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« ヒロシマとベトナム(その59) ~南シナ海をめぐる動向-3~ | トップページ | 福島原発視察報告その5 »

2024年6月 6日 (木)

2024年度広島県被団協総会ー熊田哲治新事務局長を選出

「福島原発視察報告その5」を掲載する予定でしたが、3日に参加した広島県原爆被害者団体協議会総会について、報告したいことが出来ましたので、掲載予定を変更することにしました。

広島県原爆被害者団体協議会(箕牧智之理事長)は、3日の午前10時30分から平和ビルで2024年度総会を開催しました。私も広島県原水禁の代表として参加し、来賓のあいさつをさせていただきました。

箕牧理事長は開会あいさつで次のように述べました。

「原爆投下から79年,健康不安の中で暮らしてきました。戦争反対・核兵器反対を訴えてきましたが、いまも世界では戦争が絶えません。ガザの食を求める子どもたちの姿を見ると涙を禁じ得ません。今まで以上に声を上げていきましょう」

箕牧理事長の思いは、総会議案書では、「基本の考え」として議案書冒頭に提起されました。その最後の部分を紹介します。

「本当に長い間私たちは、訴え続けてきました。来年で被爆から80年。よくぞこれまで頑張ってきたものと思います。私たちは命あるかぎり『核兵器はいけん,無くさにゃあ

』と声を上げ続けていく覚悟ですが被爆者の願い、そして県被団協の運動を,徐々に二世や私たちの思いを継いで活動する人たちに託していくことも考えなければなりません。」

この「基本の考え」に示されたように、今総会では新たに被爆二世の熊田哲治さんが、事務局長に選任されました。被爆二世が事務局長に就任するのは、被団協結成以来初めてのことです。熊田さんは、広島県原水禁の常任理事でもあります。

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就任のあいさつをする熊田新事務局長

他にも多くの被爆二世が役員に選出されましたし、質疑の多くも被爆二世に関するものでした。被爆二世が県被団協の運動を継承しになっていく時代に入ったと感じました。

熊田新事務局長の誕生に伴い、2016年から8年間にわたって事務局長を務めてこられた前田耕一郎さんが、体調の問題もあり被団協役員を退任されました。非被爆者である前田さんにとって事務局長としての任務には様々な苦労があったと思います。心からご苦労様でしたと申し上げたいと思います。

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議案を提案する前田前事務局長

今年の総会で特に強く印象に残ったのは、植田雅軌副理事長(呉原爆被害者友の会)の閉会あいさつでした。「会議終了の予定の時間が過ぎているが、どうしても話させてください」といって次のように訴えかけられました。

「被団協の基本的な目的は、核兵器を世界からなくすこと、被爆者の援護であったはず。原爆投下の原因は、戦争。戦争がなければ広島の原爆はなかった。そのたった一発の原爆で悲惨なことになった。

昨年のサミット。資料館をちょっと見ただけ。きちんと全体を見て欲しかった。被爆者の話もただ一人の話しを聞いただけ。腹が立った。原子雲の下で何が起きたか見て欲しかった。そしてその後、原爆の苦しみを受け続けた人がいることを。いま核兵器を使えば、遙かに大きな被害がでる。戦争をしないための話し合いをなぜしないのか。アメリカは助けてはくれない。アメリカにきちんと話して欲しい。」

いつお会いしてもにこやかにあいさつをしていただく植田さんの怒りの訴えが、本当に心に響きました。改めて、広島県被団協の運動の歴史を思い、その思いを引き継がなければと決意をした広島県被団協総会でした。

いのちとうとし

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