被爆80年、改めて国家補償を考える
が担当する2025年初めてのブログとなりました。どうぞよろしくお願いします。
被団協のノーベル平和賞で、「国家補償」ということが、クローズアップされています。原爆投下から80年を迎えた中で、国家補償をどうすれば形にすることになるのかということを考えていました。
「国家補償」とは、過去の補償、現在の保障、未来の保証の「三つのほしょう」という考え方だと思っています。特にこれから未来に亘って、核による被害者を作らないという「未来の保証」を国に求め、世界に訴えることだと考えています。
原爆二法と言われた「医療等に関する法律(医療法)」と、「特別措置に関する法律(特別措置法)」が、一本化され1994年12月に「援護に関する法律(被爆者援護法)」が制定されました。
この被爆者援護法が制定された翌95年に、大蔵省(現・財務省)令によって額面10万円の国債金が、亡くなった被爆者の家族に配られました。私もこの国債金を受け取りましたが、配布に対しては強い疑問を感じていました。しかし当時の政権が野党政権であったことなどもあり、被爆者団体はこの省令を受け入れ、その時から「国家補償による被爆者援護法」の制定運動は、急激に活動が低下していったと思っています。
そして2002年8月には、国の気持ちを現わす「国立広島原爆死没者追悼平和記念館(追悼記念館)」が平和公園内に建設されました。被爆者団体のリーダー的な役割を担っておられた人に、「これらの施策で過去の補償としてよいのでしょうか」と電話をしました。その人は「今しかチャンスはないのだよ」と、強い口調で語られたのを覚えています。
日本被団協がこの国債を受け入れた時点で、内容は猛烈なる不十分ですが「過去の補償」問題は終わったとされても、ある意味仕方ないと思っています。国家補償を求めることは大切だと思いますが、それを再びお金で求めることに違和感を思うのです。
被団協の事務所に対し「まだお金を欲しいと要求しているのか」という、嫌がらせ的な電話が掛かってくるとも聞きました。
国の責任を明らかにする真の国家補償を明確にするには、現在の被爆者援護法の前文に、1956年の日本被団協の結成大会での、「人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはならない」との宣言を基にした文章を、明示することも国家補償の精神を組み入れることの一つの手段ではないかとも考えています。
米国の核実験被ばく者やウラン採掘に従事した人たちへの援護法として、被ばく者補償法(RECA)がありました。この法律は、昨年6月に失効されましたが、その考え方について合衆国議会は「(前略)国家安全保障の犠牲になったことを認める。議会は政府に代わって、これらの人々とその労苦に耐えた家族に対しおわびを表明する」と書いていました。この被ばく者補償法が完全なものだとは思いませんが、参考にする価値は在りだと思っています。
米国の核被害者団体では、RECAが失効したことに強い反対運動が起こるとともに、被団協が平和賞を受賞したことに、強い連帯のメッセージも寄せられています。
被爆80年の今年、ノーベル平和賞を実効性のあるものにするには、世界の多くの被ばく者たちとの連帯が必要なのではと思っています。その根底の考え方が「国家補償」の精神だと思う年明けとなりました。
今年1月の鹿砦社(ろくさいしゃ)カレンダーにあった言葉、「今日も笑顔で一歩前へ」で過ごしたいと思います。
木原省治
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