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« 第16回中国人受難者を追悼し、平和と友好を祈念する集い | トップページ | ベトナムの歴史(その29-1) »

2023年10月19日 (木)

平和大通りに新しい碑が建立されます。

散歩コースの一つとなっている平和大通りの白神社前交差点の東南角(白神社の向かい側)で、白い塀を目にしました。数日前までは、アイビーの大きな葉っぱが生い茂っていた場所です。

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ちょうど、平和大通りのドルミネーションの準備が始まる時期でしたので、その作業の一つかなと思ったのですが、今まで塀で囲って作業をした様子は見たことがありませんでしたので、塀に何か表示されているのではないかと近づいていました。

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A4サイズの紙が2枚貼ってあります。道路使用専用許可書の道路使用の目的には「(仮称)月丘夢路記念碑建立計画に伴う仮囲いの設置」と書かれていますので、ここに月丘夢路さんの記念碑が建立されるのだということがわかりました。

それにしても、「なぜ月丘さんの記念碑?」と疑問がわきます。その時、頭に浮かんだのは「そうか、月丘さんは、日教組が製作し1953年に公開された映画『ひろしま』の出演されていたから」ということでした。

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たしか月丘さんは、「生徒を引率し、市内の建物疎開西行に当たっているときに被爆し、生き残った生徒たちを安全な場所に避難させようとして川に入り、生徒ともに力尽きる先生の役だった」ということを思い出したのです。

帰宅後ネットで調べると月丘さんは、広島市大手町生まれだということもわかりました。しかし、それぐらいの理由で平和大通りへの記念碑建立が許可されるのだろうかと疑問に思いましたので、詳しいことを知りたいと思い広島市に行きました。

道路専用使用の許可を出すのは、広島市役所中区維持管理課ですが、月丘さんの業績についてチェックしたのは、文化振興課ということでした。

月丘夢路記念碑建立の申請者は、「井上月丘映画財団」です。同財団は、「映画監督井上梅次とその妻であり女優である月丘夢路が、自分たちを育ててくれた日本の映画・演劇界の発展と普及のために役に立ちたいという願いのもとにこの財団を設立」(ホームページより)された組織です。

広島市の説明によれば、碑建立に当たって「井上月丘映画財団」からは次のような理由が挙げられているようです。

  • 広島市の出身でゆかりがある
  • 原爆を題材にした映画「ひろしま」や「長崎の鐘」に出演している
  • 原爆孤児の支援(チャリティーの集いを開催し、益金を広島市に寄付・自らも精神親となって支援など)に尽力した

ことなどです。

何となく納得ですが、原爆孤児の支援が気になりますので、中国新聞社が発行した「年表ヒロシマ核時代50年の記録」を引っ張りだし、自分なりに調べたところ、次のようなことがわかりました。

映画「ひろしま」が初めて上映された1953年7月31日と8月1日の二日間、同じ女優であった妹の千秋さんとともに広島児童文化会館で「原爆孤児援助の集い」を開催し、その益金計13万8,940円を広島市に寄付しています。広島市は、その寄付などを基にして翌年1954年11月に「原爆孤児奨学金制度」を発足させています。さらに「原爆孤児援助の集い」を行った2日後の8月3日には、月丘さんは妹さんとともに広島市原爆戦災孤児育成所の子どもの精神親となり、その子どもが高校卒業後も支援を続けていたようです。

そんな月丘さんの行為を評価して記念碑建立が許可されたようです。

記念碑の除幕式がいつかは聞いていませんが、道路使用許可は、11月4日までとなっていますので、それ以降に除幕式が行われるのではないかと思われます。

いのちとうとし

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コメント

昭和28年の14万円の寄付ですか。現在だと、幾らになりますか。うちが当時、17坪の増築で30万円でした。 一般の人は生活で手一杯だったと思います。14万円が、おいそれと出せる金額とは思いません。当時、サラリーマンが月収10000円あったでしょうか。立派な行いだと、思います。

匿名希望さん
コメントありがとうございます。
現在のお金でどれぐらいかは、はっきりとわかりませんが、この寄付が後の広島市の「原爆孤児奨学金制度」につながったのですから、すごいですよね。
この他にもシャンソン歌手の石井好子さんが、同じようにリサイタルを開き、140万円を集め、「石井好子奨学金」をつくっておられます。こちらは、森滝市郎先生たちがつくられた「こどもを守る会」に寄付されてようです。
この様子も近々ブログで紹介したいと思います。

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