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経済・政治・国際

2022年6月25日 (土)

スマートメーターが取り付けられました

6月9日、わが家の積算電力計がスマートメーターに取り替わりました。スマートとは「賢い」という意味です。16年4月から電力小売りが全面的に自由化され、新電力契約に変更した世帯は、スマートメーターにすることが前提条件でした。

しかし新電力と契約をしなくても、中国電力(正式には中国電力ネットワーク)は、23年までに全面的にスマートメーターに取り替える計画で実施していました。

あいにく作業の日は、用事がありその様子を見ることが出来ませんでしたが、30分以内で終わったようです。

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スマートメーターになると、電力検針員さんが検針に来ることが無くなります。30分ごとに920メガヘルツという電波を使って、携帯電話と同様の方法で、電力の使用状況が自動的に中国電力に連絡されることになります。

ほとんどの人が携帯電話を使用している時代ですから、この920メガヘルツの高周波電波を嫌う人は少ないとは思いますが、先行的にスマートメーターを導入した国々では社会問題になっています。スマートメーターを取り付けたことにより、頭痛・耳鳴り・不眠という電磁波過敏症という症状が起こることはあります。

その対策はと尋ねられることがありましたが、スマートメーターに用もなく近づかないこと、どうしても嫌なら電磁波吸収シートでメーターを覆うことでしょうか。

スマートメーターになると、30分毎に電力使用量が連絡されていますので、その原理を使って、介護事業に参入しているのがあります。たぶん関西電力だったと思いますが、一人暮らしの親などの電力使用状況を、遠くに住む子どもらのスマホにダウンロードして、電力の使用状況から親などの状態の見守りをするという原理です。

また、HEMS(ヘムス)という装置を取り付けて、電力使用量の見える化で節電に役立つという宣伝も行われています。

HEMSとは「ホーム、エネルギー、マネージメント、システム」の略です。

検針員として仕事をしていた人は、スマートメーターの導入によって仕事を失うことになりました。何年か前に株主総会で、その人たちの仕事の確保を質問したことがあります。その時の中国電力の回答は、営業活動に従事してもらい解雇することはないと答弁しましたが、その後の話しでは「希望退職」を募ったと聞いています。

都市ガス事業もスマートメーター化が準備され、大手の東京ガス・大阪ガスなどでは実証試験を行っているようです。広島ガスでは2030年実施を目標に、準備をしているとのことでした。また最後の公共事業といわれている水道事業も、広島市は23年度中にはスマートメーターを導入するとの報道がありました。これって良いことなのでしょうかね。

木原省治

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2022年6月24日 (金)

参議院選挙二日目のポスター掲示場

現在のように定数2議席を争う選挙となって最も多い10人が立候補届けを出した今回の参議院選挙。選挙戦二日目の昨日昼過ぎ、わが家から最も近い中区役所前に設置されたポスター掲示場に何枚のポスターが貼られているのか見に出かけました。

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未掲示の候補者も多く、6人のポスターが貼られているだけでした。残りの4人のポスターは何時頃になったら揃うのだろうと思いながら、県庁前に移動しました。

県庁前には、毎回選挙の度に大きな啓発看板が設置されています。

今回の参議院選挙では、元広島カープの黒田英樹さんが起用されたことで、設置前から話題となっていました。

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キャッチコピーは「その選択が明日を決める」です。県選管によれば3年前の参議院選挙の投票率は、過去2番目に低い44.67%。特に20代以下では、3割にも届いていないそうです。

テレビCMでは、黒田さんが「‟観戦“ではなく‟参戦”する勇気を持とう」と呼びかけていますが、若い人の関心を持ってもらい、投票に行ってほしいという県選挙管理委員会の思いが込められているようです。

選挙での投票行為は、政治参加への第一歩。若い人だけでなく投票に行ってほしいと思うのは、選挙管理員会だけではありません。

県庁前から別の道をとって帰宅途中、大手町2丁目のポスター掲示場が目に入りました。この掲示場には、8人のポスターが貼られています。

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一番右の下側のポスターに目が行きます。NHK党のポスターです。「私の当選は無理です。しかし」の文字が目に入ります。「えっ、なんのこと?」

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その下段に小さな文字で「あなたの1票で約250円と選挙区と比例区の2票で約500円」改行してだいぶ大きめの文字で「の政党助成金がNHK党に交付されます。」と書かれています。

政党要件を満たせば、これぐらいの額が交付されることになるでしょうから、マーよしとしましょう。ところが、その下には、近づかなければ読めないような字の大きさで「このお金を使いNHK被害者(例えば、NHKから裁判された人の裁判費用や受信料の全額肩代わりなど)を救済しています」と書かれています。ゴシック部分だけ、何故か文字が大きくなっています。

こんなのありかと目を疑う内容ですが、さて有権者の選択は?

いのちとうとし

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2022年6月22日 (水)

ベトナムの歴史(その12-2)

グエン・チャイ、非業の死

内務大臣に就いたグエン・チャイは明に統治された20年間に疲弊した経済と社会の立て直しに努めます。中央集権国家体制が整えられていくうちに王朝は急速に官僚主義の弊害に陥ります。レ・ロイ王は官僚の讒言によって「ランソンの誓い」(明の支配を打ち破る血盟の誓い)をたて、ともに闘った盟友たちを次々に処刑します。

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グエン・チャイの肖像画

1433年、グエン・チャイは幼い王、第2代皇帝レ・タイ・トン(黎大宗)に黎朝の礎を築くための帝王学を教えるなど力を尽くしますが、同じ年にレ・ロイ初代皇帝がなくなります。その後、目立ちはじめた官僚の横暴や腐敗と闘いますが、怨みを買い、幼王の教育係を退きます。その後再び内務大臣に就きますが、レー・タイ・トン王がグエン・チャイの家を訪問した直後、急死したことを口実に、グエン・チャイを疎ましく思っていた官僚たちから王謀殺の嫌疑をかけられます。そして1442年9月19日、グエン・チャイは、「罪三族に及ぶ」として300人を超える一族の人々ともども斬首されるという、非業の最期をとげました。

 しかし、黎朝第5代皇帝レ・タイン・トン(黎聖宗)によって名誉は回復され、ハノイをはじめ全国各地に「グエン・チャイ通り」が作られています。

ざっくり、この頃の日本と世界

明による支配(第4期北属期)からグエン・チャイが活躍した時代は、日本では室町時代です。

下表にざっくりと年表をまとめました。


 

ベトナム

日本

ヨーロッパ

1225年

陳朝     中国は宋から元

1192年 源頼朝、鎌倉幕府を開く

1147年 第2十字軍遠征

1348年

陳朝、「北属南進」(チャンパ国を侵攻)

1333年 鎌倉幕府滅ぶ

1338年 足利尊氏征夷大将軍(室町幕府)

1338年 英仏「100年戦争」始まる

1400年

陳朝が滅び胡朝が興る

1392年 南北朝統一

1369年 ティムール帝国起こる

1406年

明の侵攻始まる

1404年 日明貿易始まる(足利義満)

1402年 アンゴラの戦い

1407年

胡朝滅亡(第4次北属)

 

 

1416年

レ・ロイ、グエン・チャイなどが抗明闘争に起ち上がる

1416年 足利利持に対する上杉禅秀の乱

1419年 ドイツでフス戦争

1427年

1428年

明軍敗退

前期黎朝始まる

1427年 近江で「正長の土一揆」始まる、

1428年 京・奈良・伊勢・播磨・丹波に拡大

1429年 ジャヌダルク、オルレアン包囲破る

1433年

初代黎朝皇帝レ・ロイの死

1438年 「永享の乱」(上杉)

 

1442年

グエン・チャイ、第2代皇帝暗殺嫌疑で一族とともに斬首

1441年 「嘉吉の乱」第6代将軍・足利義教謀殺される

1453年 東ローマ帝国滅亡

1460

5代皇帝レ・タン・トン(黎聖宗)即位、ベトナム中興の祖、グエン・チャイ名誉回復

1467年 応仁の乱(~1477年)~1615年「大坂夏の陣」までの約150年間戦国時代

1492年 コロンブス、新大陸発見

黎朝は前期(14281527年)・後期(15331788年)の360年間に及びます。日本では室町時代から江戸時代(幕藩体制)の揺らぎが見え始めた18世紀末頃に当たります。

次号から幾度かに分けて、この時代を見て行きたいと思います。

(2022年6月22日、あかたつ)

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2022年6月21日 (火)

6月の三原地区、府中地区の「19日行動」

今月も三原地区・府中地区の「19日行動」の様子が、藤本講治さんと小川敏男さんから届きました。

三原地区

参議院選挙の公示日を前にした619日(日)、午後530分から三原駅前に19人が参加して定例「19日行動」を取り組みました。

司会者からロシア・プーチン政権のウクライナへの軍事侵攻という事態を受け、710日投開票で実施される参院選は、「戦争する国づくりに突き進むのか。だれもが平和で安心して暮らせる社会をめざすのか。今後の日本の進路が問われる重要な選挙である。」と冒頭訴えて、5人の弁士(政平智春さん・中西一夫さん・岡崎敏彦さん・高木武子さん・冨中豊彦さん)がリレートークを行いました。

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①岸田自公政権について、ロシアの侵略戦争に乗じて、「憲法9条改悪」「防衛費2倍増額」「敵基地攻撃能力保有」「核兵器共有」などを声高に主張している。また、自民党改憲草案(天皇の元首化、国防軍・戦力を持つ、為政者が決めた利益を中心にして自由と権利を制限する等)は、日本国憲法の三原則(基本的人権の尊重・絶対平和主義・主権在民)と真っ向から否定するものである。②核政策について、621日から23日にかけてオーストラリア・ウィーンに開催される核兵器禁止条約第1回締約国会議に被爆地広島県選出の岸田首相は、被爆者の切実な願いである核廃絶に背を向け日本は参加しないと表明したこと、平和国家への道に逆行する行為である。③私たちの憲法観について、今、世論調査で言われているのは憲法改正がにわかにトップにおどり出ようとしている。日本の憲法は、77年前のあの忌まわしい戦争体験の中から二度と戦争はしてはならない。人間らしく平和で安心して暮らせる国に作っていこうという考え方のもとで世界にはない憲法を日本は作ってきたことを改めて再確認し、世界の宝と言われる憲法9条をしっかり守っていくことが今、求められている。④私たちと政治について、再び戦争への道を歩もうとしている現政権に対して、私たちはNO!を突きつけようではないか。戦争は殺し殺されるものである。私たちの生活は政治によって動かされることを考えていこう。私たちが選んだ政治家・政党が政治を行う。良くも悪くも私たちの代表である。そのことをしっかり考えて選挙に臨んでいこう。⑤経済政策について、物価が値上がりしたにもかかわらず年金は下がっている。労働者の賃金は上がらない。一方で財界の貯蓄は、過去最高の500兆円になろうとしている。こうした不平等な問題に政治がメスを入れなくして国民の理解は得られない。このことを確認して私たちの側に立つ政治家・政党の議席を増やしていくことが重要である。

などを訴え、改憲勢力に3分の2議席を許さないという声を街頭からあげていきました。

藤本講治

府中地区

安保法制に反対する府中市民の会は、19日(日)の午後330分から上下町のAコープ前と、5時から天満屋府中店前で、30分間スタンディングとリレートークを行いました。参加者はどちらも10名でした。

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上下町Aコープ前

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府中天満屋前

スタンディングでは、「敵基地攻撃能力は憲法違反!平和外交を」「防衛費倍増より賃金引上げを!」「平和のため選挙に行こう!」と新しく3本の横断幕を作成しました。

リレートークでは、みなさん、自民党の安全保障調査会が政府に提言した①専守防衛の変更、具体的には「敵基地攻撃能力」という名称を「反撃能力」にして、今の憲法では専守防衛しかできませんが先制攻撃が出来る変更、②防衛費の制限をGDP比(国内総生産比)1%であったものを5年以内に倍の2%に引き上げる変更、③外国に武器を輸出して防衛産業の利益を拡大するため、武器輸出の制限を取り払う変更、について多くの人が発言しました。

特に、防衛費の引き上げ額は5兆円で今までのと合わせて約11兆円となり、周りの国に脅威を与えることになる。それよりは食料や電気・ガスの値上がりで苦しむ国民の生活に使われるべきだという発言内容が多かったです。

日曜日ということもあって車の中から手を振ってくださる方が多かったです。

小川敏男

【編集後記】明日から、参議院選挙がスタートします。二地区の訴えが実るように、それぞれの持ち場で頑張りたいと思います。

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2022年6月20日 (月)

ベトナムの歴史(その12-1)

レ・ロイとグエン・チャイによる抗明闘争の歴史的意義

  前号(その11)で1427年にレ・ロイ黎利が中国の明に滅ぼされた胡王朝の官吏だったグエン・チャイ)を参謀役に、20年間にわたる明との戦いに勝ったことを紹介しました。植民地兵として狩り出されたベトナム兵を加え圧倒的な明軍に苦戦を強いられながらも次第に盛り返していきます。そこには何よりも絶えず民衆を大切にする姿勢と、敵軍兵士の被害にも配慮しながら「敵の城を征服するよりも心を征服したほうが良い」というグエン・チャイの崇高な「救国の戦い」の理念がありました。その姿勢が民衆の圧倒的な支持だけでなく、明軍に組み込まれたベトナム地方軍の寝返りやレ・ロイ軍への参加を促したのです。

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解放戦争を闘うベトナムの人々

人民に依拠して抗明闘争を闘い抜いたその思想と経験が、その後の抗仏闘争(1946~1954年)とベトナム戦争(1955~1975年)の勝利に生かされ、1976年の悲願の民族統一につながっていきます。

「明を平らげ天下に告げる書」

レ・ロイ軍の決定的優位な戦局になった1426年、明軍はレ・ロイ軍に和議と安全な撤退の保障を申し入れます。孤立した明軍を徹底的に討ち取り、過酷な植民地支配と数多の犠牲の仇を討つことを主張する将軍もいました。しかし、グエン・チャイは「復讐したいのは世の常だが、相手が降伏したのに殺すのは良くない」とレ・ロイに進言し、道路や橋を修復し、500隻の船、沿道に食糧を用意し8万6千人の明軍を送り返したと伝えられています。

1428年、レ・ロイは陳朝の流れを汲む陳嵩(チャン・カオ)を安南国王に据えますが、チャン・カオは何の功績もなく王に就いたことを恥じて逃亡してしまいます。こうして1428年4月にレ・ロイによる前期黎朝が建てられ、グエン・チャイは内務大臣に就任、「明を平らげたことを天下に告げる書」として『ビン・ゴ・ダイ・カオ』(平呉大誥)という詩を著します。

(2022年6月20日、あかたつ)

【編集者】あかたつさんから届いた「ベトナムの歴史その12」は少し長めの原稿でしたので、二回に分けて掲載することにしました。つづきは、22日に掲載します。

オーストリア・ウィーンで、明日から開催される「核兵器禁止条約第1回締約国会議」に原水禁国民会議から秋葉さんが参加されています。その様子は、ヒロシマの心を世界にに報告されています。

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2022年6月14日 (火)

G7サミットで核保有国と非核保有国との橋渡し?

最近の「G7サミット広島開催」のローカルニュースの中で、気になることを耳にしました。

G7サミットには、核兵器保有国が3カ国、非保有国が3カ国(日本を除いての意味だと思うが)参加する。岸田首相は、常々『日本政府は、核兵器保有国と非核兵器保有国の橋渡しをする』と言っているので、このG7サミットでそのことを実現してほしい」

私の聞き間違いであればよいのですが。これを聞きながら、ちょっと待ってくださいと言いたくなりました。それは、現在のG7サミットの参加国の核兵器状況を見ると、単純に核兵器保有国、非核兵器保有国と割り切ることはできない現実があるからです。

確かにG7サミット出席国で、核保有国とされているのは、アメリカ、イギリス、フランスの3カ国だけです。

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しかし、最近の日本国内の「核共有」発言でも例示国として紹介されていますが、ドイツは核保有国ではありませんが、2009年11月現在(今もそのままこの政策は継続していると思います)、同じG7の国イタリア、そしてベルギー、オランダ、トルコなどと共にNATO加盟国としてアメリカの核兵器を受け入れている国です。

まさに核共有(ニュークリア・シェアリング)国です。もちろん、配備されているのはそれぞれの国にある米軍基地ですが。

これは、NPT条約(核拡散防止条約)に違反することは明確ですが、とりあえず今日はそのことはおくことにします。

問題は、こうしたドイツやイタリアを「日本政府が橋渡し役をするための非核兵器保有国」として考えてよいのかということです。私の考えは、当然NOです。

日本政府の言う「核保有国と非核保有国の橋渡し」の対象となる非核兵器保有国は、核の傘や核抑止論に頼っていない国々のことでなければならないはずです。それらの国々こそ、核兵器禁止条約の成立に努力し、国連での同条約採択に賛成し、そして進んだ国では署名・批准を行い、真に核兵器の廃絶を願い、活動をしているからです。

来年のG7サミット広島開催が決まり、被爆地出身の岸田首相を「よいしょ」するあまり、この国際社会の現実に目をつむった報道があってはなりません。

私は、G7サミットに賛同しているわけではありません。しかし、広島で開催するのであれば、核保有国の首脳のみならず、核兵器禁止条約への署名批准を拒否している他の出席国3カ国の首脳も同様に広島の原爆被害の実相にしっかりと向き合うような日程が組まれるべきです。多くの広島市民が期待しているのは、そうしたことが目に見えるG7サミットの広島開催だと思います。

そのことを繰り返し情報発信する事こそが、広島のマスコミの役割だと思っています。

いのちとうとし

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2022年6月12日 (日)

第25代高校生平和大使の結団式

全国で選ばれた第25代高校生平和大使の結団式が、昨日午後1時30分から広島の自治労会館で行われました。

結団式には、今年全国1道1都2府13県(北海道、岩手、福島、東京、神奈川、新潟、静岡、京都、大阪、兵庫、奈良、広島、福岡、佐賀、熊本、大分、長崎)で選出された31人の高校生平和大使とそれを支えるサポーターのみなさんが集まりました。公募に応じた高校生は、全国で約600人でした。6月に結団式が行われるのは、3年ぶりのことです。この結団式から、その年の高校生平和大使の活動が始まりますが、昨年は、ようやく12月になって実施されました。

第24代高校生平和大使の高橋菜乃果さん(広島)の司会で始まった今年の結団式は、最初に高校生平和大使派遣委員会共同代表の小早川健さんが、広島での選考会の模様などを紹介しながら開会のあいさつ。続いて来賓5人のあいさつ。私も広島県原水禁を代表したあいさつをしました。

これであいさつは終わり、続いて、被爆者で元原爆資料館館長の原田浩さんから「被爆の実相を伝える」と題した記念講演。原田さんには、昨年も講演をしていただきました。

原田さんの講演が終わると、休憩をはさんで高校生平和大使派遣委員会共同代表在間秀和さんから一人ひとりに「高校生平和大使認証状」が手渡され、正式に第25代高校生平和大使が誕生しました。

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その後、一人ひとりが決意を表明。一人2分の持ち時間ですが、それぞれの思いがこもった決意が表明されました。今年は、ウクライナ問題を多くの高校生が取り上げたことが特徴的でした。その後、共同代表に平野伸人さんが、これまでの経験を交えて高校生平和大使が果たすべき役割をレクチャー。平野さんは、高校生平和大使の育ての親ともいえる人です。その後、6月21日から23日にオーストリア・ウィーンで開催される「核兵器禁止条約第1回締約国会議」に参加する第24代高校生平和大使・近畿大学付属広島高校福山高3年の大内由紀子さんが、決意を表明しました。

最後に閉会あいさつがあり、結団式を終了しました。

2日目となる今日は、朝から平和公園を中心にフィールドワークを行い、正午過ぎに解散することになっています。

1998年5月、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないインドとパキスタンが相次いで核実験を強行し、被爆地の市民は核拡散に危機感を募らせ、「長崎平和大集会」に参加する約50の平和団体が、被爆地広島・長崎の声を世界に伝えるために未来を担う若者を国連に派遣したことが、高校生平和大使のスタートです。現在のように長崎県以外でも高校生平和大使が選ばれるようになったのは、2005年以降で、少しづつ全国に広がり現在の17都道府県に広がりました。

この1998年と1999年の2回は、ニューヨーク国連本部への派遣でしたが、2000年第3代高校生平和大使から、軍縮会議が開かれるスイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪問し、高校生一万人署名活動で集めた署名を届けています。高校生平和大使のホームページによれば、「1万人」という数字は、当初は、高校生だけの署名を集めることを考え、当時の長崎の高校生に人数は、1万人ぐらいだろうということで、「高校生1万人署名」となったそうです。現在では、長崎だけでなく、高校生平和大使のいるすべての都道府県で実施されています。

毎年夏休みの時期に行われていた国連欧州本部への訪問は、この2年間コロナの影響で、実施できませんでしたが、現在のところ今年は、3年ぶりに実施されることなっています。

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2022年6月10日 (金)

電力会社、自治体の共通な体質

6月2日、島根県の丸山達也知事が県議会の場で島根原発2号機の再稼働に同意を表明しました。原発への武力攻撃、避難、使用済み核燃料問題など山積みの問題の解決策が無い状況の中でです。

 午前10時から始まった議会、丸山知事は45分間にわたって同意に至った理由を説明しました。

 「不安のない生活をするには原発はないほうがよく、なくしていくべきだと私も思います。一方で、必要な電力は供給される必要がある。現状では原発が一定の役割を担う必要があると考えます」「県民の皆さんに不安や心配が残るものであり、苦渋の判断です」と述べました。

 「原発はないほうがよい」「苦渋の判断」とまで語るのなら、なんで「(再稼働は)認めない」といえないのでしょうか。『県民の健康と安心』に責任を持つ県のトップとしては、巧妙な責任回避だと思います。

 島根原発のことを「原子力発電所」ではなく「政治力発電所」と表した、鎌田慧さんが書かれた『日本の原発地帯』という本があります。僕も『原発スキャンダル』という本でそのことを書きましたが、政治に翻ろうされ建設が行われ、B型(沸騰水型)原発の再稼働トップを政治的な策略の中で行われようとしていることを感じます。

 それも7月に実施される参議院選挙より以前に、自治体としての手続きを終わらせておき、選挙の争点になることを避けたいというミエミエの思惑が感じられます。これでは世論が、原発への信頼を持つはずがないでしょう。

 いっぽう5月31日、札幌地方裁判所は北海道電力泊(とまり)原発の運転を差し止めるという判決を出しました。この判決について、原子力規制委員会の審査が実施中で、その判断が行われていないのにという疑問をいう人もいます。

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 考えて欲しいのは、原発を建設し運転をしたいのは、あくまでも北海道電力という事業者です。北電は泊原発が原子力規制委員会の審査中という言い訳で、いたずらに裁判を長引かせ規制委の審査にも非協力で、事業者としての体質というか資質に無責任さを感じていました。「規制の虜(とりこ)」という言葉がありますが、特に福島第一原発事故までは電力会社には、規制の仕事をする行政機関を馬鹿にする体質が強くありました。

 泊原発については原子力規制委員会も審査の中で、原発の直下に活断層があるとか、津波対策が不十分だとか、火山の危険性など問題点の指摘は行いますが、「廃炉にしなさい」というような判断を出さないという無責任体質もあります。

 あの大戦について、「総括しない」「反省しない」「責任取らない」という「3ない主義」がいわれ、最近の時世では「今だけ」「金だけ」「自分だけ」という「3だけ主義」もいわれています。

国も原子力規制委員会も自治体も電力会社も、「3ない主義」「3だけ主義」がまん延しているのではないでしょうか。

木原省治

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2022年6月 9日 (木)

シンポジウム「クルド」その2

7日に紹介した「シンポジウム『クルド』」のつづきで、パネルディスカッションを通じて知ったことです。

トルコに住むクルド人のセルダン・ジャーナンさんとイルファン・アクタンさんは、この春京都大学のプロジェクトの活動に招かれて来日し、埼玉県の蕨市、川口市を中心とする日本のクルド・コミュニティで、フィールドワークを行っています。

この二人が、広島を訪れることになったのは、イラクのフセイン体制下で、クルド人の街ハラブジャが毒ガスの攻撃を受けた悲劇を原爆の悲劇に重ね合わせて広島を訪問したいという二人の強い希望があったからだったようです。「だったよう」というあいまいな言い方をするのは、最初の趣旨説明を聞いていないからです。

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パネルディスカッションは、東さんの「セルダンさんの歌は、胸に突き刺さるものでした。音楽は、国境があってもそれを乗り越えて、自分の中に入ってくる。禁じられた言語、禁じられた歌、しかし今日の演奏を聞いて歌の持つ力が強いことを改めて感じました。そして、クルドの人たちが、広島を思ってくれていることを今日はじめて私たちは、知ることになった」という話から始まり、途中で再びセルダンさんの歌声が入りながら、音楽の持つ力についての対話が進みました。残念ながら、少し難しくてメモを取ることができませんでした。最後の会場からの「広島に来られて朝鮮学校を訪問されたそうですが、その感想は?」との問いに答えたイルファンさんの話が強く印象に残っていますので、私がメモできた限りで紹介します。

「埼玉の在日クルド人のことを調べるために来たのですが、その中で在日朝鮮人のことを知りました。それはトルコのクルドと同じだと感じたからです。自分たちの言語が自由に語れない、文化を奪われることは大変なことです。

市民は、政府の言いなりになり、手段として使われないようにしなければなりません。トルコでも、トルコ人がクルド人のことで声をあげていたら、こうならなかったのではないか。今、日本人が在日朝鮮人のことで声を上げれば、在日朝鮮人が疎外された思いをすることはないはず。国家は、強大だがそれを築いているのは、私たち市民。国家を獣にするか優しいものにするかは、私たちの手にかかっている。

埼玉県の蕨を中心に日本に住むクルド人は、2000人、しかし政治の差別的な政策の下に置かれている。30年も暮らしているのに、居住権はおろか、就労するビザすら取得できない。『いるけど居ない』ということ。それは決して運命ではない。クルド人は自分ではかえられない。変えることができるのはあなたたちです。世界はどこにでも住む権利があります。日本に住むクルド人の仕事は、ほとんど解体の仕事。それは日本人がかかわらない危険な仕事です。しかし、権利は与えられていません。声を挙げなければならない。政府だけの問題だといえるのか?それは許されるのか?ぜひ周りの人にクルドのことを話してください。他人の苦しみに想像力を働かせることです。」

クルド人は、100年前に国が分割され、特にトルコでは、言葉も歌も文化も奪われている(現在は、法律では禁止されていませんが、実質的に、禁止されたと同じ状況)のです。

セルダンさんが希望することは、「トルコでクルド語が話せて、クルド語で歌えること」です。

クルド人がトルコで自分たちの国をつくりたいと運動していることは知っていましたが、言葉も歌も文化も奪われていることや日本にも2000人ものクルド人が住んでいることなど、ほとんど知らないことでした。

クルド人の民族音楽を聞きたいと思って参加したシンポジウムでしたが、クルド問題を考えさせられただけでなく、私たちの運動のあり方、市民社会のありようを学ぶ貴重な場となりました。

いのちとうとし

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2022年6月 7日 (火)

シンポジウム「クルド」

4日(土)の午後4時から「シンポジウム・クルド」が、南区の広島市留学生会館で開かれました。

友人からの情報で知った私は、このプログラムの中の「演奏と歌」に興味を持ち、参加することにしました。

午後5時前まで、別の予定が入っていましたが、プログラムでは、午後4時15分から映画が上映され、演奏と歌は午後5時30分からとなっていましたので、この時間には間に合うと会場に行きました。会場に着いたのは、午後5時過ぎだったのですが、すでに演奏と歌は、始まっていました。後でわかったことですが、せっかくの機会なので、演奏と歌を充分に聞いてほしいということで、映画の上映は中止となり、最初から演奏と歌が行われたようです。

私が会場に入ってから演奏された曲は、「労働の歌」「嫁とりの歌」そして曲の名前の紹介はありませんでしたが、「楽しい歌で締めくくります」と紹介された3曲でした。

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演奏に使われた楽器は、クルド人の民族楽器3弦の楽器タンブールと胴の部分が少し丸く大きくなったバーラマです。

演奏者は、セルダン・ジャーナンさん。セルダンさんは、クルド各地をめぐり、クルド民謡・音楽を収集してきた研修者であり、民族音楽の専門家です。

私は、珍しいクルド人の歌が聞けるという安易な気持ちで参加したのですが、とんでもない勘違いをしていました。歌と演奏の後で行われたパネルディスカッションで、そのことを思い知らさることになりました。

クルド人は、約3千万人の民族ですが、その人々が住む地・国を意味するクルディスタンは、現在国家としては存在しません。1923年に結ばれた条約によって、クルド人の住む地域は、トルコ、イラク、イラン、シリアの四カ国に分割されています。

特にトルコで暮らすクルド人は、同化政策のもと、クルド人のアイディンティティが、否定され、長らく母語のクルド語もクルド音楽も禁じられてきました。

その中で、クルド語を語り伝えてきたのがデングベジュ(吟遊詩人)と呼ばれる人たちです。セダルさんが、収集し演奏し歌った歌は、このデングベジュと呼ばれる人たちによって、語り継がれたものですが、その伝えられたそれぞれの歌には、クルド人の歴史や物語があるのです。デングベジュの人たちが語り伝えることによって、クルド語そのものも伝えられてきたことになります。

セルダンさんが歌うクルド語の歌の背景には、そんな歴史があったのです。

私が聞いたわずか3曲の間(約15分)のセルダンさんの語りの中で、それを知ることができました。すでに45分間ぐらいの演奏が終わっていましたので、その間にはもっと貴重な話があったと思われます。

演奏が終わり休憩の後、広島在住の音楽評論家東琢磨さんの進行で、セルダンさんと、一緒に来日したというか、クルド人ジャーナリストのイルファン・アクタンさんの3人によるパネルディスカッションが行われました。そこで学んだことは、9日のブログで紹介します。

いのちとうとし

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