広島の気象百年誌
9日のブログ「柳田邦男著『空白の天気図』からー黒い雨」を書いた後、「そういえば昔、広島地方気象台が発行した『広島の気象百年誌』を購入した」ことを思い出し、倉庫を探しました。
「広島の気象百年誌」では、宇田さんたちの調査の様子がではどう書かれているのか気になったからです。
この本は、広島地方気象台が、前身である県営の広島測候所が、明治12年(1879)1月1日に創立されてから100年という大きな節目を記念して創立105年となる1984年に発刊されたものです。
「発刊に当たって」には、「自然現象を相手にして長い間営々として築き上げてきたこの道は必ずしも平坦なものではなく、とくに広島の場合におきましては自然災害の脅威とは異質な世界的に例のない原爆被災地として、古今未曾有の大試練にさらされながら課せられた職務を遂行して、今日に継承された当時の関係者の方々に敬意を表したいと思います。」「一世紀にわたる観測成果や地域に関わりの深い気象知識等をコンパクトにまとめたもの」と書かれています。
その内容のほとんどは、この間の気象観測から得られた広島県の気象傾向や災害状況などが書かれています。
資料編にもっとも多くのページが割かれ、月平均の気温や月平均の湿度など、たゆまぬ観測結果の集積が編集されています。興味を引かれるのは、1897年1月1日以降100年分の日々の天気を、月ごとに見開き1ページにまとめて記号(○、●など)で表記した「毎年の日々の天気」です。その記号を解説に従って読み取ると、観測が始まった明治12年(1879)1月1日の天気は、「平均雲量が、1.5以上8.4以下の日」となっています。平均雲量とは、1日4回測った値の平均値と言うのだそうですが、気象庁は、現在2未満が快晴、8以上を曇天としているようですので、この日は、「晴れ」と言うことになるのでしょうか。
ちなみに1945年8月6日は、1897年1月1日と同じマークになっています。
私が、この「広島の気象百年誌」が探し出してきたのは、原爆時のことがどう書かれているか知りたかったからですので、関係する箇所を探しました。
「発刊に当たって」以外に「沿革編」では、次のように記載されています。
「昭和20年(8月6日) 原子爆弾のため職員中に死傷者出て、庁舎・測器等も甚大な破損を受けたが、職員の努力により一般観測だけは継続する。
(9月17日)枕崎台風により、原子爆弾による破壊に更に追打ちがかかり深刻な打撃を受ける。」
そして最後の「付録」編に「原爆被爆時の広島の気象」として「風の変異」と「降雨と発雷」という小見出しが在り、「降雨と発雷」の項には、に次のように記述されています。短い文章ですので、全文紹介します。
「この爆撃と火災に随伴して激しい夕立のような驟雨が広島市北西方地域に起こり、雷鳴も伴った。以前に都市焼夷弾爆撃に伴う特異驟雨を発生したが、今回のは実に猛烈で、降雨域は長径29km、短径15kmの長卵形をなして爆心地(相生橋南東100m位、倒壊物、破壊状況、焦痕より判定)付近より発して遠く西方山間域に及んでおり、1時間乃至それ以上も継続した激しい降雨域は長径19km、短径11kmの楕円形乃至長卵形を示している。
雨水は爆心地から上昇した黒塵灰に一部爆発物の空中に飛散した残片を加えた塵を含有するため、墨汁のように黒かった。この雨水中の泥分を検査すると(高須)、2ヶ月後で爆心地から数倍する高放射能を有することが判明した。(理研調査班佐々木、宮崎両氏の測定教示による)。即ちこの爆発による高放射能微粒子が上空中を浮遊し南東気流に運ばれ行くうち連続的に豪雨に洗滌され(1~2時間の洗滌により黒雨は白雨に変わった)落下したのであろう。(気象庁100年史より抜粋)」
そこには「雨域及び飛散物の分布」のタイトルが付いた下図が添付されています。
ここには、宇田さんたち気象台員が、懸命にこの雨域を調査したことは、書かれておらず、「黒い雨」という言葉も登場しません。
本論は、気象観測状況をまとめるために編集されていますので、やむを得ないことではありますが、もう少し詳細な記述があっても良かったのではないかと思いました。
いのちとうとし
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