つぼみを付けたキョウチクトウ
今日も散歩の途中で目にした話しです。
平和記念公園の西側の本川沿いに南北約600メートルにわたって植わり夏になると見事な花を咲かせていたキョウチクトウが、一昨年12月、翌年5月に開催されるサミットのテロ対策だとして,当時腰の高さまで、無残に伐採されました。
中国新聞2023年1月17日紙面より
当然のことですが、昨年夏は花を見ることはありませんでした。
昨日、散歩コースを少し変更し、平和公園から本川橋をわたり本川右岸を上流に向かって歩きました。目に入ったのは、新しい枝を伸ばしきれいな葉を付けているキョウチクトウです。
上の中国新聞の写真とほぼ同じような位置から撮った写真です。大人の背丈より新しい枝が伸びていますので、向こうの景色は見えません。当時、西区の樹木医の堀口力さん(77)は、中国新聞のインタビューに答えて「キョウチクトウは暖かい地域で育つ樹木。寒くなる時期の剪定は木の成長を弱め、ダメージを与えかねない」と指摘されていたようですが、無事に成長したようです。
枝先に少し赤い色が目に付きます。
近づいてみるとまだまだ小さいのですが、間違いなくつぼみです。
元の木の高さ、花の数に戻るには、2から3年かかるとも指摘されていますので、以前のような見事な花を咲かせるのには、もう数年かかるようですが、今年は、少ない数でも花を見ることができるのではと期待できます。
道路を挟んだ本川小学校には、もっと大きなキョウチクトウが育っていましたが、このキョウチクトウも同じように伐採されました。
こちらのキョウチクトウも新しい枝と葉を付けているようですが、川沿いほどには繁っていません。
遠くから眺めただけですので、はっきりとは言えませんが、こちら側のキョウチクトウは、今年も花を付けないのではと思われます。
同じようにサミット警備のために伐採された東区牛田本町の京橋川左岸の被爆シダレヤナギは,私もその後何度も見に行ったのですが、新しい芽を見ることはできませんでした。ついに今年3月「枯れ死した」として、広島市は被爆樹の登録を取り消しました。
サミット当時の警備(本川右岸は、金網で覆われた)状況を振り返ると、原爆投下後の焦土にいち早く咲き、市の花としても親しまれているキョウチクトウの伐採が本当に必要だったのか、何故被爆シダレヤナギは枯れ死しなければならなかったのか、という思いにあらためてかられました。
いのちとうとし
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