ウラン鉱夫の肺癌リスクは、4倍に増加
一昨日午後2時半から広島県医師会館で、放射線影響研究所(以下「放影研」)設立五〇周年の祈念式典が開催されました。
原水禁にも招待がありましたので、代表して私が参加しました。
祈念式典は、神谷研二理事長のあいさつで始まり、来賓のあいさつが続き、最後に湯崎英彦広島県知事、松井一實広島市長などのビデオメッセージが流され終了しました。
休憩を挟んで、二人の記念講演がありました。
最初は、箕牧智之広島県被団協理事長が、「原爆被害と私に人生」と題して自らの被爆体験や被爆後の苦しい生活、昨年のノーベル平和賞受賞などの核廃絶のための活動について報告。箕牧さんの話しを聞きながら、同じ放影研の祈念式典でお元気だった坪井直先生が、被爆体験を語られた事を思い出しました。後で調べると2017年に行われた「ABCC―放影研設立70周年記念行事」でのことでした。
記念品を手にするお二人 箕牧さんの左がジョナサン・サメットさん
二人目の講演者は、放影研の評議員でアメリカコロラド公衆衛生大学院教授、前大学院長のジョナサン・サメットさんです。演題は「被爆80年/放影研設立50周年『悲劇から希望へ』」です。
講演が始まる前は、「放影研の業績の話し」だろうぐらいに思っていたのですが、話しの冒頭のパワーポイントに「ニューメキシコ州のウラン鉱夫の肺ガンリスクは4倍に増加」の文字がでてきました。このパワーポイントを示しながらナバホ族の名前も出しながら「鉱夫への公正な補償が必要だ」と話が進みます。さらに「放射能が有害なことは、1945年以前から知られていた」とレントゲン、キューリー夫人などの話につながります。
まさか、ウラン鉱夫の被曝問題から話しが始まるとは思ってもいませんでしたので、真剣に聞かなければという気になりました。
その後、放影研の研究テーマの話しが続きます。特に、妊婦への影響、そして遺伝的影響についての話しです。「被爆二世の集団では、生存率の低下はない」との話しもでてきますが、撮影が禁じられ私のメモだけが頼りですので、間違いがあってはなりませんので、その詳細をここで紹介することは出来ません。
ただ最後の部分は、再び私の関心を呼びました。現在の世界の核兵器の保有数、さらに世界の原発の数などを図示しながら「米ソ冷戦の時代、小学校?では、空襲警報が鳴ったら机の下に隠れるように」と教えられたこと、原子力発電に関しても「廃棄物の確定的議論は出ていない」と厳しく指摘しました。そして「広島・長崎の生存者である被爆者の証言は、この文脈の中で唯一無二のものです」「核の無い社会 それが私の望みです」と話されました。一番最後は、広島平和公園の原爆慰霊碑が登場し、原爆慰霊碑をバックに大きな文字で「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」が書かれたパワーポイントが写されジョナサン・サメットさんの講演は終了しました。
アメリカの学者から、こんな話しを直接聞いたのは初めてのことです。
講演会後開かれた懇親会でジョナサン・サメットさんに話すことが出来ましたので、「ウラン鉱夫の話しから始まったことに感心しました」と思いを伝えると、「一応アメリカ政府も補償法を作ったのですが、それも肺ガンに限定されていましたし、2年前に打ち切りになりました。」との返答。もう少し詳しく聞きたい話しですが、日本語の翻訳された論文はない用です。いつかそのうちの一つでも読んでみたいなと思います。
放影研の祈念式典のことをこのブログで紹介する予定ではなかったのですが、ジョナサン・サメットさんのことを紹介しなければと思い、記述することにしました。
いのちとうとし
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