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スポーツ

2021年10月17日 (日)

リスペクト respect

「復興五輪」を声高に謳いながらも、政治はどこを見て動いているのかと情けなく思うことや、様々なゴタゴタや感染症対策が叫ばれる中で、「オリンピック」「パラリンピック」が開催されました。

終わった今、マスメディアで見かけることはあまりなくなりました。そんな時ある動画を見ました。

男性アナウンサーのオリンピック開会式直前の言葉(ごく一部を抜粋)。

「ただ、この大会に純粋な思いを、努力を注ぎ込んできた人がいます。その人たちへのリスペクト(respect)だけは忘れたくありません。」

ふと開会式で長時間続く各国入場行進の間、ずっと笑顔で大きく手を振り続けていた人たちを思いました。そして「うごくピクトグラム」を見ながら心躍ったことも。表舞台で活躍する人だけでなく、見えないところで支えている多くの人がいました。

テニスをしている我が子は、車いすテニス大会へスタッフとして参加したことがあります。せっかくの休みに、朝早くから遠方への移動もあり疲れるだろうと心配していました。帰宅した子に声をかけると、予想とは違う反応。

「車いすテニスの講習会があり参加した」こと、「座ったままサーブを打つ」こと、「ボールに追いつく」こと、「打ち返す」ことが、どれだけすごいことなのかを熱心に話します。

そして、スタッフとして球拾いをしている時、「ボールを渡すたび、試合中にもかかわらず丁寧にありがとうと言われた」こと、たくさんの試合に参加してきたが、そんなことは「今までなかった」こと。おまけで、「体験会で手首を捻挫した」こと。

「いやー、まじすごかったわー。」と、たのしそうに繰り返しながら湿布を貼る後姿に、「ちょっと自分が恥ずかしくなり反省した」こと。

リスペクトという言葉はよく聞かれますが、respect には、「尊敬する、敬意を表す」の意味と「存在そのものを価値のあるものと認め、大切にすること。」という意味もあります。「傷つけたり、軽んじたり、ぞんざいに扱われるべきではない」ということではないでしょうか。

発想や価値観はお互いに違って当然であり、大切なものとして認められるべき。人と違うことを理由に、ないがしろにしたり認めなかったりせず、お互いにrespectすることを心の根底に据えていれば、もっと住みやすい世の中になると思います。

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テニスに話を戻すと、公式種目ではありませんが、車いすの選手と障がいのない選手がペアを組む「ニューミックス」という形式があります。世界の第一線で活躍する選手たちがエキシビションマッチを披露するなど、その活動は広がりつつあるようです。

スポーツの秋、食欲の秋、そろそろ外に出て活動したいです。

はたや

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2021年9月11日 (土)

違和感のある日本語 ――「いじめ」についてはこれからも続きますが、ちょっと中休みです――

違和感のある日本語

――「いじめ」についてはこれからも続きますが、ちょっと中休みです――

「いじめ」は深刻な問題です。それは、私たち一人ひとりが社会とどう関わって行くのかという基本姿勢が問われることになるからです。だからこそ教育の現場での対応も難しいのだと思います。これまで、小山田事件を出発点にいろいろ勉強するうちに、はっきりしてきたこともありますので、もう少し時間を掛けて考えて行きたいと思っています。

今回は中休みとして、「違和感のある日本語」を取り上げます。これも奥の深い問題なのですが、むきにならずに問題提起をするのが目的です。

まず、一時は「誤用」の方が圧倒的に多かった言葉で、どのような理由かは分りませんが、ほとんど淘汰されてしまっていたことで「ホッと」していたのに、最近になって復活してきたものがあります。「かわす」です。漢字では「躱す」ですが、「ひらりと身を躱すやいなや、一散に陣地へ逃げこもうとした」のように、例えば飛んできた矢から身を守るために体を反らす、という行為を表す言葉です。

それが、マラソンや駅伝の実況では、前を行くランナーを「追い抜く」「追い越す」という意味に使われていました。とても耳障りで、大好きなマラソンや駅伝の番組も見たくはない (と言うより「聞きたくない」が正確なのですが) くらいの思いだったのですが、昨年を振り返ると全く耳にしていないような気がしています。それがこのところ、復活してきました。問題はオリンピックでした。

だから「オリンピック反対」という結論にはなりませんが、若い人たちには、正しい意味と使い方を身に着けて貰えればこれに越したことはありません。

さらに最近、多く耳にするようになったのが、「失敗を鑑みると」といった表現です。私は、これまで「鑑みる」の前に「を」が付く、「を鑑みる」という表現を耳にしたことがほとんどありません。ですから、「に鑑みる」が正しくて、「を鑑みる」は間違いだと判断してきました。

ところが、丁寧に辞書を調べてみると、例えば集英社の『国語辞典』には、「時局を鑑みるに」という用例が載せられていますし、大修館の『名鏡国語辞典』には、「国際情勢を鑑みるに楽観は許されない」がありました。

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これは、耳で聞いても違和感がありません。ちょっと不思議なのですが、秘密はどちらも「を鑑みるに」という形だということなのではないでしょうか。

対して「に鑑みる」の典型的な例は、「時局に鑑みて、贅沢は禁止する」といった文脈の中の「に鑑みて」です。この違いを文法的に解釈することで、どのような場合にどう表現すれば良いのかのルールがはっきりするのではないかと考えています。検討の結果はまた報告します。

また数詞の使い方で、「いち」「に」というべきところを「ひと」とか「ひとつ」、あるいは「ふた」とか「ふたつ」という例も増えています。分れば良いのかもしれませんが、やはり耳障りです。例えば、「一グループ」を「ひとぐるーぷ」と読むようなケースです。

最後に、かなりはっきりと分る最近の誤用例を二つ挙げておきましょう。「苦杯をなめる」と「役割を発揮する」です。「なめる」のは「苦汁」でしょう。「金メダルを噛む」のが当たり前になっている世の中では、「杯」も「なめる」で良いのかもしれません。そして「役割」は「果す」ものですね。

カタカナ表記の言葉まで視野を広げると、もっと違和感のあるものが増えるのですが、それはまたの機会に。

[21/9/11イライザ]

 

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2021年8月21日 (土)

「人間」に対する罪 ――小山田圭吾事件が問いかけているのは?――

「人間」に対する罪

――小山田圭吾事件が問いかけているのは?――

オリンピック・パラリンピック開幕直前、開会式前の7月14日に浮上したのが、開会式の作曲担当者として発表された小山田圭吾による、過去の「いじめ」事件です。

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ハフポストから

この事件の概要は皆さん御存じのはずですが、Yahoo!ニュースJapanの7月18日付、篠田修司氏のまとめが分り易いので、彼の記事から引用します。全文もお読み下さい。

問題となっているのは、1994年に発行された『ロッキング・オン・ジャパン(1994年1月号)』と、翌年の『クイック・ジャパン(95年vol.3)』に掲載されたインタビュー記事です。

記事では小学生から高校生にかけての学生時代に「障害者をいじめていた」と告白。後述しますが、批判しているブログや報道によるいじめの内容を簡潔に書くと

    ・段ボール箱に入れてガムテームでぐるぐる巻きにした

    ・ジャージを脱がして裸にした

    ・(山形マット死事件の例を出しながら)マットレス巻きにした

    ・うんこを食べさせた

    ・バックドロップをかけた

    ・洗濯紐で縛って自慰行為をさせた

などなどです。

いじめではなく明らかに犯罪であり、文章の書き方も後悔しているのではなく自慢気に読めたことから「障害者をいじめていた人間がパラリンピックに関わるのか」、「五輪憲章に違反している」と炎上しました。

篠原氏が指摘しているように、小山田の行為は言い訳のできない犯罪です。そして、それを全国的に流通している雑誌二誌で「武勇伝として」語っていることも、当然、人権侵害です。被害者は二重の被害を受けているからです。これは、被害者本人にとっては「二重」では言い表せないほどの深刻な攻撃です。

《親としての立場から》

さらに「親」としての立場からこの事件を知って、どうしても許せないのが、『クイック・ジャパン(95年vol.3)』のインタビューです。

その詳細を報告・報道しているサイトはいくつもありますが、ここでは私が閲覧した中で一番詳しく報じている「にこスタ」から、内容を抜粋します。その記事は、「村上清のいじめ紀行・第一回ゲスト小山田圭吾」 (「いじめ紀行」と略)、で、長さは51~72ページにも及ぶものだったとのことです。「いじめ紀行」の中では、被害者の仮名が使われていますが、ここでは「被害者」という表現を使います。

この「いじめ紀行」で報じているショッキングな「事実」として、小山田が15年間持ち続けていた年賀状が登場します。

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この年賀状についての小山田の次のようなコメントに憤りを感じない人がいるのでしょうか。

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二つの画像は、「Tomo」さんのツイッターからお借りしました。

以下、私の推測ですが、被害者はお母さんに、自分がいじめられている事実を話せなかったのだと思います。自分のことを誰よりも愛してくれている、そして心配してくれているお母さんに、「ボクはうんこを食べさせられている」って言えないでしょう。でも、子どものことを心配している母親は、同じ部活(太鼓部だったそうです)で一緒の「友達」の名前の中から、「小山田」という名に気付き、「わが子と一緒に遊んでいてくれている」と思ったのではないでしょうか。ことによると、「そう思いたい」気持が、それから先の詮索にまで行き着かなかったのかもしれません。

そしてその関係が続くように、祈るような気持で、子どもと一緒に年賀状を書き、それを小山田に送ったのではないでしょうか。

小山田はその年賀状を15年間も保管して、この親子をあざ笑うために『クイック・ジャパン(95年vol.3)』公開したのです。

ことによると、真実はもっと醜いのかもしれません。『クイック・ジャパン(95年vol.3)』誌のインタビューで小山田は、自分は年賀状を出していないと言っています。しかし、被害者親子の送った年賀状には、「手紙ありがとう」という言葉があります。こちらの方が真実であると信じて良いのではないでしょうか。普通に考えて、年賀状に貰ってもいない手紙のお礼は書かないでしょう。

つまり、それが年賀状なのかその前の手紙なのかは分りませんが、小山田は被害者に手紙を郵送したか、手渡ししているのです。そしてその内容は、母親が我が子に「年賀状を書きましょう」と言わせるような内容だった、少なくともそう考える上での障害にはならないものだったということでしょう。

いつもは、想像を絶するような悲惨な行為を繰り返している相手に、なぜ小山田はそんな内容の手紙を送ったのでしょうか。大変大きな疑問符です。

ここで大胆な推理をします。被害者が小山田に年賀状を送るように仕向けるためだった――と仮定すると、それを15年間、持ち続けていた意味も分ります。

私は小山田を、それほどの悪人に仕立て上げたくはありません。どこかに人間性が残っていると信じたいからです。その願いが通じるような説得力のある説明を、仮説で十分ですので、何方か示して頂けないでしょうか。

 長くなりました。この先で、この種の「犯罪」を「いじめ」で終らせてしまっている現在の法制度、社会認識を改めるための問題提起をしたかったのですが、次回に延ばします。

[21/8/21 イライザ]

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2021年8月 4日 (水)

『ユニフォーム』

 オリンピックが開催されていますが、先日、ビーチハンドボールのユニフォームについての記事を見てびっくりしました。

国際ハンドボール連盟はユニフォーム規則で「女性選手はビキニのパンツを履かなくてはならない。体にぴったりとフィツトし、脚の付け根に向かって切り込んだ形のもので側面の幅は10センチまで。トップスは腹部の見えるもの。」と決められているというのです。男性選手はというと、「ぴったりとしたタンクトップと膝上10センチの長さのたるみすぎない短パン」と規定されているそうです。

今回のオリンピックで女性選手がビキニパンツでなく短パンを履いて出たことにより罰金処分を下されました。

規定とはいえ、罰金をくだされたことのおかしさと同じ競技をするのに性別で差別的な規定に驚きと怒りがこみ上げました。

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Japan Beach HandballHPより)

私は、ユニフォームとは、競技をするうえで最適なものであり、同じ競技をする男女で分けるべきではなく選手が動きやすく快適なものを選べるしくみであるべきだと思います。

 今回ユニフォームにこんな細かい規定があると言うことを知りました。しかも、性差別的なユニフォームの規定があるなんておかしいことです。

どんなことでもいえることですが、規定にあることでもおかしいと言えるようになっていきたいと思います。

 

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2021年8月 1日 (日)

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を! 第4回 ――名簿の送付とonline記者会見――

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を! 第4回

――名簿の送付とonline記者会見――

今回で、change.orgを通しての署名運動について、4回目です。

テーマは、「8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を!」です。

(1) そろそろ8月6日が近付いてきましたので、明日2日の月曜日に、これまで賛同して下さった方々の名簿をまとめて、IOCとバッハ会長、そして組織委員会と橋本会長に名簿を郵送したいと考えています。

直接届けられれば良いのですが、緊急事態宣言下、しかも各地での陽性者数が過去最多という状況では、広島から上京すべきではないと考えての結論です。

(2)しかし、より多くの皆さんに賛成して頂き、説得力が増すことにつなげるため、8月5日一杯、あるいは8月6日の午前8時までの賛同者数の名簿を、メールでIOCと組織委員会に届ける積りです。

(3)さらに、8月3日か4日に、onlineでの記者会見を開きたいと思います。ZOOMを使うことになると思いますが、詳細が決まり次第、再度お知らせします。

以上が今回お伝えしたいことですが、賛同して下さった多くの皆様への御礼と、このキャンペーンの趣旨を再度掲げておきます。

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キャンペーンの趣旨を簡単に述べると、オリンピックの会期中の8月6日8時15分に、オリンピック会場で選手はじめ参加者全員で黙とうを奉げるよう、主催者であるIOCや組織委員会等が呼び掛けて欲しいということです。IOCのバッハ会長が特別待遇を受け、また多くの反対意見のある中の広島訪問でしたので、公的な立場で、しかも公的な場で広島を訪問した責任を果す必要があるからです。

ここ数年で、日本社会を変革するために大きな役割を果し始めている「change.org」のサービスを使っての署名運動ですが、7月20日の午後10時現在で、2,000人近くの方から賛同して頂きました。嬉しいことに、7月31日の夕方に、署名数は16,000近くに届きました。御賛同下さった皆様、有難う御座います。また、シェアして下さった方々、そして広告のための寄付をして下さった方々、心より感謝致します。

また、共同通信を始め、このキャンペーンを取り上げて下さったマスコミの方々にも御礼申し上げます。

今後とも、御協力宜しくお願いします。キャンペーンのサイトのURLを貼り付けます。

そして、改めて、change.orgに掲げた趣意書をここに再掲します。

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8月6日の8時15分に、オリンピック会場で全員黙とうを!

《「平和の祭典」を日本で開く意味》

 

皆さんご存知のように、オリンピックは「平和の祭典」という看板を掲げてきました。古代オリンピックでは、「オリンピック休戦」が行われていたこともよく知られています。そして日本で開かれるオリンピックに意味があるのは、「広島・長崎」の被爆体験そして被爆者のメッセージが、世界的にも平和の象徴になっているからです。

コロナの感染が広がる中、また多くの反対を押し切ってまでバッハ会長がIOC会長としての立場で広島を訪れたのは、この事実をIOCも会長自身も理解しているからなのだと信じています。そうであれば、「平和の祭典」であるオリンピックという場を通して、ヒロシマ・ナガサキのメッセージを世界に広める重要性についても、異論はないはずです。

《8月6日8時15分に黙祷を!

しかし、平和を実現するためには、スピーチだけではなく行動が必要です。それも多くの人が参加できるものであれば、その影響力はさらに大きくなります。

被爆76年目の8月6日がオリンピックの会期中であることは偶然ではなく、主催者や関係者たちの心の願いの反映なのかもしれません。それを行動に変えて、8月6日の午前8時15分、全選手そして関係者が、被爆者のみならずすべての戦争犠牲者の慰霊と、核兵器の廃絶を柱にした世界平和実現への決意を表明する黙とうをしたらどうでしょうか。会場の外では、私たちも参加できますし、世界に呼び掛けて同時刻に世界中の人々が黙とうしてくれることも期待できます。

《オリンピック主催者から呼び掛けを!

残念なことに、広島でのバッハ会長のスピーチにも、これまでのオリンピックの主催者側からや広島市や県からもこのような考えは示されていません。しかし、せっかくの機会です。IOC、組織委員会、東京都、その他の関係者の皆さん、世界が注目するオリンピック大会の最終日前日の黙とうを呼び掛けて下さい。参加全選手やその場にいる関係者、さらには会場の外の日本ならびに世界の人々が、8月6日8時15分に、一緒に黙とうを奉げることで、「平和の祭典」であるオリンピックが日本で開かれた意味が明確に浮かび上がります。

8月6日の黙とうを、後世は必ずや、オリンピックからの積極的平和発信の記念すべき一里塚として記憶することになるはずです。

前広島市長  秋葉忠利

注  8月9日には会期は終わっています。8月6日を、長崎を含めての黙とうの日にしたいと思います。

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今後とも、御協力宜しくお願いします。キャンペーンのサイトのURLを貼り付けます。

 

[21/8/1 イライザ]

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2021年7月26日 (月)

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を! 第3回 ――寄付なしでも、署名はカウントされます――

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を! 第3回

――寄付なしでも、署名はカウントされます――

今回で、change.orgを通しての署名運動について、3回目になります。

一回目の記事はこちら、二回目はこちらを御覧下さい。

テーマは、「8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を!」です。

オリンピックの会期中の8月6日8時15分に、オリンピック会場で選手はじめ参加者全員で黙とうを奉げるよう、主催者であるIOCや組織委員会等が呼び掛けて欲しいという趣旨です。IOCのバッハ会長が特別待遇を受け、また多くの反対意見のある中の広島訪問でしたので、公的な立場で、しかも公的な場で広島を訪問した責任を果す必要があるからです。

ここ数年で、日本社会を変革するために大きな役割を果し始めている「change.org」のサービスを使っての署名運動ですが、7月20日の午後10時現在で、2,000人近くの方から賛同して頂きました。嬉しいことに、7月25日の昼過ぎ、署名数は14,000を超えました。御賛同下さった皆様、有難う御座います。また、シェアして下さった方々、そして広告のための寄付をして下さった方々、心より感謝致します。

また、共同通信を始め、このキャンペーンを取り上げて下さったマスコミの方々にも御礼申し上げます。

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7月25日午後6時過ぎのchange.orgのキャンペーン管理ページから

今日は、一見矛盾する二つの点に触れさせて頂きます。一つ目は、「賛同」しようとすると現れる「広告や寄付のお願い」です。これは無視して下さっても、署名はカウントされます。すでに御賛同頂いた方は経験済みですのでお分り頂けているだろうと思います。そしてその方たちにも、「広告」や「寄付」のお願いが頻繁に現れますが、手続きに従って、「賛同」して頂くだけで、「一票」になりますので、この点はまだこれからの方にもお伝え頂けると、心理的な助けになるかもしれません。

二つ目は、これまで、二度にわたって、数時間の内に賛同数が約10倍に急増するという現象がありました。理由が良く分らないのですが、以下私の推測です。

仮に、複数の方が「広告」のための寄付をして下さったとして、何人かの方の寄付の総額が一定額になったときに、それに比例してchange.orgから出される、このキャンペーンについての通知のメール数が多くなる、と仮定すると疑問が解けるのです。その通知メールを見た、これまでchange.orgでほかの署名運動にも参加した人たちが、賛同のクリックをしてくれた、と考えられるからです。

これはあくまで、私の推測ですので、本当かどうかは分りません。とにかく今までと同じように、私はe-mailでできるだけ多くの人に働き掛けたいと考えています。

そして、御賛同頂いた皆様のお名前を組織委員会とIOCに届けるためにはどうすることが一番効果的なのか、検討中です。

今後とも、御協力宜しくお願いします。キャンペーンのサイトのURLを貼り付けます。

そして、改めて、change.orgに掲げた趣意書をここに再掲します。

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8月6日の8時15分に、オリンピック会場で全員黙とうを!

《「平和の祭典」を日本で開く意味》

皆さんご存知のように、オリンピックは「平和の祭典」という看板を掲げてきました。古代オリンピックでは、「オリンピック休戦」が行われていたこともよく知られています。そして日本で開かれるオリンピックに意味があるのは、「広島・長崎」の被爆体験そして被爆者のメッセージが、世界的にも平和の象徴になっているからです。

コロナの感染が広がる中、また多くの反対を押し切ってまでバッハ会長がIOC会長としての立場で広島を訪れたのは、この事実をIOCも会長自身も理解しているからなのだと信じています。そうであれば、「平和の祭典」であるオリンピックという場を通して、ヒロシマ・ナガサキのメッセージを世界に広める重要性についても、異論はないはずです。

《8月6日8時15分に黙祷を!

しかし、平和を実現するためには、スピーチだけではなく行動が必要です。それも多くの人が参加できるものであれば、その影響力はさらに大きくなります。

被爆76年目の8月6日がオリンピックの会期中、最終日の前日であることは偶然ではなく、主催者や関係者たちの心の願いの反映なのかもしれません。それを行動に変えて、8月6日の午前8時15分、全選手そして関係者が、被爆者のみならずすべての戦争犠牲者の慰霊と、核兵器の廃絶を柱にした世界平和実現への決意を表明する黙とうをしたらどうでしょうか。会場の外では、私たちも参加できますし、世界に呼び掛けて同時刻に世界中の人々が黙とうしてくれることも期待できます。

《オリンピック主催者から呼び掛けを!

残念なことに、広島でのバッハ会長のスピーチにも、これまでのオリンピックの主催者側からや広島市や県からもこのような考えは示されていません。しかし、せっかくの機会です。IOC、組織委員会、東京都、その他の関係者の皆さん、世界が注目するオリンピック大会の最終日前日の黙とうを呼び掛けて下さい。参加全選手やその場にいる関係者、さらには会場の外の日本ならびに世界の人々が、8月6日8時15分に、一緒に黙とうを奉げることで、「平和の祭典」であるオリンピックが日本で開かれた意味が明確に浮かび上がります。

8月6日の黙とうを、後世は必ずや、オリンピックからの積極的平和発信の記念すべき一里塚として記憶することになるはずです。

前広島市長  秋葉忠利

注  8月9日には会期は終わっています。8月6日を、長崎を含めての黙とうの日にしたいと思います。

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[21/7/26 イライザ]

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2021年7月17日 (土)

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を! ――change.orgで署名運動を始めます――

8月6日には、オリンピックの会場で全員黙祷を!

――change.orgで署名運動を始めます――

IOCのバッハ会長が、広島にやってきました。私はこれまで、世界中の人々に、「一度は広島に来て下さい」と呼び掛け続けてきましたので、バッハ氏個人が広島を訪問することは大歓迎です。

しかし、バッハ会長の広島訪問に反対している人たちの気持も良く分ります。特に、東京オリンピックについての最近の彼の発言や立場には、真っ向から反対です。

しかし、現実的に考えると、オリンピックは開催されるでしょうし、その結果多くの好ましくない結果が生まれるでしょう。同時に、多くのスポーツファンにとっては、「待っていた」興奮のひと時になるのでしょう。

私は、その会期の中、最終日の前日である8月6日の8時15分に、オリンピック会場でも黙とうを奉げて欲しいと考えてきました。

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前回、リオのオリンピックの時には、8月6日の午前8時15分は、リオでは、夜の開会式の最中でした。ブラジルの被爆者の会や、平和活動家等の協力で、ブラジルの大統領やIOCに、日本の8月6日8時15分に合わせて、開会式の全参加者が黙祷するようにと要請しましたが、残念なことに実現しませんでした。

しかし、今回は日本での開催です。オリンピックが「平和の祭典」であり、それを日本で開くことに意味があるとすれば、「ヒロシマ・ナガサキ」抜きには話にもなりません。

残念ながら、広島市や県も、IOCや組織委員会等の主催者も、これまで8月6日には触れてきませんでした。となると、私たち市民の声で、主催者たちに「8月6日には、全員で黙とうを!」と呼び掛けなくてはなりません。

Change.orgというネット上で署名運動を始められるサイトがあります。これまでも、有意義なテーマの署名運動がこのサイトから始まり、大きな成果を挙げてきました。現在このサイトで署名運動を始めています。以下、運動の趣意書です。皆さんにも御協力頂ければ幸いです。

 

change.orgのキャンペーンページはこちらです。クリックして、「賛同」して頂ければ幸いです。

 

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8月6日の8時15分に、オリンピック会場で全員黙とうを!

皆さんご存知のように、オリンピックは「平和の祭典」という看板を掲げてきました。古代オリンピックでは、「オリンピック休戦」が行われていたこともよく知られています。そして日本で開かれるオリンピックに意味があるのは、「広島・長崎」の被爆体験そして被爆者のメッセージが、世界的にも平和の象徴になっているからです。

コロナの感染が広がる中、また多くの反対を押し切ってまでバッハ会長がIOC会長としての立場で広島を訪れたのは、この事実をIOCも会長自身も理解しているからなのだと信じています。そうであれば、「平和の祭典」であるオリンピックという場を通して、ヒロシマ・ナガサキのメッセージを世界に広める重要性についても、異論はないはずです。

しかし、平和を実現するためには、スピーチだけではなく行動が必要です。それも多くの人が参加できるものであれば、その影響力はさらに大きくなります。

被爆76年目の8月6日がオリンピックの会期中、最終日の前日であることは偶然ではなく、主催者や関係者たちの心の願いの反映なのかもしれません。それを行動に変えて、8月6日の午前8時15分、全選手そして関係者が、被爆者のみならずすべての戦争犠牲者の慰霊と、核兵器の廃絶を柱にした世界平和実現への決意を表明する黙とうをしたらどうでしょうか。会場の外では、私たちも参加できますし、世界に呼び掛けて同時刻に世界中の人々が黙とうしてくれることも期待できます。

残念なことに、広島でのバッハ会長のスピーチにも、これまでのオリンピックの主催者側からや広島市や県からもこのような考えは示されていません。

しかし、せっかくの機会です。IOC、組織委員会、東京都、その他の関係者の皆さん、世界が注目するオリンピック大会の最終日前日の黙とうを呼び掛けて下さい。参加全選手やその場にいる関係者、さらには会場の外の日本ならびに世界の人々が、8月6日8時15分に、一緒に黙とうを奉げることで、「平和の祭典」であるオリンピックが日本で開かれた意味が明確に浮かび上がります。

8月6日の黙とうを、後世は必ずや、オリンピックからの積極的平和発信の記念すべき一里塚として記憶することになるはずです。

前広島市長  秋葉忠利

注  8月9日には会期は終わっています。8月6日を、長崎を含めての黙とうの日にしたいと思います。

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change.orgのキャンペーンページはこちらです。クリックして、「賛同」して頂ければ幸いです。

 

 

[21/7/16 イライザ]

 

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2021年7月 4日 (日)

「コロナ禍の東京五輪は中止せよ」―久しぶりの3の日行動

戦争させない・9条壊すな! ヒロシマ総がかり行動実行委員会」の「3の日行動」が、コロナの影響で中止を余儀なくされ、3カ月ぶりに昨日午後5時半から本通電停前で実施されました。午後3時過ぎから降り始めた雨が心配されましたが、幸いスタートとなる午後5時半には雨が上がり、無事予定通り6時半に終了しました。

今月の行動のメインテーマは、「コロナ禍の東京五輪は中止せよ」です。

藤元康之世話人の司会で始まった街頭からの訴え、川后和幸共同代表の開会あいさつでスタートしました。

最初の訴えは、河井夫妻の買収問題を告発してきた「河井疑惑をただす会」の山根岩男事務局長。河井夫妻には有罪判決が出されていますが、自民党が公布した1億5千万円の使途の説明は、未だ果たされていません。また、買収を受けた議員の責任は追及されないままです。「政治とカネ」の問題は、有権者の政治への信頼を失わせることになりますから、総選挙に向けて手を緩めず、引き続き追及していくことが必要です。

続いて、依然として厳しい状況が続く医療現場の実態を鍵浦清子さんが訴えます。

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先の国会で強行成立した重要施設や国境近くの離島などの土地建物の利用を規制する「土地利用規制法」の問題点を大月純子世話人が訴えます。法律に明記されている重要施設は、自衛隊や米軍の基地、海上保安庁の施設で、他にどんな施設が含まれるのか、何を調査するのかは政令などに委ねられることになっていますから、どこが対象となり、何をしたら罰せられるのか。あいまいなまま進むことに、各地で不安の声があがっているのは当然のことです。この法律が成立して最も影響を受けるのは、沖縄です。沖縄平和運動センターの試算では、嘉手納基地なら1キロの範囲内に約9万人、普天間基地なら約10万人が住んでいます。お隣岩国も同様です。基地被害を受ける住民が、救済を受けるどころか監視の対象とされるという危険があり、「思想・良心の自由や財産権などを侵害するおそれがきわめて大きい」法律です。今後は、危険なこの法律の廃止を求めていかなければなりません。

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私に与えられたテーマは「コロナ禍の五輪」。私は次のように訴えました。自らの政権延命のため、コロナ対策を置き去りにし、五輪開催に突き進む菅首相。政治利用以外の何物でもありません。確か昨年、五輪の一年延期を決めた安倍前首相の説明は、「1年間でコロナ対策を進め、コロナが終息した証としての五輪にしたい」だったはずです。今の状況は、とてもコロナは終息したなどとは言えない実態にあることは、誰もが承知しています。これまでのコロナ対策の失敗でも、全く責任を取らない菅首相の無責任ぶりを目の当たりにしているだけに、コロナ禍の五輪中止を求めるのは当然のことです。さすがに首都圏を中心としたコロナの再拡大によって、観客の上限を見直すといい始めていますが、「安全安心」の言葉が空しく聞こえるのは私だけではないと思います。今求められていることは、五輪の開催ではなく、コロナの感染拡大を防止するための具体的な対策を明示することです。

そしてバッハの広島訪問についても一言。「人の命を奪うコロナより五輪開催を主張するバッハさんに広島を訪れる資格があるのか。どうしても広島に来るのなら、パフォーマンスの為ではなく、命の尊さ、尊厳を学びに来てほしい」と。

最後のまとめはいつものように総がかり実行委員会事務局長の石口俊一弁護士。

天気が心配される中でしたが、40名が参加し、横断幕やプラカードを掲げ、市民に訴えました。

いのちとうとし

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2021年5月21日 (金)

心配な日本語 (1) ――一難去ってまた一難 (前)――

心配な日本語 (1)

――一難去ってまた一難 (前)――

 

ラジオの時代には、マラソンの同時中継はありませんでした。「絶対に」なかったと言い切れないのは、ラジオ時代に意識してマラソンの中継を探した (けれども見付からなかった)、経験がないからです。でも、ラジオでマラソンの中継を聞いたとしても、その内容がどんなものになるのかちょっと想像できません。

テレビでのマラソンや駅伝が人気番組になっているのは良く分りますし、釘付けなっていることもあります。でも一時、マラソンの中継から遠ざかっていたときがありました。それは、「かわす」という言葉が余りにも多用されていたからです。

元々「かわす」とは、たとえば「体を躱す」とは、goo辞書によると、

[動サ五(四)]《「交わす」と同語源》

    1 ぶつからないように身を翻して避ける。「身を―・して自動車をよける」

    2 巧みに避けて逃れる。「鋭い追及を―・す」

という意味なのです。そして例文として挙げられているのは、芥川龍之介です。

・・・ひらりと身を躱すが早いか、そこにあった箒をとって、又掴みかかろう・・・ 芥川竜之介「アグニの神 」

・・・敵の大将は身を躱すと、一散に陣地へ逃げこもうとした。保吉はそれへ・・・ 芥川竜之介「少年 」

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芥川龍之介

それがマラソンの中継では、「前を走っている選手を追い越す」という誤用が定着してしまっていたのです。聞くに堪えないとはこのことなのですが、とにかくこれを聞かされるのが不愉快で、マラソンそのものからも遠ざかるほどでした。

幸いなことに、最近のマラソン中継ではこの誤用が一掃されてしまっています。素晴らしいことなのですが、あれほど「定着」していた誤用が全く使われなくなってしまった理由が分りません。

想像を逞しくすると、どこかのスポンサーの社長レベルの影響力を持つ人が言葉についても見識のある人で、しかも私と同じような危機感を待っていて、「誤用を改めないのなら、スポンサーを降りる」と宣言したのではないか、そして一社から他の社へも広がった、などというシナリオが頭に浮びます。何方か真相を教えて頂けると有り難いのですが---。

このプロセスが分ると、それを応用して、かたくなに「五輪開催」の立場からの報道しかしない日本のマスコミを変える可能性が生まれます。

これが「一難去った」話です。それでは、「また一難」は何でしょうか。それは次回をお楽しみに。ここからお願いです。皆さんから、「また一難」は何なのかを当ててみて下さい。当った方には、ささやかな賞品を差し上げます。当らなくても、つまり私と同じ「誤用」ではなくても、それと同じくらい、あるいはそれ以上に意味のある問題提起にも同様に賞品を差し上げます。

[2021/5/21 イライザ]

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2021年5月16日 (日)

最近の健康法 ――冬の間サボっていたのですが再開しました――

最近の健康法

――冬の間サボっていたのですが再開しました――

 

健康維持のため、25年以上、朝の「ウォーキング」を続けてきました。元々、歩くのは好きだったのですが、小選挙区制反対のために毎日のように会っていた仲間の一人、故旭堂南陵さんの体験がきっかけで、意識して毎日歩くようになりました。南陵さんは、当時旭堂小南稜でしたが2006年に南稜を襲名、昨年70歳で亡くなられています。

「毎日20分歩くだけで、体調と体重の管理が上手く行った」というのが彼の言葉でしたが、その後いろいろ試みて、朝一番に大体1時間歩くことが習慣になりました。

それが25年以上続いたのですが、数年前から歩く速度が落ちていることに気付きました。老化現象ですし、「フレイル」と呼ばれることもあるようです。

その対策として何があるのか調べてみたのですが、ただ歩くだけでは脚の筋肉の強化にはつながらないという結論に達しました。加えて「筋トレ」をする必要があるようなのです。

屋内のジムで、様々な機械を使っての筋トレも良いのですが、出来れば屋外の方が快適です。そこで思い出したのが中学時代、サッカー部で毎日のように頑張っていた階段の上り下りです。学校の裏の亥鼻(いのはな)神社の石段は、おそらく100段くらいあって、それを駆け足で何度か上り下りしていたのです。

それと同じくらいの数の石段が家の近くにありました。佐伯総合スポーツ公園です。昨年の春頃から階段の上り下りを始めました。流石に走っての上り下りは無理ですが、かなりの運動量になります。その石段の写真を御覧下さい。

まず、駐車場に車を止めてそこから登り始めるのですが、第一段階の石段です。

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下が18段、上が17段、合計35段です

この上に「中央広場」があります。そこから上への階段です。

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ここも、下の部分と上の部分に分かれていますが、それぞれ30段で計60段です。

この階段を上ると上には大型遊具があります。子ども連れのお父さん・お母さんに大人気です。そこからさらに上に行くと、最上段には陸上競技場があります。そこまで行くのには次の階段を上らなくてはなりません。

Photo_20210515205502

ここは全部で30段です

ということで、全部合わせると125段です。途中の中央広場にはいくつもベンチがあるのですが、それを使って、腕立て伏せと腹筋の運動をしています。それも勘定に入れて、駐車場から始まって、階段の上下と途中の運動をして駐車場まで戻るのに最初は12分かかりました。それでも秋には8分でこなせるようになりました。それを続ければ良かったのですが、冬に入って怠け心に勝てなくなり、一時中断しました。意外に脚力が伸びなかったのも理由の一つです。

春になり、また階段の上下を再開しました。少し「筋トレ」らしく、足首にそれぞれ1kgのウエイトを巻き付けています。

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ちょっとスピードは落ちましたが、それでも往復一回で10分のペースです。無理をしないように、これを4回、つまり40分の筋トレを続けています。

上手く行くと、夏頃には歩くスピードが「スイスイ」と言えるほど速くなっているはずです。

[2021/5/16 イライザ]

 

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