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2023年11月29日 (水)

広島市主催「被爆建物めぐり2023」―広島高等学校講堂

「被爆建物めぐり2023」の最後は、広島高等学校講堂(広島大学付属中・高等学校講堂)です。

広島陸軍被服支廠からは約1キロ、団体で歩きましたので、15分ぐらいかかり、広島大学付属中・高等学の正門に着くと、日曜日でしたが学校の職員の方が待っておられます。個人で見学しようと思えば、事前(10日前)に連絡しなければならないようですが、今回は広島市の主催の行事でしたので、学校側が準備していただいたのだと思います。

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被爆建物の講堂は、正門の正面に位置しています。爆心地からの距離は、2.69kmです。

講堂前で、山下さんの説明を受けた後、「自由に見学してください」と学校側から許可が出ましたので、それぞれ思い思いに講堂の中に入り見学をしました。

玄関には装飾が施されています。

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タイル張りの講堂の入り口には、竣工時を示す数字「2587」が、描かれています。竣工は、1927年(昭和2年)ですので、この数字は「皇紀」の年数です。

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当時の時代状況をあらわしています。このタイルを踏んで、中に入ります。二階から写した講堂の内部です。

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 並んでいる椅子は、新しくなっていますので、現在も使われていることがわかります。左右の柱は、最近塗り替えられてそうです。竣工時の写真には、天井にはシャンディリアがあったようですが、今はLEDに代っています。

いろいろと改修されていますが、それでもはっと思うような建築当時の装飾がいたるところに残っています。

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 爆心地から2.5km以上離れていますので、鉄筋コンクリート造りだった講堂(他に図書館、化学教室も鉄筋コンクリート造り)は、被爆の影響を見ることはできませんが、古典様式を取り入れた建築物として貴重なもののような気がします。もちろん木造造りだった校舎本館や雨天体操場などは、全壊、半壊、大破などの被害を受けたことが、広島原爆戦災史に記載されていますが、その中に講堂は書かれていませんので、ほとんど無傷だったようです。

広島原爆戦災史には、広島高等学校も即死者は、教職員4人、生徒約24人の即死者を出たと書かれていますが、いずれも動員先での被爆です。当時学校には、教員2人、生徒約60人がおり、被爆時朝礼が行われていたようですが、即死者や重傷者はいなかったようです。

広島高等学校講堂の見学を最後に今年の「「被爆建物めぐり2023」は終わりになったのですが、帰宅しようと正門に向かうと、左手に気になるものが目に入りました。

正門の横(正門入って右)に建つ「原爆死没者および戦没者 慰霊碑」です。

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最下段に刻まれた「アカシア会」は、広島大学付属中・高等学校の同窓会の名前ですが、気になるのは、碑の上段に刻まれている「原爆死没者および戦没者」の文字です。戦没者の文字が刻まれている慰霊碑は、きちんと調べなければなりませんが、少ないのではないかと思うからです。裏に回ると、建立年月日が「平成17年4月17日」と刻まれています。平成17年は西暦2005年ですが、広島大学付属中・高等学校の前身でである広島高等学校が創立されて100周年という節目の年ではありますが、被爆から言えば60周年という時期です。なぜこんなに遅く建立されたのか、こちらも気になります。

いつか、遅くなった理由を調べてみたいと思っています。

いのちとうとし

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