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2023年8月14日 (月)

泉美術館「広島の記憶」

6月17日から西区商工センターの泉美術館で始まった「広島の記憶」展に行ってきました。熱心に見学する多くの来館者の姿がありました。

この展覧会の思いは、私が駄文で紹介するより、チラシの文章を紹介することの方がよくわかると思います。

Photo_20230812204601

「未来に伝えてほしい歴史があります」

チラシ表面にこう書かれています。

裏面には「伝えられなかったヒロシマ」のタイトルで、次のように書かれています。

Photo_20230812204701

「本展は『戦前の広島』と『占領下のヒロシマ』の2つの視点から、その歴史を考察していきます。

『戦前の広島』では、原爆により多くの記録資料は消失。奇跡的に残った資料から、軍都へと向かう戦前の広島を振り返ります。『占領下のヒロシマ』では、連合国軍の統治下にあった日本で、原爆の被害を伝えることができずプレスコードという言論統制のなか、主権が回復するまで公表できなかった事実を検証していきます。多くの写真や記事は検閲を受け、没収、廃棄されました。いま目にすることができるのは、記録者たちが守った命がけの記録なのです。

被爆当日の記録、松重美人の写真、福井芳郎のスケッチ。変わり果てた故郷を記録し続けた佐々木雄一郎。木村伊兵衛、菊池俊吉、大木実らの『LIVING HIROSHIMA』の記録。吉田初三郎が描いた『廣島原爆八連図』。被爆12年後に初めて広島を訪れ、いまだ残る原爆症の恐怖を伝えるべく撮影に挑んだ土門拳。中国新聞の報道記事や、海外報道からはキノコ雲の下の惨状を初めて伝えたジョン・ハーシーの報道記事、米国国立公文書館所蔵の目標検討委員会資料など。これらの貴重な記録を、国内外の視点から検証していきます。

その刻まれた記憶が、未来を生きる子どもたちの『平和への道標』となるために」

この展覧会では、図録が発行されています。遠くにいて、すぐには展覧会に来ることができない人が、送られてきた図録を受け取っての感想です。

「話はうかがっていましたが、現物を手にして驚きました。

まるで人類の歴史に永遠に残る『ヒロシマ』を集大成したような素晴らしい図録ですね。それも過不足ない重要な事象がコンパクトにまとめられていて、まるで『被爆前の広島』と『被爆後の広島』が再現されているようです。こうした図録が地方の一美術館によってつくられたとは驚きです。多くの方々の協力があったからでしょう。

出来れば、全国の主要な図書館に配布して、多くの国民に見てもらいたいですね。それには金がかかりますから無理だとは思いますが。」

この感想から、この展覧会の意味、規模を想像してください。

これだけの資料を集めるのには、どれだけの苦労があったのだろうか?想像も付かないほどの資料の数々です。

「広島の記憶」展は、今月27日まで開催されています。私たち(友人と私の家族との4人で行きました)もそうでしたが、少しゆっくり見ると、1時間半以上かかります。

いのちとうとし

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