府中地区の7月「19日行動」と「反核平和の火リレー」到着式
府中地区:7月の「19日行動」リレートークとスタンディング
【場所と参加人数】
今日は出かけるときは晴れ、行く途中は大雨、上下は晴れて、府中は雨のち晴れと雨が降ったりやんだりでした。
上下Aコープ前 午後3時30分から7人、府中天満屋店前5時から12人、いずれも30分の行動でした。
上下Aコープ前
【リレートーク】
Aさん 広島で行われた5月のG7サミットは、核抑止論を肯定し核兵器の廃絶の方向を示しませんでした。世界中の人が被爆地ヒロシマで行われるからにはとG7に期待していたのに裏切られました。今日の新聞に、「被爆者6団体の代表が広島市長と面会し、原爆の日に読み上げる平和宣言に、核抑止体制からの脱却や核兵器禁止条約への参加を日本政府に訴えるよう要請した」と載っていました。どんなに困難でもどちらにも物が言える専守防衛の国であらねばなりません。
Bさん 先の戦争のことが忘れられようとしています。2回目になりますがお話します。78年前に上下駅であったことです。全国の地方都市が空襲にあっていたとき広島市だけが空襲がありませんでした。そこで軍部は必ず広島市に空襲があるだろうと建物疎開を行う部隊をつくらせました。こちらでは本部を上下に置き、甲奴と神石の名前をとって甲神(こうじん)部隊が300名で結成されました。自分の祖父も部隊に入っていました。年は42歳で、「40を過ぎているから徴兵はないだろう」と思っていたそうです。8月3日に300名が上下駅を出発してその日に広島市に入り、4日、5日と作業して、8月6日をむかえたそうです。祖父は大やけどの状況で三次の陸軍病院へ入り17日になくなりました。他の300名の方も上下駅へ帰ることはなくほとんどなくなられました。平和憲法はこうした戦争の反省から、二度と戦争をしないという国民の決意です。戦争するための法律安保法制は許せません。
府中天満屋前
Cさん 2021年に発効した核兵器禁止条約を署名・批准している国は92か国ですが日本は批准していません。オブザーバー参加もしていません。ほんと核兵器をなくさないと地球はなくなってしまいます。7月の世論調査でも「東京電力福島原発の処理水海洋投棄は説明不十分が8割に上っている」と報道されています。原発の処理水の海洋投棄でも旧統一教会の問題でも自民党はあいまいにしようとしています。あいまいにさせないよう反対の声をあげましょう。
Dさん 袴田さんの冤罪事件で検察は控訴をしました。ただただ検察のメンツだけの控訴です。狭山裁判の石川さんしかり冤罪事件を長引かせる検察は許せません。
Eさん 今日も車の中から手を振って頂きました。「僕たち子どもの未来をかえしてください」という高校生の声もありました。安保法制は違憲状態です。平和を守っていくために戦争の準備をしてはいけません。平和の準備をすべきです。今日もこの場を利用させていただき私たちの思いを訴えさせていただきありがとうございました。これからもよろしく願いいたします。とお礼をのべて終わりました。
その後、6月8日の祝島島民の会裁判傍聴報告、7月9日に行われた戦争法廃止尾道総がかり行動実行委員会主催の連続憲法講座の報告、三原市の産廃処分場問題で控訴した広島県知事に抗議ハガキを送ることなどを相談し終わりました。
小川敏男
【反核平和の火リレー到着式】
7月3日の午前8時15分に平和公園慰霊碑前をスタートした反核平和の火リレーは、県内を一周し昨日午後6時に10人のランナーによって平和公園慰霊碑前に無事に帰ってきました。
途中悪天候のため、一部区間を短縮せざるを得なかったようですが、県内23全市町を走り継ぎ、間違いなく大きな平和の火を灯してきました。
到着式では、実行委員会新田康博実行委員長が、走破報告を行いトーチの灯火が消灯されました。
来月4日から始まる被爆78周年原水爆禁止世界大会広島大会にこの運動の成果を引き継がなければならないと決意しました。
いのちとうとし
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コメント
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19日行動ご苦労さまです。広島ビジョンは本当にひどいものですね。はっきり言いますと核兵器禁止条約に背を向けるG7首脳に期待すること自体が誤りだったと思います。しかしここまでひどいとは。核抑止論を正当化することをヒロシマで言うとは・・・。岸田さんには広島出身の首相とは言ってほしくないですね。
投稿: ブロッホ | 2023年7月23日 (日) 06時48分
ブロッホさん
その通りです。
外務省の言いなりの「広島ビジョン」ですね。
核抑止論は、核保有を前提とした考え方ですから、絶対に受け入れることは出来ません。核が存在する限り、核使用の危険が続くのです。
ロシアの核使用威嚇発言から学ぶべきは、そのことだったはずです。
投稿: いのちとうとし | 2023年7月25日 (火) 14時47分