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ニュース

2023年1月 3日 (火)

在韓被爆者郭貴勲さんの訃報

元日の朝、メールを開くと大阪の市場淳子さん(「韓国の原爆被害者を救援する市民の会会長」)からメールが届いていました。

「新年のご挨拶をすべきところですが、悲しいお知らせをしなければならなくなりました。

今朝、郭貴勲さんのご長男から『20221231日午後1158分、郭貴勲さんが入院先の療養病院で亡くなられた』との知らせがありました。

昨日の午後3時半に郭さんのお子さんたちが、療養病院に面会に行かれ、郭さんはお子さんたちを認知されて手を振られたそうですが、その8時間後に息を引き取られたそうです。 」

享年98歳でした。いつかはこの日が来ると思ってはいましたが、実際にその日を迎えると本当に悲しく寂しい思いになりました。

郭貴勲さんとの出会いは、郭さんが「在外被爆者にも援護法適用を」と訴えて争った大阪地裁の裁判闘争の時からです。

大阪高裁判決後、政府が上告を断念し、在外被爆者への援護法適用が実現した時のことを、私は、当時のホームページに次のように記載しています。

「12月18日、坂口厚生労働大臣が記者会見し、『在外被爆者郭貴勲さんの大阪高裁判決の上告を断念する』と発表した。ついに『在外被爆者に対し被爆者援護法の適用』が実現した。

このニュースを議員会館の私の部屋で郭さんと一緒に聞いた時、心のそこから『本当によかった』という思いでいっぱいになった。

昨年4月に『在外被爆者に援護法適用を実現させる議員懇談会』を立ち上げ、事務局長を努めることになって以来多くの在外被爆者の皆さんとお会いした。

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その度に、熱い思いで、そして大きな期待を寄せて話される被爆者の皆さんの声を聞きながら、なかなか前進しないことに何度も『申し訳ない』と心の中で思いつづけてきた。昨年10月に韓国を訪問したときほど、重い気持ちになったことはない。  

ようやくそうした在外被爆者の皆さんに答えることができた。しかし、これですべての在外被爆者問題が解決したわけではない。『被爆者手帳を持っていない被爆者は』などなど課題が山積している。今回の上告断念を期に、裁判でも示された『被爆者はどこにいても被爆者』を本当の意味で実現させるため、さらにがんばる。」

郭貴勲裁判で、大阪高裁での勝訴判決で日本政府に上告を断念させ、その後の在外被爆者への被爆者援護法適用への道を開くことになったことは、私の短い国会活動の中でも、最も印象に残っていることの一つです。

「被爆者はどこにいても被爆者」

この郭さんの訴えが、在ブラジル、在米被爆者等の在外被爆者を結び、お互いの連帯と共闘の輪を作りました。

国会の議席を失った後も郭さんには、広島に来られるたびに声をかけていただきましたし、特に夏の原水禁世界大会では、毎回海外ゲストとして参加され被爆者の救援を訴えつづけていただきました。

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私は、郭さんとお会いするたびに、会話を楽しみにし、元気な姿に励まされたものです。

郭貴勲さんとの最後の対話は、2017年の「被爆72周年原水爆禁止世界大会長崎大会」です。この年もいつものように夕食をともにしながら語り合ったことが思い出されます。

どうか安らかにお眠りください。

郭貴勲さんのご冥福を心からお祈りします。

いのちとうとし

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2022年12月25日 (日)

爽やかな風を感じたい師走だが!!

爽やかな風を感じたい気持ちの師走ですが、なかなか感じさせてくれないですね。11月頃から喪中ハガキが相次いで届きました。「えっー」という唸り声とともに、生前の思い出が沸いてきて悲しくなる日々でした。

「少数労働組合」で頑張っておられ、たくさんのことを教えてもらった二人の方の喪中ハガキは、そのハガキを持ったまま立ち尽くしてしまいました。飲みながら熱く話し込んだこと、一緒にチラシを配ったこと、大切にされたこと、期待されたこと、それに応えようと頑張ったこと、などなどが思い浮かびます。

歌謡曲で「いい奴ばかりが先に逝く。どうでも良いのが残される」というフレーズで始まるのがありますが、まだまだお互いに頑張りたかったのですが。

広島電鉄の宮島線電車が開業から100年ということで、『わたしの宮島線』というタイトルのエピソードを200字程度で募集していました。

なんとなくという気持ちで応募したら採用されてしまい、3月末まで宮島線の2台の電車の吊り広告に掲示されています。

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広島電鉄ホームページより

こんな文章です。

若くして夫を亡くした母は、宮島線の草津駅近くで働いていました。私は小学生の頃、毎日五日市駅まで迎えに行ってました。現在の場所より50メートルぐらい西側に駅はありました。母が到着するまで、駅舎の中でずっと待っていました。

 ある日、母は大きな布袋の中に子犬を入れて電車から降りてきました。「これが居ったら、省治も寂しゅうないじゃろー」と話しました。迎えにくる息子が愛おしかったのか、煩わしかったのか知りませんが、今でもあの前の道を通る度に思い出します。

11月29日、東京都立大学の宮台真司教授が切りつけられて、重傷を負ったというニュースがありました。宮台さんとは直接的な交遊はありませんが、とても共鳴する評論をしている方だと尊敬していました。

しかしこれを知った同大学学生のコメント、「怖いです」「早く捕まってほしい」「あしたから学校へ行くのが怖くなる」と語り、大学は集団帰宅を呼びかけたといいます。学生の気持ちも、学校の措置も分からなくはないのですが、なぜ加害者への怒りのコメントが無いのだろうか、集団帰宅は小中学校生のようで、なんともまあ-イヤハヤという気持ちになりました。

あれから約1か月、日本の警察なら容疑者を捕まえるだろうと思っていましたが、慎重な捜査が続いているのでしょうね。

平和公園を訪れる修学旅行生らへの碑めぐりガイドの用事が、コロナの行動制限の緩和とともに、どんどん入ってきていました。師走になったから、もう無かろうと思っていましたが、22日で年内は終わりました。

平和公園に来て何かを感じ取りたいという思いで来る人に、碑めぐりのひと時が、これからの世界の平和について考える『熱い思いの時間』になって欲しいと思うのですが。

22日のGX(グリーン・トランスフォーメーション)会議で、政府が原発回帰に大きく踏み込んだこと、この号で書こうかと思っていましたが、年明けの最初の号にさせていただきます。

私が担当するブログの年内分は今号で終わりです。読んでいただきありがとうございました。

木原省治

【編集者】木原さん、今年一年様々な問題提起、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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2022年12月12日 (月)

平和公園に消防車?―「平和の池」の清掃活動

一昨日(10日)午後2時頃、平和公園を訪れると国立原爆犠牲者追悼祈念館前に消防車が一台停まっていました。「何が起こったんだろう」と周囲を見ましたが、特別変わったことは見受けられません。ちょっと不思議な光景です。

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しかし、近づいてみると放水用のホースが、平和の池に延びています。

平和の池では、消防隊員がホースから出る水の勢いを利用して、底にたまった汚れを流し落としています。

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水の勢いで底に敷かれた石の表明が、ぐんぐんと綺麗になっていきます。

作業中の消防士さんに訊ねると「年2回、この作業をしています」との返事でした。

年2回といえば、夏の8・6前にボランティアによる平和の池清掃活動が、ニュースになることを思い出したのですが、私が、この光景を見た時には、平和の池やその周辺には、消防士以外の姿は見えませんでしたので、この放水による清掃が、ボランティアによる清掃活動の一環だということには、気が付きませんでした。

しかし、帰宅後夕方のNHKのニュースを見ていると「新しい年を迎える前に、広島の平和公園では、ボランティアの人たちが『平和の池』を清掃しました。」が放送されました。下の写真は、そのニュース番組を写したものです。

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1957年(昭和32年)にこの「平和の池」が作られて以降、ほぼ毎年、8月6日の広島原爆の日の前と年の瀬のこの時期に、地元の市民団体によって清掃活動が行われているとのことです。今年は、たまたま私が平和公園を訪れたこの日(12月10日)、30人のボランティアの人たちによって実施されたようです。「平和の池」清掃のことは、何度かニュースでは見ていたのですが、直接遭遇するのは初めてのことです。厳しい寒さも少し和らいだ土曜日の昼下がりの思いがけない光景でした。

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12月に入ったのですが、平和公園には多くの修学旅行生の姿がありました。

いのちとうとし

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2022年12月 9日 (金)

原爆ドーム世界遺産登録26周年記念集会

1996年12月7日に「原爆ドーム」がユネスコ世界遺産に登録されて26年経った一昨日(12月7日)午後6時から、核兵器廃絶広島平和連絡会議が主催する「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」が、原爆ドーム前で開催されました。

集会は、連合広島の大野真人会長の主催者あいさつでスタート。大野会長は、特にロシア・プーチン大統領の「核使用を認める」との発言に触れながら、核兵器使用の脅威が拡大していることを指摘し、日本政府が核兵器禁止条約を一日も早く書名・批准して核兵器廃絶の先頭に立つべきだと訴えました。

続いて広島県被団協、広島県原水禁、KAKKIN広島、連合広島の代表が、花輪を献花し、原爆犠牲者への慰霊と、核兵器廃絶運動への決意を誓いました。私も県原水禁を代表してこの献花に参加しました。

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続いて、核兵器廃絶広島平和連絡会議の構成組織(平和運動センターや県労被爆連など)の各団体代表が、献水を行い、その後参加者全員で黙とうです。

連合広島女性委員会亀井美砂子委員長が、集会アピールを提案し全員の拍手で確認されました。アピールの一部を紹介します。

「(略)この『原爆ドーム』のユネスコ世界遺産登録に向けて、多くの市民や県民が一体となって4年の歳月をかけて署名活動などの運動を取り組んだ。その熱い情熱の結集である164万を超える請願署名が政府を動かし、世界遺産登録委員会の決定を手繰り寄せることになった。

私たちヒロシマが求めてきたものは、『原爆ドーム』の建築物としての文化的価値の評価ではなく、『原爆ドーム』に刻まれた被爆者の慟哭と被爆の実相を世界の人々へ伝え、核兵器の使用を決して許してはならないという警鐘を鳴らし続けることである。(略)

世界はまさに現実的な核の脅威に直面している。このような状況の中で日本政府は、核軍縮を呼びかける一方、唯一の戦争被爆国でありながら、核兵器禁止条約には否定的で、米国の『核の傘』にとより、『核共有』の議論まで起きている。

こうした状況だからこそ、ヒロシマの果たす役割は重い。(略)

私たちは、77年前の惨劇を目の当たりにし、今もなお『核兵器廃絶と世界の恒久平和実現』を無言で訴え続ける『原爆ドーム』とともに、思いを共有する多くの人との連帯の輪をさらに広げ行動することをここに誓う。」

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閉会の挨拶は、広島県被団協箕牧智之理事長。箕牧さんは「広島に住む私たちは、原爆ドームは、見るたびに戦争の愚かさ、平和の大切さを学ばせてくれます。核兵器禁止条約が発効してから692日になります。原爆ドームが無言で語り続けてくれている課題を皆さん考えていこうではありませんか」と呼びかけました。

その後参加者全員が献花をして、26周年を迎えた「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」は終了しました。

今年の参加者は、71名でした。

いのちとうとし

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2022年7月 9日 (土)

安倍元首相の死と参議院選挙の最終日-選挙の意味を考える

投票日まであと二日となった昨日、選挙の応援演説を行っていた安倍元首相が、暴漢による銃撃によって命を奪われました。心から哀悼の意を表します。暴力によって命を奪う行為は、絶対に容認できません。

こうした中で、今日は、6月22日に公示された参議院選挙の最終日を迎えました。

この選挙で与党が勝利すれば、3年間は国政選挙がないともいわれていますので、参議院選挙としては、今まで以上に重要な意味を持つ国政選挙といえます。

選挙のたびに増えている期日前投票を済ませた人は、今回も3年前よりも伸びているといわれています。ちなみに、3年前の期日前投票をした人は、全有権者の16%にあたる1706万人余りでした。

期日前投票は今日まで行うことができますが、最終的にはどこまで延びるかです。

ただ、期日前投票が伸びているにもかかわらず、前回戦後2番間に低かったといわれる投票率は、今回もほぼ同じではないか、天候次第でさらに低くなる可能性すらあるといわれています。

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昨日、上の写真を撮りに中区役所を訪れた時、珍しい光景を目にしました。

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現場で立ち会っている選挙管理委員会の担当者の話によれば、投票所に届けられる扇風機です。広島市中区の投票所は、23カ所ですが、冷房装置が完備されていない投票所に設置するためのものです。中区で約100台準備したとことで、いまトラックに積み込まれているのはコースごとに配布されるその一部です。

政策論争といえるのか

話をもとに戻します。問題は、急速な物価高や低迷を続ける賃金問題、少子化対策など、身近な問題が争点であるにもかかわらず、なぜ有権者が投票に行こうとしないのかです。

その原因の一つは、明確の各党の政策の違いがないからだと思っています。

特に奇妙に感ずるのは、口をそろえて「給料を上げる」という政策です。でも、なぜか「なぜ20年間も実質賃金が下がり続けるのか」「安倍政権の下でも繰り返し『賃上げ』が言われ続けたにもかかわらず、実現できなかったのか」、その根本原因を解明する主張を聞くことはできません。このことを明らかにしなければ、いくら「賃金を上げる」と言われても素直にうなずくことはできません。

有権者がいまひとつ政治に期待しないのは、こうしたことにも原因があるのではないかと思います。国会が、こうした問題に対し厳しい論戦をすることなく、耳当たりの良い政策のみを主張している限り、政治への関心と期待はますます遠ざかるばかりです。

選挙戦最終日の今日は、県内最大の大票田である広島市内に候補者が集中することになり、各候補陣営にとって街頭演説の場所取りに苦労することになると思います。

候補者には、最後まできちんと政策を訴えて、有権者の政治への関心を高める努力をしてほしいと思っています。

昨日の選挙活動を自粛していた自民党も今日の選挙活動は実施することとなったようです。

選挙は、民主主義を守るために絶対に必要なことです。今回の暴挙は絶対に許すことのできない行為ですが、このような卑劣な暴力行為があったからこそ、民主主義を守るためにも選挙活動をきちんと続けることは当然のことです。

私は、選挙の最終日、選挙区三上候補のマイク納めに行く予定にしていましたが、昨日の夕方段階で「中止する」との連絡がありました。この原稿を書いている時点(午前0時30分)では、この予定が生きていると思われますが、選挙事務所でもその後改めて最終日の行動が協議されて決められるはずです。どのような決定になろうと、選挙事務所の判断ですので尊重しますが、私は、暴力に対抗するためにも選挙活動は予定通り最後まできちんとやり通してほしいと思っています。

それにしても異様な雰囲気の中で迎える選挙最終日になりました。

いのちとうとし

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2022年7月 2日 (土)

ミャンマーを忘れないで 「1の日行動」

昨年2月1日、ミャンマーの軍がクーデターを起こして丸1年5カ月となる昨日7月1日、15回目を迎える「ミャンマー忘れないで 1の日行動」が、午後3時から1時間本通電停青山前で、実施されました。ちょうど、この場所を通りかかりましたので、私も参加しました。

昨日の行動では、私を含め4人の弁士が、マイクを通じて訴えましたが、この行動の事務局を担っている小武正教さんの訴えの一部組紹介します。小武さんは、毎回三次から参加されています。

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「昨年2月1日に軍事クーデターが行われて以降、6月29日の時点で、はっきりとしているだけでも2,039人の市民が殺され、14,374人が逮捕されています。

6月20日に広島を訪れたミャンマーの僧侶アシン・タワラ師は、ミャンマー軍の残虐行為によって市民が殺されている様子を写真で紹介しながら、『日本が国民統一政府(NUG)への支持と人道的支援』を訴えました。

4月26日には、日本政府がこれまでも行われてきたことですが、新たにミャンマー国軍関係者4名を受け入れ、防衛省の管轄施設で訓練を行うことが明らかになりました。これは、市民のいのちを奪い、弾圧をくり返すミャンマー国軍への協力です。絶対に許すことはできません。強く抗議します。

さらに日本政府は、対ミャンマー経済協力を明確に中止することなく、状況を見守って判断するという姿勢を崩していません。日本の大企業の多くも、国軍による人権侵害への加担につながる可能性のあるミャンマーでのビズネスについて、人権侵害を回避するための具体的行動をとることなく、融資を継続しています。まるで国軍が来年実施するとしている国政選挙、そしてその結果を待ち、なし崩しに経済支援やビジネスを継続していこうとしているかのようです。

またミャンマー軍は、市民・国会議員4人に対して死刑を執行することを表明しています。現地メディアによるとミャンマーでは30年以上、死刑は執行されていませんから、もしこの死刑執行が行われれば、まさに異常な事態といえます。決して死刑執行を許してはなりません。声を上げてください。」

私が訴えたことは次のことです。

「ウクライナへのロシアの軍事侵略の状況は、過剰と思えるほど情報が流れていますが、日本国内で、ミャンマーの現地の状況は、全くと言ってよいほど報道されません。

ですから、多くの国民が、いまミャンマーで何が起きているか知るすべがない状況です。これは、日本国内だけでなく、世界各地で起っていることです。

国際社会がミャンマーで起きている軍事政権による横暴を知らなければ、また関心を持たなければ持たないほど軍の横暴は続くことになると思います。私たちが無関心でいればいるほど、ミャンマーでは多くの市民のいのちが奪われ、軍による弾圧が続くことになります。今、この声を聞いたことを機会に、ミャンマー問題に少しでも関心を深めてください。」

何人かの人が、カンパをしてくださいました。

いのちとうとし

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2022年6月14日 (火)

G7サミットで核保有国と非核保有国との橋渡し?

最近の「G7サミット広島開催」のローカルニュースの中で、気になることを耳にしました。

G7サミットには、核兵器保有国が3カ国、非保有国が3カ国(日本を除いての意味だと思うが)参加する。岸田首相は、常々『日本政府は、核兵器保有国と非核兵器保有国の橋渡しをする』と言っているので、このG7サミットでそのことを実現してほしい」

私の聞き間違いであればよいのですが。これを聞きながら、ちょっと待ってくださいと言いたくなりました。それは、現在のG7サミットの参加国の核兵器状況を見ると、単純に核兵器保有国、非核兵器保有国と割り切ることはできない現実があるからです。

確かにG7サミット出席国で、核保有国とされているのは、アメリカ、イギリス、フランスの3カ国だけです。

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しかし、最近の日本国内の「核共有」発言でも例示国として紹介されていますが、ドイツは核保有国ではありませんが、2009年11月現在(今もそのままこの政策は継続していると思います)、同じG7の国イタリア、そしてベルギー、オランダ、トルコなどと共にNATO加盟国としてアメリカの核兵器を受け入れている国です。

まさに核共有(ニュークリア・シェアリング)国です。もちろん、配備されているのはそれぞれの国にある米軍基地ですが。

これは、NPT条約(核拡散防止条約)に違反することは明確ですが、とりあえず今日はそのことはおくことにします。

問題は、こうしたドイツやイタリアを「日本政府が橋渡し役をするための非核兵器保有国」として考えてよいのかということです。私の考えは、当然NOです。

日本政府の言う「核保有国と非核保有国の橋渡し」の対象となる非核兵器保有国は、核の傘や核抑止論に頼っていない国々のことでなければならないはずです。それらの国々こそ、核兵器禁止条約の成立に努力し、国連での同条約採択に賛成し、そして進んだ国では署名・批准を行い、真に核兵器の廃絶を願い、活動をしているからです。

来年のG7サミット広島開催が決まり、被爆地出身の岸田首相を「よいしょ」するあまり、この国際社会の現実に目をつむった報道があってはなりません。

私は、G7サミットに賛同しているわけではありません。しかし、広島で開催するのであれば、核保有国の首脳のみならず、核兵器禁止条約への署名批准を拒否している他の出席国3カ国の首脳も同様に広島の原爆被害の実相にしっかりと向き合うような日程が組まれるべきです。多くの広島市民が期待しているのは、そうしたことが目に見えるG7サミットの広島開催だと思います。

そのことを繰り返し情報発信する事こそが、広島のマスコミの役割だと思っています。

いのちとうとし

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2022年6月 3日 (金)

島根県知事の「島根原発2号機再稼働同意表明」に強く抗議する

丸山達也島根県知事は、昨日の島根県議会本会議において「島根原発2号機の再稼働の同意する」との最終判断を表明しました。

これまで、私たち中国5県の平和フォーラム・原水禁は、地元島根の「フォーラム平和・人権・環境しまね」を中心に、島根原発2号機を再稼働させないために、昨年12月末の松江市での総決起集会に始まり、1~2月の全国署名と取り組んできました。

さらにフォーラム平和・人権・環境しまねは、その署名をもとに3月には、島根県や中国電力に要請行動を行い、そして島根県議会が「再稼働同意」を決議した5月26日には、島根県庁前で緊急抗議集会などを行ってきました。

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丸山達也島根県知事(島根県ホームページより)

昨日の丸山島根県知事の「再稼働同意表明」は、こうした私たちの強い要望を全く無視したもので、絶対に容認できません。

そこで、中国5県の平和フォーラム・原水禁は、下記の抗議声明を出し、「同意の撤回」を求めて運動を強化することを確認しました。


島根原発2号機再稼働における丸山達也島根県知事の同意表明に強く抗議する

 

6月2日、丸山達也島根県知事は島根県議会本会議において、「島根原発2号機の再稼働に同意する」との最終判断を表明した。それは私たちの思いや民意を無視する暴挙に他ならず、断じて許されるものではない。

島根原発は、全国にある原発の中で唯一県庁所在地にあり、避難計画策定が必要となる30km圏内には約46万人が住んでいる。このことはかねてから、「事故発生時に、住民を安全に計画どおり避難させることができるのか」が問題視されてきた。立地/周辺自治体では、大規模な事故を想定した広域避難計画が策定されているが、それは机上の空論に過ぎず、事故が起きた際、私たちの生命と財産を守ってくれる保証は何もない。避難のための交通手段・避難場所の確保はもとより、5万人を超える「避難行動要支援者」のサポート体制、新型コロナウイルス対策等々、その実効性には大きな疑問が残る。これらの課題を放置したままの再稼働など、絶対にあり得ない。住民の生命と財産を守るのは自治体の責務であり、当然のことだ。知事は県民の安全・安心を最優先すべきであり、再稼働ありきの判断は許されない。

世界ではおりしも、今年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻により、歴史上初の原発立地地域での戦争が勃発する事態となった。原発がひとたび武力攻撃されれば、大規模な放射能被害は避けられない。チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナ、福島第一原発事故を経験した日本は、その影響の重大性を、身をもって知っている。このような重大なリスクを抱えているにもかかわらず、軽々に再稼働判断が進められようとしていることに、私たちは憤りを禁じ得ない。

今や、実効性ある避難計画なしに、2号機再稼働が見切り発車されようとしている。

そこには、中国電力の企業倫理も、自治体として住民の生きる権利を守る意志も、責任感も見られない。原発再稼働を「いのち」よりも優先しようとする姿勢は、断じて許されるものではない。

私たちは、このたびの知事の判断に断固抗議し、同意撤回を強く求める。

そして私たちは、住民の命を守り、脱原発・脱炭素社会を求めて、運動を強化していく。


抗議文で触れているように、「事故発生時の避難計画」は極めて不十分であり、決して住民の生命と財産を守るものではありません。また、県外では最も多くの避難民の受け入れ先となっている広島県の各自治体での受け入れ計画も未だ不十分なままであり、広島県民にとっても決して他人事ではありません。今後も「島根原発2号機の再稼働をさせない」ための取り組みを強めなければなりません。

いのちとうとし

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2022年5月 1日 (日)

皆様、有難う御座います ――Change.org署名が10万を超えました――

皆様、有難う御座います

――Change.org署名が10万を超えました――

 

ブログ名が紛らわしくて申し訳ありませんが、「春風夏雨」 (「新」が付かない「ヒロシマの心を世界に」の副題です) の方では報告してきた内容を、今回まとめてお知らせすることにしました。

まず、Change.orgでの署名運動は31日に始めました。その経緯については、ここをクリックして、お読み下さい。署名がまだの方には、署名もお願いします。

36日の昼過ぎには署名数が5万を超えましたので、準備をして、312日にプーチン大統領と岸田総理大臣に書簡を送りました

その前にChange.orgと協力して作成したビデオも、この日にリンクを貼っておきましたので、御覧下さい。

そして、いよいよ、昨日、10万を超えました。

皆様、有難う御座います。皆様の御賛同のお陰です。今日までには、既に「106千」を超えました。

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106,034」という数字を御確認下さい。私たち、一人一人の存在は「一(いち)」ですが、同じ気持ちを共有して、同じ目的のために一人一人が一つの行動を取ることで、その結果が10万という大きな数字になるという事実がハッキリ分りました。これを、20万にすることも可能ですし、ここからまた別の行動につなげて戦争を止めさせること、犠牲者の冥福を祈り遺族の悲しみに寄り添うこと、避難民を支援すること、そして今回のように侵略戦争が再び起らないような世界実現のために知恵を集めること等、多くのことが可能になります。

私は、10万の皆様の意思を代表して、再度プーチン大統領と岸田総理大臣にこのキャンペーンの趣旨を認めた書簡を出します。また、その他の核兵器保有国の首脳にも同趣旨の書簡を出し、協力を要請します。

そして、次の段階の行動への準備も始めます。6月末の核兵器禁止条約締約国会議、8月の核不拡散条約再検討会議という二つの重要な国際会議の場を生かして、皆様から頂いた署名の趣旨を各国の代表や国際機関、市民団体等、多くの皆さんに伝え広げたいと考えています。

さらに、現在進行中の戦争でロシアが核兵器を使わないと宣言するというだけでなく、今後の世界の動きの中で、どの国も核兵器は使わないと宣言するように働き掛けたいと考えています。核保有国が「核兵器の先制不使用」(No First Use—略してNFU) 宣言をするということです。

第一歩としては、核兵器禁止条約締約国会議と核不拡散条約再検討会議に参加する各国の代表はじめ多くの皆さんに、私たちのメッセージを伝えるためのビデオを作成して、現地で配布したいと考えています。もちろん、YouTubeにもアップします。

その他の活動について、皆様からの御提案をお待ちしています。

 [2022/5/1 イライザ]

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2021年12月25日 (土)

いつまでも忘却してはならないこと

 第6次エネルギー基本計画の結論にしても、COP26に対する政府の発言にしても、この国の政治指導者の劣化度があらためて示された21年だったように思うのです。責任を問われるような政策の転換はしないというのが「尺度」だから、選挙をやっても投票率が上がることは期待できないでしょう。

12月8日は、日本が真珠湾攻撃を行って80年という節目の日ということで、マスコミは様々な特集を行っていました。いつも考えるのは、なんで日本はあの戦争を始めたのかということです。対中国侵略の行き詰まりからということなら、なんでアジアの小さな国々に侵攻したのかというのが、きちんと解らないのです。

友人が「総括しない、反省しない、責任取らないという、この国の『3ない主義』が問題」と話していました。それがなんで戦争したのかということが、解らないことに繋がってきます。総括し、反省し、責任をしっかりしなければ、また「戦争をする国」になるのではなかろうかと思うのです。

同じことは福島第一原発事故にも言えると思います。事故後、様ざまな形の事故調査委員会が設置されましたが、きちんとした報告書が出されたわけでもなく、報告書が国会の場で議論されたということも聞きません。福島第一原発事故から10年、原発事故はなにも解決されていないのに、再稼働も、新増設も、核燃料サイクルもということは許されないのです。

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現在の東京電力福島第一原子力発電所(CNNニュースより)

戦後のラジオドラマで、菊田一夫原作の「君の名は」というのがありました。その最初に語られた言葉は「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」です。このドラマは悲恋のものですが、災害にしても事故にしても当事者は一生忘れられないことでしょうが、当事者でなくても忘却してはならないことはたくさんあると思うのです。「20世紀に犯した世界の3つの愚行」というタイトルで、どこかに原稿を書いたことがありますが「アウシュビッツ、原子爆弾投下、チェルノブイリ」と書きました。

時は21世紀になりましたが、同じようなことが世界中で起こっています。アウシュビッツに似ているのは香港やミャンマー、アフガニスタンなどで起こっていること。原子爆弾投下では原爆の投下は無いにしても、核兵器所有は憲法に違反しないとする日本、対中国封じ込め政策に協力し核兵器の先制不使用に反対し、敵基地攻撃を正当かするこの国、イラン核合意の緊張。そしてチェルノブイリでは福島第一原発事故です。

テレビに加えインターネットが普及した情報社会にあって、人の記憶や想像力はむしろ退化しているのでは無かろうか。これは国家やマスコミによる巧妙な罠なのでしょうか。

22年は新年早々、ニューヨークの国連本部でNPT(核拡散防止条約)再検討会議が開催され、また核兵器禁止条約の第1回締約国会議が3月22日~24日までオーストリアのウイーンで開催されます。翌23年には、日本でG7サミットが予定されています。岸田文雄総理の地元ということで、広島市での開催が有力視されていますが、世界中の指導者に本気の「ヒロシマの心」を発信しようと思うのなら、核兵器禁止条約批准や先制不使用に反対しないこと、プルトニウム政策からの撤退などをしっかり伝えることではないでしょうか。

年賀状の一文に、「勇気とは立ち上がり。発言すること。また同時に、着席し、耳を傾けることも勇気である」と書きました。これは英国首相だったウィンストン・チャーチルの言葉です。僕はどちらかといえば多弁な方だから、22年はおとなしく寡黙な男になろうと思っています。そういえば岸田総理大臣の就任最初の挨拶は「特技は人の話をしっかり聞くこと」だったようですね。

今年の「新・ヒロシマの心を世界に」の私の担当は、これで終わります。読んでいただきありがとうございました。

木原省治

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