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ニュース

2022年7月 9日 (土)

安倍元首相の死と参議院選挙の最終日-選挙の意味を考える

投票日まであと二日となった昨日、選挙の応援演説を行っていた安倍元首相が、暴漢による銃撃によって命を奪われました。心から哀悼の意を表します。暴力によって命を奪う行為は、絶対に容認できません。

こうした中で、今日は、6月22日に公示された参議院選挙の最終日を迎えました。

この選挙で与党が勝利すれば、3年間は国政選挙がないともいわれていますので、参議院選挙としては、今まで以上に重要な意味を持つ国政選挙といえます。

選挙のたびに増えている期日前投票を済ませた人は、今回も3年前よりも伸びているといわれています。ちなみに、3年前の期日前投票をした人は、全有権者の16%にあたる1706万人余りでした。

期日前投票は今日まで行うことができますが、最終的にはどこまで延びるかです。

ただ、期日前投票が伸びているにもかかわらず、前回戦後2番間に低かったといわれる投票率は、今回もほぼ同じではないか、天候次第でさらに低くなる可能性すらあるといわれています。

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昨日、上の写真を撮りに中区役所を訪れた時、珍しい光景を目にしました。

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現場で立ち会っている選挙管理委員会の担当者の話によれば、投票所に届けられる扇風機です。広島市中区の投票所は、23カ所ですが、冷房装置が完備されていない投票所に設置するためのものです。中区で約100台準備したとことで、いまトラックに積み込まれているのはコースごとに配布されるその一部です。

政策論争といえるのか

話をもとに戻します。問題は、急速な物価高や低迷を続ける賃金問題、少子化対策など、身近な問題が争点であるにもかかわらず、なぜ有権者が投票に行こうとしないのかです。

その原因の一つは、明確の各党の政策の違いがないからだと思っています。

特に奇妙に感ずるのは、口をそろえて「給料を上げる」という政策です。でも、なぜか「なぜ20年間も実質賃金が下がり続けるのか」「安倍政権の下でも繰り返し『賃上げ』が言われ続けたにもかかわらず、実現できなかったのか」、その根本原因を解明する主張を聞くことはできません。このことを明らかにしなければ、いくら「賃金を上げる」と言われても素直にうなずくことはできません。

有権者がいまひとつ政治に期待しないのは、こうしたことにも原因があるのではないかと思います。国会が、こうした問題に対し厳しい論戦をすることなく、耳当たりの良い政策のみを主張している限り、政治への関心と期待はますます遠ざかるばかりです。

選挙戦最終日の今日は、県内最大の大票田である広島市内に候補者が集中することになり、各候補陣営にとって街頭演説の場所取りに苦労することになると思います。

候補者には、最後まできちんと政策を訴えて、有権者の政治への関心を高める努力をしてほしいと思っています。

昨日の選挙活動を自粛していた自民党も今日の選挙活動は実施することとなったようです。

選挙は、民主主義を守るために絶対に必要なことです。今回の暴挙は絶対に許すことのできない行為ですが、このような卑劣な暴力行為があったからこそ、民主主義を守るためにも選挙活動をきちんと続けることは当然のことです。

私は、選挙の最終日、選挙区三上候補のマイク納めに行く予定にしていましたが、昨日の夕方段階で「中止する」との連絡がありました。この原稿を書いている時点(午前0時30分)では、この予定が生きていると思われますが、選挙事務所でもその後改めて最終日の行動が協議されて決められるはずです。どのような決定になろうと、選挙事務所の判断ですので尊重しますが、私は、暴力に対抗するためにも選挙活動は予定通り最後まできちんとやり通してほしいと思っています。

それにしても異様な雰囲気の中で迎える選挙最終日になりました。

いのちとうとし

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2022年7月 2日 (土)

ミャンマーを忘れないで 「1の日行動」

昨年2月1日、ミャンマーの軍がクーデターを起こして丸1年5カ月となる昨日7月1日、15回目を迎える「ミャンマー忘れないで 1の日行動」が、午後3時から1時間本通電停青山前で、実施されました。ちょうど、この場所を通りかかりましたので、私も参加しました。

昨日の行動では、私を含め4人の弁士が、マイクを通じて訴えましたが、この行動の事務局を担っている小武正教さんの訴えの一部組紹介します。小武さんは、毎回三次から参加されています。

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「昨年2月1日に軍事クーデターが行われて以降、6月29日の時点で、はっきりとしているだけでも2,039人の市民が殺され、14,374人が逮捕されています。

6月20日に広島を訪れたミャンマーの僧侶アシン・タワラ師は、ミャンマー軍の残虐行為によって市民が殺されている様子を写真で紹介しながら、『日本が国民統一政府(NUG)への支持と人道的支援』を訴えました。

4月26日には、日本政府がこれまでも行われてきたことですが、新たにミャンマー国軍関係者4名を受け入れ、防衛省の管轄施設で訓練を行うことが明らかになりました。これは、市民のいのちを奪い、弾圧をくり返すミャンマー国軍への協力です。絶対に許すことはできません。強く抗議します。

さらに日本政府は、対ミャンマー経済協力を明確に中止することなく、状況を見守って判断するという姿勢を崩していません。日本の大企業の多くも、国軍による人権侵害への加担につながる可能性のあるミャンマーでのビズネスについて、人権侵害を回避するための具体的行動をとることなく、融資を継続しています。まるで国軍が来年実施するとしている国政選挙、そしてその結果を待ち、なし崩しに経済支援やビジネスを継続していこうとしているかのようです。

またミャンマー軍は、市民・国会議員4人に対して死刑を執行することを表明しています。現地メディアによるとミャンマーでは30年以上、死刑は執行されていませんから、もしこの死刑執行が行われれば、まさに異常な事態といえます。決して死刑執行を許してはなりません。声を上げてください。」

私が訴えたことは次のことです。

「ウクライナへのロシアの軍事侵略の状況は、過剰と思えるほど情報が流れていますが、日本国内で、ミャンマーの現地の状況は、全くと言ってよいほど報道されません。

ですから、多くの国民が、いまミャンマーで何が起きているか知るすべがない状況です。これは、日本国内だけでなく、世界各地で起っていることです。

国際社会がミャンマーで起きている軍事政権による横暴を知らなければ、また関心を持たなければ持たないほど軍の横暴は続くことになると思います。私たちが無関心でいればいるほど、ミャンマーでは多くの市民のいのちが奪われ、軍による弾圧が続くことになります。今、この声を聞いたことを機会に、ミャンマー問題に少しでも関心を深めてください。」

何人かの人が、カンパをしてくださいました。

いのちとうとし

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2022年6月14日 (火)

G7サミットで核保有国と非核保有国との橋渡し?

最近の「G7サミット広島開催」のローカルニュースの中で、気になることを耳にしました。

G7サミットには、核兵器保有国が3カ国、非保有国が3カ国(日本を除いての意味だと思うが)参加する。岸田首相は、常々『日本政府は、核兵器保有国と非核兵器保有国の橋渡しをする』と言っているので、このG7サミットでそのことを実現してほしい」

私の聞き間違いであればよいのですが。これを聞きながら、ちょっと待ってくださいと言いたくなりました。それは、現在のG7サミットの参加国の核兵器状況を見ると、単純に核兵器保有国、非核兵器保有国と割り切ることはできない現実があるからです。

確かにG7サミット出席国で、核保有国とされているのは、アメリカ、イギリス、フランスの3カ国だけです。

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しかし、最近の日本国内の「核共有」発言でも例示国として紹介されていますが、ドイツは核保有国ではありませんが、2009年11月現在(今もそのままこの政策は継続していると思います)、同じG7の国イタリア、そしてベルギー、オランダ、トルコなどと共にNATO加盟国としてアメリカの核兵器を受け入れている国です。

まさに核共有(ニュークリア・シェアリング)国です。もちろん、配備されているのはそれぞれの国にある米軍基地ですが。

これは、NPT条約(核拡散防止条約)に違反することは明確ですが、とりあえず今日はそのことはおくことにします。

問題は、こうしたドイツやイタリアを「日本政府が橋渡し役をするための非核兵器保有国」として考えてよいのかということです。私の考えは、当然NOです。

日本政府の言う「核保有国と非核保有国の橋渡し」の対象となる非核兵器保有国は、核の傘や核抑止論に頼っていない国々のことでなければならないはずです。それらの国々こそ、核兵器禁止条約の成立に努力し、国連での同条約採択に賛成し、そして進んだ国では署名・批准を行い、真に核兵器の廃絶を願い、活動をしているからです。

来年のG7サミット広島開催が決まり、被爆地出身の岸田首相を「よいしょ」するあまり、この国際社会の現実に目をつむった報道があってはなりません。

私は、G7サミットに賛同しているわけではありません。しかし、広島で開催するのであれば、核保有国の首脳のみならず、核兵器禁止条約への署名批准を拒否している他の出席国3カ国の首脳も同様に広島の原爆被害の実相にしっかりと向き合うような日程が組まれるべきです。多くの広島市民が期待しているのは、そうしたことが目に見えるG7サミットの広島開催だと思います。

そのことを繰り返し情報発信する事こそが、広島のマスコミの役割だと思っています。

いのちとうとし

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2022年6月 3日 (金)

島根県知事の「島根原発2号機再稼働同意表明」に強く抗議する

丸山達也島根県知事は、昨日の島根県議会本会議において「島根原発2号機の再稼働の同意する」との最終判断を表明しました。

これまで、私たち中国5県の平和フォーラム・原水禁は、地元島根の「フォーラム平和・人権・環境しまね」を中心に、島根原発2号機を再稼働させないために、昨年12月末の松江市での総決起集会に始まり、1~2月の全国署名と取り組んできました。

さらにフォーラム平和・人権・環境しまねは、その署名をもとに3月には、島根県や中国電力に要請行動を行い、そして島根県議会が「再稼働同意」を決議した5月26日には、島根県庁前で緊急抗議集会などを行ってきました。

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丸山達也島根県知事(島根県ホームページより)

昨日の丸山島根県知事の「再稼働同意表明」は、こうした私たちの強い要望を全く無視したもので、絶対に容認できません。

そこで、中国5県の平和フォーラム・原水禁は、下記の抗議声明を出し、「同意の撤回」を求めて運動を強化することを確認しました。


島根原発2号機再稼働における丸山達也島根県知事の同意表明に強く抗議する

 

6月2日、丸山達也島根県知事は島根県議会本会議において、「島根原発2号機の再稼働に同意する」との最終判断を表明した。それは私たちの思いや民意を無視する暴挙に他ならず、断じて許されるものではない。

島根原発は、全国にある原発の中で唯一県庁所在地にあり、避難計画策定が必要となる30km圏内には約46万人が住んでいる。このことはかねてから、「事故発生時に、住民を安全に計画どおり避難させることができるのか」が問題視されてきた。立地/周辺自治体では、大規模な事故を想定した広域避難計画が策定されているが、それは机上の空論に過ぎず、事故が起きた際、私たちの生命と財産を守ってくれる保証は何もない。避難のための交通手段・避難場所の確保はもとより、5万人を超える「避難行動要支援者」のサポート体制、新型コロナウイルス対策等々、その実効性には大きな疑問が残る。これらの課題を放置したままの再稼働など、絶対にあり得ない。住民の生命と財産を守るのは自治体の責務であり、当然のことだ。知事は県民の安全・安心を最優先すべきであり、再稼働ありきの判断は許されない。

世界ではおりしも、今年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻により、歴史上初の原発立地地域での戦争が勃発する事態となった。原発がひとたび武力攻撃されれば、大規模な放射能被害は避けられない。チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナ、福島第一原発事故を経験した日本は、その影響の重大性を、身をもって知っている。このような重大なリスクを抱えているにもかかわらず、軽々に再稼働判断が進められようとしていることに、私たちは憤りを禁じ得ない。

今や、実効性ある避難計画なしに、2号機再稼働が見切り発車されようとしている。

そこには、中国電力の企業倫理も、自治体として住民の生きる権利を守る意志も、責任感も見られない。原発再稼働を「いのち」よりも優先しようとする姿勢は、断じて許されるものではない。

私たちは、このたびの知事の判断に断固抗議し、同意撤回を強く求める。

そして私たちは、住民の命を守り、脱原発・脱炭素社会を求めて、運動を強化していく。


抗議文で触れているように、「事故発生時の避難計画」は極めて不十分であり、決して住民の生命と財産を守るものではありません。また、県外では最も多くの避難民の受け入れ先となっている広島県の各自治体での受け入れ計画も未だ不十分なままであり、広島県民にとっても決して他人事ではありません。今後も「島根原発2号機の再稼働をさせない」ための取り組みを強めなければなりません。

いのちとうとし

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2022年5月 1日 (日)

皆様、有難う御座います ――Change.org署名が10万を超えました――

皆様、有難う御座います

――Change.org署名が10万を超えました――

 

ブログ名が紛らわしくて申し訳ありませんが、「春風夏雨」 (「新」が付かない「ヒロシマの心を世界に」の副題です) の方では報告してきた内容を、今回まとめてお知らせすることにしました。

まず、Change.orgでの署名運動は31日に始めました。その経緯については、ここをクリックして、お読み下さい。署名がまだの方には、署名もお願いします。

36日の昼過ぎには署名数が5万を超えましたので、準備をして、312日にプーチン大統領と岸田総理大臣に書簡を送りました

その前にChange.orgと協力して作成したビデオも、この日にリンクを貼っておきましたので、御覧下さい。

そして、いよいよ、昨日、10万を超えました。

皆様、有難う御座います。皆様の御賛同のお陰です。今日までには、既に「106千」を超えました。

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106,034」という数字を御確認下さい。私たち、一人一人の存在は「一(いち)」ですが、同じ気持ちを共有して、同じ目的のために一人一人が一つの行動を取ることで、その結果が10万という大きな数字になるという事実がハッキリ分りました。これを、20万にすることも可能ですし、ここからまた別の行動につなげて戦争を止めさせること、犠牲者の冥福を祈り遺族の悲しみに寄り添うこと、避難民を支援すること、そして今回のように侵略戦争が再び起らないような世界実現のために知恵を集めること等、多くのことが可能になります。

私は、10万の皆様の意思を代表して、再度プーチン大統領と岸田総理大臣にこのキャンペーンの趣旨を認めた書簡を出します。また、その他の核兵器保有国の首脳にも同趣旨の書簡を出し、協力を要請します。

そして、次の段階の行動への準備も始めます。6月末の核兵器禁止条約締約国会議、8月の核不拡散条約再検討会議という二つの重要な国際会議の場を生かして、皆様から頂いた署名の趣旨を各国の代表や国際機関、市民団体等、多くの皆さんに伝え広げたいと考えています。

さらに、現在進行中の戦争でロシアが核兵器を使わないと宣言するというだけでなく、今後の世界の動きの中で、どの国も核兵器は使わないと宣言するように働き掛けたいと考えています。核保有国が「核兵器の先制不使用」(No First Use—略してNFU) 宣言をするということです。

第一歩としては、核兵器禁止条約締約国会議と核不拡散条約再検討会議に参加する各国の代表はじめ多くの皆さんに、私たちのメッセージを伝えるためのビデオを作成して、現地で配布したいと考えています。もちろん、YouTubeにもアップします。

その他の活動について、皆様からの御提案をお待ちしています。

 [2022/5/1 イライザ]

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2021年12月25日 (土)

いつまでも忘却してはならないこと

 第6次エネルギー基本計画の結論にしても、COP26に対する政府の発言にしても、この国の政治指導者の劣化度があらためて示された21年だったように思うのです。責任を問われるような政策の転換はしないというのが「尺度」だから、選挙をやっても投票率が上がることは期待できないでしょう。

12月8日は、日本が真珠湾攻撃を行って80年という節目の日ということで、マスコミは様々な特集を行っていました。いつも考えるのは、なんで日本はあの戦争を始めたのかということです。対中国侵略の行き詰まりからということなら、なんでアジアの小さな国々に侵攻したのかというのが、きちんと解らないのです。

友人が「総括しない、反省しない、責任取らないという、この国の『3ない主義』が問題」と話していました。それがなんで戦争したのかということが、解らないことに繋がってきます。総括し、反省し、責任をしっかりしなければ、また「戦争をする国」になるのではなかろうかと思うのです。

同じことは福島第一原発事故にも言えると思います。事故後、様ざまな形の事故調査委員会が設置されましたが、きちんとした報告書が出されたわけでもなく、報告書が国会の場で議論されたということも聞きません。福島第一原発事故から10年、原発事故はなにも解決されていないのに、再稼働も、新増設も、核燃料サイクルもということは許されないのです。

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現在の東京電力福島第一原子力発電所(CNNニュースより)

戦後のラジオドラマで、菊田一夫原作の「君の名は」というのがありました。その最初に語られた言葉は「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」です。このドラマは悲恋のものですが、災害にしても事故にしても当事者は一生忘れられないことでしょうが、当事者でなくても忘却してはならないことはたくさんあると思うのです。「20世紀に犯した世界の3つの愚行」というタイトルで、どこかに原稿を書いたことがありますが「アウシュビッツ、原子爆弾投下、チェルノブイリ」と書きました。

時は21世紀になりましたが、同じようなことが世界中で起こっています。アウシュビッツに似ているのは香港やミャンマー、アフガニスタンなどで起こっていること。原子爆弾投下では原爆の投下は無いにしても、核兵器所有は憲法に違反しないとする日本、対中国封じ込め政策に協力し核兵器の先制不使用に反対し、敵基地攻撃を正当かするこの国、イラン核合意の緊張。そしてチェルノブイリでは福島第一原発事故です。

テレビに加えインターネットが普及した情報社会にあって、人の記憶や想像力はむしろ退化しているのでは無かろうか。これは国家やマスコミによる巧妙な罠なのでしょうか。

22年は新年早々、ニューヨークの国連本部でNPT(核拡散防止条約)再検討会議が開催され、また核兵器禁止条約の第1回締約国会議が3月22日~24日までオーストリアのウイーンで開催されます。翌23年には、日本でG7サミットが予定されています。岸田文雄総理の地元ということで、広島市での開催が有力視されていますが、世界中の指導者に本気の「ヒロシマの心」を発信しようと思うのなら、核兵器禁止条約批准や先制不使用に反対しないこと、プルトニウム政策からの撤退などをしっかり伝えることではないでしょうか。

年賀状の一文に、「勇気とは立ち上がり。発言すること。また同時に、着席し、耳を傾けることも勇気である」と書きました。これは英国首相だったウィンストン・チャーチルの言葉です。僕はどちらかといえば多弁な方だから、22年はおとなしく寡黙な男になろうと思っています。そういえば岸田総理大臣の就任最初の挨拶は「特技は人の話をしっかり聞くこと」だったようですね。

今年の「新・ヒロシマの心を世界に」の私の担当は、これで終わります。読んでいただきありがとうございました。

木原省治

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2021年12月24日 (金)

故坪井直さんのお別れ会と府中地区の19日行動

坪井先生とのお別れ会

10月24日に96歳の生涯を終えられた「故坪井直広島県原爆被害者談協議会前理事長お別れ会」が、県被団協の主催で一昨日22日、広島平和記念資料館メモリアルホールで行われました。

午後2時から始まったお別れ会には、県内だけでなく東京や中国他県から約400人が参列し、ありし日の坪井さんをそれぞれの思い出の中で偲び、志を受け継ぐ決意を新たにしました。

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佐藤奈保子さんの司会で始まった会は、最初に坪井さんや原爆で犠牲となった多くの人たちへ追悼の思いを込めて全員で黙とう。続いて、主催者である県被団協箕牧智之理事長が「『他の誰にもこんな思いをさせてはならない』との信念のもとに、国の内外に核兵器廃絶と恒久平和の大切さを訴えてこられました。あの七十六年前の悲惨な出来事は二十歳の坪井さんの脳裏に焼け付いておられました。自らの体験を通した坪井さんの証言を聞くとき、核兵器の悲惨さが胸に突き刺さってきました。」とお別れのことば。

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続いて、日本被団協の木戸季市事務局長が、「人類史上初めての残虐極まりない原子爆弾の非人道性を告発し、再び繰り返してはならないことを世界に訴えてこられました。今日の会は坪井さんとのお別れの会ですが、核兵器も戦争もない世の実現に向けて生きることを誓い合う会でもあります。」と追悼のことばを述べました。

お二人のあいさつに続き、ありし日の坪井さんの活躍ぶりを紹介するDVDが上映され、参加者それぞれが、坪井さんとの出会いや思い出を振り返ることになりました。

県被団協植田雅軌副理事長からのお礼のごあいさつの後、湯崎英彦広島県知事、松井一実広島市長などの指名献花、続いて参加者全員が笑顔の坪井さんの遺影に向き合い、お別れの献花を行い会は閉会となりました。

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当日配布されたパンフレットには、「生者必滅とはいえ、なすべきことをやろう。盛者必衰。世は常に同じではない。核のない世界を共に実現させたい。ネバー・ギブ・アップ!人間至る処に青山あり・・・」(今年の県被団協新聞に寄せられた「新年のごあいさつ」)が印刷されていました。

私も、1991年に始めて坪井先生にお会いして以来、「てっちゃん、てっちゃん」と親しく声をかけていただいた日々だったことを思い起こし、改めて遺志を受け継ぎたいと決意した坪井先生とのお別れ会でした。

いのちとうとし

 

府中地区19日行動

今日は19日、安保法制に反対する府中市民の会恒例のまちかどツアーは、1530分から上下町Aコープ前と1630分から府中天満屋店前で、それぞれ30分間リレートークとスタンディングを行った。参加者はどちらも10人でした。

日曜日の夕方、平日の仕事帰りとは違う買い物や行楽帰りらしき多くの人々が車窓から手を振ってくれ、若い人たちがバイクに乗りながら大声で「頑張れ〜!」と声援をくれた。師走らしい澄んだ寒空の下だったが、こんな反応が返ってくるから嬉しい。冬至間近、手にはロウソクの灯りをともした。

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GDP1%を超える防衛費、しかも補正予算であることの異常さ」「森友問題は終わらない。国の認諾で事実が解明されないままでは賠償金を支出することに納税者は納得いかない」「まだ生まれていないから戦争当時のことは知らないと不勉強を恥じない維新議員に呆れる。生存者から体験を聞いていくらでも勉強できる。自分は子どもの頃にクラスメイトにひどいことをしてしまい今だに謝れておらず悔やんでいる。歴史修正主義をどんなに強行してもあったことをなかったことには絶対にできない、歴史を学びきちんと向き合うべきだ」「昨日広島市で行われた第24代高校生平和大使団結式に希望を感じる。大人こそこれらの高校生学ぶべきだ」「中国によるウィグル族への人権侵害は以前から存在していたのに、自国の都合で急に批判を始めた米国に追従する現政権。その自民党政権は自国の法と人権を無視している」「この活動を始めて6年。なかなか希望通りにならない政治に対して自分たちも反省し活動を前へ進めなければならない」「九条を壊す改憲をやめさせ、平和を守らなければならない」など、弁士は多くの問題提起をしながら、安保法制が違憲であることを始め様々な政治課題が自分たちの暮らしに直結していることを熱く訴えた。毎回参加者が学び合う場にもなっている。来年もコツコツと活動を続けていく。

石岡真由海

【編集後記】石岡真由海さんから「府中の12月19日行動」の様子が、その日に送られてきていましたが、編集の都合により今日の掲載となりました。お詫びします。文章は、原文のままです。

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2021年12月 1日 (水)

被爆76周年原水爆禁止世界大会第3回広島県実行委員会を開催

被爆76周年原水禁世界大会の現地実行委員会として総括を行うための第3回広島実行委員会が、昨日開催されました。

今年の原水禁世界大会は、全面オンライン開催とならざるを得なかった昨年の大会の経験を活かし、「規模を縮小してでも対面形式で開催する」ことを確認し、現地実行委員会としての準備を進めてきました。しかし、全国でコロナの感染者が拡大し、広島県内において感染者が急増し、医療体制もひっ迫する状況となり、大会一週間前になってから急きょ完全オンラインでの開催とならざるを得ませんでした。

昨日の実行委員会では、まずその経過を高橋事務局長から提起がされ、その後大会全体として確認できる評価面が提起されました。

広島大会は、完全無観客の大会となりましたが、当初予定していた開会行事、分科会、閉会行事は、予定通り実施し、すべてオンライン配信されました。

昨日の件実行委員会では、広島、長崎大会の分科会の中で、高校生から30代の若い人たちが、報告者として起用されたことが、今年の大会の特徴だったことが確認されました。

若い報告者とこれまでもずっと登壇し、原水禁大会を支えてきたいただいた講師陣とが、連携し分科会を進める姿は、今後の継承しなければならに前進面だと思います。

こうした若い発言者が多く登壇した大会の運営は、メディアからも大きく注目されました。

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中国新聞 2021.8.6より

実行委員会でも、第2分科会「気象変動と脱原発、自然エネルギーの今とこれから」に参加した県原水禁常任理事の一人から「ベテランと若い人が同じ場所で、意見を述べて立姿を見て感動した。これからもこんな分科会が増えればよい」と感想が述べられていました。

実は、私も同じような体験をしました。第3分科会の「在外被爆者と日本の戦争責任、その歴史認識問題について」の発表テーマの一つに「在ブラジル被爆者に関する報告 報告者:相原由奈」とあるのを見つけたのですが、相原さんという名前は、在外被爆者問題でも初めて聞く名前でしたが、資料集の講師プロフィールには、第15代高校生平和大使(2012年)と記されていましたので、すぐに連絡を取りました。会って話しを聞くと、相原由奈さんは、高校生平和大使の時、ブラジル在住被爆者の森田隆さんとであり、それがきっかけとなり2017年と2018年の2度にわたりブラジルを訪問し、聞き取りを実施し、現在もブラジル在住被爆者のみなさんと交流を続け、研究を続けているということでした。

これも一つの例ですが、若い講師陣の中には、高校生平和大使の経験者が多くいたことは、今年の大会を象徴する良い成果だったといえます。

こうした成果を全体で確認できた昨日の第3回広島県実行委員会でした。県実行委員会は、大会ごとに結成していますので、一応の総括を終えた昨日の会議で、今年の実行委員会は解散となりました。

なお被爆76周年原水禁世界大会の様子は、原水禁チャンネル - YouTubeで視聴できますので、参考になることも多い内容となっていますので、沢山の人に見ていただきたいと思います。

いのちとうとし

【編集者】急きょ執筆者が変更となりましたので、定例のイライザさんの原稿は明日アップします。

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2021年11月27日 (土)

「衆院選大敗」に中学校教員として思うこと

「自民党大勝」……10月末の衆院選の結果は予想外のものとなってしまった。

緊急事態宣言下、多くの国民の反対を押し切ってのオリ・パラの強行開催。開催を機に新型コロナウイルスの感染爆発を招き、入院できず死亡する自宅療養者が相次ぐ医療崩壊を招いた。内閣支持率は菅内閣発足後最低の数字に落ち込み、8月末に行われた横浜市長選では、菅前首相が全面支持した候補が落選し、立憲民主党が推薦した候補が大勝。9月初め、このまま衆院選を迎えれば、与党・自民党の大敗は確実視されていた。

ところが、その後の自民党総裁選一色の報道により風が変わったのか、衆院選後間もなくの新聞報道等には、「自民党単独で過半数の議席確保の見込み」との文字が躍った。「ウソだろ~。新型コロナウイルス感染拡大で苦しんだこの1年半や、安倍・菅政権の9年間に政府・自民党がやってきたことをみんな忘れたのか」、そう思わずにはおれなかった。

結局、自民党が議席を減らしたとはいえ絶対安定多数を維持し、さらに、改憲に前向きな日本維新の会等を含めれば改憲勢力の2/3を上回る議席を確保した。「モリ・カケ・桜」等の問題に見られる政治の私物化や、政治の信用を失墜させるウソ・隠蔽・改ざん等のオンパレードに「政治とカネ」の問題、憲法を無視して臨時国会を開催していないこと、コロナ対策における失政の数々等、自公政権にNOを突きつける材料は枚挙にいとまがない。「国民はすぐに忘れる」……いつか自民党議員が言ったこの言葉を思い出した。

さらに、ショッキングだったのは、「無党派層で自民党に投票した有権者が一番多かった年代は20代・30代」との報道だ。愕然とした。コロナ禍で、多くの人々が日々の生活と政治が密接に繋がっていると実感したはずなのに、なぜそんなことになるのか。

ふと、自分の若かりし頃を思い返してみた。その報道はまんざら他人事ではないと感じた。というのも、私は職に就くまで社会のあり様や矛盾に疑問を持つことなく、「『偉い人』たちは自分たち(国民)を守ってくれている」的に「平和」に生きていた。批判的に社会を見るとか、実相に迫るとかまったく思ってもみなかった。その報道内容について自分自身の被教育体験や生育歴を下敷きに考えた時、学校教育のありようが大いに関わっているのではないかと思えてならない。

本来、学校は、市民社会の中で様々な人たちと共に生き、憲法の理念を実現するために、平和や人権を尊重する、一人ひとりが大切にされる社会を築く力を身につけていくための場だが、現実にはそうはなり得てはいない。多くの学校では、権利を教えずに義務を教える。また、個より集団を重んじる学校文化を基盤に、子ども一人ひとりの実態や思いを考慮することよりも、事細かにルールや約束事が決められ(校則のみならず無言掃除に無言給食、授業中の座る姿勢や挙手の際の手の挙げ方、個人用ロッカーの整理の仕方等)、いろいろな場面で「同調圧力」によってその「枠」に入ることが強要されている。部活動においても、「縦社会」の中で自分の思いを封印することを学ぶ。本来であれば、自分たちで決める民主主義の実践の場である児童会・生徒会活動も、教職員集団の「下請け」機関との感は否めない。その日々の積み重ねの結果、子どもたちは目の前の現実に疑問を持つどころか、ルールに従うことを良しとし、「思考停止」状態の中で何も言おうとしなくなる。

多くの若者がこのような学校生活を経て有権者になるのだから、体制に疑問を持つはずもなく、現状を「従順に」容認する結果、「自民党支持」を選んだとしても何ら不思議ではないのかもしれない。

まずは、教育現場に民主主義をとり戻すことから始めよう。主権者である国民が、権力者に全てを委ね、何も考えなくなってしまったら国民主権は成り立たなくなり、民主主義は実現しない。学校教育の責務は、賢明な主権者を育てることであるので、学校教育の場に、教職員や子どもたちが自分で考え、判断し、行動できる土壌をつくり直していくことが全ての出発点のように思う。また、そのことと併せて、民主主義のしくみはもちろん、主権者として判断し権利を行使することを見据え、人権教育や平和教育を通して現実の社会の問題について子どもたちと考えを深める機会をつくっていく必要がある。

「選挙に行っても何も変わらない」との若者の声を聞くたびに、教員として責任を痛感する。「憲法を守るのは権力側。権力側がきちんと憲法を守っているかをチェックし、守られていな時は『退場』してもらう。そして、憲法を守る政権を選ぶのが選挙の目的である。国民が権力側によってコントロールされるのではなく、選挙等の機会を通じて、国民が権力側をコントロールしていかなければならない。自分の頭で考える主権者の育成は学校の責務である」……10月に参加した楾大樹さん(弁護士)の憲法学習会でそう学んだ。

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≪楾大樹さん著書の挿絵より≫

ライオンは「国家権力」を、檻は「憲法」を表している。ライオンを檻の中に入れて、いつも監視しなければならない。

 

広教組憲法学習会「檻の中のライオン 檻を壊すライオン」2021.10.23

https://youtu.be/zJ0MWMpU8F8

学校教育の場において、このことが確実に子どもたちに理解されていけば、選挙をめぐる風景も変わっていくのだろう。また、そのことが憲法第12条で謳われている「憲法が国民に保障する自由及び権利は、不断の努力によって保持しなければならない」 につながっていくことにもなるはずだ。

政治の主人公は政治家ではなく、主権者である私たちなのだ。「自分で考え選択し、今や未来を自分自身で変えていくことができる」……子どもがそう希望を持てるよう、学校教育でできることにとりくんでいこう。今しっかり小さな種をまくことが、やがて真の民主主義の大きな花を咲かせることにつながると信じて。

<未来のそら>

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2021年11月16日 (火)

天皇の憲法遵守義務 ――『数学書として憲法を読む』に沿っての講演・その4――

天皇の憲法遵守義務

――『数学書として憲法を読む』に沿っての講演・その4――

前回は、憲法99条の「憲法遵守義務」が、内閣・国会・裁判所等で仕事をする「公務員」と、天皇ならびに摂政(天皇と略)という対比で、天皇の義務は、公務員の義務とは独立していること、そしてその義務とは、「国民の総意」の表現である憲法を素直に読みその意味を考え、一人の生身の人間として憲法そのものを「体現する」存在になることだと解釈しました。「体現する」とは具体的にはどのようなことを表すのかについては、以下の論考が参考になるはずです。

天皇がその通りの行動を取っていることは、日常的に報道される天皇の言葉や、記者会見や園遊会等の場でのやり取りのような公的な場での発言から、明確に伝わってきます。しかしながら、「論理的」可能性として、天皇が憲法違反をしたときにはどのような結末が待っているのかを考えることも、「数学書として憲法を読む」上では避けて通れない「思考実験」です。

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三島由紀夫氏が自衛隊に呼び掛け

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mishima_Yukio_1970.jpg

ANP scans 8ANP 222), CC BY-SA 3.0 NL <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/nl/deed.en>, via Wikimedia Commons

たとえば天皇が、4条の1項に違反して、自衛隊を掌握して革命を起こすなどという、現実にはあり得ないことを、「思考実験」の前提にしましょう。(三島事件を参考にしました。)

このような憲法違反を天皇が起こしたとして、こうした憲法違反行為に対して憲法の中では、明示的にペナルティーを科す規定はありませんし、摂政を置くべき要件も満たしてはいません。従って、関連のある規定を基に論理的な推論によって考えることになります。

憲法で天皇の職務違反についての規定としての性格を持ち得るのは、存在そのものに言及している第1条だけです。2条は後継者の選び方ですので少しは関係がありますが、現職の天皇の職務違反とは直接関わりません。そして1条、2条以外の条項は、基本的には職務内容の説明です。となると、ペナルティーとしては、第1条に規定されている「象徴」としての地位を剥奪すること以外の可能性はありません。期限付きで地位の「執行停止」を科することや謹慎等も論理的可能性としては考えられますが、そのような規定は憲法の中にはありませんし、そもそも「憲法違反」はするかしないかの二者択一しかありません。そして、地位の剥奪という結果になるペナルティーを、何らかの理由で薄める理屈は憲法上見つかりません。

この点をもう少し丁寧に考えて見ましょう。仮に天皇が憲法違反を犯したとしましょう。仮定を基にした「思考実験」です。そんなことが起きたとすると、それは「象徴」という地位の存在価値を天皇自身が否定するということなのです。つまり、絶対的な存在である「国民の総意」が明示的に規定した「天皇」が、同じく「総意」が課している義務に違反するのですから、当然、その行為は憲法に付随している意味での「絶対性」を否定することになります。となると、その「絶対性」だけに依拠している「地位」も否定されることになります。

99条の憲法遵守義務が天皇に関しては「義務」である理由の一つがここにあります。「義務」違反をした場合には、天皇という地位を剥奪されるという結果になるからです。これを「罰則」と考えることは可能です。

これをまとめておくと、憲法99条で遵守義務を負わされている「天皇」そして「公務員」という二つのグループの内、仮に「公務員」が憲法違反を行った場合には、その「公務員」を罷免し、別の「公務員」を選定するメカニズムが備わっています。そのことで「原状回復」が可能になります。それは、憲法15条の規定で、「公務員」の選定と罷免の権限は国民が持っていることにも依拠していますし、その他の憲法の規定によって保障されています。

対して、「天皇」が憲法違反を犯した場合は、2条によって天皇の地位が世襲制であり、国民が天皇を選定したり罷免したりする権限を持っていませんので、同様の「原状回復」措置は取れませんが、ここまでの推論で見てきたように、論理だけを辿って行けば、それが国事行為の遂行違反ではない場合、天皇という地位の剥奪になり、同時に憲法が崩壊するという結果になってしまいます。

これを、憲法遵守義務の重さという点から解釈すると、「天皇」の憲法遵守義務は「公務員」のそれとは質的に違っていることになります。「天皇」に負わされている憲法遵守義務は、その地位を賭して守らなくてはならない重い義務なのです。「天皇」という地位は2条によって世襲制です。生前退位という可能性はあるものの、それは終身制に近い制度だと考えられます。その点も勘案すると、生身の人間の人生そのものにも等しい重みを持つ義務だということになります。

つまり、「日本国の象徴そして日本国民の統合の象徴」とは、生身の人間として憲法を守り抜く使命を持つ存在だということになるのではないでしょうか。「公務員」も含めて、このような使命を与えられている存在は、天皇以外には憲法には規定されていませんので、この意味を「abuse of language」によって、「象徴天皇」 = 「憲法の番人」という等式として表現したいと思います。

次回に取り上げる、天皇による「国民の総意」に近付く「不断の努力」をも視野に入れると、心情的には「天皇」 = 「憲法」と表現したい気持もありますが、そうすると、第三章と第四章で取り上げた「公共の福祉」との関連や、国民主権といった側面が反映されない表現になりますので、それでは「abuse of language」の範囲を超えることになってしまいそうです。

この点をさらに敷衍しておきましょう。ポツダム宣言を受諾するに当って当時のリーダーたちが護持したいと考えた「国体」とは通常天皇制のことだと考えられています。しかし、現在の天皇制とは、憲法の規定を通して、特に99条によって、「象徴」という存在を創り出した上で「国民の総意」が守ろうとしているものに他なりません。それは、憲法そのものです。となると、「国体」とは憲法そのものに他ならないと考えるのが一番自然なのではないでしょうか。

《違反を誰がどう認めるのか》

ここまで考えてきて、実は根本的な問題が残っていることにお気付きの方も多いと思います。それは、天皇の憲法違反行為を誰が認めるのか、そしてどのような根拠によってどのように違憲行為に対する措置を講ずるのかという点です。

部分的には答があります。一つには、上記の思考実験で仮定として取り上げた事件が内閣の助言や承認を得ているかどうかは内閣には分りますし、国政に対する「権能」に属する事柄か否かは、国政への影響が起きたかどうかを見ることで同様に分ります。

それが「国事行為」の範囲に入れば、内閣としては助言と承認をしなくてはならないのですから、天皇の言動について知ることは内閣の責任の一部だと考えられるからです。また同じ理由で、「国事行為」という範囲から逸脱していることの認定をする権限もあると考えられます。それは、「国事行為」の線引きの問題だからです。

その結果、天皇の行為が3条または4条違反だということが認定できたとしても、つまり、仮に天皇が内閣の意思を無視して、実質的に国政上の権能を手にした場合、それは当然、憲法遵守義務違反になりますし、既に確認したように天皇という地位は剥奪されなくてはならないのですが、それをどのような形で実現すべきなのかという規定は憲法内には存在しないのです。

憲法2条によって、世襲の範囲に認定される皇族が、「原状回復」のために新天皇になるという可能性があるのかもしれませんが、憲法や皇室典範の規定には該当する項目が見当たりません。

となると、天皇の義務違反についての対応は、「超憲法的」にならざるを得ません。

この点も、「数学書として読む」ことから生じる大きな矛盾ですが、どう解消すべきなのかは、機会を改めて論じられればと考えています。

今回も長くなってしまいました。次回に続きます。

 [21/11/16 イライザ]

 

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