「広島ブログ」

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2024年4月

2024年4月30日 (火)

2024年4月のブルーベリー農園その4

早春、晩春の定義は別にして、東広島市豊栄町のブルーベリー農園ではツバキが散り、レンゲが満開で、タンポポは綿帽子になり、エビネも咲きだし田んぼは代掻きの作業がさかんで田植えの準備が進んでいる。農園の周囲の自然の営みの動きは晩春を思わせる。やっとマルハナバチのブンブンする音もブルーベリーの剪定作業の耳に入りだした。安芸区の自宅から通う週末農業も季節のせわしなさに追い立てられるような、ないような日々。でも日はずいぶん長くなった。

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4月23日(火)

里山の農園の端っこにウワミズザクラの花が開花。この木は20年近く前に切ろうと思い鋸を入れたが太すぎてあきらめた木でそのときは木の名前も知らなかった

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葉はサクラによく似ているが510センチの長さの白い花穂となる

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八重のツバキの花びらがどんどん落ちる

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4月27日(土)

里山のエビネの花が開花。雑草にまじって咲く

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4月28日(日)

気温は24度でブルーベリーの剪定作業や草刈りはちょっと汗ばむ

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マルハナバチが来ているがまだ数は少ない

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昨秋種をまいた緑肥用の草の花がたくさん咲いている

①ヘアリーベッチ

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②クリムソンクローバー

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③レンゲ

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④ダイコンの白い花と種のさや

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代掻きが終わり、水が張られ田植えが近い

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社会福祉法人安芸の郷

理事長 遊川和良

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2024年4月29日 (月)

「世界のヒバクシャ写真展」に行きました。

26日のブログで紹介した旧日銀広島支店で開催されている「世界のヒバクシャ写真展」に行ってきました。

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この写真展の呼びかけ人である森下一徹さんの写真は、広島・長崎の被爆者の写真29枚が展示されています。何人かお会いしたことのある被爆者の写っていましたが、中でも府中市在住で広島県被団協理事の下江武介さんの写真に目がとまります。そのうちの一枚には。国連軍縮特別総会で活躍する下江さんのすぐ横に伊藤サカエさんの元気な姿が映っています。

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と書いていくとキリがありません。あとは写真家名とジャンルを紹介します。

森下さんの次には、伊藤孝司さんの写真が並びます。20枚の写真は全て朝鮮半島出身の被爆者です。在朝被爆者の写真も2枚あります。

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次は、桐生広人さんの写真です。桐生さんについて,私はほとんど知識を持っていません。核実験関係のヒバクシャの写真3枚です。

次が豊崎博光さんです。豊崎さんは、原水禁大会で何度も講師をつとめていただいていますし、個人的にもよく知っている写真家です。20枚の内18枚は、核実験によるヒバクシャの写真ですが、ここで気づくのは、ウラン採掘とその残滓の放置によるヒバクシャの写真2枚が展示されていることです。豊崎さんならではの写真です。

次は本橋成一さんの写真です。私が、本橋さんのことを最初に知ったのは、「写真集『ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界』」を入手したときです。もう40年近くになります。

今回展示されている本橋さんの写真は20枚ですが、全て「チェルノブイリ原発事故による被害者」の写真です。

6人目は、森住卓さんです。森住さんの写真は全部で25枚ありますが、内8枚はセミパラチンスクの核実験ヒバクシャ、劣化ウラン弾によるヒバクシャ、インドのウラン鉱山のヒバクシャで、あとの17枚は、福島原発事故関連の写真です。

福島原発事故関連の写真は、あとで追加されたのでしょうかパネル仕立てにはなっていませんので、陳列棚の上に展示されています。

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受付すぐ裏には、伊藤孝司さんの特別展「捨てられて被爆者」のコーナーがあります。7月に私たちが予定している「在朝被爆者と平壌の人々」の予告のような写真展示で,伊藤さんの希望で展示されることになったそうです。

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私が会場に入ったときは、10人ぐらいの入場者がありましたが、皆さん熱心に、中でも数人居た外国人が,写真に付けられたキャプションを一枚一枚丁寧に読んでいる姿が印象的でした。

今日29日には、午後1時30分から「祈りの唄を奏でようー広がりと心の深淵の唄」のセレモニーが行なわれます。もし時間があればどうぞ!

いのちとうとし

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2024年4月28日 (日)

チェルノブイリデー座り込み

1986年のチェルノブイリ原発事故から38年となる4月26日、県原水禁と平和運動センターの呼びかけで、脱原発・エネルギー政策の転換を求める座り込みが48人の参加で平和公園慰霊碑前で行われました。

 参加者を前にあいさつした県被団協の箕牧智之さんは、チェルノブイリや福島原発事故を取り上げ「原子力の平和利用と言われてきたが、そこにあるリスクを人類は学ばなければならない」と指摘するとともに、「人類の存亡にかかわることを世界の政治家は認識して頂きたい」と脱原発の必要性を強調しました。

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また、県原水禁の木原省治常任理事は、「日本では、チェルノブイリのような事故は起こらないと言われたが、フクシマが起こった。放射能による被害は世代を超えて影響していく。核と人類は共存できないことを大きな使命として、当面する課題である島根原発再稼働、上関の原発建設・中間貯蔵施設建設を許さないための活動を強めていこう」と呼びかけました。

 そして、県原水禁の秋葉忠利代表委員は、チェルノブイリ事故の半年後、アメリカのレーガン大統領とゴルバチョフ書記長がレイキャビックで会談し、核兵器を全廃しようと合意したことを紹介し、そうした合意に向かう理由を「社会全体の価値観」と説明。「1970年代後半から80年代にかけて世界的に高まっていた世界的な世論を背景に、ソ連もアメリカも民意を反映しようとなっていた」と話されました。

 その上で、「(当時は)軍産複合体の壁で実現できなかったが、私たちはまだ生存している」「日本はまだ、曲がりなりにも民主主義の国」「被爆地広島出身の総理大臣と事あるごとに言っている岸田総理を、広島から動かすために知恵を出し合っていこう」と参加者に呼びかけました。

 座り込みは最後に、自治労県本部副委員長の檪原研介さんがアピールを読み上げ、全体の拍手で採択。慰霊碑に向かって黙とうし行動を終了しました。また、アピールは岸田首相あてに郵送されました。

大瀬敬昭

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2024年4月27日 (土)

ユーカリの木はいつ日本に来た

先日、2021年11月17日のブログ緑の伝言プロジェクト「被爆樹木めぐり」余話: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com) に「ある岡山県人」さんから次のようなコメントが入りました。

「すでにご承知のことかもしれませんが、井伏鱒二の「鶏肋集」(昭和11)という自伝のなかに、鱒二の祖父が広島に遊学して故郷の村にユーカリの苗を持ち帰ったという話が出ています。鱒二はそれを80年前のことと書いているので、それが本当なら江戸時代のことです。もしかして広島には江戸時代からユーカリがあったのかも。」

広島城跡の被爆ユーカリの由来について書かれたものではありませんが、「広島には江戸時代からユーカリがあったの?」と、ちょっと興味がわきましたので、調べてみることにしました。

ずいぶん前のブログへのコメントですので、このコメントは公開し,お礼のコメントはメールで返信しました。

「貴重は情報提供です。

私は、井伏鱒二の『鶏肋集』を読んだことがありませんので、なんとも言えないのですが、この広島城のユーカリに関しては、次のような情報もあります。

『オーストラリア原産のユーカリが、日本に入ってきたのは明治時代。葉の形が特異なことなら全国各地で珍重され、記念樹的な存在だったらしい。広島城跡に植栽された理由は定かではないが、旧日本軍の大本営が置かれていたことに何か関係しているのかも知れない。』(雑誌Grande40号「黒焦げからよみがえり,容姿を変えて生き続けるユーカリ」文:舟木正明)

この記事によれば、ユーカリが日本に入ってきたのは明治時代と言うことになりますので、『江戸時代』というのはどうでしょうか。もう少し他の文献を調べてみる必要がありますね。」

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このメールに対し、

「貴ブログの本題とは関係ないようなコメントにお返事いただきおそれいります。

少し前に広島へ行って偶然に被爆ユーカリを目にし、最近井伏などのことを調べていて

偶然に『鶏肋集』の記述を見て、その関係で貴ブログにも偶然気づき…というわけです。ご参考までに『鶏肋集』の画像を添付します。」

添付された「鶏肋集」には次のように書かれています。

「会葬の後、はじめて私は親戚の人に教えられたが、祖父は十五歳のとき江戸に出て修業するつもりで出奔したそうである。すぐに追手が差向けられ、岡山の親戚に立ち寄ったところ、捕まった。それで後になって長崎や廣島で、何の勉強をしたのかしらないが何か学問を修業してきた。その記念に廣島から持って帰ったユーカリの樹の苗は、八十年後の今日、一本は窪田さん宅跡に生え一本は仁吉という人の宅跡に生えている。」

「鶏肋集」は、昭和11年(1936年)に初出の本です。井伏が書いている「八十年後」を逆算した80年前は、嘉永3年(1850年)ということになりますので、「ある岡山県人」さんが指摘された「江戸時代にユーカリが広島に育っていた」ということになります。

しかし、平凡社の「世界百科事典」には「ユーカリが日本に輸入されたのは明治10年ごろで、津田仙が植えたものが東京付近に広がった」と記されていますし、昭和30年代(論文にはきちんとした年数が書かれていない)に発表された「明治時代における外国樹種の導入について」(肥後芳尚)では、「明治7年 墺国博覧会からの帰途,仏国マルセーユ港よりユーカリの種子を持来たりて、これを繁殖した」と記されています。(墺国は、オーストリア)いずれも雑誌Grande40号で舟木正明さんが書いておられる「オーストラリア原産のユーカリが、日本に入ってきたのは明治時代」を証明するものばかりで、井伏が言う「江戸時代にユーカリが廣島に育っていた」ことを証明するものを見つけることはできませんでした。

ユーカリは成長の早い木だと言われていますので、井伏は、大きく育ったユーカリの木を見て、ずいぶん前に植えられたと思ったのでしょうか。

いのちとうとし

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2024年4月26日 (金)

「世界のヒバクシャ」写真展

今日午前10時から旧日銀広島支店で、「広島、長崎だけじゃない 世界のヒバクシャ」写真展が開催されます。

この写真展の主催者「NPO法人世界ヒバクシャ展」は、広島・長崎の被爆者の写真を40年以上にわたって撮り続けてきた写真家森下一徹さんが,2002年に5人のフォトジャーナリストともに設立した法人で、森下一徹さんが2021年に亡くなった後、その思いを引き継ぎ、代表となった娘の森下美歩さんが中心となって活動する団体です。

「世界のヒバクシャ」写真展は、2002年の法人発足以来国内外70カ所以上で開催されたようですが、今回初めて被爆地広島で開催されることになりました。

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チラシには「世界のヒバクシャの思いを 広島から世界に」のタイトルで次のように書かれています。

「広島、長崎の被爆者を半世紀近くにわたって撮り続けた、写真家・森下一徹は『原爆が落とされた下にいたのは人間だぞ』ということを伝えたくて、被爆者の最高の姿を撮ろうとしてきました。そして、仲間のフォトジャーナリストに声をかけ、6人で写真を出し合いました。写真には、世界中にヒバクシャの思いがあふれています。

私たちは、広島、長崎、そして福島を経験した日本人として,世界のヒバクシャの思いを、日本中、そして世界中に伝えていきたいと思います。ぜひ世界のヒバクシャに会いに来て下さい。」

森下一徹さん以外のフォトジャーナリストは、次の人たちです。

伊藤孝司さん、桐生広人さん、豊崎博光さん、本橋成一さん、森住卓さん。

それぞれ多くの写真作品がありますが、「世界のヒバクシャ」写真展では、各人30点合計120点の作品が展示され、原爆だけでなく、核実験、原発事故、ウラン鉱山、劣化ウラン弾などによるヒバクシャが紹介されます。

会期は、5月8日までです。ゴールデンウィーク、そしてフラワーフェステバルの期間と重なりますが、10日間以上の開催ですので、ぜひ一度会場に行ってみてください。

私は、原水禁国民会議の総会の参加するため、今日明日と上京しますので、28日に行こうと思っていますので、写真展の様子は改めて、紹介します。

いのちとうとし

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2024年4月25日 (木)

「出力抑制」で、再生可能エネルギー発電イジメのないように

4月というのに昼間は暑ささえ感じる日が続いていますね。こんな天候の日は太陽光発電が多く発電しています。一方で暑からず寒からずという中では、電気の使用量は減っています。

そこで生じるのが、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギー(再エネ)電力の出力抑制という事態です。出力抑制は、送電網を持っている中国電力では「中国電力ネットワーク(株)」が、再エネ電力を送電網に通さないという措置を行い、その電気を使わないようにする措置のことです。

電気は、その特質から発電電力量と消費電力量は一致していることが、必要です。専門的には「同時同量」の原則といいます。

2018年9月6日深夜、震度7を記録した北海道胆振東部地震が発生した時、苫東厚真(とまとう あつま)という大型火力発電所2・4号機(116万kw)が発電できなくなり、北海道全域が停電する「ブラックアウト」が発生しました。116万kwが停止しただけで、なぜブラックアウトが起こったのかと思われるかも知れませんが、発電量と消費量が急激に一致しなくなったために、こういう事態になったのです。

しかし正確には北海道全域が停電したというのは、間違いです。北海道内にある島の地域では、その島の中に住んでいる人だけの発電所を持っていて、その地域だけを賄っているので、その島内では停電しなかったのです。

話しが最初に戻りますが、太陽光発電などの発電設備が増えたので、そうして発電したものが無駄に捨てられているのです。今や全国の電力会社で、このような出力抑制を行う事態になっています。天候予測の正確性が上がり、特別な事態が起こらない限り、ほぼ正確に電力使用量の予測が可能となりました。しかも消費される電力量が減る傾向の中で、出力抑制を実施せざるをえない状況です。

もちろん太陽光発電は夜になれば発電をしませんから、その時には火力発電や水力を調整して発電しているのです。

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資源エネルギー庁の資料より

先日、ドイツで脱原発を実現した人と話しをする機会がありました。ドイツでも出力抑制を行うことがあるということでしたが、その回数は日本よりも断トツに少ないということでした。私もまったく出力抑制を行わないのは、不可能だとは思いますが。

ベースロード電源という言葉を聞いたことがあると思いますが、電力消費量が少ない時でもこれ以上は消費量が落ちないという電力量のことです。日本では原発や大型火力で発電された電気をベースロード電源として、送電網に優先的に接続されています。原発や大型火力を増やした結果、電力消費量がベースロード電源の発電量に近くなると、再エネ発電量は要らないという事態になるのです。

しかしドイツでは再エネ発電の電力を、夜間は貯めておくという技術を開発してベースロード電源にしているために、出力抑制の必要性はほとんど無いのです。

電気を蓄える技術は日本でも大きく進んでいます。しかし日本では原発優先という政治の思惑が強くて、福島原発事故後、再エネを増やそうとした方針は消え失せてしまったとしか言いようがありません。

以前は「夜間電力」を使って温水器に使用というのが普及していましたが、今や昼間の電力をどう使い、全体的に再エネ電力をどう普及させるかが大きな課題です。

電気自動車(EV車)の普及が続いている中、昼間の電気料金を安くして、電気自動車の電池充電を推奨するとか、自動販売機でも最近見かけるようになった「ピークシフト自販機」を普及させることも必要だと思います。再エネ電力の売りをPRしている新電力にとっては、出力抑制されてしまうことは、まさに死活問題なのです。

中国電力はこの8月にも、島根原発2号機を再稼働させるとしていますが、原発は電気使用量の変化に応じて発電量を調整できるような発電設備ではありません。もし島根原発2号機が動くような事態になれば、この原発の発電電力の82万kwのベースロード電源が増えることになります。そうなると、ますます再エネ発電を出力抑制するようになってしまいます。

繰り返しになりますが、福島原発事故の教訓は「原発を止めて、再エネ電力に!」だったのです。再エネ発電の出力抑制は、再エネ発電をめざして設立された新電力会社イジメとしか言いようがないと思います。

木原省治

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2024年4月24日 (水)

府中地区「四月の19日」

4月の安保法制反対する府中市民の会の行動は、大変暑い中、午後3時30分から上下Aコープ前、午後5時から府中天満屋店前で行い、参加者いずれも10人でした。

リレートークでは、岸田首相がアメリカを訪問し「日米同盟をより深化させる」と約束してきたことに対して多くの発言がありました。

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上下Aコープ前

A「日米同盟は1981年5月、鈴木善幸首相がアメリカを訪問し、レーガン大統領との会談後の記者会見で、発言したのが始まりです。その43年前、鈴木首相が日本に帰ってくる前に、国会では『日米同盟発言は憲法9条に反する』と物議を醸し、外務大臣は『日米同盟は軍事同盟ではない』と言い訳をしていました。いまやその日米同盟という言葉させ問題にならず大手を振って歩いています。この鈴木善幸首相も岸田首相と同じ宏池会で、宏池会がハト派ということでもないのです。」

B「消費税導入以降3回の税率アップで現在10%に。一方、法人税はその間7度の引き下げで大企業の内部留保金は555兆円に。その大企業にパーティー券を買ってもらって懐にいれている自民党の国会議員。実にわかりやすい構図です。金まみれの政治を刷新するのは私たち有権者です。きたる総選挙では自民党政治を終わらせましょう。」

C「日米のマスコミで報道されたアメリカのティム・ウォルバーグ下院議員のガザでの惨状について、広島・長崎を例示して『長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせる。ウクライナも同じようにするべき。』の発言は原子力爆弾の使用を言ったものです。広島、長崎で20万人の人がなくなり、戦後後遺症に苦しんでいることを顧みない発言です。あまりにも無知な発言です。これに岸田首相は抗議していません。なんのためにアメリカに行ったのか。広島選出の国会議員として責任を果たしていない。」

D「自民党は政治資金規正法改正にやる気ゼロです。企業・団体献金の禁止は先送り、政治資金パーティーの禁止もゼロ回答という話です。これだけ裏金問題を起こして、処分もうやむやな中で、政治改革案も全く中身のないものになりつつあります。問題の当事者は自民党です。いま島根で選挙が行われていますが自民党に鉄槌を食らわせましょう。」

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府中天満屋店前

E「ガザで3万人が殺されています。絵本『おこりじぞう』の絵を描かれた四国五郎さんは子どもさんに、『小さなことで怒ったらいけん。本気で怒らなくてはいけないのは戦争をはじめようとしている人がいる時だ』と言われたそうです。いまがその時です。閣議で決め、国会で審議をすることもなく、国民に信を問うこともしない。市民がデモ行進、投票行動、19日行動行など行動で示す時です。安保法制に反対していきましょう。」

F「4月16日の中国新聞によりますと65歳以上の介護保険料が、府中市は236円増えて、6,718円で県内第1位と報道されています。保険料引き上げの理由は、『認知症グループホームの定員を増やすなどサービスの充実のため』と言っています。しかし、年金も実質上がってないだけに引き上げはこたえます。
 昨年、介護を理由に仕事を辞めなければならなかった人は全国で10万人を超えたそうです。2000年から『高齢者の介護を家庭ではなく社会全体で支えあう』という考えではじまった介護保険制度ですが、高負担、低サービスに向かっています。防衛費、軍事費はGNP1%枠があって約5兆円だったものが、安保法制ができて今年度は約8兆7000億円(防衛費7兆7380億円+弾薬確保費9300億円)。約4兆円も増えています。これだけ国の税金を軍事費に注ぎ込めば介護に予算が回らないのは当然です。国民の生活を犠牲にして軍事費の増額が行われています。軍事優先の日本にならないよう安保法制に反対していきましょう。」

 終了後、4月18日(木)に山口地裁岩国支部で行われた祝島裁判第7回口頭弁論の報告がありました。報告の中でこの裁判は中国電力が起こしたもので、嫌がらせ裁判だと説明がありました。

小川敏男

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2024年4月23日 (火)

2024年4月のブルーベリー農園その3

中国大陸からくる黄砂が多かった日が確か3日ばかり続いた。東広島市豊栄町のブルーベリー農園でも遠くの空や山がかすんでみえたので黄砂の飛来がわかる。そんな中でもブルーベリー畑での剪定作業を続けたが体に変化はなかったのは、木々のせいで適度な湿度で埃の舞うのが少ないのかもしれないとも思った。ブルーベリーの葉が芽吹きだし、花が咲きクマバチが飛び交い、スズメバチの捕獲器を見ると数匹かかっていた。

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4月16日(火)

農園の里山のブルーベリー園の里道沿いに咲く野生のツツジ

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4月17日(水)

ブルーベリー畑のタンポポとカキオドシ

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4月18日(木)

ブルーベリー畑のアマガエル。土から出てきたときは茶色を帯びていたが今はきれいな緑色に変わっている

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車で帰る途中の近くの田んぼや山。この日は黄砂がひどく夕暮れの古城のある茶臼山も空も少しかすんで見える。

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4月20日(土)

3段あるブルーベリー畑の2段目でのブルーベリーの剪定もやっと8列中2列がすんだ

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地べたには強い草に負けずにスミレが開花

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あぜ道にはムラサキゴケが地を這う様でたくさん咲いている

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右の紫色の花はヘアリーベッチ左の花はレンゲ。どれも昨年秋に種をまいたもの

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農園の近所の野原にキンポウゲがたくさん咲いている

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里山の田んぼのそばでは緑の濃淡の混じった木々が春めいた軽やかさを見せている

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この場で林を撮影していると手前のあぜ道にいるオスのキジを見つけた。厳しい顔で首を左右にふりながらあたりを見回している

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社会福祉法人安芸の郷

理事長 遊川和良

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2024年4月22日 (月)

三原地区の四月の19日行動

春温かい419日(金)1730分、三原駅前において定例の「19日行動」を実施しました。街頭に24人が立ってアピール行動を行いました。今月は岸田首相のアメリカ訪米を受けて、自衛隊と米軍の一体化による日米軍事同盟がより強固になったことなどを7人の弁士が口々に指摘しました。

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I女性会議の花田さんは、自衛隊基地について問題提起を行いました。

①台湾有事に備えて沖縄本島や奄美大島、沖永良部島、久米島、与那国島など観光地になっている島々に次々と自衛隊のミサイル基地が作られています。島の人たちが、いくら反対してもあっという間に基地ができた。そういう状況が沖縄の現状です。私たちが遊びに行きたいと思うようなきれいな島がまるで台湾に続く基地になろうとしています。この自衛隊基地は米軍が使おうと思えば有事の時には使えるという、有事でなくても使えるという状況になりつつあります。私たちは沖縄に大変な負担を強いています。普天間基地から米軍の撤退を求めるため辺野古に新基地を造っています。この辺野古の基地は何十年かかるかわからないという中で、普天間基地が沖縄に帰ってくるのが何年かかるかというのが今の沖縄の状況です。

②広島では、東広島市で有機フッ素化合物(ピーファス)が普通の80倍の毒素をもってアメリカ軍の川上弾薬庫から出ているのではないかという問題が出ています。さらに呉市では、日本製鉄呉跡地を防衛省が弾薬庫など複合防衛拠点として買い取る案が出されており、呉市が軍事基地になろうとしています。今、呉線が走っていますがそのうち呉線の街から呉市が覗けなくなるのではないか。そういう状況になろうとしています。

③テレビでウクライナやパレスチナ・ガザ地区などの戦争の状況が映りますが、銃弾の先には人の命がそこにあることを私たちは考えていく必要があります。日本は絶対に戦争できる国にさせてはなりません。政府に望むのは、軍備を拡大することではなく平和に向けて外交努力をしていくことであります。そのことを私たちは求めています。

と訴えました。

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 最後に元市議会議員の岡崎さんが「国会で経済秘密保護法案が審議されています。これは安倍政権時に成立した特定秘密保護法と同様に国民の行動をチェックする危険な法案である。戦争反対の声を上げることができないような状況にきている。そうした憲法違反の法案を止めるために、自民党を過半数割れにさせること。自民党政治ストップの声を上げていかなければならない」と締めのあいさつを行い街頭行動を終了しました。

藤本講治

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2024年4月21日 (日)

ベトナムの歴史(その30-5つづき) ― 日本の中の枯葉剤・Ⅳ ―

 繰り返される詭弁 ―直接の輸出はしていない―

楢崎議員が国会で追及する一ヶ月前、629日の南ベトナムの新聞『ティンサン』が、「枯葉剤散布地域の住民に出産異常が激増している」と連載を始めましたが、アメリカの傀儡政権であった南ベトナム(グエン・バン・チュウー)政権は即座に発禁処分にしました。枯葉剤による人的被害が報告されはじめた矢先、日本でその枯葉剤が製造されていたとの疑惑が明らかにされたのです。

 624日の『朝日新聞』は、「会社側はベトナムへの直接の輸出は絶対していない。輸出先のオーストラリアで加工されベトナムに再輸出されていることに対しては、それが事実であっても、鉄板がアメリカに輸出され戦車になり、ベトナムに出動しているのと同じで、決してベトナム向けにつくっているわけではないと言っている」と報道。翌25日の『日経新聞』は、「輸出先は英国が最も多く、次いでニュージーランド、フランス、シンガポール、オーストリア、米国の順で南ベトナムは皆無。米国にはICDという製薬原料会社一社だけで殺菌剤の原料に使っている。南ベトナム枯葉作戦に使われていることは聞いたこともない」という三井東圧化学副社長の言を掲載しています。

 どこかで聞いたフレーズです。10年前、原則禁止されていた武器輸出を原則容認に転換する「防衛装備移転三原則」が閣議決定されました。そして、ウクライナ戦争を口実に「殺傷兵器でも防衛用に使用する場合」は可能とし、さらに326日「紛争当事国を除外する」という建前のもと、イギリス・イタリアをと共同開発する次期主力戦闘機を第三国に輸できると閣議決定しました。

輸出後に紛争が起きることは十分に考えられ、また第三国から他の国に移転される可能性もあり得ます。それでも「決して、移転された国に向けてつくり、直接輸出しているわけではない」とでも言うのでしょうか。対象国が将来紛争当事国になる危険性があるだけでなく、今後さらに対象国が拡大される恐れもあり、歯止めのない武器輸出につながりかねません。

過去に目を閉ざすものは再び過ちをおかす

2022年1月22日、NHKが「誰も知らない 日本の“枯葉剤”」と題する特番を組み、「取材でアメリカ企業が枯葉剤の責任を問われた裁判の記録を入手」した際、そこに「調達先の一つとして三井物産の名が記されていた」と報じました。

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NHK「誰も知らない 日本の“枯葉剤”」2022年1月22日

楢崎弥之助議員がベトナムで使用された枯葉剤が三井化学大牟田工業所で製造されていたことを追求して53年、その疑惑が事実としてあらためて明らかにされました。しかし、同社は、「コメントできる情報を持ち合わせていない」と、いまだに認めていません。

儲けを得るためなら人の命も顧みない財界とその政府(自公政権)は過去の過ちに目を閉ざし、軍需産業の強化と対立国や交戦国の一方への武器支援や武器輸出を進めようとしています。

「過ちは繰り返しませぬ」と刻まれた原爆慰霊碑文、「過去に目を閉ざすものは、再び過ちをおかす」というヴァイツゼッカーの言葉を心に刻み、戦争につながる一切に抗わなければと思います。

次号では原爆投下と枯葉剤について触れたいと思います。

2024年4月21日(あかたつ)

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2024年4月20日 (土)

ベトナムの歴史(その30-5) ― 日本の中の枯葉剤・Ⅲ ―

日本製造された枯葉剤がベトナムで使われた

ベトナム戦争で大量にまかれた枯葉剤、その枯葉剤が全国の国有林に埋設され、ドラム缶の腐食とコンクリートの劣化が進み、ダイオキシンの漏出の懸念と危険性が高まっています。前号でその埋設地の一つである庄原市の状況を紹介しました。いただいたコメントへのお応えは現地調査を予定していますので、その報告とあわせて後日させていただきます。

ところで、皆さんはベトナムにまかれた猛毒ダイオキシンを含んだ化学兵器の枯葉剤が日本で生産されていたことをご存じでしょうか。意外と知られていないのではないでしょうか。

1969年7月23日、第61回通常国会の衆議院外務委員会で楢崎弥之助議員(社会党)が、福岡県大牟田市の三井化学大牟田工業所、ここで昨年事件が起こった。お聞きになったことありますか」との切り出しで、枯葉剤製造疑惑について質しました。以下、少し長いですが、冒頭部分の要約を紹介します。

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リクルート事件の集中審議で追及する楢崎弥之助、1989年

「昨年の1月から7月までの間に約30人が製造過程において被害が出て、皮膚炎、血圧の比重低下や肝臓障害などの被害が出、現在も皮膚患者が続出している。この245T、245TCPは市販されていないはず。これは1967年の終わりから急につくられるようになった、なぜか。1967年4月、『ビジネス・ウイーク』というアメリカの本に『米軍はアメリカの生産能力の4倍の245Tを要求している』と書かれている。つまり米軍がベトナムで枯葉作戦に使うためです。したがって、大牟田の三井化学で作られている245Tは当然ベトナム向けです。私の調べたところでは、カナダとオーストラリアに輸出をしているが、途中から船がくるっと返れば、どこでも行けるわけです。つまり、日本の工場でベトナムの枯葉作戦に使われている化学兵器が事故まで起こしてつくられているのではないか。下村さん(厚生省薬務局参事官)、責任をもって調査してください。そして責任をもって報告をしてください。この245Tあるいは245TCPは、どういう状態の被害が起こっているのか、そしてどこに使われているのか、輸出先はどこであるか、なぜ1967年暮れから急につくり出すようになったか、これを責任をもって調べて御報告をいただきたい。」

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日本で製造された枯葉剤がベトナムにまかれた

下村厚生省薬務局参事官は、「(事故のことは)聞いておりません」、「245Tは既に農薬として指定を受けており、健康衛生上の面で調べることは出来ると思うが、245TCPについて農薬に指定されていないかと思いますのでは調べるのはちょっと難しいかと思います。」と答弁しています。

その後、委員長から質問時間をオーバーしていると指摘されるまで、「国会の爆弾男」との異名を持つ楢崎弥之助議員の鋭い質問は続きます。詳しくは、国会会議録検索システム (ndl.go.jp)から検索ください。楢崎弥之助議員を知る人も少なくなったと思いますが、50年余り前に広島に来られ、「被爆者の骨土の上を戦車のキャタピラが蹂躙することを許さない」と起ち上がった市民を激励されたことを覚えています。

2024年4月20日(あかたつ)

【編集者】あかたつさんから届いて原稿が少し長めでしたので、断りを入れて2回に分けて掲載します。

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2024年4月19日 (金)

「世界情勢の変化」で何故「憲法尊重擁護義務」?―その4

このシリーズの最後です。広島市とのやりとりの正確を記すため、「『世界情勢の変化』で何故『憲法尊重擁護義務』?―その2」で書いた疑問(14日にメールで送信)に対し、17日に届いた広島市からの回答の全文を紹介します。

「4月14日付けメールにてお問合せの内容につきまして、次のとおり回答いたします。

4月13日付けの中国新聞の記事にはありませんでしたが、4月12日の市長記者会見の場において、他社の記者から「今年度の職員の服務の宣誓に、憲法尊重擁護義務が新しく追加されたと思うんですれけど、追加の意図っていうのを教えてください。」という質問があり、以下のとおり市長が発言しています。

(市長)

実は、今回の修正っていうのは、議会でのやりとりがありまして、そこで答弁したということもありましたので、この機会にということで、やるということに。そういうのはある意味で直接的なきっかけではあるんですけれども、よくよく考えてみれば、先ほど申し上げているように、現下の極めて緊迫した世界情勢の中で、核兵器使用のリスクが懸念されている。そして、我々、公務員というもの、今まで「国際平和文化都市」を目指す、この国際平和文化というのを、先ほどの条文、資料を見ていただくと分かると思うんですけれども、国際平和という言葉は9条。「日本国民は、国際平和を誠実に希求し」とあります。こういった国際平和という言葉を9条でも使っているから、昭和45年に広島の都市づくりとして、「国際平和文化都市」を目指すということをこの市は決意しているんですね。ですから、そういった意味で、憲法をしっかりと受け止めた宣誓だというんですけれども、直接的に、ここでいう99条の「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」といっているんだから、それをここで確認すればいいじゃないかというようなことを言われたので、今までもずっと職員、それでやってきたんですから、いいとは思うんですけれども、改めてこういったことで、ここを引用するというか、そういった文章を作ることで、このような状況の中で、新しい職員に自覚をしてもらえるかなというふうなことも考え、このタイミングで憲法の尊重擁護という言葉を入れておくのは効果的かなと、有意義なことかなと思って入れるようにしています。(以上)

12日にも当職から本市の考えについて説明いたしましたことに加えて、上記の12日の市長の発言からも分かるように、教育勅語の引用によって憲法を守っていないのではという市民の意見が寄せられたことは、宣誓書修正のきっかけや理由ではありません。」

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確かに市長は記者会見で,職員の服務宣誓書の「憲法の尊重擁護」を入れたのは、「国際情勢の変化だ」と説明していますが、同じ時期の同じ新入職員が行なう「服務宣誓書」とその職員に対する「研修資料」の修正理由が違うと言うことには、矛盾があります。

憲法が公務員に「憲法の尊重擁護」を求めるのは、平和主義は勿論ですが、国民主権とりわけ「基本的人権の尊重」だと思っていますので、この市長の発言では、さらに市長の憲法観の希薄さを感じてしまいます。しかし、これ以上広島市に質しても、同じ回答の繰り返しになってしまうと思われますので、一応の区切りにしたいと思います。

ただ、今後の松井市政のありようについては、きちんとチェックし、向き合う必要があると思っています。

いのちとうとし

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2024年4月18日 (木)

「世界情勢の変化」で何故「憲法尊重擁護義務」?―その3

もう一つの疑問は、「やはり」と言うことです。

私は、2021年11月29日のブログ(広島市「職員の服務に関する宣誓書」-その3: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)と12月3日のブログ(広島市「職員の服務に関する宣誓書」-その4: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com))で、「職員の服務の宣誓に関する条例」の問題を取上げ、最後に次のように指摘しました。

「昭和54年(1979年)の条例改正で、『職員の服務の宣誓に関する条例』で『別記様式による』として定められていた宣誓書が、『任命権者が定める様式の』と改正され、『宣誓書』を条例の別記として明示することが廃止されたのです。

この条例改正があったため、昭和58年(1983年)の宣誓書の改正では、議会の議決など公的な手続きは行わずに、宣誓書から『憲法尊重擁護義務』の宣誓部分を削除されたことがはっきりしました。

つまり私が、指摘した『市長の裁量によって自由に宣誓書の内容を変えることができることになる』という危惧が、実際に実行されていたのです。

条令の条文からいえば、『市長の裁量のみによって宣誓書をあらためた』ことは、条例違反はしていないといえますが、問題は繰り返すようですが『市長の裁量のみ』で自由に改正できる条例で良いのかということです。」

今回の修正で、はからずもこの指摘が現実のものとなりました。

人事課との話し合いで次の点を質しました。「今回の修正内容は、市役所内のどのような会議で協議され、決定されたのですか」。答えはびっくりです。「内部での協議です」「情報公開請求をすれば、その資料を出してもらえますか」「情報公開請求されても、特別に会議録をつくっていませんので、出せる資料はないのですが」

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広島市ホームページより

ちょっとびっくりする回答です。今回も昭和58年(1983年)の宣誓書の改正と同じように議会の手続きなどは行なわずに、宣誓書が改正されたのです。指摘したとおり「市長の裁量のみ」で、協議内容も明らかにできない状況で修正されたことになります。

しかし、だったとしても,先にも指摘しましたが、現在の「「職員の服務の宣誓に関する条例」では、このような改正の手続きは、条例違反と言うことにはなりません。

しかし、経過も明示できないような協議によって、重要な「職員の服務宣誓書」の改正が行なわれていいはずがありません。

今回の「服務宣誓書」の改正の要因は、広島市が説明する「世界情勢の変化」が主要ではなく、松井市長による「新入職員研修での憲法違反の『教育勅語』引用」問題が契機となったことは、この間の経緯を見れば明らかです。

今回は、良い方向での修正といえますが、今後「市長の裁量のみ」を認める現在の条例では、市長の考え方によって改悪されることも,可能だと言うことを重ねて指摘したいと思います。

どのような理由で「昭和54年(1979年)の条例改正」が行なわれたのは、関係する資料が存在しませんので不明ですが、人事課に対し、「この際、この条例の問題点を見直し、他自治体と同じように条例の中に『宣誓書』が明示される条例に改正する必要があるのではないか。是非検討して欲しい」と要望して、話し合いを終わりました。

これを契機に、ぜひ検討を深めて欲しいと思います。

いのちとうとし

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2024年4月17日 (水)

「世界情勢の変化」で何故「憲法尊重擁護義務」?―その2

広島市は、職員の服務宣誓書を変更した理由を「世界情勢の変化」だとしています(人事課長との面談でも繰り返し)が、どうしても理解できません。

私が言うまでもないことですが、日本国憲法は、わが国の最高法規ですから、世界の情勢の変化によって公務員がその向き合い方(尊重し擁護する)を変えるようなことがあってはならないはずです。ですから、「世界情勢の変化」のみを理由に,「職員の服務宣誓書」の内容を変更したという説明には、納得がいきません。

「世界情勢の変化」を理由とすることには、もう一つの矛盾がります。広島市は、これまで「宣誓書にある『国際平和文化都市』は、唯一本市だけが掲げるものであり、憲法や地方自治法の理念が流れ込んでいるものと考えています。」とし、「だから、宣誓書の内容を変更することは考えていません。」としてきました。そうであれば。「国際平和文化都市」の広島市の職員は、これまでも国際環境、国際関係を当然考慮して憲法を尊重し擁護してきたはずです。「今更国際情勢が変化したから」と言って、変更するのであれば、これまでの広島市の説明はなんだったのかということになります。

そう考えましたので、私は、次のように意見を述べました。「もし服務宣誓の内容を変更するというのであれば、例えば最近公務員による基本的人権を侵すような事象が発生しているため、改めてそのようなことが起こらないよう自覚を促すためというのなら、理解できます。しかし、今特段そのような事象が多発しているような事情を聞いたことがありません。」この意見には特段の反論はありませんでした。ところが、広島市議会の録画を見ると、広島市がこの変更の契機の一つとした「令和6年第1回定例会」(2024221日)の議員の質問では,「服務宣誓書に『憲法尊重擁護の義務』を入れるべきだ」とする理由として、最近の広島市職員の市民への対応などをあげているだけで、「世界情勢の変化」など全く触れていないにもかかわらず、答弁では、何故か唐突に「世界情勢の変化があるので、変更の可能性を考えたい」と答えています。奇妙としかいいようがありません。

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憲法前文が加わった研修資料

人事課長との面談で私が次に指摘したのは、次のことです。「昨年12月に、広島市長が職員研修において『教育勅語』を使用していることが明らかになった以降、市民から『憲法を守っていないのではないか』との声が上がったため、それを否定(というか反論するため)し、『私は憲法をきちんと尊重擁護している』ということをいうために,今回の修正が行なわれたと考えるのが一番妥当だと思うのですが」

しかし、残念ながらこの意見交換では、私のこの意見を肯定する考え方は示されませんでした。

ところが、翌日(13日)の中国新聞記事を読んでびっくりしました。私が人事課長に会った同じ日の12日に行なわれた広島市長記者会見で、松井市長が、「本年度の新規採用職員向け研修資料に新たに憲法前文の一部を加えた意図についての『いろいろな意見をどう受け止め、公務員として憲法を尊重し擁護する義務を果たすかを考えるため』と述べた」ことを紹介し、さらに「教育勅語を引用することで『憲法を守っていないのでな』との誤解の声があるため、憲法前文の一部を追加して『丁寧に説明した』と話した」と紹介しています。

この記者会見では、「職員の服務宣誓書」の変更に言及はされていませんが、この発言から言えることは、昨年来問題になっている「教育勅語引用」問題を機に、「憲法を尊重し擁護する義務」を重視したことを表明しなければならないとして「新規採用職員向け研修資料」に憲法前文を加え、その同じ流れの中で,同じ新規採用職員が行なう「服務宣誓書」に「日本国憲法を尊重し、かつ、擁護するとともに」が追加されたことは明白です。

広島市に対しては、市長の記者会見での発言を受けて、どう考えるのかを改めて、問い合わせています。

ところで、今回の「職員の服務宣誓書」の変更では、以前にも指摘したことですが、もう一つの問題が明らかになりました。次回考えてみたいと思います。

いのちとうとし

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2024年4月16日 (火)

「世界情勢の変化」で何故「憲法尊重擁護義務」?

6日のブログ広島市職員の職務宣誓書の文言を何故かえられたのか?: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)の最後に、広島市職員の服務宣誓書が変更された問題で広島市に問い合わせを行なったことを紹介し、回答があり次第、このブログで紹介しますと記載しました。

回答は早くに届いたのですが、回答の中に「その他不明なことなどございましたら、令和3年に当課にお越しいただき、御説明等させていただきました経緯もございますので、この度も、御真意を伺いながら、改めて御説明させていただく機会を頂けますと幸いです。」とありましたので、直接説明を受けてから報告することにしましたので、少し遅くなりました。直接説明を受けたのは、12日です。

まず質問と回答の全文を紹介します。

①改正後の服務宣誓書をお示し下さい。

6日のブログで紹介しましたので省略します。

②今回の改正に当たって、

イ)なぜ、今年改正することになったのでしょうか。その理由を明らかにして下さい。

【回答】この度の改正は、ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、核兵器使用のリスクが懸念されていることや、他の核保有国においても核兵器の近代化や増強が図られていることなど、現下の極めて緊迫した世界情勢を踏まえ、本年4月以降に新たに採用する職員に、「国際平和文化都市」を目指す本市職員としての自覚を促す適切な機会であると考え、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を基本理念とする憲法を尊重し、かつ、擁護することを明記するよう修正することにしたものです。

ロ)今回の改正に当たって、いつどのような協議(会議名、参加者など)が行なわれたのでしょうか。又、最終的にいつこの変更が決定されたのでしょうか。

【回答】令和6年第1回定例会(令和6年2月21日)及び令和6年度予算特別委員会(令和6年3月14日)における答弁を機に、令和6年3月18日に、宣誓書の改正及び令和6年4月1日施行とする決定を行いました。

ハ)これまでの議会答弁との関連はどのようにお考えでしょうか。

【回答】これまでの議会答弁は、改正前の宣誓書には、憲法に掲げる基本理念に基づいて、本市職員が職務に当たる上での心構えを詳細に記載していることから、変更する必要はないとするものでしたが、この度の改正は、現下の極めて緊迫した世界情勢を十分に考慮し、一定の修正を検討する余地があると考え、本市職員に、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を基本理念とする憲法を尊重し、かつ、擁護するという自覚をより一層促すために行ったものです。

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勿論、この回答では、あまりにも不十分ですので、直接説明を受けることにし、12日に市役所に行きました。

主に質すべきは、次の点です。

①改正の理由が,国内情勢や広島市で起きていることではなく「世界情勢の変化」だけ

というのは、とても理解できない。

②これまで説明してきた「国際平和文化都市」には、憲法の理念が込められているとしてきたこととの整合性は?

③何故変更することになったのか、その動機が不明瞭である。

④どのようなか会議を経て、改正内容が決定したかの経過が不明。

⑤そして、これは質問とは直接関わりがありませんが、「服務宣誓書」が任命権者(市長)によって自由に変更が可能となっている広島市条例の不備。

これらの問題についての、広島市の説明を明日以降、紹介したいと思います。

いのちとうとし

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2024年4月15日 (月)

2024年4月のブルーベリー農園その2

農園の周囲のサクラはまだ散らずに咲いている。安芸区の自宅から東広島市豊栄町のブルーベリー農園に通ってブルーベリー栽培を続けている。農作業は昨年12月からブルーベリーの剪定が中心。冬の寒さを乗り越えてブルーベリーの葉が出てきて、花の蕾も次第に膨らみ開花まであと少し。気温は24度くらいに上がる日もあって肩にさす日の光が暑い。

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4月9日(火)

ブルーベリーの剪定を続けている。結局2本だけになってしまったブルーベリーの木。

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4月12日(金)

少し小高い里山のブルーベリー園から見える田んぼにはもう水が張られている場所もある。

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412ブルーベリーの剪定と同時進行で枝を野焼きしている。その煙の中に満開のツバキが咲く。

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4月14日(土)

一番下のブルーベリー畑の剪定が終了。隣の真ん中の段のブルーベリーは剪定していないのでもさもさと枝が広く高く茂っている。

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剪定したブルーベリー畑の地べたには昨秋種をまいたクローバーやレンゲが、4月に入って葉がどんどん伸びてきている。金子みすずの「土と草」でこんな風に詩を書いている。「母さん知らぬ/草の子を、/なん千万の/草の子を、/土はひとりで/育てます。/草があおあお/茂ったら、/土はかくれて/しまうのに。」この詩のとおりクルーバーの周りの土はもう見えない。作者のいう母さんとは土のことだろうか。

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地べたに咲く野の花

①ノボロギクの綿帽子

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②レンゲの花

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③石垣にはキケマン

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④里山にはエビネの花芽から花軸が顔を出す。

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⑤アマガエルも土から出てきた。

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社会福祉法人安芸の郷

理事長 遊川和良

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2024年4月14日 (日)

パレスチナ問題、ドイツでは?

イスラエルによるガザ殲滅軍事行動に抗議する原爆ドーム前のスタンディングがはじまってから昨日でちょうど6ヶ月の節目を迎えましたので、私も午後5時過ぎに行ってきました。

昨日は土曜日ということで、いつもの土曜日がそうですが、ミュージシャンたちを中心に音楽と踊りのパフォーマンスが行なわれました。

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いつも静かにプラカードなどを持ってのスタンディングとは違いますが、それぞれの思いが込められたアピールですので、近くを通る人の表情も少し違うように感じました。小さな子どもが、「がんばって」と声をかけてくれましたので、レベッカさんがタンバリンを持って話しかけました。

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九州から来たという3歳の女の子です。

少し前までは、午後6時を過ぎるともう暗闇という時期がありましたが、今は6時を過ぎてもまだまだ明るさが残っています。

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まだパフォーマンスは続いていましたが、私は、午後6時半過ぎに帰宅しました。

ところで、最近ドイツの友人送ったメールに「ウクライナ問題、ガザへのイスラエルのジェノサイドともいえる攻撃。特にイスラエルの軍事行動については、ドイツでは多様な意見があるやに聞いています。」と書いたところ次のような返信がありました。ドイツの事情を知るよい機会ですので、そのメールを紹介します。

「いやドイツは、ハマスによるイスラエル攻撃以来、まったく変わりました。ちょっとイスラエル批判するだけで反ユダヤ主義者のレッテルを貼られます。昨年10月に国内情報機関の長官の会見で、パレスチナ市民を支援、擁護するデモを行う前提は何かを聞いたのですが、それだけで反ユダヤ主義者になります。アラブ系のメディアでは大喝采されたようですが。

ドイツの戦後処理は何だったのかと疑問に思います。表向きだけで、まったく意識改革がされてこなかったのかと思ってしまいます。大統領からして、当初はドイツの憲法に相当する基本法第一条第一項の人間の尊厳は侵害できないという文章を引用するんですが、それで国是のようにイスラエルを支援するというのですよね。それなら、パレスチナ人の尊厳は無視するのかと聞きたくなります。この人間というのは白人だけで、人種差別を前提にしていると大統領自らが発言したのと変わりません。だから小生はそれ以来、ドイツ大統領は憲法違反を犯しているか、人種差別をしているといっています。

この状況はおかしいと思っているドイツ人もいますが、沈黙するしかありません。そうでないと、反ユダヤ主義者扱いされかねませんからね。」

返信メールで「そうですか、噂には聞いていましたが、ドイツの状況は、大変ですね。しかし、今イスラエルがやっていることは、全く許される行為ではありません。広島ではジェノサイドという言葉も飛び交っています。」と送ったところ、さらに次のような返信が届きました。

「ひどい状況です。過去の歴史からすると、ドイツはイスラエルにもパレスチナにも同じように責任があるはずなんですがね。

イスラエルのことでは、友人のドイツ人ともかなり激しい口論したりしました。今のドイツの状況の背景には、国家主義、人種差別、戦争責任をナチスに押し付けてきた過去などがいろいろ出てきて、複雑に絡んでいるのだと思います。ヨーロッパ社会においても異様です。

それから、国連の人権委員会で2022年に特別報告者がパレスチナに対するイスラエルの行為をアパルトヘイトだと報告しているのをご存知でしたでしょうか。2022年だけで全体で3人報告しています。その後2023年はじめに国連総会でこの問題で国際司法裁判所に調査を依頼する提案が賛成多数で決議されたのですが、イスラエルがこの問題を安全保障理事会に上げ、米国の拒否権で否決されています。

またあの後11月でしたかね、ガザに休暇でいっていたパレスチナ系ドイツ人家族4人がイスラエル軍の攻撃で亡くなっているのですが、ドイツ人が国外でなくなると、ドイツの検察当局がすぐに捜査しなければならないのですが、ずるずる引き伸ばされました。南ドイツ新聞の記者が政府定例記者会で毎回執拗に、この問題で質問していましたが、外務省報道官はいつも逃げ腰でした。」

このメールを読みながら、パレスチナ問題に対するヨーロッパの特にドイツの及び腰の姿勢が見えてくるようですが、やはり考えなければならないことは「命が大切」「命を奪うな」ということを絶対忘れてはならないということです。

いのちとうとし

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2024年4月13日 (土)

中国電力に「島根原発再稼働、上関原発・中間貯蔵施設建設中止を求める」要請書を提出

3月10日に「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催した同実行委員会の代表4名(山田延廣呼びかけ人他3名)が、昨日中国電力本社を訪れ、下記の要請書を手渡し,意見交換を行ないました。中電側の回答・説明は、残念ながら能登半島沖地震後にもかかわらず、従来の「原発は、安定したエネルギー供給に必要なもの」との姿勢を変えるものではありませんでした。。

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要望書を手渡す山田延廣呼びかけ人


島根原発再稼働及び上関原発・中間貯蔵施設建設に対する要請

日頃から、電力供給のためご尽力されていますことに敬意を表します。

東京電力福島第1原発事故の発生から13年目を迎え、私たちは310日に「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催し、改めて日本から原発をなくし自然エネルギーへの転換を進めて行く必要性を確認してきました。

以下、参加者の総意として、貴社に以下の点を要請するとともにその理由を記しますので、ご回答いただきますよう要請いたします。

【要請内容】

1.実行可能な避難計画すらない島根原発2号機の再稼働を行わないこと。

2.島根原発3号機を運転しないこと。

3.上関原発の建設計画を白紙撤回すること。

4.上関町への中間貯蔵施設建設を断念すること。

【理由】

1.福島原発事故が発生してから13年が経過しますが、同原発での廃炉作業は、行程を再三改定せざるを得ず全くめどが立っていません。事故を起こした原発の廃炉作業がいかに困難なものであるかを明白に示しています。多くの人々がいまだ避難生活を余儀なくされるなど、原発事故が与えた人々への影響は計り知れないものがあります。

福島で起きている現実は、原発がいったん重大事故を起こせば、数十年・数百年と世代を超えて人々に苦難を与え続け、一企業が責任を持って処理できるものではないことを教えており、原発の稼働は、人々の安心・安全を脅かす無責任な行為と言わざるをえません。

2.貴社は島根原発2号機を再稼働しようとしています。しかし、事故が発生した際の避難計画はあまりにずさんという他ありません。北陸電力志賀原発では、変圧器やモニタリングポストの故障、想定を上回る基準地震動、複数断層の連動、一部の電源喪失など改めて原発の脆弱性や原発事故時の避難の困難さを明らかにしました。

松江市にある島根原発周辺には、20万人もの人々が暮らしており、原発事故と地震災害という複合災害が発生すれば、道路の寸断や集落の孤立、多くの家屋の倒壊・被災で、屋内退避も避難も困難な状態となり、現在の避難計画では対処できません。この度の能登半島地震によって明らかとなった事実と真剣に向き合い、この教訓を、島根原発2号機再稼働への強い警告と受け止めるべきです。

3.放射性廃棄物の処理も全く不透明です。使用済み核燃料の最終処分については、方法も場所もめどが立っていません。政府は、「核燃料サイクル」にこだわり続けていますが、高速増殖炉計画は破綻し、六ケ所再処理工場も1997年に完成予定であったものがすでに27回も延期されたままです。すでに発生した高レベル放射性廃棄物の処分方法が未だ確定していない中で、さらに新たな放射性廃棄物を作り出すことは許されません。

4.重大事故に発展する可能性のある原発の稼働には、当然、高い企業倫理が求められます。しかし、カルテル事件で707億円もの課徴金納付命令を受けたり、顧客情報の不正閲覧を行っていたことが明らかになるなど、企業倫理には大きな問題があると言わざるをえません。かつて、原発の点検漏れ等の不祥事に際し、「不正をしない意識・正す姿勢」「不正を隠さない仕組み・企業風土づくり」「不正をさせない業務運営」などと述べられていましたが、全く変わっていないことが示されました。こうした信用を裏切る企業に高い倫理性が求められる原発の稼働を任せることなど到底容認できません。

以上の理由からして、今貴社に求められていることは、原子力発電からの撤退です。原子力規制委員会も認めているように「原発に絶対の安全」はなく、事故を防ぐためには、原子力発電所を稼働させないこと以外にありません。

政府の姿勢に唯々諾々と追随することなく、今こそ原子力発電からの撤退で、失われた信頼を取り戻す第一歩とすべきです。

以 上


集会以降、要請書の提出が1ヶ月以上遅くなったのは、中国電力の対応に問題があったためですので、この要請書とともに「対応の改善を求める」要望書も提出しました。

いのちとうとし

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2024年4月12日 (金)

「イペの花の下の被爆者」在ブラジル原爆被爆者協会資料展―その2

7日のブログ(「イペの花の下の被爆者」在ブラジル原爆被爆者協会資料展: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)のつづきです。

資料展の中で最も重要な資料は、1988年秋に在ブラジル被爆者協会が、南米各地に散らばる被爆者に届けた「在南米被爆者調査」の調査結果報告です。

当時、ブラジル、ボリビア、アルゼンチン、パラグアイ、ペルーの南米5国の被爆者188名に対し協力を求めて調査用紙が送付されました。

この調査用紙には、「この調査書は、被爆者の支援のための大事な資料とする」と記した後、在ブラジル被爆者協会の理事長だった森田隆さんは、以下のように記しています。

「日本では今、大国となり世界各国ヘの借款、難民救済、その他に多額の援助をしておりますが、海外に居住する被爆者は、国内の被爆者とも差別され医療手当もありません。

現在南米諸国は最悪の経済事情下に有り、日本から巡回医師団が派遣され、要治療の被爆者が居ても、日本に帰国治療することは勿論,移住国内での医療費にも事欠くような状態です。」

広島の在南米被爆者への健診事業が開始されたのは1985年から(北米は、1977年に健診事業が開始された)ですが、この健診事業では、被爆者の医療への不安を解消することはできないということを森田さんの言葉は示しているといえます。

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この調査用紙で私が興味を持ったのは、調査項目です。全部で35の設問がありますが、次のように9つのカテゴリーに分類されています。

①基本情報

②被爆当時の健康被害

③被爆当時の体験と家族の被害

④その後健康と生活への影響

⑤家族への被害(昭和21年以降の死没者)

⑥現在の健康と生活の状況

⑦被爆者としての苦しみと生き方

⑧核兵器廃絶と援護法制定

⑨被爆者・被爆二世のこと、海外移住

特に私が注目したのは「⑧核兵器廃絶と援護法制定」の項目です。ここには次のような文章が付け加えられています。「日本は戦後、国策である国民の海外移住を再開し、多くの人々を南米に送り出しました。広島、長崎での被爆者には、被爆の日から健康に多くの問題がありましたが、移住した被爆者のほとんどは、役所で被爆者であるかどうか確認されないまま、移住を許可されました。」

援護の対象から置き去りにされた海外移住被爆者の無念の思いが伝わります。「核兵器廃絶」の問題を問いかけられていることに1980年代の核廃絶世論の高まりが反映されたものではと感ずるのは私だけでしょうか。

以下に若干の調査概要を紹介します。

1989年3月までに返送された回答は139名で、約75%の回答率です。被爆地は、広島62%、長崎38%。被爆者健康手帳の所持しているのは32%です。当然のことですが、何らかの被爆者手当を受給している人は0です。「どれも受けていない」と回答した131人の内、受けていない事情で一番多いのは、「手当のことを知らなかった 43」「申請が認められなかった 30」の二つです。当時の在外被爆者(特に在南米被爆者)に対する援護の状況がよく分かります。

この手当の問題が、在外被爆者にも認められるようになるまでには、この時から14年の時間を要することになります。

この資料展を見ながら、長い間放置された在外被爆者への援護の実態に対し改めて責任を感ずることになりました。

この資料展は、5月17日まで開催されていますので、会場で資料と向き合い、在外被爆者が置かれていた実態に目を向けて欲しいと思います。

いのちとうとし

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2024年4月11日 (木)

県原水禁、アメリカ・ティム・ウォルバーグ下院議員充てに発言撤回の要請書を送付

広島県原水禁は昨日、日米のマスコミで報道されたアメリカのティム・ウォルバーグ下院議員の「ガザでの惨状について、広島・長崎を例示して『長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせる。ウクライナも同じようにするべき。』との趣旨の発言』に対し,代表委員3名の連名で、下記の「発言の撤回を求める」書簡をFAXで送付しました。送付に先立ち行なった記者会見やこの書簡の趣旨などについては、ヒロシマの心を世界にを見て下さい。

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拝啓  ティム・ウォルバーグ下院議員殿

私たちは、1954年に発足した広島の平和団体です。それ以来70年にわたって広島・長崎の被爆者の声を代弁し、彼らの生命・生活を守る運動、そして核兵器のない平和な世界実現のための運動を続けてきました。

最近、日米のマスコミ報道で、貴殿が325日に、ガザでの惨状について、広島・長崎を例示して「長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせる。ウクライナも同じようにするべき。」との趣旨の発言をされたことを知りました。

また、Xへの投稿では、核兵器を使用すべきだと言ったのではなく、戦争が早く終るほど、戦渦に巻き込まれる罪のない人々の命が救われる、という趣旨だったとの説明もされています。そして、「広島・長崎」はそのためのメタファーとしての意味しか持たないとも付け加えられています。

[イスラエルがハマスをできるだけ早く排除すべきこと、ガザへの人道支援には反対であると貴殿が主張されていることも理解しています。ただし、その点については、この書簡での問題提起とは別件ですので、切り離して論じます。]

私たちは、こうした報道を次のように受け止めました。

貴殿の一連の発言の趣旨は、「広島・長崎の歴史から分るように、ガザやウクライナでの戦闘を早く終結させることにより、罪のない人たちが巻き込まれ、生命を失うことを避けられるので、そうすべきである。」

後半の「ガザやウクライナでの戦闘を早く終結させることにより、罪のない人たちが巻き込まれ、生命を失うことを避けられる。」には賛成します。ただし前半については、もし貴殿が「広島・長崎」を「戦争を早く終結させる」ことのメタファーとして使われたのであれば、次のような事実から注意を喚起したいと考え、この書簡を認めています。

 (1)米戦略爆撃調査団は、1946年の報告書において、原爆の投下がなくても、ソ連の参戦がなくても、米軍の日本上陸作戦がなくても、日本は11月初めには降伏していたであろうことを結論付けている。[*1]

 (2)歴史学者Gregg Herken教授は、仮に米軍の日本侵攻があったとしても、US Joint War Plans Committeeによる米軍の死者数予測は約4万人であると述べている。[*2]

 (3)同じく歴史学者Martin Sherwinは、原爆投下は戦争終結を早めたのではなく、遅らせたことを指摘している。[*3]

 (4)1945年12月末までに、広島・長崎の原爆で亡くなった被爆者の数は約20万人である。[*4]

 (5)「生存者が死者を羨む」という言葉が示す如く、被爆者は、1945年以降長期にわたり放射線被害、その他の直接的原爆被害や精神的な被害を被り、苦しんできた。[*4]

これらの事実から、「広島・長崎」を、戦争の早期終結のメタファーとして、またその結果としての多くの罪のない命の救済のメタファーとして使うことは、誠に不適切であり、撤回を求めます。また、原爆投下の結果起きた、非業の苦しみと人間的悲惨さに対する貴殿の無知と無神経さを残念に思います。

貴殿が、真に罪のない人たちが戦争に巻き込まれることを避けたいと願っているのであれば、一度、広島・長崎を訪れ、被爆者との対話を通して、戦争に巻き込まれた罪のない人たちの心からの願いに耳を傾けられることをお勧めします。

Sources:

[*1]  Shigesawa, Atusko.” The U. S. Strategic Bombing Survey’s Early-Surrender Conclusion and the Debate over the Atomic Bombings of Hiroshima and Nagasaki.” Hiroshima Journal of International Studies, Volume 19, 2023

(https://hiroshima-cu.repo.nii.ac.jp/record/124/files/HJIS19-1.pdf, viewed on April 4,2024)

[*2]  Herken, Gregg. “Five myths about the atomic bomb” The Washington Post, July 31, 2015, (https://www.washingtonpost.com/opinions/five-myths-about-the-atomic-bomb/2015/07/31/32dbc15c-3620-11e5-b673-1df005a0fb28_story.html, viewed on April 4, 2024)

[*3]  Sherwin, Martin. “Interview.” The Chugoku Shimbun, 1995.  Also a personal communication to one of the authors in 1995.

[*4]  Hibakusha. Wikiwand. (https://www.wikiwand.com/en/Hibakusha, viewed on April 4. 2024)

いのちとうとし

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2024年4月10日 (水)

二つの「中川家兄弟」

ひとつめの「中川家兄弟」は、お笑いコンビの中川家兄弟です。

兄は剛(つよし)で弟は礼二(れいじ)の1歳違いで、兄の剛がボケ役、礼二がツッコミ役をやっている、今や全国的に知られているお笑いコンビです。

漫才のネタは兄の剛さんが主導しているそうですが、事前のネタ合わせはあまりやらないで、最後の落ちのところは決めているとホームページに書いてありました。

もうひとつの方は、兄は賢剛(けんごう)さん63歳、弟は2歳年下の智彦(ともひこ)さんです。

兄の賢剛さんは昨年6月、前任の社長がカルテル事件の責任を取って辞任し、中国電力社長に就任しました。弟の智彦さんは、今年6月に広島ガスの社長に就任することが決まっています。賢剛さんは東大工学部卒、智彦さんは広大工学部大学院を卒業しています。

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兄・中国電力社長中川賢剛さん        弟・広島ガス社長中川智彦さん

 

広島ガスは今年1月から、家庭用のお客に「グリーン電力」の販売を始めました。ただし対象者は、広島ガスグループのガスを利用している人としています。広島ガスのホームページによると、大手電力会社(中国電力のような会社)のグリーン電力は㌗アワーあたり3円をプラスしているが、広島ガスのグリーン電力は、3円プラスしないで「お届けします」と宣伝しています。

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電力、ガスというインフラ企業のトップを、兄弟で占めるというのはとても珍しいことです。もともと中国電力は広島ガスに社外取締役を送るなど、仲が良い関係ではありますが。

関東や中部、関西、九州は電力自由化によって、ガス系会社の新電力会社と、これまでの大手電力会社との販売競争は厳しくなりました。電力事業の自由化の方が1年早く始まり、ガスの自由化は1年遅れました。今はどちらも自由化されていますから、中国電力もガス供給事業を行っています。

賢剛、智彦兄弟の個人的な関係が、良いか悪いかは知るよしもありませんが、とても興味のあることです。中国電力の人に「兄弟で電力とガスのトップというのは面白いですね。仲良しだろうけど」と話したら、「兄弟イクオール仲良しとは限らない」とクールに、とても意味深なことを言われました。

私は中国電力も広島ガスの株式を、少しですが持っています。株主として感じる両社の違いは、広島ガスはどちらかといえば株主を大事にします。株主優待をしっかりやっています。中国電力には株主優待はありません。そして広島ガスは地元の広島県を大事にしていると言えます。株主優待の商品も、広島県産の特産品です。そして広島ガスの株価は安く、購入しやすいと思います。中電は、「3・11」以前に比べると株価は大きく下がりましたが、それでも広島ガスよりも高値です。

どちらの会社が好きか?と訊ねられれば、ガスの方だと答えるところですが、これからの兄弟社長の関係を興味深く見ていきたいと思っています。

木原省治

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2024年4月 9日 (火)

ガザ虐殺開始から半年

昨年10月7日、イスラエルがガザへの軍事侵攻を開始し,イスラエル軍によるパレスチナの人々への虐殺がはじまって、ちょうど半年となる4月7日、ガザ虐殺に抗議する行動が、原爆ドーム前を中心に実施されました。

行動を呼びかけたのは、昨年10月13日以来、原爆ドーム前でスタンディングのアピール行動を続けている「広島パレスチナともしび連帯共同体」です。この団体は、「共同体」と名が付いているごとく,原爆ドーム前で行動を共にする市民の集まりです。

行動開始となる午後4時に原爆ドーム前に行くと、いつもスタンディングを行なう場所に「GAZA!」の文字が縫い付けられた横断幕が、広げられています。

文字が完全に縫い付けられていなかったのでしょうか,I女性会議のメンバーが針を手に縫い付け作業をしています。

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通りかかった人が、呼びかけに応えて横断幕の余白にメッセージを書き込みます。

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外国人観光客が何人も参加してくれます。

「FREE PALESTINE」「FREE GAZA」「命」「子どもの命を守れ」「戦争を止めて」等など、それぞれの思いを込めたメッセージが書き込まれました。

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2枚目の横断幕の文字は「FREE」です。

午後5時半過ぎまで、メッセージの書き込みが続き、たくさんのメッセージが書き込まれて横断幕2枚を持って、元安橋に移動します。

元安橋下流側欄干から、2枚の横断幕を吊り下げます。

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元安橋の平和公園寄りに吊り下げたのは、バックに原爆ドームが写るようにとの位置決めです。「FREE GAZA!」の大きなバナーが、メッセージを書き込んでくれた人々の思いとともに広がりました。

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「FREE PALESTINE」「FREE GAZA」等のシュプレヒコールを行ない、午後6時にこの行動は終了しました。

多くの人が写真に収めてくれましたので、様々SNSを通じて、ガザの人々にも広島の思いが伝わったはずです。

ガザ地区の保健当局は6日、イスラエルによるがガザへのジェノサイド攻撃によってこれまでに3万3137人が死亡し、7万5815人がケガをしたと発表しています。もうこれ以上の大切な命が奪われてはなりません。

即時の停戦を改めて強く求めます。

いのちとうとし

[お願い]7日のブログで、今日は「南米5カ国原爆被爆者実態調査」について紹介するとしていましたが、この報告は日を改めて掲載します。
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2024年4月 8日 (月)

2024年4月のブルーベリー農園その1

春が深まったのか気温が15度以上の日が続きサクラの花があちこちで見られるようになった。野の花も農園に行くたびに咲く種類が増えたり、満開状態になったりと目の保養になっている。アマガエルも外に出てきたし、キジも元気に鳴いている。東広島市豊栄町のブルーベリー農園に安芸区の自宅から通ってブルーベリーの剪定を続けている。里道の草刈りも始まった。

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4月2日(火)

農園について車を降りたらブーンという音が聞こえた。見るとクマバチだった。早速スズメバチの捕獲機を2か所にかけた。中身は砂糖たっぷりの甘い酢で穀物酢とブルーベリー酢。

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4月4日(木)

畑のブルーベリーの剪定を続けているが、太い枝を切ってみると真ん中が枯れかかっているものもある。これも枝の更新の目的の一つ。

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4月5日(金)

ブルーベリーの剪定した枝の野焼きは細いを先に焼いていく。

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4月6日(土)

農園のサクラ(右)とシデコブシ(左)。

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近くの農家に鯉のぼりが上がり、手前の田んぼでは代掻きが始まっている。

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ブルーベリー畑の春の野の花のお目見え。

①カキオドシ(4月5日)

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②ムラサキゴケ(46日)

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③カラスノエンドウ(左)とキジノムシロ(右)

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④草の緑の中のツクシ(4月6日)

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⑤スイセンが満開(46日)

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4月6日(土)

4月下旬から5月の連休には農園の周囲の田植えが行われる。最初の代掻きのあと水をため出した田んぼもある。

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社会福祉法人安芸の郷

理事長 遊川和良

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2024年4月 7日 (日)

「イペの花の下の被爆者」在ブラジル原爆被爆者協会資料展

3月15日から5月17日までを会期に広島大学医学部医学資料館で、2023年度広島大学原爆放射線医科学研究所(以下「原医研」資料展「イペの花の下の被爆者 広島県医師会に寄贈されたザイバルジル原爆被爆者協会資料の紹介」が開催されています。

在ブラジル原爆被爆者協会から広島県医師会に寄贈された資料の展示は、昨年8月に広島医師会館で行なわれ、その様子は昨年8月26日のブログ「在ブラジル原爆被爆者協会資料」特別展: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)で紹介しましたが、その時は資料のごく一部の展示でした。

今回の展示は、まとまった形での展示と中国新聞に報じられましたので、改めて行ってきました。

会場に着くと、今回の展示会のタイトルは「イペの花の下の被爆者」となっています。「イペとは?」と思ったのですが、会場に置かれた資料に次のように説明文が付けられていました。

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「写真の花が『イペ』です。『コガネノウゼン』とも呼ばれます。いくつかの色の花を持つイペの、特に黄色の花はブラジルの国花です。この花は『ブラジルの桜』とも呼ばれ、ブラジルに渡った日本人の励ましとなったそうです。」

会場は、広大医学部医学資料館の2階です。1階の受付で名簿に記載し、2階に上がります。2階は、医学関係の展示がたくさん並んでいますが、真ん中ほどに「在ブラジル原爆被爆者協会の資料」が展示されています。

昨年の広島県医師会より広いスペースがとられています。広島県医師会での展示との大きな違いは、在ブラジル被爆者協会の活動の様子から展示が始まっていることです。スタートは、「南米在住ヒバクシャ 魂の叫び」(2014年発刊)に掲載された渡辺淳子さん(2歳被爆)の体験記の全文です。このコーナーを進むと、「402号通達と在外被爆者の訴訟」の展示もあります。その中の次の一文が目にとまります。「2001年の集団訴訟。原告となった在外被爆者の心持ちである。在外の地、日々共に暮らす大多数ではないコミュニティのなかで、母国に裁判を起こすことは重大だ。足並みも最初から揃うわけではない。立ち上がること、運動を続けること、理解を広げていくことを担う覚悟を思う」

この文章は、誰が書かれたものかは分かりませんが、当時の在外被爆者裁判を取り組んでいた頃のことを思い出しながら読みました。

1988年にブラジル相互協会、ブラジル被爆者協会、在白長崎県人会、在白広島県人会が協力して長崎の平和公園に贈った「祈平和」と刻んだ碑の取り組みを伝えるブラジル相互協会の1989年3月①日付「会報」の現物(森田隆さんの姿も映っている)や、医師団派遣に対する「お礼状」なども展示されています。

寄贈された資料の紹介の中で一番スペースを割いて展示されていたのは、1988年に行なわれた「南米5カ国原爆被爆者実態調査」です。

昨年県医師会館でみたときには、表紙だけしか見ることができませんでしたが、今回の展示では、原医研がまとめたと思われる分析も同時に展示されています。興味深い項目もありますので、この内容については、次回(9日)紹介します。

いのちとうとし

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2024年4月 6日 (土)

広島市職員の職務宣誓書の文言を何故かえられたのか?

2日の昼過ぎ、私の携帯に次のようなショートメールが届きました。

「おはようございます。今朝の広島市辞令交付宣誓に憲法擁護を入れた記事では、市長の専権で内容を変えたと思われます。職員研修で教育勅語を引用するための免罪符とする意図があるのかとも思われます。どう思われますか?」

これに対し外出中でしたので、「この記事、まだ読んでいませんので、読んだ後連絡します。」と返信しました。

帰宅して中国新聞を開くと「新人職員誇りと気概胸に 県と広島市、辞令交付」の見出しで書かれた記事に「市は本年度の新規採用職員の宣誓書に1982年度を最後になくなった『憲法の尊重と擁護』を掲げた文言を復活させた。近年の国際情勢を踏まえ、職員の憲法順守の重要性が増すと判断したという。代表して読み上げた法務課の青山航さん(23)は『大学で学んだ法律を活かしたい』話した。」と書かれていました。

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広島市職員の服務宣誓書の問題については、2021年11月19日広島市「職員の服務に関する宣誓書」-その1: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)で取上げて以来、同月28日、29日、12月3日の4回、このブログでも取上げてきましたので、この新聞記事は、非常に興味深い内容です。

記事では、「憲法の尊重と擁護」の文言が復活したことは書かれていますが、正確にはどのように変更されたのかが分かりませんので、広島市人事課に問い合わせました。その結果。従来の宣誓書に、下線部分が追加されたことがわかりました。

「私は、国際平和文化都市をめざす広島市の職員として、日本国憲法を尊重し、かつ擁護するとともに、その職務が広島市民全体から信託された公務であることを深く自覚し、市民のために、市民の立場に立ってその職務に積極的に取り組み、広島市職員としての誇りを持って市民福祉の向上に全力を尽くすことを誓います。」

もちろん、この文言が入ったことに反対するものではありませんが、2021年の9月議会では、「『国際平和文化都市』まちづくりの最高目標を都市像として掲げている。そこには当然憲法の理念というものが込められている」のだから「日本国憲法の尊重かつ擁護の文言は必要ない」(詳しくは、広島市「職員の服務に関する宣誓書」-その2: 新・ヒロシマの心を世界に (cocolog-nifty.com)を読んでください)と繰り返し主張していた広島市が,何故今年になってこの文言を追加したのか不思議です。

記事では、その理由を「近年の国際情勢を踏まえて」としていますが、この理由はあまりにも希薄で納得できるようなものではありません。公務員が日本国憲法を尊重擁護しなければならないのは、憲法99条に明記された「公務員の憲法の尊重擁護の義務」によるのであって、国際情勢に左右されるようなものではありません。

これでは、今年広島市職員の服務宣誓書を変更した理由を説明したことにはなりませんので、広島市人事課に電話をした後正確を期すためメールで次のような質問を送りました。


①改正後の服務宣誓書をお示し下さい。

②今回の改正に当たって、

 ア)なぜ、今年改正することになったのでしょうか。その理由を明らかにして下さい。

 イ)今回の改正に当たって、いつどのような協議(会議名、参加者など)が行なわれたのでしょうか。又、最終的にいつこの変更が決定されたのでしょうか。

 ウ)これまでの議会答弁との関連はどのようにお考えでしょうか。

とりあえず、ショートメールを送っていただいたKさんには、以上のような経過を報告しましたが、どんな回答(①は、電話で確認済)があるか楽しみです。回答が届き次第その内容を紹介したいと思います。

余談ですが、記者発表もされていないのに、今回の変更に記者のみなさんがどうして気づいたのかです。率直に言って、当日職員の一人が読み上げたのを聞いただけで「内容が変更された」ことに気づいたとは思えません。2021年の9月議会の質疑が、新聞記事になった記憶は全くないのですから,そんなに関心があったとは私には思えないからです。きっと広島市は記者発表せず、何となく情報を流していたのではないかと想像できます。もちろん議会にも諮らずにですから、姑息としかいいようがありません。

この問題は、広島市の回答を待って、もう少し深く検証していきたいと思います。

いのちとうとし

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2024年4月 5日 (金)

ヒロシマとベトナム(その57) ~南シナ海をめぐる動向-1~

 フィリピンとベトナム、激化する中国との「衝突」

3月5日の夕方、NHKが「南シナ海のセカンド・トーマス礁にある軍の拠点に交代の兵員と補給物資を運んでいたフィリピン沿岸警備隊の巡視船と運搬船が中国海警局などの船に囲まれ妨害を受けた。このうち一隻の運搬船が中国海警局の船に衝突されたあと放水銃を発射され、乗組員4名が軽い怪我をした。」と報道しました。そして、フィリピン政府の「中国側の違法な操船が人命を危険にさらし、実際にケガ人が出ている」との非難に対し、中国海警局は、「(フィリピンは)中国の仁愛礁の海域に侵入し、中国海警局の船にわざとぶつかった」と反発していると報じました。

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(いずれもNHKニュースより)

3月15日、日本語ベトナム情報サイト『VIETJO』が、「チュオンサ諸島海戦から36年、戦死者の名を冠した道路が誕生」という見出しで、クアンビン省バードン町の人民委員会が1988年3月14日に南シナ海で中国軍との海戦で戦死した烈士チャン・バン・フオさん(当時23歳)を称え、フオさんの実家からチュオンサ諸島を臨む海岸までの全長1kmを「チャンバンフオ通り」と命名し記念式典を開いたと報じました。

この海戦は当時ベトナムが統治していた南沙諸島のジョンソン南礁(ベトナム名ガクマ礁)を中国軍が攻撃し、ベトナム艦艇2隻が沈没、1隻が大破し、ベトナム兵64名が戦死した軍事衝突です。以降、中国は海面すれすれの岩礁に木造小屋を建て、赤瓜礁(チーグゥァジァオ)との中国名をもって領有権を主張。今では巨大な人工島が建設され、飛行場や港湾施設を備える軍事基地と化しているといわれている海域です。

ところで、皆さんは「“チュオンサ諸島”って南シナ海のどこ?」と思われる方も多いでしょう。英名でスプラトリー諸島、中国名で南沙諸島と呼ばれ、ベトナムではチュオンサ諸島と呼んでいます。主な島9島と15の礁のほか大小200以上の島礁からなる海域です。それぞれの呼び名からも、この海域の持つ複雑な状況が分かりますが、このシリーズを書き進めるに当たっては、私たちに耳慣れた南沙諸島とします。

6カ国が領有権を主張する世界でもホットな海域

下の地図をご覧ください。3月5日に中国海警局の艦船がフィリピン沿岸警備隊の補給船に衝突・放水した場所はAのセカンド・トーマス礁です。36年前、中国海軍がベトナム軍を攻撃したのが、セカンド・トーマス礁の西170km余りにあるB地点・ジョンソン南礁(ベトナム名:ガクマ環礁)です。

2つの報道は直近に起きたフィリピンと中国「衝突」と36年前に起きたベトナムと中国の「衝突」に関するものですが、いずれも南シナ海で現在繰り広げられている中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの6カ国による領有権争いの象徴的な「衝突」です。それぞれの主張する領有権を地図上に示しました。

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(資料をもとに筆者作成)

このように南シナ海の領有権をめぐってエスカレートする対立・衝突の歴史的背景はどこにあるのか。何の権益をめぐって争われているのか。また私たち日本はどう関わっているのかなど、次回から順次見てゆきたいと思いますが、簡単に記しておきます。

第一に、この海域がインド洋と太平洋をつなぐ世界でも主要な海上交通路の一つであること。第二に、豊かな漁場であり、大量の石油・天然ガスなどの埋蔵が推測されていること。したがって、第三に周辺国にとって国益と安全保障上の重要海域であること、第四に、ウクライナ戦争や中台問題、中国の海洋進出などを背景に南シナ海が米欧日vs中露朝という構図のホットな海域になりつつあることです。

次号では南シナ海におけるベトナムと中国の関係を見ることにします。

(2024年4月5日、あかたつ)

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2024年4月 4日 (木)

4月の「3の日行動」

戦争させない・9条壊すな! ヒロシマ総がかり行動実行委員会は、昨日午後5時半から本通り青山前で4月の「3の日行動」を実施ました。

朝からの雨が降り続く中での街宣となりましたので、いつもより屋根のある本通側に少しだけ場所を移して、約1時間マイクを持って訴えました。

雨天ということで、全くメモをとっていませんので、演説のテーマと訴えた人を紹介します。

・冒頭スピーチ                     ヒロシマ総がかり共同代表

・日鉄跡地を購入する海上自衛隊呉基地強化に反対しよう       呉総がかり行動

・岸田首相の就任祝いパーティーを刑事告発しよう   河井疑惑をただす会

・松井市長によるヒロシマの変質は許せない      教科書ネットひろしま

・島根原発の再稼働を止めよう             ヒロシマ総がかり世話人

・ガザの虐殺を止めよう 餓死する子どもを救おう      広島パレスチナともしび連帯共同体

・まとめスピーチ                     ヒロシマ総がかり世話人

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私も最後のスピーカーとして次のようなことを訴えました。

「政治と金の問題。岸田首相は、安倍派の幹部から事情を聞いたのであれば、その内容をきちんと国民の前に明らかにすべきだ。なんの説明もないまま、自民党の処分で終わらせてはならない。安倍派幹部の政治倫理審査会での無責任な姿勢は、どこからはじまったのか。忘れてはならないのは、加計学園問題に象徴される説明責任を果たそうとしない安倍元首相の政治姿勢そのものがその根源。今の政治の無責任さは、そこからスタートしていることを思い出して欲しい。その安倍元首相が、強行したのが憲法違反の『戦争法』。戦争法こそが今起こっている戦争への道ヘと進む政治の姿。戦闘機の輸出、民間空港・港湾の自衛隊使用。184カ所が対象となる土地利用規制法による区域指定。多国間の軍事共同演習の実施。ここ数週間のニュースを見ただけでもこれだけのことが起きている。こうしたことにもっと関心を持たなければ、そんなはずではないと思っている今の平和な生活が崩れ、本当に戦争への道を突き進むことになる。そんな日本をつくらせないために、わたしたちの訴えに耳を傾け一緒に考えて欲しいと、こうして毎月3日にこの場所から訴えている。主権者である私たちが関心を持つことが、こんな無責任な政治を変えることになる。」

雨の中でしたが、30人が行動を共にしました。

いのちとうとし

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2024年4月 3日 (水)

第一回ひろしまブックフェスタ

ヒロシマゲートパーク(旧広島市民球場)の大屋根広場を会場に3月29日から4月7日までの会期で、「第一回ひろしまブックフェスタ」が開催されています。

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「ひろしまブックフェスタ」のホームページには、その趣旨が次のように書かれています。「新刊書店、古書店、出版社、取次など、普段はそれぞれ違う場所で本と関わる私たちが、一年に一度集まり、本との出合いを求める方々と楽しい時間を共有したい、今回の企画はそんな思いからスタートしました。私たちとご来場いただくみなさまとで創り出す、新しい形の本の祭典。本を通して、人と人とがつながる場所『広島ブックフェス』へぜひお越しください」

この企画を呼びかけたのは、ジュンク堂書店広島駅前店店長の三浦明子さん。その呼びかけに応えて、古書店,新刊書店、出版社など23店舗が、この「第一回ひろしまブックフェスタ」に出店しています。

活字離れが言われる今、本に携わる人たちがどんな景色をつくっているのだろうとの期待を込めて私も初日の3月29日に行ってきました。その一部を紹介します。

新刊店の中には、昨年12月2日に安佐南区西原にNEW OPENしたばかりの「Lounge B books」(ラウンジビーブックス)のコーナーもあります。

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置かれていたチラシには「『談話室』をコンセプトにした小さな本屋です。書籍(新刊、古本)や雑貨の販売だけでなく読書会や作品展示などのイベントをやっていく予定です。」

こんな新しい感覚の小さなお店がいくつか出店しています。なかなか出会うことのないお店ですので、これだけでも出かけてみる価値があります。

意外だったのは「ブックオフ」のコーナーがあったことです。今回は、古書店としてではなく新刊書店としての出店です。古書価格の有り様を変えたといわれる「ブックオフ」が、古書店と一緒の出店しているのも「ひろしまブックフェスタ」ならではの光景といえます。

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ジュンク堂書店の三浦さんの呼びかけだったからこそ実現したのだと思います。

そのジュンク堂の三浦さんのコーナーには「みうらの棚」と店名が付けられています。ぬいぐるみも展示されていますが、よく見ると奇妙な貼り紙が目に入ります。

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左側には「ジュンク堂書店 お引越し」右には「2024/4/6 Renewal open」と書かれています。この企画が相談されている頃には予想もされていなかったようですが、ちょうどこの期間と重なる形で、広島市の中央図書館移転に伴ってのジュンク堂書店のエールエール館内の移転作業が行なわれることになったようです。

関西の小さな出版社5社のコーナーも並んでいます。

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がんばっているなとエールを送りたいと思います。

私もいつものように、古書店に並ぶ本の中から珍しい本を見つけたいとの思いで初日に行ったのですが、見つけられた本は、1冊だけでした。

予想以上に多くの人が立ち寄っていましたが、その中には通りすがりに覗いたと思われる外国人旅行者の姿もありました。

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立ち止まるのは、浮世絵などが展示されているコーナーです。

通常の古書店にはない何か面白い出会いがあるはずです。会期は、7日までですので、天気の良い日、足を運んでみるのも楽しいと思います。

心配なのは、「一日中雨」という今日の天気です。本にとっては、火とともに雨も一番の天敵です。大屋根広場といっても屋根は高い位置にありますので、本が雨に濡れないかちょっと心配です。

いのちとうとし

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2024年4月 2日 (火)

第36回「1の日行動」ミャンマ-を忘れないで!

毎月実施され今月で36回目となる「ミャンマーの市民の声を聞く会」が呼びかける「『1の日行動』ミャンマーを忘れないで!」が、昨日午後3時から本通り「青山」前で実施されました。私もメールでの呼びかけを思い出し久しぶりに参加しました。

2021年2月1日に国軍による軍事クーデーが起こって3年2ヶ月が過ぎました。当初は、マスコミでもそれなりに報道されてきましたが,その後起こったロシアによるウクライナへの軍事侵略、そしてイスラエルによるガザ地区におけるパレスチナへのジェノサイドといってよい軍事侵攻がによって、現在はミャンマー現地の様子を伝える報道はほとんど皆無といって良い状況です。こうした状況ですので、毎月1の日に粘り強く続けられ今月で36回も続けられているこの行動は、大きな意味を持っていると思います。

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昨日の行動では、子どもたちの関心が強く、何人かがカンパ箱にお小遣いを入れてくれ姿が目に付きました。そして横断幕を持っていた私に声をかけてくれた高校2先生の男子生徒は、私の話を理解してくれたのか『私も一緒の横断幕を持っても良いですか』と約20分あまり行動を共にしてくれました。

この行動の中心メンバーである小武正教さんは、6月議会を中心に地方議会に向けて取り組みが進んでいる「日本政府にミャンマー軍の徴兵制に対し、在留ミャンマー人、ならびに日本への避難を希望する若者たちの安全確保を求める意見書の提出を求める陳情書」への協力を呼びかけました。

その背景は、次のような事情があります。

昨年10月以降、民主派や少数民族武装勢力の攻勢によって、ミャンマー国軍は拠点を失い、投降者も相次ぎ、戦力が大幅に減少していると言われています。深刻化する兵員の不足を補うため、ミャンマーの国営メディアによれば,ミャンマー国軍は、徴兵制を実施し、4月20日から毎月5000名を招集すると伝えています。そのことは、多くの若者を犠牲にするばかりでなく、民主主義を希求する国民同士を殺し合わせることになります。しかも、その対象は、外国に留学している若者、日本に在留する技能実習生や留学生たちもその例外ではないのです。

そうした背景の中で、議会への陳情の動きが起こっているのです。陳情の内容は次の4つです。

1.本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置を今後も継続すること。

2.ミャンマー本国は、多くの若者が国外避難を始めており、その数は増加が予想される。日本政府は、ウクライナ難民と同様に、ミャンマー難民についても積極的に受け入れること。

3.日本政府として外交的影響力を最大限に行使し、国連やASEANをはじめとした国際社会と連携して、ミャンマー軍が実施した徴兵制を中止するようミャンマー軍に対して働きかけること。

4.ミャンマーの若者の将来を援助するような留学(日本もしくは海外)などの奨学金プログラムを設けること。

小武さんたちは、陳情者を募っています。協力できる人は小武さん(odake@orangeocnnejp)に連絡してください。

久しぶりの「『1の日行動』ミャンマ-を忘れないで!」への参加でしたが、私自身が、ミャンマーのことを少し置き去りにしていたことを反省させられた昨日の行動でした。

いのちとうとし

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2024年4月 1日 (月)

ようやく見頃となった普門寺のシダレザクラ

春はやはり桜の花です。

毎年多くの人が訪れる普門寺(中区大手町3-5-3)のシダレザクラがようやく見頃となりました。

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毎年楽しみにしている桜ですので、今年も門前を通るたびに覗いてみてきました。3月15日には、ピンク色少しのぞき花芽が膨らんだかなという様子でした。

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ようやく何輪かの花が咲いているのを見つけたのは、3月18日でした。

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この日、普門寺の奥さんに出合い話していると「昨日5輪以上の花が開きましたので、かってに開花宣言をしました」とのことでした。今年は、私が訪れた一日前の3月17日に開花したようです。

それから満開はいつだろうと気になりますので、前を通るたびに覗いてみたのですが、なかなか開花が進みませんでした。

マスコミが連日「今日は?」と開花宣言のことを報道していましたが、のびのびとなっていた時期です。

天気予報士の南さんの話では、「中四国地方は、ソメイヨシノは開花宣言から満開になるまで8日ぐらいかかります」と紹介していました。普門寺の桜は、シダレザクラですのでソメイヨシノと同じではないと思いますが、3月下旬の寒さのため、今年は開花宣言から11日以上たってようやく満開を迎えました。

門越しに覗いて、ピンク色に染まったなと感じたのが、29日の朝でした。

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この日から急に気温が上がり、一気に開花が進みました。30日にほぼ同じ場所から写真です。

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一気に開花が進んでことがわかります。もう少し並べてみます。

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 「今年もきれいに咲きましたね」そんな声が飛び交う普門寺の境内でした。

いのちとうとし

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