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経済・政治・国際

2024年2月25日 (日)

能登地震の教訓は島根原発の「再稼働」を止めること

島根原発の南側、約2kmのところを東西に走る宍道(しんじ)断層という活断層があります。この活断層、島根原発が建設された当初、中国電力は「無い」というのが言い分でした。

 それが1998年に8kmとなり、2004年に10km、2008年には22km、そして地震調査委員会は39kmと評価し、この値に基づいて原子力規制委員会は島根原発2号機の再稼働を許可しました。

活断層の長さが変更されれば、それに対応する基準地震動を算定して原発の安全対策を講じなければなりません。安全対策を実施すれば、当然ですが費用も増えてきます。

 中電の島根原子力本部 広報部が発行している2017年秋号の「あなたとともに」という情報紙の「QAコーナー」には、次のように書いています。

Q、何度も評価長さを見直すのはなぜですか?

A、原子力発電所の安全性を向上させるためには、その時々の最新の知見に基づき、慎重に評価する必要があると考えています。評価結果については、過去の見直しの際にも、その都度国による確認を受けており、今後も、審査会合等で説明してまいります。

Q、評価長さを見直すことで発電所にはどのような影響があるのですか?

A、評価長さを延長すると、基準地震動は引き上げの方向で見直すことになります。しかしながら、今回は発電所から比較的遠い箇所を延長するものであり、引き上げの程度は小幅になるものと考えていますが、詳細は今後検討してまいります。

Q、宍道断層が近隣の断層と連動することはありませんか?

A、宍道断層に近い活断層として、鳥取沖の断層があります。宍道断層の東端から鳥取沖西部断層の西端までの区間の音波探査の結果、上載地層法により後期更新世以降の断層活動が認められない(活断層がない)ことを確認していること等から、連動することはないものと考えており、今後審査会合で説明してまいります。

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最終調査前の周辺の断層

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調査後の宍道断層の長さ

 しかし宍道断層の東端から、鳥取県西部断層の西端の間は6kmで非常に近いのです。

この地方は、以前から大地震が多く起こっている地域です。1943年には、マグニチュード(Ⅿ)7・2の直下型地震が起こり、死者・行方不明者1210人、全壊家屋1万3295棟という甚大な被害が発生したと、鳥取県震災小誌に記されています。

2000年10月6日に発生した鳥取県西部地震では、米子市などで大きな被害が起こり、また2016年10月21日には鳥取県中部地震が起こり、震度6を記録しました。「連動することはない」と言い切ってよいのでしょうか。

 鳥取県地震防災調査研究委員会(委員長・香川敬生鳥取大大学院教授)は2月3日、鳥取県庁で研究会を開き、宍道断層の長さが22kmから39kmになったことによる被害予測を公表しました。そうなった場合、米子市と境港市で最大5千棟が全壊・焼失するとの予測を示しています。22kmだったら約1千4百棟ですから、3倍以上の危険性が増えるとされています。被害額も22kmの時に比べ、5761億円増えて7738億円に拡大するとしています。

 この度の能登地域の地震では、16時6分には前震とみられる最大震度5強が起こり、その4分後の16時10分に最大震度7の本震が、そして16時18分には同じく震度5強の余震も起こっているのです。

多数の余震は長さ150km、幅30kmほどの範囲で起きているのです。本震の時の最大加速度は2828ガルを記録しています。それも地震の震央の近くではなく、震央から約60km南西に遠く離れた志賀町の地震計が記録したのです。

 この事実を、中電はもっと謙虚に受け止めることだと思います。島根原発で想定されている基準地震動の最大加速度は820ガルです。

 今号のブログは数字が多く、分かりにくい部分もあったかと思いますが、能登地震の教訓は、今年8月に計画している島根原発2号機の再稼働は思い留まることです。「再稼働」を許可した原子力規制委員会は、中国電力に対し「再稼働は中止するよう」に云いわたすことだと思うのですが。

木原省治

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2024年2月21日 (水)

府中地区の2月の19日行動

昨日の旧府中市は昼からひどい雨になり、代表が島根原発2号機の裁判で松江市に行って不在でもあり中止にしようと旧上下町へ行ったら、なんと小降りになりました。参加者は午後3時からの上下Aコープ前は7人、4時30分からの府中天満屋店前も7人で、リレートークとスタンディングを30分間ずつ行いました。

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上下Aコープ前

終わってからですが訴えた人からは「何を話そうか悩むことはない、言うことにこと欠かない」と言われていました。

四人が、自民党のパーティ券裏金問題を話され、「自民党には自助能力はない。裏金問題を解決する政治資金規正法の改正も出来ない自民党政治を終わらせよう。イスラエルのガザ地区住民の虐殺をやめさせよう」と話されました。②また、一人が「自衛隊の靖国神社参拝は規律違反であるのに、防衛大臣はきちんとした処分をするのではなく、規律を見直すと言っていることは、基本の文民統制になっていない」と話されました。③さらに二人が武器輸出の解禁について、「日本は先の大戦を反省して憲法に平和主義を掲げ、国際紛争を助長しないよう武器輸出を制限してきたことをご存じでしょうか。

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府中天満屋前

武器輸出三原則と言って57年前の1967年に当時の佐藤栄作 首相が示した。①共産圏 ②国連決議で禁止されている国③国際紛争当事国――には武器輸出を認めないというものです。さらに1976年に当時の三木武夫首相が、それ以外の国にも輸出は『慎む』との政府統一見解を示したため、事実上武器輸出は禁じられてきました。その当時、宮澤喜一外務大臣は国会答弁で『わが国は武器輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない。もう少し高い理想を持った国であり続けるべきだ』と国会答弁しています。

この武器輸出の禁止を、昨年の12月に自民党と公明党は輸出できるように改悪案を作成し、政府はそのまま閣議決定してしまいました。いま地対空ミサイル・パトリオットをアメリカの企業のライセンス(許可)を得て、日本で生産することになりました。このミサイル・パトリオットはウクライナへ提供される予定です。これではロシアとウクライナの戦争をあおっていることになり停戦につながりません。

宮澤喜一外務大臣が言った『わが国は武器輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない。もう少し高い理想を持った国であり続けるべきだ』と言った国会答弁に反します。

アフガニスタンで患者が減らないのは水がないからと25キロの用水路をつくって65万人を救った中村哲医師のように医者のいないところに医師を派遣したり、病院や学校を建設したりすることこそ理想を持った国ではないでしょうか。

日本が武器輸出で金を儲ける国になろうとしているのも8年前に戦争法と言われている安保法制が出来たからです。安保法制に反対する取り組みは日本を高い理想を持った国にし、世界に存在感を示すためです。私たちの取り組みにご理解ご支援をお願いいたします。」と話されました。

最後に「今日もわざわざお家から出てきて聞いてくださったり、車の中から手を振っていただきありがとうございました。安保法制がなくならない限り毎月19日にこの行動を続けます」とお礼のあいさつをして終わりました。

小川敏男

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2024年2月20日 (火)

ベトナムの歴史(その30-3) ― 日本の中の枯葉剤・Ⅰ ―

日本でもベトナムと同じ成分の枯葉剤が使われた

「枯葉剤」と聞けばベトナム戦争を連想し、すぐに“ベトちゃんドクちゃん”が浮かぶ世代は残念ながら少なくなっています。日本のベトナム戦争との関わりや枯葉剤についてもそうです。しかし最近、日本でも再び話題になることが多くなってきました。そこで、「日本の中の枯葉剤」をテーマに幾度か書いてみます。

日本で枯葉剤が認識されたのは、1964年9月に猛毒ダイオキシンを含む2,45-トリクロロフェノキシ酢酸(以下「245-T」)を有効成分とした枯葉剤が農薬として登録されてからです。

1968年、全国各地の国有林で杉やヒノキの植林を進めていた林野庁が、その生育を妨げる雑草を駆除するため「245-T」を始めました。ところが、ベトナム戦争で使われている同じ成分を持つ枯葉剤が原因と考えられる奇形出産が、ベトナムやアメリカ国内で問題になり始めます。そうした中で、林野庁の職員などの反対運動が起こり、林野庁は19714月に使用中止を決定します。

日本政府が農薬登録を失効させたのは、さらにその4年後の19754月でした。その間10年あまり日本国内で使用された枯葉剤(2,45-T)がもたらした被害の実態は明らかにされていません。

林野庁が全国4自治体の国有林に枯れ葉剤を埋設

ところが近年、NHKや民放・新聞各社がかつて国有林に埋設処分された枯葉剤を取り上げ、次第に日本で今でも続く枯葉剤問題が知られるようになりました。

大量に残った大量の猛毒「245-T」を成分とする枯葉剤の処分に関する「通知」が197111月、林野庁長官から各営林署長に出されています。林野庁の資料によると、「 ダイオキシン類についての有効な無害化処理技術が無かった当時、まだ農薬登録されている薬剤が人手に渡らないようにするための処分方法として、当時の『毒物及び劇物取締法』に定める処分方法に基づいて」、全国46カ所で26㌧ン枯れ葉剤が埋設されました。

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下の地図は枯れ葉剤(2,45-T)が埋設されている自治体です。広島県では庄原市が該当します。

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出典:左NHK特番、2022年1月20日,右読売新聞、202255

「通達」に反する埋設29カ所

ところが、埋設方法、埋設場所とも「通知」通りに実施されていない事実が判明し、全国各地で被害が懸念広がり始めています。埋設場所が11カ所、埋設方法が7カ所、300kg以内の制限を超えたものが11カ所、計29カ所も「通達」に反し埋設された事実が明らかになりました。中には1㌧を超すものもありました。

2年前の20221月にNHKWEB特集が「“猛毒”地中に~枯れ葉剤の原料 漏れ出す懸念も 負の遺産」という特集番組を組み、同じ年の5月には読売新聞が「ダイオキシン含む除草剤、全国の山林46か所に埋設のまま水源近くの例も」という特集記事を報道しました。

NHK特番では営林署の元職員の「営林署の上層部からは『245-T』が害があるとは知らされていなかったが、ベトナムでこの物質が原因とされる障害のある子どもが生まれたため、こんな危険なものは絶対に散布してはいけないと、強く反対しました」、「埋める場所の下流に住む人たちに害を与える可能性もゼロではないと思ったので、本当は埋設しない方がいいという思いはありました。ただ技術的にほかに方法がなく、やむなく後世に残す形になってしまったのです」と証言しています。

また、「熊本県芦北町の職員は「大雨によって土砂崩れなどが頻発すれば、埋設地も大きな影響を受けるのではないか」との不安を訴えています。

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出典:読売新聞2022年5月5日

読売新聞では、「もう50年も前か、15道県42市町村の山中46カ所に有毒な除草剤が、26トンも埋められているんです。この除草剤はベトナム戦争の際にまかれた枯れ葉剤と同じ成分で、猛毒のダイオキシンが含まれているんです。これまでの調査で、すでに基準の17倍のダイオキシンが地中に漏れ出ている場所もあることがわかっています」(原田和明:北九州市立大学職員)

近年多発する豪雨や地震などで流出する危険性についても、「ダイオキシンは何百年たっても分解されません。将来、そこに除草剤があると知らずに掘り起こしてしまい、埋まっていたダイオキシンが流出する可能性はあるでしょう。ダイオキシンを無害化する処理方法は確立しているのですから、できるだけ早く行うべきなのです」(中地重晴:熊本学園大学教授、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議理事)と警鐘を鳴らしています。

「日本の地中に埋まる『負の遺産』を今後どうしていくのか。半世紀前には想定されていなかった災害の実態を踏まえた早急な対策が求められています。」(NHK特番、2022年1月20日)

「昨年の熱海のように山ごと流されるような激甚災害が埋設場所付近で発生しないとも限らない。一日も早い撤去が望まれる。」(『読売新聞』、2022年5月5日)と、いずれも早急な対応を求めています。

報道に接していない人も多く、政府や埋設されている自治体からの情報が無いに等しい中で、当該地域の人たちでさえ、枯葉剤が埋設されていることやその危険性への認識は極めて乏しいと思います。

次号では県内で唯一枯れ葉剤((2,45-T)が埋設されている庄原市を含む全国の状況を報告します。

赤木達男

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2024年2月19日 (月)

三原の「19日行動(2.17)」

備後路に春を告げる「三原神明市(2月9~11日)」で賑わった2月。穏やかな日となった2月17日(土)の午後1時30分から三原駅前において30人が参加して定例の街頭行動を行いました。

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司会者が「この場はフリートークなので自由にマイクを持って発言していただきたい」と述べると、通りがかりの20代の青年や私たちの運動に共感され初めて参加された市民など7人からスピーチがあり、元気の出る街頭行動となりました。リレートークを聞きながら「誰もが平和で安心して暮らせる社会であり続けるために、戦争をさせない運動を継続して頑張らなければならない」と思いを強くしました。

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いま世界ではウクライナ、パレスチナの戦争が続いており多くの市民が戦争の犠牲となり戦争の犠牲は、いつ、どこにおいても、罪なき一人ひとりの市民であることを私たちは忘れてはなりません。国内では、自民党内で起きている「政治とカネ」の問題、防衛費倍増や敵基地攻撃能力の保有、殺傷能力のある兵器の輸出解禁など軍拡、戦争への道を推し進めている岸田政権。私たち市民の声と力で戦争、軍拡、改憲の流れにストップをかけなければなりません。弁士から平和を守るための根拠となるものは、103条の条文からできている「日本国憲法」とりわけ前文にきちんとそのことが明記されていることを見れば一目瞭然であると訴えられました。また、多くの方々が言われているように私たちは、「政治に無関心でも無関係ではいられない」、「選挙に行かないのは自民党を利することになる。必ず選挙に行こう」ということを共有し、自公政権の政治を変えるうねりを起こしていきましょう。

日本国憲法  1946年11月3日 公布  1947年5月3日 施行

前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

藤本講治

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2024年2月16日 (金)

広島市長の職員研修資料への教育勅語引用に反対する弁護士会会長声明

13日の夕方のテレビ各社、そして14日の新聞紙面で、広島弁護士会が出した「広島市長の職員研修資料への教育勅語引用に反対する会長声明」が報道されました。

松井市長による「職員研修資料への教育勅語引用」問題については、多くの反対意見が出されていますが、弁護士会会長が反対声明を出したことの意味は大きいと思います。。

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中国新聞2024年2月14日紙面より

報道では、全文が紹介されていませんでしたが、「声明の理由」で一番強調されているのは、憲法との関係です。私は、この点が第一に取上げられていることに共感しましたので、広島弁護士会のホームページにも掲載されていますが、このブログでも全文を紹介することにしました。ぜひご一読下さい。


広島市長の職員研修資料への教育勅語引用に反対する会長声明

広島弁護士会 会長 坂下 宗生

第1 声明の趣旨

当会は、広島市長に対し、教育勅語の引用が誤りであったことを認め、今後、職員研修の資料として教育勅語を引用することをやめるよう求める。

第2 声明の理由

2023年12月、マスコミ報道で、広島市長が、就任直後から、広島市の新任職員研修において、教育勅語の「博愛」や「公益」の尊さを説いた部分を研修資料に引用し、講話を続けてきたことが明らかとなった。

広島市長は、マスコミ報道の後も、「教育勅語を再評価すべきとは考えていないが、評価してもよい部分があったという事実を知っておくことは大切。今後も使用を続ける」「民主主義的な発想の言葉が並んでいる」などと、教育勅語を肯定する内容の発言を続けている。

教育勅語は、明治天皇が、天皇の「臣民」である国民に対し、臣民が忠孝を尽くしたことで国が栄えたことを称え、教育の淵源をもここに求めたものである。かかる教育勅語は、1948年6月の衆議院の「教育勅語等排除に関する決議」及び参議院の「教育勅語等失効確認に関する決議」において、すでに廃止され、その効力は失われているものであり、その内容は、国民主権を原理とする日本国憲法および教育基本法とは、根本から矛盾する。

また、教育勅語には、「皇祖皇宗國ヲ肇󠄁ムルコト・・・」や「天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ・・・」などの国家神道を前提とする言葉が用いられており、象徴天皇制(憲法1条)や政教分離の原則(憲法20条1、3項)とも相容れない。

したがって、憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負う公務員である広島市長が、公務員の研修に教育勅語を用いることは明らかに誤りである。

そもそも、日本国憲法との関係だけでなく、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」(いざという時には一身を捧げて皇室国家のために尽くせ)とあるように、教育勅語が戦時下で国民を戦争へ動員する思想統制に利用された歴史的事実からすれば、教育勅語の一部を切り取って、市長が「評価してもよい部分があった」と取り上げること自体に非常に大きな問題がある。これは、平和都市広島であり、平和首長会議の会長都市である広島市の市長が、教育勅語の内容を、評価しているととらえられかねない発言だからである。

広島では、第二次世界大戦において、1945年8月に原子爆弾が投下され、同年のうちに14万人が亡くなったと言われている。今でも、原爆後遺症に苦しむヒバクシャが多数存在する。戦争の歴史、その背景を理解し、平和都市広島の市長としてふさわしい言動がなされるべきである。

よって、教育勅語の引用が誤りであったことを認め、今後、職員研修の資料として教育勅語を引用することをやめるよう求める。


松井市長は、職員研修の中で「教育勅語は文部省が廃止をした」と述べているようです。この「文部省が」という認識は、この弁護士会長の「声明理由」でも指摘されているように衆議院、参議院で「憲法の原理である国民主権に反するもの」として、それぞれ「排除」及び「執行」の決議がされたという憲法との関係、国会での決議という歴史的事実への認識を欠いたものといわざるを得ません。

憲法尊重擁護の義務を負う松井市長は、このことについてどう考えるのか,私は問いたいと思います。

いのちとうとし

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2024年2月12日 (月)

紀元節復活反対!平和・民主主義・人権を守る2.11ヒロシマ集会

憲法を守る広島県民会議、広島県平和運動センター、広島県原水禁、八の日平和行動ヒロシマ女の会、戦争をさせないヒロシマ千人委員会の5団体が主催する「紀元節復活反対!平和・民主主義・人権を守る2.11ヒロシマ集会」が、昨日午前10時から広島弁護士会館で開催されました。

広島県平和運動センター大瀬敬昭事務局長の司会で集会は始まり、最初に主催者を代表して憲法を守る広島県民会議檀上正光代表委員があいさつ。

その後、小武正教さんの「今、天皇制と天皇制を支えるエートス(習俗)―『慰霊』の政治性」と題した記念講演がありました。小武さんは、三次の西善寺住職で念仏者九条の会共同代表として、活躍されています。特に、毎月1日には、軍事クーデターが起きたミャンマー支援のための街頭行動の先頭に立ってがんばっておられます。

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小武さんは、最初に「今日の話は、戦前の天皇制と今の天皇制の違うところ、また同じところは何かを語る。その上で、天皇制の本質とは何かを語る」と、今日の講演の意味を紹介した後、

「新しい戦前ということがいわれていますが、たまたまではなく、計画的にやってきたことだ。『闘う国家は、まつる』ということ。逆に言えば、『まつる国家にしない』ということは、『闘う国家にしない』ということ」。今年、1月7日に起きた自衛隊幹部による靖国神社参拝がなぜ問題か、そしてなぜそんなことが起こったのかからはなしが始まりました。

深く問題点を提起されましたが、その内容をメモで紹介することは、残念ながら私の能力では不可能ですので、このブログでは入り口だけの紹介で終わります。

小武さんの講演終了後、憲法を守る県民会議藤本講治事務局長が、集会アピールを提案し、全体の拍手で確認しました。以下にアピール全文を紹介します。


私たちは本日,「紀元節復活」に反対するヒロシマ集会を開催しました。私たちの集会は、戦前の天皇主権体制が何をもたらしたのか検証し、かつての誤った歴史・侵略戦争を繰り返さないため、戦争賛美の日であった211日を平和発信の日へと大きく作り変えるために開催してきました。

「紀元節」は、日本の歴史が天皇を中心として進んできたと考える歴史観(天皇神話)のもと、初代の天皇が即位した日を現代の暦に当てはめたものと言われています。さらに、この紀元節は、「皇国史観」にもとづく戦前・戦中の軍国主義、全体主義を国民に植え付ける役割を果たしてきました。「天皇陛下のために戦い死ぬことが最大の名誉」とされ、結果として自国民とともに世界中の人々を惨禍に巻き込んだあの無謀な戦争を招いてしまいました。

この反省に立ち、敗戦後「紀元節」は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を原則とする日本国憲法の施行で廃止されました。しかし、1966年、天皇の政治利用を画策する政府・自民党は、戦前回帰に反対する国民の声を無視し、国民の祝日「建国記念の日」として制定し、事実上「紀元節」を復活させました。これは、その後の「元号法」の制定、「国旗・国歌法」の制定、「日の丸」「君が代」の教育現場への押しつけ、さらには天皇の元首化を明記した「自民党改憲草案」など教育の反動化、憲法の改悪と結びついたものです。

こうした動きは,日本国憲法の基本原則と相いれいとして廃止された「教育勅語」の内容を肯定する松井一實広島市長の発言も同様で、決して許されるものではありません。

戦後の日本は、戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓って再出発しました。岸田政権が推し進める軍拡、改憲の政治は、戦後のこの国のあり方を根底から覆します。今も政界ではウクライナの戦争、パレスチナでの戦争が続けられており、多くの命が奪われています。戦争国家作りは一刻も早く終わらせなければなりません。政治の責任は、戦争を回避するために知恵と力を尽くすことであり、憲法9条を活かした平和外交に積極的に取り組むべきです。戦争の準備ではなく、平和の準備をする政治の実現を求めていかなければなりません。

私たちは、平和憲法の下で戦後79年間、戦争をしないで平和を守ってきました。この歴史的経緯とその意味をあらためて心に刻み、日本の戦前回帰、軍備拡大、戦争する国づくりに突き進む岸田政権と対峙し、全ての人々のいのちと人権,平和が守られる社会を築くため、行動していくことを誓い、集会アピールとします。


 今年の参加者は、85名でした。

いのちとうとし

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2024年2月11日 (日)

中国電力カルテル株主代表訴訟初公判で陳述をしました(その2)

4.株主代表訴訟を決意した理由

カルテル事件が発覚し排除措置命令及び課徴金納付命令が出された直後の株主総会が、昨年6月28日に開催されました。この株主総会をもって、1年前に社長に就任されたばかりの瀧本夏彦さんは、カルテルの責任者として退任されました。後任として中川賢剛さんが就任し、株主総会翌日に社員向けにあいさつを行っています。

その挨拶の中で、カルテル事件の原因について「確実な業務遂行を優先しすぎてしまったことが挙げられる」と述べ、「私たちの価値観と社会の価値観に少しずつズレが生じていることに気付かなかった、というのが根本原因の一つ」と話しています。

私はこの挨拶を聞き、正に「空いた口が塞がらない」という思いを致しました。また、カルテル事件が公になった直後には、当時の役員を含め社員に電力自由化の認識が薄かったという趣旨の報道記事もありました。

電力事業の全面自由化が実行された2016年4月1日の1年以上前から、新聞などのマスコミは連日のように、自由化に関する報道を行っていました。電力事業を営む電力会社の人が、それも責任者という立場にいる方が、電力自由化という社会的要請に基づく改革の意義を軽視し、まるでよそ事の感覚で仕事をしていたことには、呆れててしまいました。

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中国電力本社

中国電力グループの経営理念は「信頼。創造。成長。」です。いずれもとても大切な要素ですが、もっとも大切なことは「信頼」だと私は受け止めています。社会・地域からの失われた信頼を回復させることは厳しい状況にあると言えます。

公正取引委員会からの立入りが行われた直後に、中国電力OBの方から電話があり「木原さん、『鬼滅の刃』という映画があったけど中国電力は『自滅の刃』だねえー」と呆れたような声で話しておられました。

経営陣の責任を考えるとき、どうしても合点がいかないのがリーニエンシー制度を何故使わなかったのかということです。カルテルに関わった関西電力、九州電力などはリーニエンシーを使い課徴金の減免を受けました。関西電力は100パーセント減免され課徴金がゼロとなりました。改めるべきは改めると頭を切り替え、会社の利益、株主の利益、顧客の利益を最優先に危機管理する責任を全く果たしていないと断じざるを得ません。

最初にも述べましたが、私は中国電力という会社を長い間視てきました。中国電力はこれまでも同様の事件・不祥事を度々起こしています。しかし、真相を明らかにし、これを公表し、世間からの厳しい目を身をもって受け止め、とことん反省をして来なかったから、またぞろカルテルを起こしてしまったのだと思っています。

この度のカルテル事件でも、株主・顧客に真相をうやむやにしたまま、社長経験者3名をスケープゴートにして、幕引きを図りたいと考えているのではないかと疑います。「何時、誰が、どこで、何故、どんな談合をしたのか」が明らかにされなければなりません。

5.おわりに

昨年2月、中国電力の元社長だった方が亡くなられました。その方から送られてきた、昨年の年賀状には、この度の中国電力の姿勢と対応について、「立ち直る頭も情熱もないのではないでしょうか」「社員諸君の奮起を期待するとしましょう」と書かれていました。私は、この元社長さんからの遺言のようなメッセージに応えたいという思いから、止むにやまれぬという気持ちで、株主代表訴訟を起こしたのです。

最初にも述べましたように中国電力には、経営層に対する不信感を払拭することと同時に、株主からも顧客からも地域住民からも信頼され愛される企業になってほしいという思いを強く持っています。そのためには株主代表訴訟しかないと思いました。

裁判所におかれましても、被告のみなさんにも、支援者の皆さんにもこの気持ちを訴えさせていただき、私の陳述といたします。

ありがとうございました。

※「リーニエンシー」→課徴金減免制度

木原省治

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2024年2月10日 (土)

中国電力カルテル株主代表訴訟初公判で陳述をしました(その1)

裁判所の法廷の場で、意見陳述をしたのはこの度で2度目です。

2月5日、広島地裁で行われた中国電力のカルテル訴訟の初弁論の公判で、その機会を得ました。法廷が始まる前に支援に来てくれた知人から、「木原くんは緊張しないだろう」と声を掛けられましたが、304号法廷は裁判官・書記官ら5人、私たち側の弁護人など10名、中国電力側の弁護人は10人以上、傍聴席には支援者の皆さんやマスコミ関係者で、まさに熱気に溢れていました。これだけ人がいても静粛な状態というのは、不思議なものです。

幸いにも緊張という感じにはなりませんでした。まずは産んでくれたお母ちゃんへの感謝です。そして背中で感じた多くの仲間の暖かさ、仕事だから来れないけど応援していると連絡してきた、友人の思いを感じていました。

陳述文は3488字となりましたので、全文を2回に分けてこのブログに載せていただくことになりました。本番の発言は、前後の脈略から少し変わりましたが、是非とも読んでいただき、引き続きこの裁判へのご支援をお願いする次第です。

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口頭弁論終了後の報告集会・右から4人目が筆者

1.はじめに

 この度の株主代表訴訟原告団、団長の木原省治と申します。中国電力の株式を708株所有している個人株主です。初公判にあたり一言陳述させていただきます。

私が中国電力株式会社の株主になったのは、1980年代の終わり頃だったと思います。1993年(平成5年)6月に開催された第69回定時株主総会からは、現在まで毎年、株主の権利として議案を提出してきました。

私たちのことを「原発反対ばかりをいう株主」と批判する人もいます。しかし、それは間違っています。私は中国電力には中国地方を代表する企業として、法令を遵守する健全で模範的な会社になって欲しいと強く思い、その気持ちから活動をしてまいりました。

例えば、女性管理職の数を増やすこと、また昨年報道された顧客情報の不正閲覧のもととなった「送電配電部門の分離形態」についても、その有り様を提案してまいりました

昨年の株主総会では、今回のカルテル事件に対する責任として、前社長の瀧本夏彦さんの解任や、その他役員の報酬50パーセントカットを求める議案も提出しました。

2.コンプライアンス最優先の経営はどこに

中国電力においては、2006年秋以降に判明した発電設備に係る一連の不適切事案を受け、2007年5月に、「不正をしない意識・正す姿勢」「不正を隠さない仕組み・企業風土づくり」「不正をさせない業務運営」を3本の柱とする60項目の再発防止対策を策定・公表し、全社を挙げて取り組みを進めるとともに、一連の不適切事案の教訓を風化させず、二度と繰り返さないという強い決意に立ち、全社を挙げて信頼回復・企業再生に向けて取り組むとしていたはずです。

そしてこの時から、役員・幹部社員に対し、コンプライアンス経営の推進を誓約させ、この誓約書を執務室に掲示しているそうです。その誓約書には、「私は、中国電力株式会社の役員として、コンプライアンスの取り組みは、当社が社会の中で存続していくために不可欠なものであるとの認識のもと『あらゆる業務運営において、コンプライアンスを最優先に進める』ことを基本とした経営を行います。また、中国電力企業倫理綱領における行動規範を遵守し、「3つの行動」を率先して実践するとともに、社員全員がこれを実践するよう、積極的に働きかけます。こうした取り組みを通じて「コンプライアンス最優先」の考え方を全社に根付かせ、コンプライアンス経営を推進していくことを、ここに誓約します」と記載されています。

 今回のカルテル問題が起きたことは、これまで業務実態やルールの適切性確認などの取り組みを継続実施してきたものの、形骸化しつつあることを示しており、改めて経営姿勢が問われているものです。

 コンプライアンス経営の推進に、役員の率先垂範のもと、全社を挙げて取り組むとしていたことは、どうなったのでしょうか?

特に今回の事案においては、私たちのみならず、中国電力の職場の中からも「経営層に対する不信感」という話も多く出ているようです。この事実は、中国電力の2023年度 第2回企業倫理委員会における議事録の中に掲載されています。さらに「会社への思い」「モチベーション」が大きく低下しているといった中で、社員からもNOを突き付けられた経営陣は、こうした現状を重く受け止める必要があると言えます。

3.この度のカルテル事件の簡単な経過

この度の株主代表訴訟の詳細については、訴状などで明らかにいたしておりますから、あえてこの場で重複して述べませんが、どうしても株主代表訴訟を起こさなくてはならないと決意し、多くの人に支援をお願いするに至ったのは、次のことによります。

2016年(平成28年)4月1日から、電力システム改革の大きな柱の一つとして、「電力事業の完全な自由化」が開始されました。この自由化は、電力事業に競争原理を導入することによって、公正で健全な電気事業となることを求めて開始されたものです。自由化によって全国では数百社におよぶ新電力会社が誕生したとされています。

電力事業は、これまでほぼ独占状態でまさに「巨象(巨大な象)」として、中国電力や関西電力など大手電力会社が存在していました。しかしこれらの電力会社が、自らの利益と利権を守るために、この度のカルテルを締結し健全な電力事業の発展を妨害したのです。

カルテルは自由化翌年の2017年(平成29年)11月から行われているとされています。そして公正取引委員会は、2021年(令和3年)4月と7月に立ち入り検査を行い、昨2023年(令和5年)3月30日、中国電力に排除措置命令を行うとともに、707億1586万円という課徴金納付命令を出したのです。

木原省治

【編集者】つづきを、明日掲載します。

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2024年2月 9日 (金)

映画「寡婦たちの村」

カナダのウラン採掘による先住民族の被曝を扱った映画「寡婦たちの村」の上映会&トークが、4日の午後2時から広島市民交流プラザで行なわれました。

カナダのウラン鉱山は、早くから採掘が行なわれ、第2次世界大戦中のアメリカの原爆開発に寄与したとされ、広島、長崎に投下された原爆の原料の一部になったとも言われています。

この映画は、先住民族サーツ・デネとカナダ北西準州のウラン鉱山の歴史に光を当てたドキュメンタリー映画で、1999年に上映されましたが、長く広島で知られることがありませんでした。最近、アメリカやカナダにおける原爆・核エネルギーをめぐる言説あるいは文化表象を研究対象している広島大学松永京子准教授によってその存在が明らかになりました。

当時は、日本語字幕はなかったようですが、松永さんの努力によって、日本語字幕版が完成し、昨年12月10日にピーター・ブロー監督を広島に招き、初めての上映会が行なわれ、その後大阪大学でも上映されました。今度の上映会が3度目ということになりました。

私の記憶にはないのですが、サーツ・デネの代表団8人が、1998年8月に広島を訪れ、広島の被爆者や渡日治療中に在韓被爆者との交流や平和記念式展への参加を行なっています。ピーター・ブロー監督もこの訪日に同行し、その時の様子も含めて作成された映画が、「寡婦たちの村」です。

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今回の上映会は、この映画を日本に紹介した松永京子さんや、当時広島での受け入れに協力した韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部、第九条の会ヒロシマなどの主催で開催されました。

映画の上映の前のトークでは、サーツ・デネの代表団が広島を訪れたときの様子が、それぞれの団体の代表から紹介されました。

トークのメインは、松永京子さんの「『寡婦たちの村』の背景とその後をめぐって」の報告です。その一部を紹介します。

ウランが採掘されたポートラジウムは、カナダのノーストウエスト準州のグレートベア湖の東岸にあり、北米最大のウラン産地で1942年から1960年にウラン採掘が行なわれ、アメリカに輸出されています。

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ノースウエスト準州とグレートベア湖(赤い矢印)

サーツ・デネ人の住む村デネリは、グレートベア湖の西岸にあり、ウランなどの鉱石をこの湖の東岸から西岸に運搬する作業に30人以上がかかわっていたようです。当時の村の住人は、約600人。もちろん、その危険性が知らされることはありません。その結果、1970年代から1998年までに少なくとも14名ががんで死亡しています。運搬中にこぼれた鉱石や湖に投棄された鉱滓、残土による汚染、さらに鉱石の袋などが先住民族の住宅のテントなどに使用したため汚染は広がったのです。

それらの事実をデネ人が「公式」に知ったのは、1980年代半ばです。

ピーター・ブロー監督は、1985年にデネの人と出会い、1997年からデネリに入り、1998年の広島訪問にも同行したのです。

ずっと無視し続けてきたカナダ政府が、「寡婦たちの村」の上映をきっかけとして、ようやくポートラジウムのウラン採掘による環境と人体への影響調査を実施し、2005年8月に100ページにわたる最終報告を出しました。しかし「特定の個人の死や病気が,放射線被曝によるものかどうかを確実に知ることは可能でない」と,その因果関係をほぼ否定する内容でした。

こうしたカナダの先住民の核被害の実態は、私にとって初めて聞く話でした。先住民が核サイクル社会の犠牲者になり、その被害が無視されていることを改めて認識させられる映画上映&トークの集いでした。

同時にサーツ・デネの人々は、運搬と鉱滓の投棄などによる核被害者ですが、鉱山の採掘現場で働いていた人たちはどういう人たちで、その後どうなっているのか、調べてみたいと思います。

そして、核兵器禁止条約でこの人々がきちんと救済の対象となるようにするのも私たちの課題だということも突きつけられることになりました。

いのちとうとし

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2024年2月 7日 (水)

奇妙な法廷風景

5日の午後2時から広島地裁で、中国電力がカルテルを結んだため公正取引委員会から約707億円の課徴金を課せられた問題で、清水希茂前会長など当時の役員22人に対し、課徴金に相当する額の賠償金を中国電力に支払うよう求めた株主代表訴訟の第1回口頭弁論が行われました。この訴訟については、昨年10月10日のブログ10月12日に株主代表訴訟を起こします: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)にすでに記載していますので、参照して下さい。

5日の法廷では、原告団(17人)の代表であり、このブログの執筆者の一人でもある木原省治さんが,原告意見陳述を行なうということでしたので、私も傍聴に行ってきました。

木原さんの意見陳述については、10日のブログに木原さんから紹介していただくことになっていますので、今日はこの法廷で初めてとなる体験した様子を紹介します。

午後2時かっきりに裁判官3名が入廷し、裁判が始まりました。関心が高い裁判ということで、マスコミによる事前撮影が行なわれました。ここまでは、何度か体験した法廷風景です。

といいつつ、ここから奇妙な風景に出合います。

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法廷は、裁判長から向かって右側(傍聴席から見て左側)が訴えた原告席,左側(傍聴席から見て右側)に、訴えられた被告席となっています。それぞれに代理人弁護団や原告などが、着席しています。

奇妙なというのは、原告側に座っている弁護士の顔ぶれです。入廷前の弁護士会館の打合せに際、原告代理人の弁護士のみなさんの顔を見ていましたので、知っている顔が並んでします。ところが,裁判長の最も近い席に初めて見る顔を弁護士が二人います。木原さんたちの弁護団長胡田さんは、3人目に座っています。奇妙な風景というのはこのことです。当然原告団弁護士は木原さんたちだけの弁護士と思っていましたので「どうして?」と小さな疑問がわきます。

マスコミの事前撮影が終わり、いよいよ審理の開始です。書記官が,この裁判の案件を読み上げます。「1142号」「1175号」

後の報告会でわかったのですが、中国電力のカルテル問題では、木原さんが昨年10月10日のブログで紹介しているように3つ裁判が行なわれています。ここでも簡単に紹介します。

一つ目が、中国電力が訴えた「公正取引委員会への課徴金と排除措置命令の取り消しを求める訴訟」で、この訴訟は、東京地裁に提訴されていますので、東京地裁で争われることになります。

二つ目は、これも中国電力が訴えていますが、公正取引委員会の調査が入るような動きをした当時の3人の取締役に「その時の弁護士費用約6000万円の損害賠償を求める訴訟」で、これが書記官の言う「1142号」です。

三つ目が、木原さんたちが起こした「株主代表訴訟」で、書記官の言う「1175号」です。

つまり、5日の広島地裁の法廷では、二つ目、三つ目の訴訟が一緒の法廷で取り扱われたのです。原告が違うけれども,内容が深く関連するからとして一緒に審理することを「併合」と言うそうです。何度も裁判傍聴をしていきましたが、「併合」という審理は、初めての体験です。

原告席に二組の弁護団が座っているのがようやく理解でしました。中国電力の代理人弁護士と中国電力の当時の役員を訴えた株主弁護団と他の裁判では争う立場にある弁護団二組が、原告席に同席するという奇妙な風景ができてしまったのです。謎は解けましたがなんとも不思議な景色です。

この公判では、もう一つびっくりする出来事がありました。審理が始まると、これまで提出された書証の確認が終了し、「今後も何か証拠書類を提出しますか」とそれぞれの弁護団に確認した後、裁判長は「次回の裁判期日は4月10日です」と告げ、「これで本日は終了します」といってしまったのです。

「エッ」という雰囲気が法廷に広がりました。私もびっくりです。「今日は木原さんの原告意見陳述があるのではなかったの?」。私のすぐそばの原告席にいた木原さんも、狐につままれたような表情をしています。

席を立とうとしていた裁判長が、気づいたのでしょう「あっスミマセン。今日は、意見陳述がありました。どうぞ」ということで、やっと木原さんの意見陳述が始まりました。

こんな裁判長の失態も初めての体験でした。

木原さんたちが起こした「株主代表訴訟」は、一つ目の中国電力が「課徴金と排除措置命令の取り消しを求める訴訟」が進展しなければ、結論を得ることは難しい裁判だなとの感想を持ち,裁判傍聴、報告会を終えました。

いのちとうとし

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