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2023年9月12日 (火)

森滝市郎先生と加納莞蕾―番外編

93日の「森滝市郎先生と加納莞蕾―つづきのつづきのつづき」の最後に、次のように書きました。「後日談です。私の仲介で、森滝春子さんと加納加世子さんとの電話連絡が再開し、近々再会されることになりました。嬉しい連絡です」と。

8日の午後、森滝家で「森滝春子さんと加納加世子さん夫妻」の対面が実現しました。「再会」と書きましたが、私の勘違いで、今回が初めての出会いでした。

春子さんは森滝先生の思いを、加納加世子さんは加納莞蕾さんの思いをそれぞれ受け継いで活動する二人の出会い(加納加世子さんの表現)です。

翌日に加納加世子さんから届いてメールには次のように書かれていました。

「父莞蕾の考えていたこと、その行動の確かめができました。尊敬する森滝先生とも信頼関係を確かに持っていたことを知り、うれしい限りでした。春子さんのお体のことも心配でご無理があっては・・・と、思っていましたのになんとも長い時間お邪魔をしてしまいました。たくさんのお話ができ、当時の確かめもでき、よかったです。」

私も同席させていただいたのですが、本当に貴重な時間でした。

私は、二人が会われる予定時刻の少し前に森滝家を訪れました。それは、1956年11月3日の布部村訪問のことが、森滝先生の日記にどう書かれているか確かめたかったからです。

きちんと書かれています。布部村訪問に関わる部分の日記の写しです。

Photo_20230911152901

11月1日(木) 布部行き支度。

2日(金) 安子とともに島根県布部村へ。中国山脈越えのところ紅葉美し。三成駅下車。氏出迎え。バス。そろばん、砂鉄。布部村市場に夕方つく。歓迎茶話会。夜「生きていてよかった」「中国の曲芸」

3日(土) 安子は松江へ。布部村平和五宣言宣言式。午後記念講演。夜座談会。村の有志と懇談晩さん。

4日(日) 午前役場階上で「村つくり懇談会」昼食には、加納氏及び足立議長と。村を辞し、大山に向ふ。富田城趾の山。清水寺。夕方、大山寺部落、山の家に泊まる。

   5日(月) 安子と大山頂上(1715米)にのぼる。壮大な紅葉。夕方米子市で安子と夕食。レストラン白菊で。夜ちどりにのる。

日記によれば、布部村の滞在は、3日間ですが、毎日精力的に活動されたことがうかがえます。

加納加世子さんが、森滝家に到着され春子さんとのあいさつが終わったところで、「布部村への訪問、森滝先生の日記にきちんと書かれていますよ」と日記をお見せしました。

20230908_135951

森滝日記を前にして

その時の思いを加納加世子さんは「最初森瀧市郎先生のあの日記にであえたことは、感激でした。」とメールに記されていました。

この日記を見るなり、加納加世子さんが、たくさんの沢山の資料の中から少し茶色くなったガリ版刷りのチラシを取り出されました。そのチラシには、「文化の日に村民に贈る布部村平和宣言記念の講演討議と映画の夕べ」とタイトルが付けられ、この3日間の意義と11月2日から4日にかけての日程が記されています。森滝先生の日記には、このチラシに書かれた日程通りの行動が記されていますので、加納さんが感激されるのも納得です。

森滝先生の日記に書かれていた「夜『生きていてよかった』『中国の曲芸』」の意味もこのチラシを見れば、よく理解できるので紹介したいのですが、少し長くなりますので、つづきは明日にします。

いのちとうとし

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