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2024年11月 6日 (水)

ヒロシマとベトナム(その63) ~南シナ海をめぐる動向-7~

常設仲裁裁判所提訴の裁定

前号(10月5日)でフィリピンが、「南シナ海における中国の領有権の主張や人工島の建設等は国際法に違反する」として、ハーグの常設仲裁裁判所に提訴した15項目を紹介しました。それらは相互に関連しながら4つに大別できます。1つ目は、「九段線」に囲まれた水域における中国の「歴史的権利」の主張の妥当性。2つ目は、スプラトリー諸島を中心とする島嶼の海洋地形の法的地位と海洋権原。3つ目は、岩礁の埋め立て活動など、南シナ海の海洋環境破壊と漁業活動によって、フィリピンの主権的権利と航行権が妨害されているとするもの。4つ目は、仲裁手続開始後も紛争を悪化拡大させる中国の違法性です。

提訴から3年後の2016年7月12日、仲裁裁判所はほぼフィリピンの主張に沿った裁定を出しました。

「九段線」内水域における、中国の「歴史的権利」の法的根拠はない

まず1つ目の「九段線」内の「歴史的権利」ですが、仲裁裁判所は「『九段線』の関連部分によって囲まれた南シナ海海域に対する中国の歴史的権利 (historic rights)その他の主張は、国連海洋法条約(UNCLOS)に反し法的効果を持たない」と裁定しました。

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中国が引いた「九段線」の幾つかが、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内(注1)に入り込んでいます。 

出典:諸資料を基に筆者が作成(4月5日「その57」掲載の地図を修正)

これは、「九段線」そのものではなく、「九段線」に囲まれた海域における中国の「歴史的権利」について法的効果を持たないとしたものです。すなわち領有権に関する裁定ではないのです。分かりづらく、曖昧な感じがしますが、その背景には仲裁管轄の限界と「九段線」の曖昧さにあると言われています。

仲裁廷の限界と「九段線」の曖昧さ

「国連海洋法条約」第15部「紛争の解決」に基づいて設立される仲裁廷の管轄権は、第288条1項に定められた「裁判所は、この条約の解釈又は適用に関する紛争であってこの部の規定に従って付託されるものについて管轄権を有する」と規定され、主権や領有権の問題には管轄権を持ちません。また第298条に「海洋の境界画定、歴史的湾(注2)及び歴史的権原(注3)、法執行活動及び軍事的活動をめぐる紛争」は、「第二節に定められる紛争解決手続から除外する旨の宣言(選択的適用除外宣言)を行うことができる」と規定されており、中国は2006年にその旨の宣言をしています。したがって、もし「九段線」が南シナ海の島嶼や海域に対する中国の主権や権原を主張するものであるならば、仲裁廷はその合否をそもそも判断できない仕組みになっているわけです。

中国はこの規定をもとに、「フィリピンの申し立ては南シナ海の島嶼への主権(sovereignty)をめぐるものであり、国連海洋法条約(UNCLOS)の解釈または適用に関するものではない」、「紛争は当事国間の海洋境界画定をめぐるものであり、国連海洋法条約(UNCLOS)第298条の選択的適用除外宣言の範囲に含まれる」と主張してきました。

一方、フィリピンは申述書で「南シナ海における島嶼への主権にかかわる裁定を望まない」と明確しつつ、国連海洋法条約による海洋権益に関する事項をもって提訴したのです。結果、冒頭に報告した「九段線で囲まれた海域における中国の主権、管轄権及び歴史的権利の主張はUNCLOSに反しており、法的効力はない」との仲裁が出されたのです。

もう一つの曖昧さは、中国自身が「九段線」について公式に「意味するもの」について公表していないことによります。専門家による分析では、「破線の内側全域に対する主権や権原を主張するものだ」とするものから、「より限定的な権利主張にとどまる」との解釈まで様々です。「中国は、むしろ意図的に曖昧(海洋境界線との表現を使わない)にしている」との分析が一般的のようです。  ※(  )内は筆者

平和的手段による紛争解決

中国の主張が退かれたとは言え、プラトリー(南沙)諸島やスカボロー礁といった島嶼やその周辺海域に対する中国の主権・領有権を否定したものでも、フィリピンへの帰属を認めたものでもありません。裁定が出されて8年を経た今日、南シナ海における中国とフィリピンとの衝突は一段と激しくなり、周辺当事国を含め不測の事態へと発展しかねない状況が続いています。

「国連海洋条約」第279条には、「締約国は、国際連合憲章第二条3の規定に従いこの条約の解釈又は適用に関する締約国間の紛争を平和的手段によって解決するものとし、このため、同憲章第33条1に規定する手段によって解決を求める。」と、平和的手段によって紛争を解決する義務を課しています。

紛争当事国、とりわけ中国の平和的手段による解決のための姿勢と具体的な行動を強く求めると同時に、日本政府がそのための外交努力を果たすことに期待したい。

次号では、島嶼の海洋地形の法的地位と岩礁の埋め立て問題について触れたいと思います。

(注1)排他的経済水域(EEZ)

海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)に基づいて設定される、天然資源及び自然エネルギーに関する「主権的権利」、並びに人工島・施設の設置、環境保護・保全、海洋科学調査に関する「管轄権」が及ぶ水域のことを示します。(出典:ウィキペディア)

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日本の排他的経済水域(EEZ)出典:海上保安庁HPより)

(注2)歴史的湾

国際法上湾の幅が24海里の湾入を持ち、沿岸国がその湾を長期にわたって内水であると主張し、現実に当該国の国家主権が湾内に実際に行使されて占有が確立されていること、他の国家よりその占有事実が黙認されていることが挙げられます。(出典:ウィキペディア)

(注3)歴史的権原

「権原」とは、ある行為を正当化する法律上の原因をいいます。

「権限」はある者に認められた行為の範囲を意味するのに対して、権原は権限の原因となる法的根拠を意味するものであり、両者は異なるものです。

権原の例としては、物の占有権原および管理権原、ならびに金銭を保持する権原などが挙げられます。これらの権原は、法律または契約に従って発生します。

歴史的権原とは、こうした事実が歴史上に存在しない。もしくは証明できない状態を言います。(出典:ウィキペディア他)

(2024年11月5日、あかたつ)

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