第44回反核平和の火リレーがスタート
1982年に始まって今年で44回目となる「反核平和の火リレー」の出発式が、昨日午前7時55分から平和公園・原爆慰霊碑前で行われました。
出発式は、「反核平和の火リレー」の主催者である広島県青年女性平和友好祭実行委員会の笠松丈人事務局長の司会で始まり、献花、原爆犠牲者への黙祷、そして坂井心哉自治労県本部青年部長の手で「平和の灯」からの採火が行なわれ、原爆慰霊碑前で待つ実行委員長で第1奏者の辻大輝さんの持つトートに点火されました。
その後、激励のあいさつ。広島県原爆被害者団体協議会からは熊田哲治事務局長、広島県平和運動センターからは高橋克浩議長、広島県原水禁は私が、あいさつを行い、社民党広島県本部福山権二事務局長、新社会党広島県本部三木郁子委員長が紹介されました。
さらに、松井一實広島市長からのメッセージが紹介されました。
激励のあいさつが終わると、いよいよ反核平和の火リレーの出発です。
第一走者の一人、辻大輝実行委員長が、「広島の青年女性が『語り継ごう、走り継ごう、ヒロシマのこころを』のスローガンをもとに、被爆体験や反核平和運動の継承者として、被爆の実相、ヒロシマのこころを大切に、県内を走り継ぎます」と決意を表明。
そして、80年前の原爆投下時間と同じ8時15分に、坂井心哉自治労県本部青年部長など6名のランナーとともに、参加者の大きな拍手に見送られて原爆慰霊碑前をスタートしました。
今年は、今月22日までの土日祝日を除く14日間、県内23全市町548区間602.2キロを走り継ぐことになっています。通過する各自治体では、「被爆者援護法を国会補償法に改正させる」ことや「日本政府に核兵器禁止条約を批准させる」ことなどを求めての働きを強めることを求める要請を行うことにしています。
昨年は、豪雨被害などにより区間を451に、距離を484.3キロに短縮せざるを得ませんでしたが、今年は、ぜひ完走してほしいと思います。
また連日30度を超える暑さが続いていますので、体調に気をつけた走り継ぎ、22日の夕刻に無事到着式が迎えられるよう祈っています。
出発式が終わり、帰途につくとき資料館の地球平和監視時計を見ると、広島への原爆投下からに日数は「29185」になっていました。
「平和の灯」は、核兵器が廃絶されたとき消されることになっていますが、その日を迎えたとき、この日数は何日になっているだろうかと、と思いつつ平和公園を後にしました。
いのちとうとし
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