50周年を迎えた金剛山歌劇団公演
金剛山歌劇団広島公演実行委員会が主催する「金剛山歌劇団公演」が、昨日午後6時半からアステールプラザで開催されました。今年は、50周年記念となる公演会でした。
今年も「広島朝鮮小中高等学校チャリティコンサート」として開催されましたので、日朝友好広島県民の会も支援の活動を取り組みました。
今年も金剛山歌劇団の公演に先立って、朝鮮学園の中高級生徒の民族楽器の演奏,小学5年生の子どもたちの演舞が、行なわれました。この二組は、今年の夏に行なわれた朝鮮学校のコンテストでそれぞれ金賞を得たそうです。特に小学校の子どもたちの踊りには、手拍子も入り盛り上がりました。いつものことですが、私も感動を覚えます。
「時をこえ 時代をこえ 異国の地で守る大切なことがある
だからこの道 かわらぬ思いで 歩き続ける100年へと」
民族のアイディンティテーを大切に歩んできた50年をさらに100年へと引き継ごうとの思いが込められた公演会です。
その思いは、オープニングでは、この50年を振り返る映像が流れる中での金剛山歌劇団のルーツである歌劇<金剛山の歌>の名曲を抜粋し創作した作品でした。
演目を紹介します。
女性重唱<リンゴの木を植えました>、舞踊<山河を舞う>、男声独唱<母よ>、舞踊<あの空の向こうへ>。ここで一部が終了しました。
第二部の演目です。舞踊<月灯りの下で>、チャンセナブ独奏<われら幸せを歌う>はいつも楽しみに聴く演奏です。歌謡メドレー混声重唱<ウリハッキョ、ウリ未来>,混声重唱<海に伝える想い>、舞踊<朝鮮相撲>は一人が手と足を使って二人の相撲の様子を演じます。舞踊<チャンゴの舞>、民謡メドレー男性独唱<ニルリリ打令>と混声重唱<黄金山打令>と続きました。
そして最後はいつものように民族舞踊<農楽舞2024>が、舞台一杯で演じられました。今年は、<2024>と銘打たれているからでしょうか、まったく新しい振り付けでの踊りでした。会場も一体となって手拍子が鳴り、最後には大きな拍手が巻き起こり、公演会が幕となりました。撮影禁止ですので、舞台の様子を映像でお見せできないのが残念です。
今年で50周年を迎えた「金剛山歌劇団公演」を私が最初にみたのは、はっきりとは覚えていませんが、40年以上前になるような気がします。当時の会場は、白島北町にある郵便貯金会館(現在の「上野学園ホール」)でした。郵便貯金会館は、1972年に完成していますが、当時1800席を超え,広島市内では最大の席数を誇るホールでした。
私がみたのは、昼の部でしたが、当時は昼と夜の一日2回の公演だったことを覚えています。
こんなことを思い起こしながら、今年の公演会への日朝友好県民の会を代表してのメッセージを次のように書きました。
「金剛山歌劇団50年の歩みは、民族の伝統文化を大切にし、そして新しい未来を築く文化を創造し、多くの在日同胞に朝鮮民族の歴史と伝統の素晴らしさを伝えつづける50年だったと思います。
どれだけ多くの在日同胞の皆さんが、この公演に励まされ、民族の誇りを取り戻されただろうかと想像します。
私も、金剛山歌劇団の公演を参観するたびに、会場と一体となって進む様子に感動を覚えてきました。」・・・「この公演を観ることによって一人でも多くの日本人が、素晴らしい朝鮮の文化に触れることを通じてさらに日朝友好の輪を広げることができればと願っています。」
今年の公演をみながら、この思いをさらに強くしました。
いのちとうとし
[お願い]
この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
今日は笑わせていただきました。
笑点なら座布団が何十枚も必要です。
ネット上には、アフターコロナにも価値のあるコンテンツが次々に公開されています。
ところで、私は30年くらい、手書きで文章を書いていませんが、手書き、キーボード入力、音声入力と、効率的になることに反比例して、ミスは多くなっています。昔は、メールでも間違いに気づくとあとで訂正したりしていましたが、最近は相手も分かるだろうと放っています。もしかすると笑われていることもあるかも知れないと思いました。
投稿:工場長 2020年4月22日 (水) 07時36分
コメント有り難う御座いました。
入力ミスが多くなったのは、私も同じです。でも、眼も随分悪くなってしまい、ミスの程度がとても耐えられなくなったので、最近ではフォントサイズを大きくして、送信する前に必ず、一度はゆっくりプルーフ・リーディングをしています。それでもミスの根絶には至っていないのが、残念ですが。
投稿:イライザ2020年4月22日 (水) 22時37分
ところが、昨日の会見で釜萢敏常任理事は「2月の段階で言ったことは、体調が悪いからといって皆さんすぐに受診されるわけではないので、いつもと違うという症状が、少なくとも4日続いたら、普段はあまり受診をされなくても、今回に関しては相談して欲しい、という意図で、特に感染の蔓延が疑われる状況では、基礎疾患があったり高齢の方や、妊娠していたり、リスクの高い方は、いつも体調が違うと思われたら、すぐに相談して頂きたいということで、これまでの方針と大きく変わるというわけではない」と説明されており、些か驚きました。
投稿:工場長 2020年4月23日 (木) 08時32分
コメント有り難う御座いました。
37.5度、4日間というのは、マスコミも含めて、ほとんどの人は、受診できるあるいは相談に乗って貰える最低限の条件として受け止めていたのではないでしょうか。たとえば、あるコメンテーターは、「37度5分もあったら苦しくてとても4日間我慢してはいられない。それでも診察して貰えないのは困る」ということを言っていました。
それに、症状が重いと自覚して、指定された番号に電話をしてもPCR検査もして貰えないし、自宅で様子を見るようにと言われたという、ネット上の報告もかなりありました。マスコミでも取り上げていたのですから、その当時それに対してのコメントならまだ分りますが。
投稿:イライザ 2020年4月23日 (木) 11時55分
正直、このコメントには驚きました。
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、諮問機関としては異例の記者会見を行っていますが、それは政府の発表や行政文書だけでは、国民に必要な情報が伝わらないだろう、国民により正確な情報を伝えようという意向があってのことだろうと考えていました。
ところが、2月に発表したことの真意が伝わってなかったということを今頃言い出すということは全く理解のできないことです。メディアを見ればすぐに分かったはずの、国民にどう伝わったのかということを全く確認しなかったのか、それとも無視していたのか、それこそ何か配慮や忖度があったのか、いずれにしても驚きました。
投稿:工場長 2020年4月23日 (木) 16時00分
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。
3月2日の「見解」も「専門家」の結論という形で出されているのですから、そこに、不正確な内容が含まれていることは大問題です。特にこの頃から、「専門家」の発言には不信感を持たざるを得なくなりました。
名指しまではしませんが、信頼できない人に交じって、信頼できる専門家のいることは、とても有り難いと思っています。
投稿:イライザ 2020年4月24日 (金) 12時32分
押谷教授は4月18日の日本感染症学会で「厚労省の検査基準(37.5度以上の発熱4日以上など)の決定には私もクラスター班も一切関わっていない」と発表したと報じられています。あの人達は一体何のためにいるのでしょうか。
投稿:押花 2020年4月26日 (日) 20時34分
コメント有り難う御座いました。
重要な点なのですが、「専門家」たちの苦しい言い訳で、自分たちの価値を貶めていますね。この点については、4月22日には、「工場長」さんが、釜萢敏常任理事の言葉を引用してくれています。
「2月の段階で言ったことは、体調が悪いからといって皆さんすぐに受診されるわけではないので、いつもと違うという症状が、少なくとも4日続いたら、普段はあまり受診をされなくても、今回に関しては相談して欲しい、という意図で、特に感染の蔓延が疑われる状況では、基礎疾患があったり高齢の方や、妊娠していたり、リスクの高い方は、いつも体調が違うと思われたら、すぐに相談して頂きたいということで、これまでの方針と大きく変わるというわけではない」
今度は、押谷教授ということですね。
ここで取り上げた3月2日の「見解」に見られる「忖度」と、同工異曲ですね。
投稿:イライザ2020年4月27日 (月) 12時51分
今日の国会で加藤功労大臣も「37.5度が4日も続いたら相談して欲しい、いつもと様子が違ったらすぐに相談して欲しいと言っていたが誤解されており、それは何度も訂正した。保健所のせいではなく、皆でやらないといけない」という答弁、誤解は保健所のせいで厚労省のせいじゃない、ということですね。こういうのを歴史修正主義というのでしょうか。
投稿:国会ウォッチャー 2020年4月29日 (水) 16時03分
「国会ウォッチャー」様
コメント有り難う御座いました。
本当に酷いですね。このところずっと腹が立っています。
でも、これって、「歴史」と言うより「昨日の今日」ですから、「舌の根の乾かぬ内に」、またまたの「責任転嫁」のような気がします。
4、5日は待って様子を見る、という指示に従って急に容体が悪化し、亡くなった方がいるのですから、真摯に責任を取って欲しいと思います。
投稿:イライザ2020年4月29日 (水) 16時50分