ベトナムの歴史(その25-1) 抗仏闘争を戦った日本兵-2
抗仏闘争が生んだ“ベトミン”
今号では、元日本兵が抗仏戦争に加わった1945年8月15日の日本敗戦から1946年にかけた時期の、ホー・チ・ミンに指導されたベトナム独立同盟(ベトミン軍)について見てゆきたいと思います。
フランス時代のグエン・アイ・クロック(ホー・チ・ミン)
その前に、ベトナム人民の抗仏闘争を思い起こしながら1945~46年当時を思い描いていただくために、ざっくりとした年表を記します。
1802年 グェン・フック・アイン(阮福映)が、中部フエを都にベトナムで初めての統一国であり、ベトナム最後の王朝・阮(グエン)朝を建国
1847年 フランス艦隊がダナン港を砲撃、ベトナム侵略を開始
1858年 仏越戦争、フランス人宣教師殺害を口実にナポレオン2世がスペインと共同でベトナム出兵。
サイゴン(現ホーチミン市)占領
1862年 コーチシナ(ベトナム南部)東部3省とサイゴンをフランスに割譲
1867年 コーチシナ(ベトナム南部)西部占領、フランスによるコーチシナ全域の支配完了
1873年 フランス海軍がハノイを攻撃、占領
1874年 在郷の儒教知識人層が主導したフランス支配に対する蜂起(文紳の乱)
1883年 フランス、北部のトンキンと中部のアンナンを保護領とする
1885年 ハギム帝(咸宜帝)蜂起、攘夷勤王運動。1888年に鎮圧、ハギム帝逮捕・アルジェリアに配流
1887年 フランス領インドシナ連邦成立(ベトナム、ラオス、カンボジア)、阮朝をフエに存続させながら、ハノイにインドシナ総督府を置く
1894年 日清戦争(日本の勝利)
1904年 日露戦争(日本の勝利)
1905年 ファン・ボイ・チャウのトンズー(東遊)運動、抗仏闘争を担う若者を育成するため日本に送る(~1909年)
1930年 3月、ホー・チ・ミンが香港でベトナム共産党結成。10月、インドシナ共産党に改称
元日本兵がベトミン軍に加わった時期は、主に点線内の時期です。
長くフランス支配と戦ってきたベトナム人民は愛国と民族独立への思いを募らせ、1941年5月19日にベトミン(ベトナム独立同盟)を結成します。昨年10月から「抗仏闘争シリーズ」を書き進めるうちに、ベトミンの生みの親は、愛国と民族独立への思いをたぎらせるベトナム人民そのものだと思うようになりました。それは、中国による1000年の支配、それ以降の900年間も絶えることのなかった侵略に抗する、実に長きにわたる戦いによって育まれたベトナム民衆の愛国と不屈の闘志を母に生まれたのだと思います。
同時に、以前にも述べましたが、勤王攘夷運動としての抗仏闘争やファン・ボイ・チャウの「トンズー運動」の失敗と限界から学び、しなやか(・・・・)でしたたか(・・・・)さを会得したのだと思います。
そのベトミンの性格について、谷川栄彦氏は『太平洋戦争中の東南アジア抗日運動』で次の様に書かれています。「その主導権を握ったのは、戦前から労働者、農民を指導して反帝国主義・反フランス闘争を続けてきたインドシナ共産党ですが、ベトミンは決して共産党だけの組織ではなく、ベトナム国民党、ベトナム革命同盟、ベトナム民主党など労働者、農民、民族ブルジョアジー、小ブルジョア層および彼らの利益を代表する諸政党、団体を網羅したところの反ファシズム一大統一戦線であった。」と。
(2023年6月19日、あかたつ)
【編集者】「ベトナムの歴史」は、毎月20日に掲載していましたが、今回の原稿は、少し長いものでしたので、あかたつさんの了解を得ましたので、一日早い今日と明日の2回に分けて掲載します。
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