ヒロシマとベトナム(その49) 「ベトナム象、広島を歩く」エピローグ4 ~日越外交秘話~
豊臣秀吉に送られたベトナム書簡
「安南国副都堂福義侯阮粛書」九州国立博物館
これは九州博物館が2013年4月15日に「最古の安南国書簡」と発表した「安南国副都堂福義侯阮粛書簡」です。京都市内の古書店で見つかった文書を九州博物館が買い取ったもので、ベトナムから日本に届いた最古の書簡ということから、2018年に国の重要文化財に指定されました。
日付は「光興十四年閏三月二十一日」となっています。「光興」は15世紀から18世紀にかけて現在のハノイを都にしていた黎(レイ)王朝の元号で、日本では天正19年4月21日(西暦1591年5月13日)に当たります。ベトナム象(享保の象)が来る137年前の豊臣秀吉の時代、鮮出兵の前年、千利休が切腹した年です。
当時のベトナムは「ヒロシマとベトナム」(その47)で紹介したように現在のハノイを都とする黎(レイ)朝が衰退し、台頭した軍司令官・莫登庸(マク・ダン・ズン)とベトナム北部の覇を争い、同じく有力な家臣の阮(グエン)氏が中部に独立しつつあった独立王朝時代後期、内乱時代に入った頃です。
日本は「天下布武」を目前に倒れた織田信長の後継者として躍り出た豊臣秀吉が天下を治め、長く続いた戦国時代が終わろうとしていた頃です。ちなみに戦国時代は応仁の乱が始まった1467年から大坂夏の陣で豊臣家が滅ぶ1615年までの約150年間とされています。
差出人の「安南国天下統兵都元帥瑞国公」とは、黎(レイ)王朝の家臣でありながら、ベトナム中部のフエを中心に勢力を固め、なかば独立国としての「広南(クアンナム)国」を樹立した阮潢(グエン・ホアン)とされています。
詐欺師の海商と日本人僧が取り結んだ「書簡」
上の囲みは「安南国副都堂福義侯阮粛書簡」の文面です。(文中の二重線は筆者)
少し長いですが、蓮田隆志氏と米谷均氏による『近世日越通交の黎明』から訳文を見てみましょう。
「安南國の副都堂•福義侯である玩某が、謹んで日本国国王座下に書を送ります。『信は 国の宝であり、誠は(その君主が)備えるべきものだ』 と申します。先年、陳梁山という者が我が国に来たので会ったところ、「(日本)国王は強くて力のある象を好む。」と言いました。(手元に)象が一頭いるので、陳梁山に預けて(彼を)国王の元へ帰そうとしましたが、乗船が小さくて載せることができませんでした。(そこで)上質の香木二本、雨油諦一本、象牙一本、上等の貯(絹織物)二匹が有ったので、 国王に差し上げて、それによってよしみを結ぼうとしました。次の年、隆巌という者がまた我が国にやってきて『陳梁山や(彼に預けた)財物は見たことがない。』と言います。ここに雨油蓋が一本あるので、もう一度国王に贈って信義(の証し)とします。 もし国王が我が国の珍奇な品物をお気に召したならば、重ねてもう一度隆巌を遣わして、上等の剣二振りと上等な鎧一揃いを持たせて、(我が国に)来航して(わたくし)玩にお送り下さい。珍奇な品々を買って国王にお返しし、これによって両国が往来し通信するよしみを通じたいと思います。ここに書す。光興十四年閏三月二十一日。」
訳文で意味はお解りいただけたと思いますが、問題は陳梁山と隆巌です。蓮田氏らによると「陳梁山は華人 ・ ベトナム人双方の可能性があるが決め手はなく、 南シナ海を往来する海商と考えられる。当時、日本には日本国王を名乗ったものはおらず、(日本国王というのは)陳梁山のでっち上げた架空の存在であろう」と分析しています。
隆厳は「僧侶であっても不思議ではなく、日明貿易や日琉貿易に僧侶が果たした役割などから、日本人僧の可能性もある」としています。
得体の知れない詐欺師の海商・陳梁山に欺された福義侯。しかも、欺されたとも知らず、日本の国王との誼を何としても結びたいという思いがたぎる福義侯の書簡に、当時のベトナムの時代を感じます。
詐欺師・陳梁山と日本人僧・隆厳が取り結んだ日越最古の書簡に、やがて徳川家康によって始まる朱印船貿易の曙を感じます。歴史とは面白いものですね。
昨年から14回にわたって続けた「ベトナム象広島を歩く」シリーズ、これをもちまして「完」とします。
(2023年7月5日、あかたつ)
[お願い]
この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
« 第42回反核平和の火リレー出発式と「3の日行動」 | トップページ | 広島県原水禁、「平和宣言」で広島市に申入れ »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- ヒロシマとベトナム(その53-3) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-3~ (2023.12.06)
- ヒロシマとベトナム(その53-2) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-2~ (2023.12.05)
- ヒロシマとベトナム(その53-1) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-1~ (2023.12.04)
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- ヒロシマとベトナム(その53-3) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-3~ (2023.12.06)
- ヒロシマとベトナム(その53-2) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-2~ (2023.12.05)
- ヒロシマとベトナム(その53-1) ~日越外交関係樹立50周年記念訪問―その2-1~ (2023.12.04)
- パレスチナ・イスラエル問題へのつぶやき(2023.12.03)
« 第42回反核平和の火リレー出発式と「3の日行動」 | トップページ | 広島県原水禁、「平和宣言」で広島市に申入れ »
コメント