電信電話職員原爆犠牲者慰霊碑
今日は、私がかつて働いたことのある電電公社(現NTT)の原爆犠牲者慰霊碑の話しです。
このブログで何度か紹介した県公文書館の「藤井平一関係資料」の中に、第1回原水爆禁止世界大会に関する資料の綴りがあります。
その中には、原水禁世界大会の開催時に発行された労働組合の機関誌もあります。紙質が落ちて変色したりボロボロになっている資料の中に、全電通の機関誌「全電通新聞」がありました。
タイトルは、「全電通在広共同デスク」となっており、トップ記事は「全電通の仲間たちの参加 三百名をはるかに突破」の見出しで、当時の高揚した雰囲気が綴られています。
私が興味を持ったのは、その左側の写真入りの記事です。「部内犠牲者慰霊碑」(現在の「電信電話職員原爆犠牲者慰霊碑」ですが、当時はこう呼ばれていたようです)の除幕式の様子が記述されています。読み難いのですが、全文引用します。
見出しは「厳かな雅楽の音と共に 部内原爆犠牲者の慰霊碑除幕さる」です。本文です。
「(六日) 午前七時四五分公社、組合が一体となって完成させた部内犠牲者慰霊碑の除幕式が、遺族四百人、参列者四百有余人、合せて八百人以上の参列のもとに厳かに取り行われた。式が進むにつて会場の中はしのび鳴く声に埋まった。遺族、被災者の面には当時の悲惨極まりない有様を、今はなき肉親を、友の姿を思い出しているのかウツロな瞳を涙でぬらし除幕された慰霊碑をジーッと見つめていた。
慰霊碑には、
広島の追憶は 世界の追憶であれ 広島の嘆きは 世界の嘆きであれ 天地のくだけたる日の 苦しみを告ぐる事なく わが友はここに眠る
敷地十坪ほどの中心に平和を象徴した黒石の御影石に深く刻み込まれた碑銘は、万傷の人達に深い感動を与え、『三度この参加を繰り返してはならないぞ』との決意を満面にみなぎらせている。」
慰霊碑への思いが伝わるとともに、遺族が400人参列したということは、いかに原爆による被害が甚大だったかを示しています。
公社と組合が一体となって完成させた「部内犠牲者慰霊碑」前では、この後も毎年8月6日に公社と組合が共催する慰霊祭が行われています。
私が、全電通で労働運動にかかわっていた時期には、8月6日には原水禁世界大会の分科会が開催されていましたので、残念ながら私自身が慰霊祭に参加したことはまったくありません。
この碑が完成した当時は、現在のクレドホール広場の一番東端、県庁の真向かいにありました。当時の写真の手持ちはありませんので、黒川万千代編「原爆の碑 広島のこころ」の画像を転載させていただきます。
ゆったりとした敷地に建立されていたことが分かります。先に引用した碑文は、後ろの壁面の右奥にあります。
その後、基町のNTT(電電ビル)の再開発によってこの碑も移設されることになり、現在は同じ敷地の北西角に立つNTT広島の玄関横に立っています。当時の面影を偲ぶものはありませんので、この懐かしい写真です。
附記すれば、電電公社は、この慰霊碑の建立、慰霊祭の挙行と合わせ、原爆10周年記念事業として被爆前後における広島所在の各機関の詳しい被爆状況を記述した「広島原爆誌」を同年8月6日付で発行しています。
この『広島原爆誌』は、その年の4月からスタートするという短期日の作業であったにもかかわらず、「とくに死亡者については、各人につきその死亡の状況が克明に記録され、従来、あるいは不明とされ、あるいは誤り伝えられていたものが明らかにされている」(序文より引用)という貴重なものとなっています。
碑の建立にかかわる話しが長くなりました。明日は、現在の碑の様子を紹介します。
いのちとうとし
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