マハトマ・ガンジーのひ孫
一昨日、散歩の途中で平和公園を通ると、広島原爆慰霊碑前に人だかりしているのが目に入りました。マスコミのカメラも何台が見えますので、どこの代表団が来ているのだろうと思い、少し早足で慰霊碑前に足を運びました。
一行は、ちょうど慰霊碑への献花が終ったのでしょう、移動をはじめ西側の緑地帯に歩を進めるところです。顔見知りの記者がいましたので「どこの代表団ですか」と尋ねると「マハトマ・ガンジーのひ孫さんの一行です」とのこと。
そういえば、その朝新聞記事で読んだことを思い出し、写真を撮ろうと近づきました。
緑地帯の通路側に立つ樹の前で何か説明を受けて、次に移動するところでした。
ガンジーのひ孫トーシャ・ガンジーさんが去った後、その木を見ると、この木は、ヒマラヤスギで、1957年にインドのネール首相が広島を訪れたときに記念植樹されたものでした。
なるほどです。
その後、ガンジーさんは、慰霊碑横で記者のインタビューを受けた後、元安橋左岸に昨年設置されたガンジー像に献花をする予定とのことでしたが、私はそのまま散歩を続けました。
ここで、マハトマ・ガンジーさんのひ孫の姿を見たこと思い出したことがあります。
私たちが続ける核実験抗議の座り込みとガンジーの非暴力思想のつながりについて書かれた森滝市郎先生の文章があったことです。帰宅後、「核と人類は共存できない 核絶対否定への歩み」を引っ張りだし、「『座り込み十年』の『前史』と理念」のページを開きました。そこには、次のようなエピソードを紹介されています。
「その頃(いのちとうとし注:1957年)インドの文化使節団として来日していたサラバイ舞踊団の団長サラバイ女史が4月2日原爆慰霊碑に参拝し、被爆者たちの『祈りと抗議の座りこみ』の光景に感動して行なった激励のあいさつの中に『インドではガンジーがこのような方法をとりました』という言葉があったが、思わずそういう言葉が出るほど被爆者の『祈りと抗議の座りこみ』には深い『精神性』と『普遍性』があったのである。」
ガンジーの非暴力思想は、広島では「核実験抗議の座りこみ」として今も続き、息づいていることを、トーシャ・ガンジーさんに伝えてくれる人がいたら、どんな感想を持たれただろうか、と思いながらその場を後にしました。
いのちとうとし
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