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文化・芸術

2024年7月18日 (木)

NTT西日本中国吹奏楽クラブ「七夕コンサート」に行きました。

7月14日に広島文化学園HGBホールで開催されたNTT西日本中国吹奏楽クラブ定期演奏会「七夕コンサート」に行ってきました。この演奏会は、2月に開催された「バレンタインコンサート」とともに年2回開催される定期演奏会で、今回で74回になる伝統ある演奏会です。

今回の「七夕コンサート」は、あいにくの雨模様で足下の悪い中での開催でしたが、私が座った1階席はほぼ満席という盛況ぶりでした。終演後、ロビーに出ると2階席から降りてくる人の列が続いていましたので、多くの観客が楽しんだと思われます。

以前には、整理券が必要な時期もあったようですが、今は券がなくても自由に入場が可能になっていますので、私と同じように誰でも入場しやすくなったと思われます。

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演奏会は、1部2部の構成です。

1部のプログラムは、2曲演奏されました。指揮は、同クラブの音楽監督・常任指揮者の金田康孝さんでした。

最初は、八木澤教司作曲「マヤの紋章 第1部偉大なる王と生け贄の儀式」で、この曲は「モアイ」「マチュピチュ」「ナスカ」「カッパドキア」など世界遺産&古代遺跡シリーズの最終曲として作られて曲です。

次は、A.ハチャトゥリアン作曲「バレエ音楽『ガイーヌより』」序章、友情の踊り、アイシェの孤独、剣の舞、収穫祭です。この曲は、オーケストラで何度か聴いたことのある曲です。特に勇壮な「剣の舞」は強い印象が残っている曲です。吹奏楽でもさらに勇壮さが際だったように感じました。

25分の休憩ののち、第2部がスタートしました。指揮者は変わり、松井利明さんです。

J.ヴァン・デル・ロースト作曲「アルセナール」で始まり、次のE.モリコーネ作曲「モリコーネパラダイス」は、村上織恵さんのフルート・ソロ、続く「ラテン・フェスタ」は、波山美春さんのサクソフォン・ソロの演奏です。曲の途中で、それぞれのパートの一人がソロ演奏をすることは前回の演奏会で経験済でしたが、一曲全部通じてのソロ演奏は、初めて聴きました。その後、「東京スカパラダイスオーケストラ・メドレー」「ミュージカル『キャッツ』メドレー』とつづき、1部とは趣を異にした軽快な演奏が続き、あっという間の楽しい約2時間のコンサートは終了しました。

今回の演奏会で初めて気づいたのですが、吹奏楽では、オーケストラにはない形式として多くのパーカッションが活躍するということです。7人のパーカッション奏者が、次々と楽器を代え、場所を移動して演奏する様子は、ちょっと感動です。

これも楽しい気づきでした。

次回75回定期演奏会は、例年2月9日に「バレンタインコンサート」の開催が予定されています。

いのちとうとし

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2024年7月14日 (日)

「絵葉書の中の広島~閉じ込められた街の面影~」

久しぶりに広島市郷土資料館に行ってみようと思いホームページを開いたのですが、今月20日から「企画展夏休み おばけの博物館」がはじまるようで、残念ながら現在は特別の展示は開催されていません。

同じページにある「新着情報」を見ると,これまで完売となっていた刊行物の販売再開が告知されています。今月2日からは「陸軍の三廠」、昨年の11月5日に図録「宇品」、同じく昨年の8月3日に図録「絵葉書の中の広島」が再販されたことが告知されています。

「陸軍の三廠」と図録「宇品」は、すでに購入済でしすが、図録「絵葉書の中の広島」は未購入でしたので、暑い中自転車をこいで広島市郷土資料館に行き、購入してきました。

この図録「絵葉書の中の広島」は、平成25年度(2013年)に開催された特別展「絵葉書の中の広島~閉じ込められた街の面影~」のための図録として発刊されたものが、今回再刊されたのです。

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帰宅して早速開いてみました。興味深い絵葉書(写真)が、249枚もんでします。

この本の「はじめに」に書かれていますが、「(前略)名所・イベント・事件・事故など,実に様々な絵葉書が日本中で作成されるようになりましたが、それは絵葉書が単なるはがきとして利用されただけではなく、マスコミが発達していなかった時代の貴重なメディアとして機能していたからです。(中略)近代日本の風景を知ることが出来る資料して近年見直されています。(後略)」

その通リだと思います。特に、広島は原爆で多くの写真が焼失したはずですから、絵葉書は多数発行されており残っているものも多いと思われます。そして写真と同じように当時の風景を知る大きな手がかりとなります。

目次を見ると、「絵葉書の中の広島」として「1,繁華街 2,橋 3.軍都 4.宇品 5.さまざまな風景 6.お祭り・イベント 7,学校」と続いています。

パラパラとめくっていると「3.軍都」には、サッカースタジアム建設の発掘調査で明らかになった「輜重隊第五大隊」の隊舎やこのブログで7月5日「なぜ」と思う新しい説明板が付いていました。: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)に紹介した井戸の写真が同じように写った絵葉書、さらに「5,さまざまな風景」では、天守閣から見た風景として「大本営の後ろ側から見た景色」などが目に付きます。

他にも原民喜が一夜を過ごした東照宮の参道もあります。

興味ある絵葉書写真が並んでいますので、じっくりと見れば、このブログでも紹介したいと思うような絵葉書がたくさん出てくると思います。

興味は尽きない図録です。

完売になっており購入を諦めていた刊行物がありますが、今後も引き続き再刊されるのなら、今度はぜひ平成24年(2012年)の特別展「広島の路面電車100年~今も昔も広島の街を路面電車が走っていく~」を再刊してい欲しいと思います。

いのちとうとし

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2024年7月12日 (金)

映画「RICHLAND」リッチランド

8月3日からの広島本上映に先駆けて7月9日午後6時半から横川シネマで映画「RICHLAND」(リッチランド)の特別先行上映&監督トークがありましたので、見に行ってきました。

映画の内容を紹介できませんので、チラシに書かれた文章の一部を引用します。

「アメリカ北西部で太平洋に面しカナダと国境を接するワシントン州南部にあるリッチランドは、平和で美しいアメリカの典型的な郊外の町です。

そのリッチランドは、核兵器開発マンハッタン計画における核燃料生産拠点『ハンフォード・サイト』で働く人びとと家族が生活するためにつくられた町です。1945年8月9日、長崎に投下された「ファットマン」のプルトニウムは、ハンフォード・サイトで生成されたものです。

終戦後は、冷戦時に数多く作られた核兵器の原料生産も担い,稼働終了(筆者注:1987年)した現在は国立歴史公園に指定(筆者注:2015年)され、アメリカの栄光ある歴史を垣間見ようと多くの観光客が訪れている。」

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リッチランドで思い出すのは、高校の校章に「キノコ雲」を描いていることです。確か、このことが明らかになった頃の1988年6月の第3回国連軍縮特別総会に参加するため渡米した広島県原水禁の代表団が、ハンフォードを訪れ核汚染を告発する市民と交流した歴史です。

映画「RICHLAND」は、「原爆は戦争の早期終結を促した」と誇りを口にする人びと。リッチランド高校の「キノコ雲」が町のいたるところで掲げられている。町の歴史を誇りに思う者がいる一方、多くの人々を殺りくした“原爆”に関与したことに逡巡する者、そして核廃棄物による放射能汚染への不安を今も抱えながら暮らしていく者。そうしたさまざまな市民の姿を描いています。

私が映画を見て一番興味を持ったのは、ネイティブアメリカン(アメリカ先住民族)とハンフォード・サイトとの関わりです。

ここはコロンビア川、スネーク川、キマ川の合流点に当たり、伝統的にネイティブアメリカンが住んでいた土地でしたが、ハンフォード・サイトを作るため、古来そこで生活してきたネイティブアメリカンを追い出し奪った土地だということです。

映画では、ネイティブアメリカンの古老が、そのことを語るシーンが出てきます。

ネイティブアメリカンの核被害については、ウランの採掘との関わりで理解をしていたつもりでしたが、核開発それ自体によっても犠牲を強いられてきた歴史を新たに知る機会となりました。

映画を見ての一番の感想は、そのことです。

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上映終了後、アイリーン・ルスティック監督とこの映画に出演するアメリカ在住の被爆3世川野ゆきよさん(オンライン)のトークがあり、参加者の感想もいろいろでましたが、私にとっては、このネイティブアメリカンとの関わりを知っただけでも、この映画を見に来た甲斐があったように思います。

広島での本上映は、横川シネマで8月3日から823日までのロングランで公開されます。「アメリカが“核”とどう向き合って来たのか」を知る機会になる映画だと思いますので、ぜひ足を運んでみてください。

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2024年7月 7日 (日)

「伊藤孝司写真展『在朝被爆者と平壌の人びと』」今日が最終日です。

旧日銀広島支店を会場に3日から開催している「伊藤孝司写真展『在朝被爆者と平壌の人びと』」も、いよいよ最終日を迎えました。

会場では、熱心に写真に見る姿を目にすることが出来ます。連日午後1時と午後3時に2回実施している伊藤さんの写真解説は、多くの人が集まっています。

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私も何度か聞きましたが、朝鮮民主主義人民共和国を43回も訪れた伊藤さんならでは解説ですから、興味をそそられます。そして朝鮮民主主義人民共和国の素顔を知ることが出来ます。

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ポスターにも使われた地下鉄電車内での親子の写真(展示写真の最後)では、「この写真は、最後に訪れた2019年に撮った写真ですが、以前には市民にカメラを向けてもこんな笑顔をつくることはありませんでしたが、市民の表情もずいぶん変わったと思います。やはり少しずつ生活が豊かになっているからだと思います。親子だけでなく、周りの人の顔も見て下さい。以前だったら、周りの人は写真に写らないように逃げていたのですが、興味津々の顔でこちらを向いているでしょう。これも大きな変化の一つですね」との解説です。

最終日の今日も、午後1時、午後3時の2回写真解説がありますので、ぜひその時間に訪れて伊藤さんの話を聞いてください。

伊藤さんとアボリジニ

会場の一角には、伊藤さんが出版した本の展示コーナーがあります。

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私もそのうちの何冊かは持っていますが、ちょっと気になる一冊が目にとまりました。

2000年に発刊された「風媒社ブックレット 日本が破壊する世界遺産 日本の原発とオーストラリアウラン採掘」です。

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気になったというのは「オーストラリアウラン採掘」の文字があったからです。さっと目を通しただけですので、すべてを読んだわけではありませんが、「オーストラリアの自然世界遺産『カカドゥ国立公園』で始まったウラン鉱石の採掘。オーストラリア最大の環境汚染として国際的非難を浴びるこの事業に日本の電力会社が深く関わっている実態」をルポした記録です。

その中に、オーストラリアの先住民アボリジニの名前が登場します。

びっくりです。森滝市郎先生が、1975年に開催された被爆30周年原水禁世界大会の基調演説で「核絶対否定」「核と人類は共存できない」の反核運動の理念を確立される最後の一押しを行なったのが、その年の春に南太平洋フィジーで開かれた「非核太平洋会議」でのオーストラリア先住民族アボリジニの女性との出会いでした。その女性が訴えた「ウラン鉱山は、私たちの祖先の聖地である。その聖地がとりあげられ、私たちの同胞の無知をよいことにしてウラン採掘の最も危険な所で低賃金で働かされているのである」と。このほんとの出会いは、何か不思議な縁を感じました。

伊藤さんのアボリジニとの出会いは、「環境破壊」という所からの出発だったと聞きましたが、これまで伊藤さんからこんな話を聞くことはありませんでした。今回の写真展がなければ、このこと(アボリジニの問題を共有していたこと)には気づかなかったと思います。

この本には、オーストラリアのうレン鉱山の位置図も付いています。

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「風媒社ブックレット 日本が破壊する世界遺産 日本の原発とオーストラリアウラン採掘」は絶版となっているようですが、その内容のすべては2004年に発刊された「地球を殺すな!環境破壊大国・日本」に収録されているとのことです。気になりながら森滝先生との出会い以降のアボリジニの人びとを核被害状況を知る機会がありませんでしたので、すぐに購入し,じっくりと読んでみたいと思います。

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2024年7月 2日 (火)

再設置が完了した大田洋子文学碑

中央公園にあった被爆作家の大田洋子文学碑は、サッカースタジアムの建設のため撤去され広島市が保管をしていましたが、ようやく再設置されました。

市民団体「広島文学資料保全の会」などの「この場所に設置された意味を考え、スタジアム建設後も元あった場所の近くに設置して欲しい」との要望を受け、広島市は当時、「これまでの場所から約20メートル南西の広場西側に再設置する」方針を説明していました。

サッカースタジアムの周辺工事もだんだん整備が進んでいますので、大田洋子文学碑は、どこに設置されるだろうかと気になっていましたので、「広島文学資料保全の会」のメンバーに問い合わせていました。すると先日「大田洋子の文学碑が,サッカースタジアムの西側に設置されたよ。ただ、正式の完成は全ての周辺工事が完了する8月1日になっているようだけど」と連絡が入りました。

一昨日、雨模様の中現場に行ってきました。

広島市が移転前にいっていた「南西の方向」ではなく、「北西の方向」の太田川土手のすぐ下に移設が完了していました。

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「この碑は、大小15個の石を四國五郎さんが『碑文を刻んだ中心の碑石に向かって、あたかも爆心から爆風によって吹き寄せられたかのように並べた』(大田洋子文学碑建立記念誌より)ものなので、再設置するときも必ずこの配置にして欲しい」と会の人たちが要望していましたので、移設前に広島市もきちんと測量し。位置図をつくりました。ですので、同じ並びに再設置されたはずです。はずですというのも、私が正確に実測したわけではありませんので、こう書くしかありません。

私も大田洋子文学碑については関心がありましたので、このブログでも2020年9月18日フェンスの中に隠れた大田洋子文学碑: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)と9月19日フェンスの中に隠れた大田洋子文学碑-つづき: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)の2回にわたって書いたことがあります。また撤去された大田洋子文学碑の石の保管場所についても2021年2月2日大田洋子文学碑の保管場所: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)で紹介しています。9月19日のブログでは、移設前の写真を掲載していますので、再掲します。

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比べてみるとほぼ同じ配置だということが分かります。

また周辺は整備の工事中ですが、サッカースタジアム西側にある城南通から基町市営住宅に通じる車道沿いであり、すぐ南側には、太田川土手から降りる石段がつくられていますので、多くの人の目に触れる場所です。

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サッカースタジアム建設では、中央公園にあった多くの木が伐採されましたが、太田川土手沿いのサクラは切られていなかったようで大田洋子文学碑の真後ろにもそのうちの1本が残っています。(この写真の石段部分は、切られたと思われますが)

サクラの季節には、良い風景になるのではと思われます。

大田洋子文学碑の周囲も含めサッカースタジアム周辺の整備は、今月いっぱいで完了する予定ですので、「広島文学資料保全の会」のメンバーは、8月2日に行事を予定(1日は広島市の行事があるため)しているそうで,その時は私も参加したいと思っています。

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2024年6月19日 (水)

伊藤孝司写真展「在朝被爆者と平壌の人びと」記者会見

写真展「在朝被爆者と平壌の人びと」広島県実行委員会(日朝友好広島県民の会、広島県原水禁で構成)は昨日、7月3日から旧日銀広島支店で開催する「伊藤孝司写真展『在朝被爆者と平壌の人びと』」の記者会見を行ないました。会見には、マスコミ6社の参加がありました。

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記者会見の主な内容は次の通りです。

目的:写真を通じて、今なお被爆者援護法の枠外に置かれている在朝被爆者の存在を知ってもらうと共に、近くて遠い国と言われる朝鮮民主主義人民共和国の人びとの生活を広く広島市民の知ってもらう

開催場所:旧日銀広島支店

開催日時:7月3日(水)から7月7日(日) 10時~17時

展示内容:在朝被爆者:15枚

朝鮮・韓国人被爆者:63枚(風景を含む)

うち被爆者写真は、43枚。内訳は、韓国在住被爆者28人、在日で広島在住9人、長崎在住8人

     朝鮮の人びとの多様な姿:103枚

ギャラリートーク:各日13時・15時 会場内で作者による写真解説

入場料:無料

伊藤孝司さんは、アジア太平洋地域においてさまざまなテーマで約200回の取材を重ねていますが、そのうち最も多いのは韓国(大韓民国)訪問の47回で、次は朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の43回の訪問です。この両国では,特に広島・長崎での被爆者の取材に力を入れてこられました。

朝鮮民主主義人民共和国には、1992年に初めて訪問し,最後の訪問となった2019年まで、在朝被爆者や朝鮮の人びとの写真を撮り続け、朝鮮民主主義人民共和国の姿を日本国内の人びとに伝えてこられました。

原水禁が派遣した「在朝被爆者問題訪朝団』とも何度も行動を共にし、2009年には、広島と平壌で暮らす被爆者親子を取上げた映画「ヒロシマ・ピョンヤンー捨てられた被爆者」を作成しています。

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この映画は、今度の写真展会場でも上映する予定になっています。

私も訪朝時何度か伊藤さんと一緒に行動したことがあります。

会期中には、ぜひ多くの人たちに会場に足を運んでいただき、マスコミでは報じられない朝鮮民主主義人民共和国の姿を見て欲しいと思います。

私が、2018年に訪朝して報告を受けた「在朝被爆者の実態」を紹介して以来、在朝被爆者の実態は報道されていません。

これを機会に、国交がないため事実上置き去りにされたままの「在朝被爆者」の問題を考えていただく機械になればと強く願っています。

この写真展を広島で開催する意義はそこにあると思っています。

一人でも多くの皆さんに見て欲しい写真展です。

いのちとうとし

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2024年6月14日 (金)

「基町写真展2024」に行きました。

広島市中区役所と広島市立大学が実施主体となって活動する「基町プロジェクト」が企画する「基町写真展2024」に行ってきました。

「基町プロジェクト」の活動がはじまってから10目を迎えた「写真展」は、2015年より基町地区内外の方々から提供された写真をもとに毎年8月に「基町、昔の写真展」としてスタートしました。2020年からは、この年オープンした「基町資料室」の企画展「基町写真展」としてはじまりました。(以上は、「基町プロジェクト」ホームページから)

10年目となる今年の「基町写真展」は、基町住宅内の5カ所に会場が設けられ、これまでに提供された約5000枚の写真の中から選ばれた、約110点が展示されています。

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最初に訪れたのは、市営基町アパート17号棟1階の「旧大橋商店」に設けられた「1号」と表示された展示会場です。

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今年開場したピースウイング広島(サッカースタジアム)の道を挟んですぐ北側にある建物です。

ここには、基町高層アパートと共に生まれた基町小学校の始まりから学校行事の様子を見ることができます。

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左側の壁面に「子どもたちから大人まで一緒に基町を練り歩いた『おみこし』」(1967年)の写真が大きく引き延ばして展示され、真ん中に学校の歩みを伝える写真が並んでいます。

もらった地図を手に、第2会場から順に会場をめぐっていきます。

第2会場は、基町プロジェクト事務所の隣の部屋で、戦後復興の状況を写した写真が展示されています。今も元気な姿を見せている「被爆楠」の1970年代の写真や広島城のエピソードを伝える写真があります。

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第3会場は、いつもこの『基町写真展』会場となっている場所で、私が初めてこの写真展を訪れた時にメイン会場になっていた場所です。基町高層アパートの建設から完成までの様子が「基町住宅の模型」と共に展示されています。

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第4会場は、「基町プロジェクト」が常設している「基町資料室」で、これまでの「展示会」で展示された写真や提供された写真が、資料として整理されています。

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手前に写っているのが、これまでの「写真展」で展示し写真を冊子にまとめた資料です。その冊子をめくっていると、思いがけない写真を見つけました。

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「馬蹄」碑が写った写真です。写真と撮った人は、犬をメインに写したと思われますが、私にとっては、犬の後ろにある碑が気になります。今はファミリープールのすぐ西側にある「馬蹄」碑ですが、背景に川が写っています。以前には、川土手に立っていたことが分かります。その後の河岸の整備によって現在地に移されたと思われます。

第5会場は、少し離れていたちょっと分かり難いのですが,基町中央集会所1階の大きなショーウインドウを利用して設けられています。ここには、ヒロシマピースウイングが建設された中央公園の1970年(公園以前)。1983年(公園整備)、2018年(周囲の樹木も大きくなった中央公園)、そしてサッカースタジアム完成した2024年の歴史をたどる4枚の写真が大きく引き延ばされて掲示されています。

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この写真を見ていると、かつて相生通と言われた元安川河岸に住んでいたという夫婦連れが来られました。一番古い1970年の写真を見ながら、「この辺に住んでいた」と懐かしそうに私にも話して下さいました。自分史をたどるために訪れる人も多いのでしょう。

「基町写真展」では、こういう出会いを毎回体験します。

私が、「基町写真展」に毎回訪れるのも,広島に来た時,最初に働いていた中国通信局(現在のリーガロイヤルホテル)ビルの北側にあった基町市営住宅とその周囲の道路沿いに連なっていた喫茶店、食堂、一杯飲み屋さんが写った写真を見たいという思いからです。

展示されている中には、1970年代の住宅地図があり、その地図上では確認できるのですが、今回も写真を見つけることは出来ませんでした。今後に期待し、これからも見に来たいと思っています。

「基町写真展2024」は、6月30日までの木、金、土、日曜日の12時から17時まで開場されています。

いのちとうとし

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2024年5月26日 (日)

紙屋町シャレオ古本まつり

今回で第32回となる「紙屋町シャレオ古本まつり」が、昨日5月25日から6月2日までの会期で、開催されています。

最近書店の閉鎖が全国的な話題となっていますが、広島で開催される古本まつりは、何故か増えて,今回の古本まつりは、今年4回目です。

初日に会場を訪れましたが、たくさんの人が棚を覗いていました。

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私の目当ては、原爆関係の書籍ですので、郷土史と表示された棚を目指します。アカデミイ書店と神鳥書店の2店が、郷土史と特化して陳列しています。アカデミイ書店は普段からよく覗いている店ですので、神鳥書店の棚をくまなく探します。原爆関係の本では、目新しいものを見つけることが出来ませんでしたが、カバー用の箱の背に何も書かれていない本が目に入りました。引っ張り出すと箱書きが「藩政時代廣島城明細絵圖 附屬坊居館武家屋敷圖」となっています。

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中を見ると、文久3年(1863年 第14代将軍徳川家茂の時代)に描かれて絵図を昭和9年に最初に発行したものを昭和45年(1970年)に復刻して出版されたものだということが分かります。

中身を取り出すと、廣島城の絵図(カラー)が一枚あります。

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「備後三原城絵図」「三次御曲輪之絵図」「三次御屋形内御建物図」「三次御屋形絵図」が一枚に印刷された絵図と12枚の廣島城下繪圖が入っています。定価は、3000円です。少し高いかなとも思ったのですが、街めぐりで楽しめそうですので、購入しました。

帰宅後、12枚の「廣島城下繪圖」を1枚1枚広げてみました。

「其八本通二丁目ヨリ六丁目村迄」の絵図の六丁目と書かれているところが、現在のわが家の当たりになります。

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この地図の真ん中下側に,私の住むマンションの北側にある本逕寺が描かれています。

地図では下側(実際には東)の川が、西東川です。この川は、いまは埋められ鯉城通になっています。

さらに、本逕寺の当たりを拡大すると、地図の上側「浅野川内下屋敷」の「屋」の字の下側に逆さの文字ですが、「加藤種之助」という名前を見つけることが出来ます。

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昨年生誕100周年の記念行事を行なった「加藤友三郎の実家」です。

この「城下絵図」は、商家などは描かれず、武家屋敷とお寺(坊居)しか描かれていません。しかし、お寺は現在もほぼそのままの位置にあるものが多いですので、12枚の「城下絵図」もお寺を頼りにしながら見ると,現在との位置関係も何となく理解できますので、この絵図を手にしての町歩きが楽しみです。

いのちとうとし

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2024年5月20日 (月)

ベトナムの歴史(その30-6)つづき ― “エージェントオレンジDay”2024 in ヒロシマ ―

具体的なイベント内容

1.“枯葉剤63年”「パネル展」  無料

◇期間 7月17日(水)~22日(月)  ◇会場  東広島芸術文化ホール「くらら」 市民ギャラリー

◇内容 ・特別展示 いま世界は~ウクライナとガザ~

・枯葉剤コーナー Booth1~7

・ネパール支援活動(東広島ユネスコ協会)

2.ドキュメント映画「ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛」  有料:要チケット、当日券有

◇日時 8月11日(日)12:30開場、13:00開演、16:00終演

◇開場 東広島市民文化センター アザレアホール

◇内容 オープニング、「ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛」鑑賞、グエン・ドクさんOnlineトークなど

◇料金 一般1800円、学生1200円、ベトナム人500円

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県内シアターでも「ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛」 ~「割引」をご利用ください~

私は1998年に“ベトちゃんドクちゃん”に初めて会いました。ベトさんは2007年に27歳で亡くなられましたが、ドクさんとは交流を続けています。“ドクさん”来日45回目の2016年、私たちの招きで初めてヒロシマを訪れたのを機に広島国際大学客員教授に就任。“エージェントオレンジDay”やドクさんの活動支援などを通じて連携と交流を続けています。

昨年、「日越国交樹立50周年」と「“ベトちゃんドクちゃん”分離手術35周年」を迎えました。「日越国交樹立50周年」を記念する日本政府の記念事業として、「ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛」が施策され、5月3日以降、全国で公開されています。

是非、一人でも多くの皆さんに鑑賞いただきたいと、監督・プロデューサー・映画配信会社、県内のシアターと相談し、現時点、下記のシアターで上映を予定していただくことになりました。是非、ご鑑賞ください。なお、下記「証明書」を劇場窓口で提示いただければ、一般料金1,800円から300円割引の1,500円でご鑑賞いただけます。提示方法は、「紙媒体」でも「電子」(スマホなど)で結構です。

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◆上映シアター 八丁座

住所:広島市中区胡町6-26 福屋八丁堀本店8F

上映期間:5月31日(金)から一週間の限定上映

◆福山駅前シネマモード

住所:福山市伏見町4-33

上映期間:調整中(HVPFにお問い合わせください)

今秋、福山市で「枯葉剤被害者支援のためのベトナム民族アンサンブルチャリティーコンサート」開演

 10月16日(水)、午後6時から「県民文化センターふくやま」で、ベトナム国立ボンセン劇場のアンサンブルによる、枯葉剤被害者支援のチャリティーコンサートを開演します。現在、参画くださる方を募りながら準備を進めています。是非、福山市近郊をはじめ皆さまの参画を募っています。

是非、こちらもよろしくお願い致します。

 私たちの活動に加わってくださる方をお待ちしています。 “出来るとき、出来る場所で、出来ること”をという「3D精神」で、課題と役割を分かち合いながら活動を進めているのが私たち一般社団法人広島ベトナム平和友好協会(HVPF)です。ご質問、ご意見などを含めご連絡をお待ちしています。

(携帯)090-1010-0472 (E-mailakatatu@d4.dion.neip

2024年5月120日(あかたつ)

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2024年5月19日 (日)

ベトナムの歴史(その30-6) ― “エージェントオレンジDay”2024 in ヒロシマ ―

エージェントオレンジDay

この夏、ヒロシマは79回目の「原爆の日」を迎え、その4日後の8月10日、ベトナムで初めて枯葉剤がまかれて63年目を迎えます。1961年8月10日、アメリカはケネディ大統領の命令で猛毒ダイオキシンを含む枯葉剤を散布する「枯葉剤作戦(ランチハンド作戦)」を始めました。まかれた場所は、皆さんよくご存知の“ベトちゃんドクちゃん”の生誕地、ベトナム中部高原のコントウム省です。

枯葉剤は1971年に中止されるまでの10年間、ベトナム国土(主に南ベトナム)と人々の頭上に降り注がれ、数百万のベトナム人と参戦したアメリカをはじめ韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどの兵士が浴びました。白血病や皮膚癌などで多くの死者を出し、第一級の発癌物質であるダイオキシンは遺伝子の損傷を引き起こすとされ、数多くの先天障害児が今でも生まれています。

ベトナム政府は8月10日を「エージェントオレンジDay(枯葉剤被害者の日・祭日)と制定し、幾世代にわたり深刻な障害をもたらす化学兵器枯葉剤の残虐さと被害者の救済を世界に訴えています。

なぜ枯葉剤のことをエージェントオレンジと呼ぶのか

よく、「なぜ、“エージェントオレンジ”って言うの」という質問をいただきます。

ベトナム戦争でアメリカは約9万1千㎘の枯葉剤を散布したといわれていますが、その種類は数種類あり、それぞれの容器(ドラム缶)に付けられる縞の色で、エージェント・オレンジ、エージェント・ホワイト、エージェント・ブルー、エージェント・パープル、エージェント・ピンク他に分けられていました。

その中で散布量全体の62%を占めていたのがダイオキシン中でも最も毒性が強く、発癌性、催奇形性の高い2.3.7.8T-CDD(テクラトトロジベンゾ--ダイオキシン)を持つエージェント・オレンジ剤だったことから、枯葉剤を総称してエージェント・オレンジと呼ばれています。

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ランチハンド作戦出撃のためドラム缶から積み込まれる枯葉剤

“エージェントオレンジDay” 2024 in ヒロシマ

私たち広島ベトナム平和友好協会(HVPF)は、「枯葉剤60周年」の2021年にベトナムと世界で取り組まれている“エージェントオレンジDay”に呼応して、このイベントを始めました。それは、20世紀の戦争被害の象徴である核被害を受けたヒロシマと化学兵器被害を受けたベトナムの共通する“ノーモアヒロシマ・ナガサキ”、“ノーモアエージェントオレンジ”、“ノーモアウオー”という固い意志をつなぎ合い、平和で豊かな持続可能な地球社会を築きたいとの思いからです。

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2021年、ホーチミンからOnline出演いただいたドクさん

今年、3回目の「“エージェントオレンジDay”2024 in ヒロシマ」を企画しています。

ポイントは次の3つです。第一に、“枯葉剤とは”、“ベトナム戦争と枯葉剤作戦”、“今なお続く被害”など枯葉剤の実態と実相。第二に、グエン・ドクさんのパネルとドキュメント映画を通して“生きる”枯葉剤被害者の姿。第三に、来年の「被爆80周年」を前に、ロシアのウクライナ侵攻でイスラエルによるパレスチナ自治区ガザ攻撃で、既に化学兵器が使用され、核兵器使用の懸念が高まっている中で即時停戦と和平・復興・共生に向けたプローチへの強いヒロシマからのアピールです。

 「被爆80周年」の前年、ヒロシマから発する平和メッセージに是非ご参加ください。

明日、具体的なイベント内容を紹介します。

2024年5月19日(あかたつ)

【編集者】アメリカの臨界前核実験に抗議する座り込みは、20日月曜日の午後0時15分から、慰霊碑まで行ないます。その様子は、報告します。

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