広島平和記念資料館企画展「広島原爆の視覚的資料」
広島平和記念資料館(以下『資料館』)の今年度第2回となる企画展「広島原爆の視覚的資料-1945年の写真と映像」が、2月28日から資料館東館1階で始まりました。
少し遅くなったのですが、17日に行ってきました。会場に着いたのは、午前11時過ぎでしたが、入場券売り場の前は列ができていました。
私がめざす企画展会場は、この写真の左手ですので、すぐに会場に入りました。
今回展示されている写真・映像は、1945年8月6日の広島への原爆投下直後からその年の12月末までに撮影されたものです。
これらの資料は、2023年9月に資料を保存する広島市や中国新聞をはじめとするマスコミ5者によって「広島原爆の視覚的資料-1945年の写真と映像」として、ユネスコ「世界の記憶」の国内審査に申請され、同年11月に日本政府がこれを申請することを決定し、現在ユネスコで審査が行われています。
今回の企画展のサブタイトルは「ユネスコ『世界の記憶』登録候補」となっており、申請された写真と映像の一部が、撮影者ごとに紹介されています。
順路に従って進むと最初のコーナーは「広島の壊滅―『広島原爆被災撮影者の会』関係写真」が,撮影者ごとに紹介されています。ここにならぶ写真は、新聞や出版物に掲載されたもので,1978年に撮影者らによって「広島原爆被災撮影者の会」が結成され,1981年に「広島壊滅の時ー被爆カメラマン写真集-」として発刊されています。
私も以前にこの本を購入していますので、見覚えのある写真が展示されています。ただ本には、286点が収録されているため、Ⅰ枚Ⅰ枚は小さくなっています。今回の展示は、引き延ばして大きくなっていますので、微妙なところまで見ることができます。
一昨日(17日)のブログ「『旧呉海軍工廠砲熕部火工場機械室』見学―つづき」で紹介した「呉市吉浦町からから撮影したきのこ雲」も展示されていました。私がブログで使った写真よりずいぶんと鮮明です。
この写真の撮影者は、尾木正己さん。キャプションには次のように書かれています。「尾木正己さん(当時31歳)は、原爆投下当日、爆心地から約18キロメートル離れた呉市吉浦町の呉海軍工廠火工部設計係において室内に勤務中だった。鉛筆を持った手が浮き上がるような衝撃を受け、その後、きのこ雲を撮影した。8月7日から広島市内に救援に入ったため,市内各地の状況も撮影した。」撮影時刻は、原爆炸裂から40分後ごろです。
こうして説明していると終わりが見えません。もう一枚だけ紹介します。
被爆電車です。
タイトルは「被爆で立ち往生する路面電車651号」となっています。撮影者は、陸軍第五師団司令部報道班員であった岸田貢宜さん(当時29歳)です。撮影日は9日、撮影場所は、小町の中国配電本社(現在の中国電力本社)付近です。
この写真、「650系の被爆した電車」として紹介されていますが、「651号」と意識してみたのは、今回が初めてです。
路面電車651号は、現在も被爆電車として運行されている車両です。
「広島の壊滅」に続くコーナーは、「被爆地に入るー新聞社・通信社関係写真・映像」です。これらの写真は、8月15日以降に紙面に掲載されますが、プレスコードによって広く被爆の実態をすらせることにはなりませんでした。
さらに「廃墟をあるいてー学術調査関係写真・映像」と続きますが、ここまでで長くなりましたので、企画展の紹介はこれで終了です。
この企画展は、9月16日まで開催されています。入場料は無料ですし、貴重な写真がならび、立派なパンフレットもつくられていますので、一度は見に行って欲しい展示会です。
いのちとうとし
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