「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」
ミャンマー国軍が、軍事クーデターによって実権を握ってからちょうど2年となる2月1日、「ミャンマー市民の訴えを聞く会」が主催する「ミャンマー犠牲者追悼・平和への祈り 集い」が、約30人が参加し原爆ドーム前で開催されました。
この集いを企画した「ミャンマー市民の訴えを聞く会」は、先月「「ミャンマー(ビルマ)の今を知る写真展―ミャンマーを忘れないで」を開催しています。
私もこの呼びかけに応えて参加しました。
午後3時からの「集い」は、ミャンマー出身の広島市立大生ナインさんの司会でスタートしました。
最初に主催者を代表して「ミャンマー市民の訴えを聞く会」の小武正教さんが、「ミャンマーの軍事政権の犠牲者を追悼し、市民が平等で民主的に暮らせるように声を上げましょう」とあいさつ。
まず仏教式の追悼が行われました。
経文が唱えられた後、小武さんによる「表白」(ひょうびゃく)がありました。「表白」とは、法要の目的を述べることのようです。今のミャンマーの状況がよくわかりますので、小武さんの「表白」を引用します。
「本日は、2021年2月1日、ミャンマー軍が起こしたクーデターから今日で丸2年となります。この間、不条理にも軍によって命を奪われたミャンマー市民の人たちは毎日増え続けています。『政治犯支援協会』によれば1月31日時点で2,940人。またこれ以外にもミャンマー軍の爆撃、攻撃によって7,000人を超す市民や少数民族の人たちの命が奪われています。また13,763人を超える多くの人たちが、不当に逮捕され、今も抑留されています。
私たちは、ミャンマーが一日も早く真に平和で自由な社会となることを願いながら、毎月『1の日』行動として街頭アピール・募金を続けて来ました。しかし、クーデター後の日本政府やミャンマーに進出した日本企業の対応は、ミャンマー市民の願いに沿ったものではありません。私たちは『信頼』こそが人と人を結ぶ原点であると考えます。この度の軍のクーデターはとても悲しい出来事でありますが、この中で日本に住む私たちとミャンマーの人たちは新たな出会い・語り・学び、平和への行動を共にすることが始まりました。
ミャンマーが一日も早く真に平和で自由な社会となることを願い、この広島の地で,日本に住む者の責任があることを心に刻み、おのおのがこれから活動していくことを心に誓う。」
この後「仏説無量寿経」が唱えられ,仏教式の追悼が終わりました。
続いてキリスト教式れいはいがおこなわれました。
ミャンマーは、国民のほぼ8割以上が仏教徒、約1割ちょっとがキリスト教徒ということですから、この二つの宗教による追悼が行われました。
この後、広島に住む二人のミャンマー人からメッセージがありましたが、この続きは明日に紹介します。
いのちとうとし
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