ざっくりと常設仲裁裁判所提訴の経過
6月5日の「ヒロシマとベトナム」(その59)で、「次号ではフィリピンが提訴した南シナ海仲裁裁判所の裁定を取り上げます」と約束していましたが、その後激しさを増す中国とフィリピンの衝突や南シナ海における日本(海上自衛隊)の軍事的プレゼンス拡大の動きなどから後回しになっていました。
第二次世界大戦後、「九段線」を引き南シナ海の約8割の領有権を主張する中国と周辺5カ国との南シナ海の領有権めぐる争いは、主にベトナムと中国、フィリピンと中国の間で島の争奪をめぐる戦闘や艦船・漁船の衝突事件が相次いでいました。
1980年代以降、南沙海域に進出した中国は7つの岩礁に建造物を建築し、2010年代に事実上支配している南沙諸島で大規模な埋め立てとインフラ整備をはじめます。中国以外の台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアなど領有権を主張している国々も、飛行場や建物を持ち、各施設の整備・維持による実効支配を図ってきました。
2012年4月、中国とフィリピンの双方が領有権を主張するスカボロー礁付近で、中国漁船の不法操業を取り締まるフィリピンの艦船と、それを阻止しようとする中国艦船が対峙する事態が発生します。2ヶ月余の緊張した睨み合いの後、悪天候で海域を離れたフィリピン軍の隙を突き、この海域の実効支配をするとう「スカボロー環礁事件」が発生します。
出典:防衛省「南シナ海情勢」(中国による地形埋立・関係国の動向)
今日、中国海警局艦船のフィリピン沿岸警備隊艦船への衝突やレザー光線照射などの衝突が繰り返されているのもこの海域です。1900年代後半にアメリカから移管された米海軍戦車揚陸艦を座礁させ、セカンド・トーマス礁の実効支配を維持するフィリピンと中国が激しく対立しています。
その背景は以前も述べましたが、石油や天然ガスなど豊富な海洋資源が眠り、世界有数の漁場のひとつであり、そして海上輸送の重要な海域である南シナ海の権益と、軍事戦略上最も重要な海域の確保をめぐる対立にあります。今日、争いは二国間にとどまらず「米比日豪vs中国」の様相を濃くし、不測の事態から大きな紛争につながりかねない懸念があることも繰り返し述べてきました。
出典:NHK NEWS ーフィリピン沿岸警備艦船(日本が供与)に衝突する中国海警局艦船ー
フィリピンの主張 -提訴内容-
フィリピン政府がオランダの首都ハーグにある常設仲裁裁判所に、南シナ海での領有権紛争をめぐって中国を提訴したのは2013年1月22日です。少し長くなりますが提訴項目を紹介します。
1.南シナ海における中国の海洋権益は、フィリピンと同様、国連海洋法条約によって許可された範囲を超えてはならない。
2.「九段線」で囲まれた海域における中国の主権、管轄権及び歴史的権利の主張は国連海洋法条約に違反しており、法的効力はない。
3.スカボロー礁は、EEZあるいは大陸棚に関する権利を生じせしめない。
4.ミスチーフ礁、セカンド・トーマス礁及びスビ礁は、領海、EEZ又は大陸棚に関する権利を生じせしめない低潮高地であり、占有その他の方法による占拠に適さない。
5.ミスチーフ礁及びセカンド・トーマス礁は、フィリピンのEEZ及び大陸棚の一部である。
6.ガベン礁及びマケナン礁(ヒュー礁を含む)は、領海、EEZまたは大陸棚に対する権利を生じせしめない低潮高地であるが、その低潮線はNamyit島及びSin Cowe島の領海幅を計測する基線を決定するために使用され得る。
7.ジョンソン礁、クアテロン礁及びファイアリークロス礁は、EEZまたは大陸棚に対する権利を生じせしめない。
8.中国は、フィリピンが自国のEEZ及び大陸棚の生物資源及び非生物資源に対する主権的権利を享有及び行使することを不法に妨害している。
9.中国は、フィリピンのEEZにおけるフィリピンの国民及び船舶が生物資源を開発することを妨害することに不法にも失敗している。
10.中国は、フィリピンの漁民がスカボロー礁において伝統的な漁獲を行うことで生計を立てることを不法に妨害している。
11.中国は、スカボロー礁及びセカンド・トーマス礁等において海洋環境の保護にかかわる国連海洋法条約上の義務に違背している。
12.ミスチーフ礁における中国による占拠及び建設活動は
(a)人工島、施設及び構築物にかかわる国連海洋法条約の条項に違反する。
(b)国連海洋法条約の下での海洋環境保護にかかわる義務に違背する。
(c)国連海洋法条約に抵触する不法な占拠の行為を構成する。
13.中国は、スカボロー礁付近海域を航行するフィリピンに対して衝突を引き起こすような 深刻かつ危険な態様で法執行船舶を運用することで、国連海洋法条約の義務に違背している。
14.2013年1月の仲裁手続開始以来、中国は就中以下により紛争の更なる悪化を不法に助長している。
(a)セカンド・トーマス礁及びその接続海域を航行するフィリピンの権利を侵害している。
(b)同礁に駐留するフィリピン要員の交代及び補給を妨害している。
(c)同礁に駐留するフィリピン要員の健康及び福利厚生を危うくせしめている。
(d)ミスチーフ礁等において浚渫、人工島建設、建設活動を行っている。
15.中国は、国連海洋法条約に基づくフィリピンの権利を尊重し、同条約上の義務を遵守し、同条約下のフィリピンの権利と自由に正当な敬意を払った上で、自らの権利と自由を主張すべきである。
次号では3年後の2016年に出された仲裁裁判所の「裁定」について見てゆくことにします。
(2024年10月5日、あかたつ)
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