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日記・コラム・つぶやき

2023年2月 6日 (月)

ヒロシマとベトナム(その42)ベトナム象、広島を歩く-6

4月8日、海田宿を出発したベトナム象は、穏やかな日和に恵まれ瀬野川沿いの西国街道を桜を愛でながら東へと進んだことでしょう。「出迎え松」を過ぎた辺りから山手に入り、延々と続く上り坂に入りますが、まだまだ何のことはありません。西国街道は瀬野駅手前を右折、2号線を超え東に向かいます。安芸区一貫田の一里塚を通り、再び2号線を超え、龍禅寺辺りから2号線の左山手を東に向かいます。

海田宿と西条四日市宿との間に位置する一貫田には、俳人の種田山頭火の歌碑が残されるなど、間宿(あいだじゅく)として賑わっていました。

西国街道随一の難所、大山峠

一貫田から瀬野川の北側山手を八本松に向けて上ります。かつてドライブイン前にSL「D51」が鎮座していた辺りを過ぎしばらくして瀬野川を南に渡りさらに上って行きます。下の地図はその辺りを示したもので、「旧山陽道(西国街道)のルート情報」(「Google Earth」)に筆者が手を加えました。

D51は瀬野川公園の一角に据えられています。

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大山峠は安芸郡と賀茂郡の境にある標高337m、麓からの比高は約250mと険しい難所です。次㌻の「瀬野川史跡案内図」には、3月に開通予定の東広島・安芸バイパス上に「瀬野馬子唄発祥地」と「代官おろし跡」と書かれています。

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「代官おろし跡」は余りにも急な坂のため代官様も籠を降り、付き人に後ろから押してもらってようやく峠を越えるたとのことです。籠を降りた場所と伝えられている辺りに安芸ライオンズクラブが建てた碑があります。

瀬野馬子唄は、この急な坂を一石5斗(約225kg)の米を背に振り分けた馬を曳きながら、「瀬野の三里とエー、大山の峠とヨー、大須なわてがなけにゃエー。瀬野の馬さはエー、金つき馬でヨー、夜になってもせいをだす」と唄ったということです。当時の馬は金つき馬と呼ばれる去勢されていない馬で、大変扱いが難しかったそうです。いずれの碑も西日本豪雨災害で壊れたため新たに作られています。

ところで、重さが3㌧を超え背丈5尺7寸(約173cm)だったと伝えられるベトナム象、とても象のお尻を押すことはできません。ベトナム象はどのようにして大山峠を登り切ったのでしょう。・・・・

大山峠を襲った5年前の「西日本豪雨災害」

昨年12月1日、東広島郷土史研究会の「石造物研究会」のメンバー4名で大山峠を探索しました。リーダーの船越さんがベトナム象を追っている私のために特別に企画してくださいました。下の写真4枚はそのときに撮影したものです。

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痕跡を辿ることができないほど崩壊した大山峠(瀬野側)の様子。砂防ダムの工事が進んでいました。

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新たに付けられた道路の右辺りに西国街道があった(?)

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2018年の西日本水害で流失し新たに建てられた碑

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安芸区と賀茂郡の境に建てられた碑

西国街道(旧山陽道)が現在どのようになっているかが分かる写真が下の2枚です。前述の「旧山陽道(西国街道)のルート情報」の「Google Earth」から引用しました。

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写真の中央を横に走っているオレンジ色が西国街道(旧山陽道)です。上の写真の右上部分に巨大な砂防ダムが築かれています。下の写真のオレンジは砂防ダムから西条四日市宿に向かって延びている西国街道で、右隅には八本松西で工事が進んでいる東広島・矢野バイパスが写っています。

(2023年2月6日、あかたつ)

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2023年2月 5日 (日)

ヒロシマとベトナム(その41)ベトナム象、広島を歩く-5

小春日和、広島城下を発つ

4月7日、朝5つ半時(午前9時)小春日和の広島城下を発ったベトナム象は、その日の宿である海田宿までの4里足らずの途に就きました。本川橋、元安橋を渡り広島城の天守を左に見ながら東に向かい、堀川町辺りを北に折れ、鉄砲町を東にとり、京橋と猿猴橋を渡り船越峠へと向かったと思われます。峠をくだると船越4丁目に残る常夜燈辺りからは緩やかな街道が海田宿まで続きます。

ルートは現在の府中町から瀬野川に続く県道とほぼ同じと考えてください。ご存知の方も多いと思いますが、車の離合にも難渋する道幅です。

象が泊まった場所が海田宿のどこであったのか記録が残されているのかも知れませんが分かりません。海田宿の要職を務める千葉家だったのか、脇本陣として使われていたと伝えられる庄屋の猫田新太郎宅だったのか・・・。この日は船越峠を越えるだけの比較的楽な15km余りの道程でした。しかし、楽あれば苦もあります。翌日とんでもない難行程、「西国街道最大の難所」と呼ばれた大山峠が待ち受けていることを象は知る由もありません。

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この日、広島っ子は “象を見た・・・・・・”

「交趾国より送られた象広島を通過、藩主吉長これを見る」(「吉長公御代記」)とあるように、ときの広島藩主・浅野吉長公も前日、城下の堺町内(現在の広島市中区堺町)まで出かけて象を見学するほどの珍獣です。この日の広島っ子はどうだったのでしょう。以前にも紹介した岡山藩の古文書を読み解いた岡山大学の資料を見てみましょう。この古文書は岡山藩が将軍様の像を粗相なく無事に領内を通過させるため、広島藩の様子を下調べした藩士が藩庁に提出した報告文書です。

象が驚き暴れるので、「通り筋家家簾(のれん)を釣り、或いは戸口を閉め家内人集まり候体見え申さぬように御触れの由」と、外に出ての見物は禁止です。「拠無(よんどころな)き用事につき往来仕らず候て叶わぬ儀これあるとも、通り筋を除け、外道を通り申すべき由、御家中、町方、郡方とも御触れ候由」と、よんどころない場合にも通りを避け脇道を通るようにお触れを出しなさいと念の入れようです。そうした結果、「広島街並み見物の者簾の内に静かに居り申し候、たばこの煙、またそのほか煙出し申さぬように御座候」という状況だったようです、

さらに、下をご覧ください。

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白囲みでは「蟻、鼠、牛馬、犬、猫嫌い申し候やの事、広島御城下前日より繋ぎ申し候、尤も、小鳥等迄外へのけ申し候」と報告され、他の箇所では「犬猫も繋ぎ候事、広島の通り御当地も申し付くべく候」と、岡山藩でも広島のように申し付けることを具申されています。

この様にとても広島っ子は珍獣を見物できるような状況ではなく、犬も猫も、牛馬も、鳥も・・・・大迷惑なことだったことでしょう。迷惑では済まされないお触れも出されています。「広島にては、寺寺の鐘、太鼓、鉄砲等、そのほか音高き事は差し止めなされ候由、御当地も此の通り仰せつけられ然るべく存じ奉り候」と、象をびっくりさせるような音は一切禁止です。時を告げる鐘だけでなく火事などの危急の時に打ち鳴らす早鐘も駄目、趣味の音曲だけでなく鍛冶屋も作事の大工仕事や槌音も禁止です。

象が無事通過するまでの間は、見物はもちろん外に出ても駄目、音の出る仕事も禁止。随分のフラストレーションだったことでしょう。でも、同時に、遠く異郷の地を健気に歩く象に誰もが言い知れないシンパシーを感じたのではないでしょうか。そんな広島っ子の思いが記された文書がどこかに残っていないのか、関心が募ります。きっと、それはどこかにあると思います。

 いずれにしても、ベトナム象は海田宿につきました。次号(その42)では西国街道随一の難所、大山峠を越えを思い描いてみたいと思います。

(2023年2月5日、あかたつ)

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2023年2月 4日 (土)

2月の「3の日行動」

「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」は、昨日午後5時30分から1時間、本通電停前で2月の「3の日行動」を実施しました。

「戦争をさせない千人委員会」の佐藤奈保子さんの司会で街頭行動はスタートしました。

最初は、いつものように代表世話人の一人川后和幸さんがアピール。続いてゼェンダーフリーのテーマで日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワークの岡原美智子さんが「従軍慰安婦問題の解決には、謝罪が大切だ」ということを強く訴えました。

ゼェンダーフリーの問題といえば、先日の国会予算委員会での岸田首相の同性婚の法律化を問われての「同性婚で家族観や社会が変わる」という発言が頭に浮かびます。岸田首相のこの発言は、現在の社会状況を無視するだけでなく、「なぜ同性婚で社会が変わるのか」の説明が全くなされていません。もし岸田首相が本当にそう思うのであれば、その理由をきちんと説明しなければなりません。本音が出たともいえる発言ですが、その理由を明確に説明しなければ、国会の論戦にはなりません。国会の審議はそれほど重いものだということを自覚して欲しいと思います。

次に「戦争をさせない千人委員会」の三木郁子さんが、「平和憲法こそが政治の基本だ」と岸田首相が進める軍事大国化政策を厳しく批判しました。

次のスピーカーは、ピースリンク広島・呉・岩国の新田秀樹さんです。新田さんのテーマは、「大軍拡、安保3文書について」です。このテーマも今国会の最重要テーマの一つですが、今のところこのテーマでの論戦が進んでいるとはいえません。野党のしっかりとした追及が求められます。

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私もここでマイクを握りました。私に与えられたテーマは「始まった国会審議の問題」でした。私は、「少子化問題」の国会論議のあり方と問いました。

岸田首相は「異次元の少子化対策」といいながら、何が異次元なのかその中身の説明がありません。もし「児童手当の所得制限撤廃」がその中身なら、異次元のというのがはばかられる内容です。

一部野党は、所得税の改正(子どもの人数に応じて減税する)を主張していますが、それで「少子化対策の問題が解決する」とはとても思えません。

問題なことは、非正規雇用の増大による今の生活が、そして将来の生活がどうなるのかという不安の増大していることです。この問題にメスを入れない限り、真の意味での少子化対策はあり得ません。3人に一人が非正規労働者だと言われるこの社会構造を変えるために政治が何をすべきか、そして何ができるのかをこそ、論議する国会にしなければなりません。

次のスピーカーは、山田延廣弁護士です。山田さんのテーマは「統一協会問題」でした。自民党は、この問題は終わったことにしたいようですが、自治体議員を含めてまだまだ問題の本質が明らかになっていないことが指摘されました。

最後に、総がかり行動実世話人の藤元康之さんが、2月23日に予定されている「2・23 ウクライナに平和を!大軍拡・大増税NO! 市民集会」への参加を呼びかけて、2月の「3の日行動」を終了しました。

参加者は、40名でした。

いのちとうとし

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2023年2月 3日 (金)

「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」つづき

仏教、キリスト教での追悼の後、広島に住むミャンマー人からメッセージがありました。

最初のアピールは、広島市立大学学生のアウンチーミインさんです。

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「今もミャンマーでは、クーデターに負けず、諦めずがんばっている。関心を持って集会に参加していただきありがとうございます。多くの皆さんにクーデターの事実を知ってほしいのです。殺された人以外にも住む家が壊された人も多くいます。私の親戚を含めてです。命を失った人、財産を失った人。そのことを知ってほしいと思います。できる範囲ではなく、できる範囲を超えてがんばりたいと思っています。住むところもない、食べるものもない人を救うためにカンパをお願いします。ミャンマーに、日本に、世界が平和であるように祈ります。」

アウンサンは、先日の写真展の会場でいろいろと話を聞かせていただきました。

つづいて牧師のトゥン・カン・クップさんのメッセージがありました。

トゥンさんは、安佐南区の八木にある教会の牧師さんで、キリスト教関係のお祈りにも参加されていました。

最後に小武さんから今後の行動提起があり、「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」は、30分ほどで終了しました。

その後、小武さんの提起を受け、場所を本通電停前に移動し、「1の日」行動が行われました。今回が、22回目の行動となりました。

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私もマイクを握り「マスコミがほとんどミャンマーのことを報道しなくなりましたが、ミャンマーで今起きていることを忘れないようにしよう。もし私たちが忘れてしまえば、それだけ軍部の行動を認めることになります。そして支援を続けましょう」と呼びかけました。

30分あまり、それぞれの参加者がマイクを握り、思いを訴え,この日の行動は終了しました。

今回の「集い」開催の中心的役割を担っているのが、三次の小武正教さんです。小武さんは、2008年に起きた民主化運動で、国民が平和に暮らせるためにと運動の先頭に立つミャンマーの僧侶から助けを求めるメールを受け取ったことを契機に、「同じ仏教徒として、何かせずにはいられなかった。多くの人が虐げられていることを知り、自分にできることを」と子どもたちの教育活動を支援するため「メラウーキャンプ教育支援の会」を立ち上げ、今も支援活動を続けておられます。メラウーは難民キャンプ地で、ミャンマーと国境を接するタイの山岳地帯にあります。

一昨日の中国新聞によれば「メラウーキャンプ教育支援の会」は、この活動が評価され、ヒロシマ創造基金から「国際交流奨励賞」が贈られることになりました。

小武さんは、一昨年の軍事クーデター後の3月23日に原爆ドーム前で「Save Myanmar ミャンマーを救え」との思いで、犠牲者を追悼する集会(私も参加しました)を行って以降、毎月1日に三次から広島に来て仲間と一緒に「Save Myanmarの行動」として、街頭行動を続けておられます。

ミャンマーを決して忘れず、私たちに何ができるか改めて考える一日になりました。

いのちとうとし

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2023年2月 2日 (木)

「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」

ミャンマー国軍が、軍事クーデターによって実権を握ってからちょうど2年となる21日、「ミャンマー市民の訴えを聞く会」が主催する「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」が、約30人が参加し原爆ドーム前で開催されました。

この集いを企画した「ミャンマー市民の訴えを聞く会」は、先月「「ミャンマー(ビルマ)の今を知る写真展―ミャンマーを忘れないで」を開催しています。

私もこの呼びかけに応えて参加しました。

午後3時からの「集い」は、ミャンマー出身の広島市立大生ナインさんの司会でスタートしました。

最初に主催者を代表して「ミャンマー市民の訴えを聞く会」の小武正教さんが、「ミャンマーの軍事政権の犠牲者を追悼し、市民が平等で民主的に暮らせるように声を上げましょう」とあいさつ。

まず仏教式の追悼が行われました。

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経文が唱えられた後、小武さんによる「表白」(ひょうびゃく)がありました。「表白」とは、法要の目的を述べることのようです。今のミャンマーの状況がよくわかりますので、小武さんの「表白」を引用します。

「本日は、2021年2月1日、ミャンマー軍が起こしたクーデターから今日で丸2年となります。この間、不条理にも軍によって命を奪われたミャンマー市民の人たちは毎日増え続けています。『政治犯支援協会』によれば1月31日時点で2,940人。またこれ以外にもミャンマー軍の爆撃、攻撃によって7,000人を超す市民や少数民族の人たちの命が奪われています。また13,763人を超える多くの人たちが、不当に逮捕され、今も抑留されています。

私たちは、ミャンマーが一日も早く真に平和で自由な社会となることを願いながら、毎月『1の日』行動として街頭アピール・募金を続けて来ました。しかし、クーデター後の日本政府やミャンマーに進出した日本企業の対応は、ミャンマー市民の願いに沿ったものではありません。私たちは『信頼』こそが人と人を結ぶ原点であると考えます。この度の軍のクーデターはとても悲しい出来事でありますが、この中で日本に住む私たちとミャンマーの人たちは新たな出会い・語り・学び、平和への行動を共にすることが始まりました。

ミャンマーが一日も早く真に平和で自由な社会となることを願い、この広島の地で,日本に住む者の責任があることを心に刻み、おのおのがこれから活動していくことを心に誓う。」

この後「仏説無量寿経」が唱えられ,仏教式の追悼が終わりました。

続いてキリスト教式れいはいがおこなわれました。

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ミャンマーは、国民のほぼ8割以上が仏教徒、約1割ちょっとがキリスト教徒ということですから、この二つの宗教による追悼が行われました。

この後、広島に住む二人のミャンマー人からメッセージがありましたが、この続きは明日に紹介します。

いのちとうとし

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2023年2月 1日 (水)

寒さの中でも咲いています。

Windows 8.1のサポートの終了を機に、パソコンをデスクトップパソコンからノート型パソコンに買い換えました。

友人に助けてもらった、無事に移行作業を終了したのですが、まだまだ使いこなせずにいます。ただ、ブログの更新作業だけはなんとかできるようになり、今日が新しいパソコンでの初作業です。

あっという間に1月が終わり、今日からもう2月がスタートしました。厳しい寒さも、少し和らいだ気がします。

今日はわが家で咲いている花の一部を紹介します。

わが家の植木は、すべて鉢植えですので、大きなものはベランダに置いています。この寒さで痛まないようにと家の中に取り込み寒さ対策をしました。

寒い中ですが、今年もいくつかの植木に花が咲きました。

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デンマークカクタスです。昨年よりも多くの花が付いた気がします。

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デンドロビウムは、出窓に置いていますが、白い花とつけました。光線のかげんで外に出して写真を撮りました。

この花は、長く楽しめますので、いつも思うのですが、ちょっと得をした気になります。

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アザレアもきれいな花を咲かせました。この鉢は、購入して数年たちますが、毎年きれいに咲くので楽しみです。最初の花が咲いたのは、昨年末ですので、すでに一月以上楽しませてくれています。

アザレアは、あと二鉢あり、ほぼ同じ頃につぼみをつけましたが、他の鉢の花が開くのにはもう少し時間がかかりそうです。

花の名前とは違って、クリスマスローズの花芽の茎が伸びてきたのですが、まだここで紹介するほどには伸びていません。

こんな花たちを眺めながら、寒さをしのぐ毎日でした。

いのちとうとし

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2023年1月30日 (月)

府中地区・1.27ネバダデー行動

朝起きて見ると私の家でも庭に少し雪がありました。

朝から小雨がやみません。

座り込みをどうしようかと相談した結果、座り込みの場所は濡れているため府中市役所の玄関のひさしの下で20分間のスタンディングに変更となりました。

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参加者は水田、土井市議会議員、府中市職労、社民党のみなさんでした。

終わりに広島県原水禁の常任理事である水田豊市議会議員から「ロシアが核兵器を使うと言っていることからも、唯一の被爆国として戦争終息の調停に回るべき日本は反対に

『台湾有事』などと言って敵基地攻撃など憲法違反の先制攻撃を閣議で決めています。

いまこそ戦争反対の声を上げなければなりません。

その抗議のため中止にせずスタンディングに変えさてもらった。

これからも今まで以上の怒りの抗議を行っていきましょう。」

と挨拶がありました。

小川敏男

【編集者】府中地区でも毎年、「1.27ネバダデー行動」が実施されています。小川さんからの報告が27日に届いていましたが、了解を得て今日掲載します。広島は幸いにして雨が降りませんでしたが、府中では雨の中での行動となったようです。

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2023年1月29日 (日)

「原水爆禁止広島県協議会第92回総会」開催

広島県原水禁は、27日午後6時から自治労会館で「原水爆禁止広島県協議会第92回総会」を開催しました。県原水禁の総会は、毎年この日(1月27日)に開催することにしています。

総会は、高橋克浩代表委員の開会あいさつの後、議長に丸山さん(広教組書記次長)を選出し、スタートしました。続いて、私が3人の代表委員を代表してあいさつ。特に、岸田首相が「核兵器のない世界の実現」と言いながら、安保3文書の改悪による軍事強化の姿勢、核兵器禁止条約締約国会議への不参加、NPT再検討会議に参加しながら「核兵器禁止条約に全く触れなかった」こと、福島原発事故は依然収束していないにもかかわらず原発政策を大転換させたことなど、広島の背を向けた政策をとり続けていることを厳しく批判し、「抑止力論を基にした軍備の増強の行きつくところは核兵器保有に進む危険性がある」と指摘しました。

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福島原発1号機の現在(高橋代表委員の報告資料から)

本部からは、谷事務局長が参加し、あいさつがありました。

その後議事に入り、2022年度活動報告、決算報告、2023年度活動方針、2023年度予算案が、大瀬事務局長から提案され満場一致の拍手で承認されました。運動方針では、特に「①情報発信の強化②運動継承のための原水禁学校の開催③福島の現地の実情を知り、運動を学ぶための「第3回福島現地交流団」の派遣」などを今年度の重点課題として取り組むことになりました。

役員改選では、代表委員に秋葉忠利、金子哲夫、高橋克浩(アイウエオ順)の3名、事務局長に大瀬敬昭、常任理事26名を選出しました。

総会の議事終了後、下記の「G7サミット広島開催にあたっての 広島選出の岸田文雄総理大臣への申し入れ」(秋葉代表委員が原案を作成)が提案され、承認されました。


今年5月に開催されるG7サミットは、貴職の働き掛けによって広島で開催される運びになりました。広島選出の総理大臣としてG7サミットを、「ヒロシマ」に込められた被爆者や市民の思い・祈りならびにこれまでの歴史を踏まえて、「ヒロシマ」の意味を世界に広める場にしたいという貴職の強力な意思表示だと受け止めています。

その貴職の思いと、主権者としての私たち市民レベルでの「ヒロシマ」理解に齟齬なきことを期するため、改めて「ヒロシマ」の意味を確認し、「全体の奉仕者」(憲法15)のトップとしての貴職と共有すべくここに申し入れを行います。

⓪ 「ヒロシマ」の意味は、被爆の実相を我がこととして理解し、被爆者のメッセージを謙虚かつ真摯に受け止め、核兵器のない平和な世界を実現することにある。仮初にも、その「ヒロシマ」の意味を蔑ろにしたり、力による支配正当化のための免罪符として利用したりするようなことがあってはならない

① 例えば、長崎以降は核兵器が使われなかった事実は大切だが、それは、『ヒロシマ』の著者、ジョン・ハーシーが1985年に述べたように、被爆者が自らの体験を証言し世界に訴え続けてきたからである。つまり被爆者が「核抑止力」を持つ。それを認めずに、核兵器の所有や使用の脅しが核兵器使用を思い留めさせているという「核抑止論」を容認する口実に使うことは決して許されない。

② 今こそ、被爆者亡き後の世界で核兵器を使わせないために何をすべきなのかを議論するときである。そのためには法的手段である核兵器禁止条約に頼る以外の道はない。

③ その第一歩は、核保有国が「核の先制使用はしない」と宣言することである。核保有三か国の首脳が同時に広島後に集うという歴史的な意味はこの宣言以外にはあり得ない。同時に喫緊の世界的課題の一つ、プーチン大統領の核使用の脅しに対する他の核保有国の説得を効果あらしめるためにはこの前提が必要不可欠である。

④ 今年没後100年を迎える初の広島出身総理大臣だった加藤友三郎は、ワシントンで軍縮条約をまとめる中心的な役割を果した。当時の軍部を抑えて我が国の軍拡路線を軍縮路線に大転換させ、日米敵対から協調の方向を打ち出しただけでなく、会議には参加していなかった中国やソ連との関係も改善し、世界全体の未来を明るくした。同じく広島出身の総理大臣として、貴職もその故事に倣って、今こそ我が国が日本の軍縮のみならず、G7には参加していない国々も含めた世界の軍縮と協調のためのリーダーシップを発揮する機会として今回のサミットを意義あらしめるべきである。就中、ウクライナ戦争を一日も早く終らせるため、「ヒロシマ」の力と権威に依拠した和平工作を始めるべきである。

以上、「ヒロシマ」の意味を再確認し、G7サミットを「ヒロシマ」の意思実現のための新たな出発点とするため、貴職が断固たる決意の下、世界のリーダーとしての力を余すところなく発揮されんことを期待しています。 


この申し入れ書をどう届けるのかは、事務局を中心に協議し決定することにしました。

その後高橋代表委員による「福島原発見学の報告」学習会が、行われました。

いのちとうとし

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2023年1月28日 (土)

1.27ネバダ・デー座込み行動

1951年1月27日、アメリカは、ネバダで初めての核実験を行いました。ネバダでは、今もアメリカによる核実験が行われています。

1984年、ネバダ核実験場の閉鎖と核被害者の救済を求めて行動していた風下核被害者住民で組織された「シティズンズ・コール」(ジャネットゴードン代表)は、世界の反核運動団体に「ネバダ・デー国際共同行動」を呼びかけました。

その呼びかけに応えて、日本でも共同行動が開始され、広島ではその年の1月27日の昼休みに広島県原水禁が呼びかけて原爆慰霊碑前で座り込み行動を実施しました。

以来、コロナ禍の昨年を除き毎年1月27日を「ネバダ・デー国際共同行動の日」として、慰霊碑前座込み行動を実施しています。

アメリカが新型起爆装置などの核兵器開発のために行っている臨界前核実験は、ネバダ核実験場を使って実施されています。核実験場を閉鎖させることは、新たな核開発をストップさせる大きな意味を持っています。

寒波の襲来した今年も27日の午後0時15分から30分間、慰霊碑前座り込み行動を実施しました。

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最初に私が呼びかけ団体を代表してこの座込みの意義などについてあいさつをし、続いて県被団協箕牧智之理事長があいさつし座込みはスタートしました。

最後に自治労の村主公夫(すぐりきみお)さんが、下記のアピールを読み上げ提案し、全体の拍手で確認し、座込みを終えました。このアピール文は、首相官邸、アメリカ大使館、ロシア大使館に送付します。


「1.27ネバダ・デー」ヒロシマからのアピール

 今日1月27日は、1984年、米国の市民団体の呼びかけで始まった核実験場閉鎖・核実験禁止を求めるネバダ・デー国際共同行動日です。

昨年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、今なお終戦・停戦に至らず間もなく1年となります。この間には、プーチン大統領による核兵器の使用・威嚇発言があり、原発や核施設への攻撃も行われました。つい先日もメドベージェフ前大統領が「通常戦争での核保有国の敗北は、核戦争の引き金になり得る」と威嚇するなど、核兵器使用への危機、原発攻撃による放射能被害の可能性が続いています。

一方で、核兵器の廃絶を求めて2017年に国連で採択された「核兵器禁止条約」は、署名国・批准国とも増加し、本年1月9日時点で署名92か国・地域、批准68か国・地域へと拡大を続けています。国際世論が大きく核廃絶へと動き始めていることは確かです。

しかし、当事者である核保有国、そしてアメリカと軍事同盟を結んでいる国やNATO諸国が条約に背を向けています。とりわけ日本は、唯一の戦争被爆国でありながら署名も批准もせず、昨年6月に行われた締約国会議にも、オブザーバー参加すら拒否し、国際社会の中でも大きな批判を浴びています。

この中で5月に開催されるG7広島サミットでは、核兵器の不使用あるいは廃絶への道筋・決意が示されなければなりません。

私たちは改めて、日本政府が被爆地ヒロシマの思いを受け止め、「核兵器禁止条約」に署名・批准に動き、G7広島サミットの議長国として、核兵器の廃絶へリーダーシップを発揮することを強く求めます。そして被爆地ヒロシマの市民として、「核と人類は共存できない」という先達の言葉を心に刻み、全世界に訴えます。

◆ネバダを始めすべての核実験場を閉鎖させよう!

◆核保有国と「核の傘」の下にある国々は、直ちに核兵器禁止条約に参加し、核兵器開発・核実験全面禁止を実現しよう!

◆ロシアによる、核の使用・威嚇は絶対に許さない!

◆東北アジアの非核地帯化と非核三原則の法制化を実現しよう!

◆世界のヒバクシャと連帯し、ヒバクシャの人権を確立しよう!

◆原発の再稼働、新増設に反対し、核に頼らないエネルギーに転換しよう!

 ◆ノーモア ヒロシマ! ノーモア ナガサキ! ノーモア ウォー!

2023年1月27日

「1・27ネバダ・デー」市民行動一同


寒い中でしたが53名の参加がありました。

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2023年1月27日 (金)

第28回紙屋町シャレオ古本まつり

毎年1月に開催される(昨年はコロナの影響で延期となり5月に実施)「紙屋町地下街シャレオの古本まつり」が、今年は1月21日からスタートし、明後日29日まで開催されています。

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私は、いつものように初日に行きましたが、今回は、私が重点的に見て歩く郷土史関係のコーナーの棚がずいぶん小さくなっていました。ちょっと期待外れです。

初日には、買いたいなと思う本を見つけることができませんでしたが、24日に改めて足を運び、今度はすべての棚をゆっくりと見て回りました。

1冊だけ見つかりました。本のタイトルは「わが国の軍備縮小に身命を捧げた 加藤友三郎」で、著者は田辺良平となっています。この本は、2004年(平成16年)に発行された新しい本ですが、初めて目にしました。

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加藤友三郎については、1月4日のブログ加藤友三郎生誕地碑: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)を書いた時から、もう少し詳しく知りたいと思っていましたので、すぐに手に取りました。

この本は、発行時の定価は「1000円」とですが、裏表紙裏に貼られた値札には「1500円」と書かれています。少し高いかなとも思ったのですが、加藤友三郎の名前は、秋葉さんの話の中によく登場しますので、ずっと気になっていましたので、これも巡り会わせと思い、購入することにしました。今回はこの一冊のみです。

棚から引き出して本文の「はじめに」を読むと、著者は、どうも私たちの運動には批判的な立場のようですが、生い立ちを含め、かなり詳しく加藤友三郎のことが書かれているようですので、全体を読むのが楽しみです。

この本の中には、加藤友三郎の生涯を記した「豊田穣著『蒼茫の海』」の一部が引用されていますので、この本も読んでみようとこちらは図書館で借りることにしました。

「本も整理し、少しずつ減らさなければ」と思っていますが、珍しい本があるとついつい手にしてしまい、蔵書を減らすということは、なかなか難しいことです。

いのちとうとし

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