「名目」と「実質」、趣旨と乖離した技能実習制度
1993年に「技能実習(人材育成)を通した技術移転(国際貢献)」を目的に始まった技能実習制度は30年経ました。「技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(技能実習法第3条)とする崇高な目的は、当初から人手不足に悩む産業界からの強い要請で作られた制度だけに名目化し、実質的には低廉で豊富な労働力を受け入れる制度として続いてきました。
2017年には賃金や時間外手当の不払い、暴力をはじめとする人権侵害、増え続ける失踪や自殺などの社会問題化を背景に法改正が行われました。「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護 に関する法律(技能実習法)」という改正法の名称に、技能実習制度が抱える深刻な問題がうかがえます。
改正の大まかなポイントは、①制度の理念に基づく実習計画の認定、および管理団体の許可制。②人権侵害行為などの違反規定と罰則規定を設ける。③技能実習生からの相談対応や情報提供などによる技能実習生の保護に努める。④これらを従来の国際研修協力機構(JITCO)に替わる外国人技能実習機構(OTIT)を創設し権限を持って当たる。⑤不適切な送出し機関を排除するため、相手国政府との間で順次、取り決めを作成する。⑥産業界からの強い要請だった研修期間の延長に関しては、優良な実習実施者・管理団体には4~5年目の技能実習を認める、というものでした。
さらに2019年には深刻な人手不足を背景に入管法が改正され、在留資格に「国内人材を確保することが困難な状況にある産業分野において、一定の専門性・技能を有する外国人を受け入れる」ことを可能にする「特定技能」が新たに加えられました。
技能実習制度の仕組み(出典:法務省入国管理局)
「名目」(国際貢献)を捨て、「実質」(労働力確保)へ舵を切る
法改正以降、技能実習制度の適正化と実習生の保護が図られ、深刻な実態の改善は進んだのでしょうか。前2回のシリーズでも触れましたが、一向に改善は進まず、むしろ技能実習生の実態も人手不足に悩む(特に中小零細)事業者もその深刻さは増してきました。
そうした中、昨年12月に「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」(有識者会議)が設置され、今年4月に、「技能実習制度を廃止すべき」とした「新たな制度のたたき台(中間報告)」が出されました。見直しの柱は、これまでの「人材育成による国際貢献」、したがって、「労働力の調整弁としてはならない」という従来の趣旨を大きく転換し、「技能実習制度を廃止した上で、国内産業にとって人材確保の制度として再出発を」という端的な意見を含め、労働力確保を前面に押し出した「新たな制度」をというものになっています。
確かに技能実習生として日本を目指す多くの(その殆どと言っても良い)若者の目的は、私の知る限りにおいても「お金を稼ぎ家族に送る」、「子どもや兄弟姉妹の学資のため」、「お金を貯めて家を建てる」、「店を開く」などを挙げます。次に多いのは「日本語を勉強して帰国後は日本語活かした仕事をしたい」という人たちです。
日本での技能実習が母国での技術移転として活かされていない実態は、帰国した技能実習生のフォローアップ調査を見ると歴然としています。下のグラフは「Jinzai Plus」(2023年2月4日)からお借りしました。
ベトナムでは元実習生の26.7%しか就職しておらず、そのうち研修と同じもしくは同じ分野の仕事をしている人が約半数で、帰国した元実習生全体では僅か13%でしかありません。
その意味では、現在の「技術移転のための技能実習」という名目上の主旨から転職できず、自分に合わない仕事、暴力や賃金不払などの不法・不当な扱いから逃れられないという実態からは解放される可能性はあります。
出典:JICA「ベトナム国産業人材育成分野における情報収集・確認調査最終報告書」2022年5月)
しかし、「国際労働市場において、需給ギャップは発生するもので、これを乗り越えるためには送出し機関や管理団体などが担っている機能は必須」(「中間報告」)にあるように、非営利をうたいながら「現代版口入業」と言える送出し機関と受入れ機関(管理組合)を前提とした「新たな制度」の下で、果たして問題は解決されるのでしょうか。
確かに、「技能実習制度を廃止」し「人材確保の制度」を新たに作れば、の「国際貢献」という名目と実質的には「労働力の調整弁」という乖離(矛盾)はなくなるでしょう。しかし、それで今日的な問題の根本的な解決につながるとは到底考えられません。むしろ、さらに大きな歪みと問題を生むのではないかとの危惧を禁じ得ません。
「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」
「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」
これは戦後のスイスを代表する作家、マックス・フリッシュが述べた言葉です。1965年にアレキザンダー J. ジーラー著の『私たちはイタリア人だ—スイスのイタリア人労働者との対話』に寄せた序文に綴られたものです。
いま日本で、60年も前のヨーロッパで起きた「移民問題」と同じような事態が起きています。
次号からマックス・フリッシュの言葉を教訓としながら、技能実習制度の現状と課題、有識者会議の「中間報告」とそれに対する懸念・危惧、そして私たちが考えなければならないことを書き進めたいと思います。
(2023年9月5日、あかたつ)
[お願い]
この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
最近のコメント