進課が、平和記念資料館など他の近隣施設と所管を超えて連携を深める努力を積極的に行って下さい。

3、当施設の整備に関わった考古学専門の懇談会委員から、今後の永続的な施設管理体制の構築が重要であるとの指摘があります。これまで他の施設で、完成したもののその後の管理体制が不十分なため貴重な遺産が損なわれた例が多くあるとのことです。これから世界中の方が、また次世代の方が来館されることを念頭に、しっかりした施設管理体制を作って下さい。

多くの人たちが訪れ、少しでも被爆の実相に触れることのできる「被爆遺構展示館」となるよう広島市のさらなら努力が求められています。


広島県原水禁は、この問題には資料館下の発掘で被爆遺構が確認されてすぐに、広島市長に保存を求めてきました。その経緯があり、私も「促進する会」に参加し、世話人の一人として活動してきました。

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2022年6月18日 (土)

無残にもおられてしまった被爆者の森のライラック

今年3月に植え直された石川県のアスナロの木が、無事に成長しているだろうかと、久しぶりに平和大通りの被爆者の森を訪ねました。

アスナロの木は、元気な姿で、緑の葉を繁らせています。

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無事に成長していて良かったなと思いながら、昨年の3月に植樹された北海道のライラックの木がどんな様子か見に移動しました。

ライラックの木が植えられていた場所に移動しました。このあたりだと思っていた場所にライラックの木を見つけることができません。自転車に乗って移動していましたので、見逃したのかなと思い、自転車をとめて周りをもう一度探しました。

目に飛び込んだのは、無残な姿で横たわるライラックの木です。

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まさかと思いましたが、木を支えるための支柱にライラックを結びつけるために取り付けられた棕櫚がきちんと残っていますから、間違いなくライラックの木です。

根元から折れて、放り投げられています。

写真では少し見にくいのですが、一番上の方にやや萎れていますが、葉が残っています。まだ緑色を残していますので、折れてからそんなに日数はたっていないと思われます。

根元部分が残っていないか丁寧に周囲を見ましたが、かけらも残っていません。

被爆者の森の木であることを示す表示板も見当たりませんでした。

なぜ折れたのか、原因は想像するしかありませんが、自転車などでぶつかって折れたようには見えませんので、誰かのいたずらとしか考えようがありません。

4月13日のこのブログライラックの花が咲きました―被爆者の森: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)で紹介したように、昨年3月に植樹され、元気に育ちきれいな花を咲かせていただけに、非常に残念です。

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すぐに広島市中区維持管理課に連絡を入れました。植樹の時期を過ぎていますので、2023年3月までは新しい木を植えることはできませんが、しっかりと植え直してほしいと思います。そして他の樹木と比べると小さな木でしたので、木を保護するため、柵などを設けるなど何か対策が必要な気がします。

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2022年6月13日 (月)

高校生平和大使のフィールドワーク

昨日12日は、第25代高校生平和大使の広島での活動の二日目で、午前中いっぱいをかけて平和公園のフィールドワークと原爆資料館見学で研修を深めました。

どんなフィールドワークになるかちょっと興味を持ちましたので、私も集合時間の午前8時30分に資料館前に行きました。

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この日の行動予定が改めて確認され、全員で原爆死没者慰霊碑前に移動します。

原爆死没者慰霊碑前では、全員で黙とうをした後、一人ひとりが献花をしました。

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そして、原爆死没者慰霊碑前での集合写真撮影。

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いよいよ5班に分かれてのフィールドワークの開始です。私は、広島の高校生平和大使経験者が案内役を務めるC班に同行することにしました。

まず訪れたのは、原爆供養塔です。

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続いて、原爆ドーム対岸に立ち原爆ドームの解説です。

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相生橋を渡って、原爆ドームまで移動。その後、動員学徒慰霊塔を訪れました。なぜ、ここなのかちょっと疑問を感じました。

元安橋を渡って、原爆の子の像へ移動し、佐々木禎子さんの話など由来の説明。みんなが鐘を撞きました。

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次は、中島本町の復元地図と平和の観音像。私も、復元地図がどうやって作られたのかを少し説明しました。次は、韓国人原爆犠牲者慰霊碑ですが、別の班がいたため、慈仙寺跡の墓石を見学しました。

そして、フィールドワークの最後となる「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」です。

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10時35分、フィールドワークは終了です。

1時間半近くの時間でしたが、もう少し工夫があってもよかったかなと感想を持ったフィールドワークでした。

その後全班が、再び原爆資料館入口に集まり、高校生平和大使は、資料館に入り資料館を見学しました。全体がタイトな日程ですので、この資料館の見学も約1時間余り。少し時間が足りなかったのではと思われます。

資料館見学の後、まとめが行われ解散しました。

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二日間の広島滞在。もう少し時間があればと思うのですが、全国から集まるのですからどうしても時間の制約を受けます。この短い時間の中で、どんなことを学んだのか、そしてそれがこれからの高校生平和大使の活動にどう生かされるのか、今後の活躍を期待したいと思います。

いのちとうとし

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2022年6月12日 (日)

第25代高校生平和大使の結団式

全国で選ばれた第25代高校生平和大使の結団式が、昨日午後1時30分から広島の自治労会館で行われました。

結団式には、今年全国1道1都2府13県(北海道、岩手、福島、東京、神奈川、新潟、静岡、京都、大阪、兵庫、奈良、広島、福岡、佐賀、熊本、大分、長崎)で選出された31人の高校生平和大使とそれを支えるサポーターのみなさんが集まりました。公募に応じた高校生は、全国で約600人でした。6月に結団式が行われるのは、3年ぶりのことです。この結団式から、その年の高校生平和大使の活動が始まりますが、昨年は、ようやく12月になって実施されました。

第24代高校生平和大使の高橋菜乃果さん(広島)の司会で始まった今年の結団式は、最初に高校生平和大使派遣委員会共同代表の小早川健さんが、広島での選考会の模様などを紹介しながら開会のあいさつ。続いて来賓5人のあいさつ。私も広島県原水禁を代表したあいさつをしました。

これであいさつは終わり、続いて、被爆者で元原爆資料館館長の原田浩さんから「被爆の実相を伝える」と題した記念講演。原田さんには、昨年も講演をしていただきました。

原田さんの講演が終わると、休憩をはさんで高校生平和大使派遣委員会共同代表在間秀和さんから一人ひとりに「高校生平和大使認証状」が手渡され、正式に第25代高校生平和大使が誕生しました。

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その後、一人ひとりが決意を表明。一人2分の持ち時間ですが、それぞれの思いがこもった決意が表明されました。今年は、ウクライナ問題を多くの高校生が取り上げたことが特徴的でした。その後、共同代表に平野伸人さんが、これまでの経験を交えて高校生平和大使が果たすべき役割をレクチャー。平野さんは、高校生平和大使の育ての親ともいえる人です。その後、6月21日から23日にオーストリア・ウィーンで開催される「核兵器禁止条約第1回締約国会議」に参加する第24代高校生平和大使・近畿大学付属広島高校福山高3年の大内由紀子さんが、決意を表明しました。

最後に閉会あいさつがあり、結団式を終了しました。

2日目となる今日は、朝から平和公園を中心にフィールドワークを行い、正午過ぎに解散することになっています。

1998年5月、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないインドとパキスタンが相次いで核実験を強行し、被爆地の市民は核拡散に危機感を募らせ、「長崎平和大集会」に参加する約50の平和団体が、被爆地広島・長崎の声を世界に伝えるために未来を担う若者を国連に派遣したことが、高校生平和大使のスタートです。現在のように長崎県以外でも高校生平和大使が選ばれるようになったのは、2005年以降で、少しづつ全国に広がり現在の17都道府県に広がりました。

この1998年と1999年の2回は、ニューヨーク国連本部への派遣でしたが、2000年第3代高校生平和大使から、軍縮会議が開かれるスイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪問し、高校生一万人署名活動で集めた署名を届けています。高校生平和大使のホームページによれば、「1万人」という数字は、当初は、高校生だけの署名を集めることを考え、当時の長崎の高校生に人数は、1万人ぐらいだろうということで、「高校生1万人署名」となったそうです。現在では、長崎だけでなく、高校生平和大使のいるすべての都道府県で実施されています。

毎年夏休みの時期に行われていた国連欧州本部への訪問は、この2年間コロナの影響で、実施できませんでしたが、現在のところ今年は、3年ぶりに実施されることなっています。

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2022年6月11日 (土)

広島県の2022年第25代高校生平和大使

第25代となる今年の広島県の高校生平和大使は、県立国泰寺高校3年の荒川彩良(さら)さん、県立広島高校2年の岡本衣純(いずみ)さん、広島大付属福山高校1年の西川繭可(まゆか)さんの3人が選ばれました。

広島県では、4月14日に公募での参加呼びかけを開始し、締切日の5月6日までに、49人の応募(うち3名は、選考会に欠席)がありました。その後6月4日の選考会を経て、この3名が今年の高校生平和大使に選ばれ、6月8日広島市役所で記者会見を行いました。

6月4日に行われた選考会では、行事予定への参加の可能性や平和大使に応募した動機など3項目にわたる事前の調査表への回答や一人2分間のスピーチによる第1次選考で14人が選ばれ、その後面接が行われて、3人が選考されました。

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左から荒川さん、岡本さん、西川さん

 事前の調査表にはそれぞれの熱い思いが書かれていますが、その中で今回選ばれた西川繭可さんの応募動機の一部を紹介します。

「小学校5年生の平和学習で、語り部の方から戦争体験や被爆体験を聞く機会がありました。私よりももっと小さいころの体験を今でも涙を流しておられる姿に、私が戦争を恐れるより何とかして思いを受け継がなければ、未来を変えるために行動しなければいけないという気持ちが芽生えました。その時、私と同じ小学校の先輩が、高校生平和大使になったおられることを教えてもらいました。〝微力だけど無力じゃない“と訴え続ける平和大使の活動に、これなら私にもできるのではないかと確信し、5年越しの思いで応募しました。」

こんな強い思いを持っている西川さんですから、必ず高校生平和大使として、がんばってくれるものと思います。もちろん他の二人にも同じ期待をしていますが。

選ばれた西川さんと岡本さんは、被爆4世ですが、今回の応募者の中には、その他にも被爆3世が5人、4世が7人いました。

高校生平和大使の歴史や今年の活動などについては、今日午後から広島で行われる全国の代表の結団式の報告で紹介したいと思いますが、今年は長崎市で初めて高校生平和大使が誕生してから、25周年にあたります。

ですから高校生平和大使の活動は、1998年に始まりましたが、広島県の代表が初めて選ばれたのは、2005年第8代高校生平和大使からです。広島県の最初の高校生平和大使は、当時三原東高校の3年だった西迫駿さんでした。第8代高校生平和大使としては、神奈川県の高校生も選ばれており、翌年からは長崎県以外からも高校生平和大使が誕生しましたが、広島県からは、しばらくの間途絶えていましたが、2011年(第14代)になって、可部高校3年の下岡美都穂さんが選ばれて、ようやく復活し、現在に続いています。

これまでの広島県の高校生平和大使は、独自の行動と共に私たち原水禁運動の様々な活動にも参加し、大きな役割を果たしてきました。若い高校生の原水禁運動への参加は、私たち原水禁の活動にとっても大きな力となっていますので、第25代に選ばれた3人の高校生平和大使も、様々な場で活躍してくれるものと期待しています。

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2022年6月 4日 (土)

6月の「3の日行動」

戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会は、昨日(3日)午後5時30分から1時間、本通電停前で6月の「3の日行動」を実施しました。5月の「憲法記念日の集会」を実施したため、街頭でのアピール行動は、2カ月ぶりです。

今月のメインテーマは、「市民の命を救え ウクライナに平和を」「軍事費拡大に反対 憲法9条を守ろう」です。

訴える主なテーマは、

  • 軍事費拡大に反対しよう!
  • ウクライナ侵略戦争をやめさせよう!
  • 核の傘ではなく核兵器禁止条約の早期批准を!
  • 敵基地攻撃能力論に反対しよう!
  • 憲法9条を守り平和外交に徹しよう!

でした。

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藤元事務局長の司会で始まったアピール行動は、6人の弁士が、それぞれのテーマに沿いながら、力強く訴えました。

主なテーマに加え、小野綾子さん(国際環境NGO350Japan中四国ネットワーク・オーガナイザー)が、「反原発と脱炭素社会構築の必要性について」のテーマでスピーチ。小野さんは初めての参加です。またアイ女性会議の貴田月美さんが、国民がほとんど知らないままに成立し、6月1日から一部施行されることになった「重要施設周辺及び国境離島等における土地の利用状況の調査及び利用の規制に関する法律」(略して「重要土地規制法」と呼ばれる)の問題点を指摘し、今後この法律の廃止を求めて県議会や広島市議会に請願を行う予定であることが報告されました。

私も「核兵器の廃絶」をテーマに、プーチンの「核使用発言」をめぐる世界や国内の政治の動き、特に「核共有」発言を批判し、「核兵器の脅威から逃れる道は、核なき世界をつくるしかない」ことを訴えました。特に今月は、核兵器禁止条約が発効(2021年1月)してから2回も延期を余儀なくされてきた第1回締約国会議が、ようやく6月21日から3日間開催され、本格的な協議が開始されますので、そのことに触れながら「世界の多くが核なき社会」を望んでいることを強調しました。「核兵器のない世界は自分のライフワークだ」と言いながら、核抑止論にすがり続ける岸田首相に期待することは出来ませんが、第1回締約国会議、そして8月に予定されるNPT再検討会議が、少しでも前進することを期待せずにはおられません。

昨日の参加者は、50名。来月3日は、参議院選挙期間中となりますので、「3の日行動」は、実施しないことにしています。

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2022年6月 2日 (木)

ウクライナの国旗の色?

平和公園を訪れる修学旅行生が多きなったことに比例するように各慰霊碑に献納されている折鶴の数も、増えたように思われます。

借りていた本の返却のため中区図書館(アステールプラザ)を訪れた帰り道、少し遠回りをして平和大通りまで足を延ばしました。平和大橋西詰の南側にある広島市立高女原爆慰霊碑のもうけられた折鶴献納台にも多くの折鶴が掛けられていました。

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いつもは、そんなに折鶴をじっくり見ることはないのですが、その中で、目を引く折鶴の束があります。青と黄色の紙でおられています。

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一緒の歩いていた妻が、「ウクライナのことを思って作ったもののような気がする」といいます。確かに今までには見なかった折鶴の色のような気がします。きっとロシアの軍事侵略の犠牲になったウクライナの子どもたちを追悼し、平和への願いが込められて折られたように思います。

振り返って平和公園の方を見ると、白い花をつけた大きな夾竹桃が目に入ります。横断歩道を渡って近づいてみました。

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夾竹桃は、6月から9月ごろにかけ赤やピンク、白色の花を咲かせますが、この場所は日当たりが良いからでしょうか、満開に近い状態でびっしりと花を咲かせています。夾竹桃の花が咲くと、夏が来たことを実感します。

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夾竹桃は、原爆が投下された後、「75年間は草木も生えない」と言われた焦土にいち早く咲き、広島の人々に希望と勇気を与えてくれた花だといわれており、広島市の「市の花」に指定されています。

広島市のホームページによれば、1973年(昭和48年)10月3日に新聞に応募用紙を折り込むなどして同月の27日まで公募し、10月29日に集計した結果、最多得票を得た夾竹桃が「市の花」に選定されました。同時にクスノキが「市の木」に選ばれ、同年11月3日に制定記念式が、中区基町中央公園で行われています。

8月6日の頃には、夾竹桃の花の真っ盛りの時期となります。

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2022年5月29日 (日)

「第33回ヒロシマの旅」

毎年、各都県で「反核平和の火リレー」を実施している平和友好祭実行委員会が主催する「ヒロシマの旅」が、昨日と今日の二日間広島市内で実施されています。

昨日は、午後5時からアステールプラザで開会集会が実施されました。私も広島県原水禁を代表して参加した、激励のあいさつを行いました。広島県平和運動センター佐古正明議長も参加されました。

この「ヒロシマの旅」の主目的は、各地で実施する「反核平和の火リレー」で走り継ぐ「平和の火」を平和公園の原爆慰霊碑の後ろで、世界の核兵器が亡くなるまで燃え続ける「平和の灯」から採火し、各地に持ち帰ることです。

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もちろん「平和の火」を採火するだけでなく、「ヒロシマの旅」と名称がついているように、原水禁運動の原点である「被爆の実相」を学ぶことも重要な課題となっており、多くの時間が割かれています。

この「ヒロシマの旅」は、これまで2泊3日の日程で開催されていましたが、コロナの感染が拡大して以降、ここ3年間1泊2日の日程で開催されています。しかも、一昨年、昨年と2年間、秋の開催となっていましたが、今年は、実行委員会の努力もあり、「反核平和の火リレー」がスタートする前の5月開催が実現しました。今年の参加者は、コロナ過ですが、スタッフや県内を含め12道県54名です。

今年の日程は、次のとおりです。

一日目(午後1時半受付開始)

・被爆電車に乗り二人の被爆体験を聞く

・平和記念資料館の見学

・開会集会後、反核映画「ヒロシマ・母たちの祈り」鑑賞

・講演「大久野島で起ったこと」講師:山内正之さん

  2泊3日の時は、大久野島訪問も実施されていた

二日目

・被爆証言を聞く 講師:平野貞男さん(広島県被団協)

・碑めぐり

・採火式

・集約集会(12時30分に全日程終了)

タイトなスケジュールですが、毎年、参加者はメモを取りながら熱心に参加する姿が印象的です。

昨日の開催集会には、「核兵器禁止条約」の第1回締約国会議が開催される今年、一方ではロシアのウクライナへの軍事侵略で、プーチンの「核使用発言」により、世界は核危機を迎えました。さらに、日本国内でも「核共有」発言が公然と行われるなで、かつてない核状況の中で、「反核平和の火リレー」が、実施されることになりますので、この「ヒロシマの旅」で持ち帰った「平和の火」が、各地の市民の反核の思いに火をともしてくれることを願わずにいられません。

今年は、幸いにして二日間とも天候に恵まれ、有意義な「平和の旅」となったようです。

いのちとうとし

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2022年5月28日 (土)

広島県原爆被害者団体協議会2022年度総会に参加

広島県原爆被害者団体協議会(「県被団協」)の2022年度総会が、昨日(27日)午前10時より平和ビル5階会議室で開催されました。県被団協の総会が、対面式で開催されるのは3年ぶりです。

前田耕一郎事務局長の司会で始まった総会は、冒頭、昨年10月に亡くなられた坪井直前理事長をはじめ原爆で犠牲となった人たちに黙とうをささげました。そして箕牧智之理事長が、「ロシアのウクライナ侵攻から3カ月、毎日尊いいのちが奪われている。」さらに今月14日に来広したEUミシェル大統領が「世界の指導者が被爆地を訪問すべきだ」と呼びかけたことを紹介するとともに「今日は、核兵器禁止条約が発効して458日。日本政府は禁止条約を早期に批准すべきだ」とあいさつ。

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続いて、来賓のあいさつですが、今年はコロナ過ということもあり広島市長代理、連合広島、県生協連、そして原水禁代表の私の4人のみが出席し、あいさつを行いました。

あいさつ後、来賓は退席し、議案提案、質疑が行われました。

当日配布された総会議案の一部を紹介します。

経過報告の核兵器禁止条約に日本政府が参加するようを求める署名活動の中では「広島県原水禁の仲介でこの署名に原水禁国民会議の協力を得られて全国から多くの署名が寄せられました。」ことが記載されています。

また2022年度活動方針では、前書きで「私たちは自らの体験の上に立って核が絶対悪であること、核兵器は廃絶されるべきであることを訴え続けてきました。私たちは命ある限り、核兵器の廃絶を声高く訴え、実現を求めていきたいと思います。そして核兵器は戦争、争いごとの中で使用されるものであることから戦争、争いごとへの反対を訴えていきます。

そのため、県被団協として、さらには広島県原水禁など友好団体と協力して、機会あるごとに反戦、反核、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻反対の行動を行い、声を上げていきます。」と、ここでも広島県原水禁との共闘が明記されています。

また活動方針で目立つのは、被爆者が高齢化し年々少なくなっていく現状の中で、被爆二世・三世の役割が強調されていることです。総会出席者も年々人数が減るとともに二世の出席者が増えていますから、この方針も当然のことといえます。

具体的には次の二項目が新たの方針として明記されています。①被爆した親を身近で見守ってきた被爆二世・三世会員による被爆体験の継承・講話の実施②懸案であった二世・三世会員からの会費納入。

すでに各地区の被爆者団体では、実質的に二世が中心となって運営されている実態が多くなっています。県被団協の運動と組織の継承のためには、絶対に必要なことだと思いますので、今年度この方針が具体化されていくことが期待されます。

広島県原水禁として、今後も広島県被団協との連携の重要性を改めて認識した県被団協総会でした。

いのちとうとし

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