ヒロシマとベトナム(その64) ~南シナ海をめぐる動向-8~
岩礁の法的地位と海洋権原をめぐって
前号に続き2016年のハーグ常設仲裁裁判所の裁定についてです。中国・台湾・フィリピン・ベトナム・マレーシア・ブルネイの6カ国が領有権を争っている南シナ海問題でよく取り上げられるのが、中国が岩礁を埋め立て、建設した人口島です。中国はこれら岩礁(人口島)の領有を主張、自国に属する排他的経済水域(EEZ)として漁業や天然資源の採掘、科学的な調査などを行っています。
下図は、西沙諸島と南沙諸島における中国の人口島建設と実効支配を示したものです。西沙諸島のボンバイ礁、フィリピン本島西のスカーボロ礁、南沙諸島のスビ礁、ガベン礁、ファイアリー・クロス礁、 クアテロン礁、ジョンソン南礁、ミスチーフ礁、ヒューズ礁などです。
それらの海域にはフィリピンのEEZにあたる海域もあり、フィリピン政府は「漁民の生活権を妨害」し、「大陸棚における生物および非生物資源に関する主権的権利の享受および行使を妨害」していると提訴したのです。前号でも述べましたが、仲裁裁判所は主権や領有権に関する管轄権を持ちません。そこでフィリピンは、領有権そのものではなく、中国が人口島を建設し実効支配している岩礁(人口島)の「海洋地形の法的地位と海洋権原」を争点に提訴したのです。
出典:「南シナ海情勢」防衛省、2023年5月)
岩礁埋め立て、中国の意図
領海や排他的経済水域(注1)は国連海洋法条約(海洋法第55条、57条)で定められています。そのイメージは下図です。起点となるのは領土ですが、国際法では海面下の岩礁(暗礁)は認められていません。そこで中国は水中に隠れたり、水面に少しだけ見られる岩や常に水面下に隠れている岩を埋め立てることによって島に仕立て、領土化を図ろうと実効支配しているのです。
その意図はこれまで幾度も述べた海洋資源などの経済的権益、海洋交通の要衝海域で主権が及ぶ空域と海域を広げ、米軍とその同盟国および同志国に対する軍事的プレゼンスの強化にあります。
出典:『毎日小学生新聞』2022年11月23日
(注1)排他的経済水域
領海の基線からその外側200海里(約370km)の線までの海域(領海を除く。)並びにその海底及びその下です。
なお、排他的経済水域においては、沿岸国に以下の権利、管轄権等が認められています。
1.天然資源の探査、開発、保存及び管理等のための主権的権利
2.人工島、施設及び構築物の設置及び利用に関する管轄権
3.海洋の科学的調査に関する管轄権
4.海洋環境の保護及び保全に関する管轄権
仲裁裁判所の裁定 ~「島」ではなく「岩」~
仲裁裁判所はミスチーフ礁、セカンド・トーマス礁、ガベン礁、ケナン礁、スビ礁、ジョンソン礁、クアテロン礁、ファイアリークロス礁の海洋地形を「高潮地形(高潮時も水上面にあるが、人間の居住または独自の経済活動を営めない岩)」、もしくは「低潮高地(低潮時には水に囲まれ水面上にあるが高潮時には海中に没する岩)」とし、海洋法条約121条第3項の「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」に基づき、「領海や排他的経済水域(EEZ)および大陸棚に関する権利を生じせしめない」と裁定。すなわち、「島」ではなく単なる「岩」としたのです。
一方、ミスチーフ礁およびセカンド・トーマス礁はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)および大陸棚の一部であると裁定しました。また、フィリピン本島から約240km西方海域のスカボロー礁において「中国が不法にもフィリピンの漁民が伝統的な漁獲を行うことで生計を立てることを妨害」しているとも断じました。
前号で触れた中国の「9段線の内海における歴史的権利」の主張に対し、「何ら法的根拠はない」と裁定したことを含め、仲裁裁判所の裁定はフィリピンの主張をほぼ認めたものになっています。しかし、一貫して仲裁裁判参加を拒否してきた中国は、「裁定は無効であり、拘束力を持たず、中国は受け入れず、認めない」と、今日に至っています。
対立と緊張を高めるのではなく、平和的解決への主導的役割を
裁定から8年経た現在、事態は6カ国の当事国だけでなく日米豪台vs中国の構図で緊迫の度を増しています。下図は、先に見た防衛省の「南シナ海情勢」に掲載されているものです。同じ西沙諸島・南沙諸島の海域において中国以外の領有権を争っている各国が進めている埋め立てと構造物建設の状況が掲載されています。
図中央の南沙諸島海域見ると、中国の〔赤色〕のプロットのほかフィリピンの〔水色〕、マレーシアの〔緑色〕、台湾の〔茶色〕、ベトナムの〔黄色〕プロットがしのぎを削るように描かれています。
力(武力)による対抗はシーソゲームのように際限なく拡大し、意図しない不測の事態に発展しないとも限りません。なぜか、中国の動向部分の見出しでは「中国による南沙諸島の占拠状況」と書かれ、ここ(下図)では「フィリピン、ベトナム、マレーシア等による開発動向」と書かれています。
前号でも触れましたが、「締約国間の紛争を平和的手段によって解決するものとする」(「国連海洋条約」第279条)に添った日本政府の外交努力を求めます。いたずらに敵愾心を煽るのではなく、平和的なアプローチへと主導するための冷静な姿勢で臨むことを強く訴えます。
出典:「南シナ海情勢」防衛省、2023年5月
4月から続けてきた「南シナ海をめぐる動向」シリーズ、今号で終え新年から新たなシリーズを始めたいと思います。来年も引き続き、よろしくお願いいたします。
(2024年12月5日、あかたつ)
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