加藤友三郎生誕地碑
3日付の中国新聞5面に掲載されたオピニオン「加藤友三郎没後100年上」を興味深く読みました。縦書きの大きなタイトルは「『軍拡より強調』いまこそ光を」ですので、今日掲載される「下」がどんな内容になるのか楽しみです。
この記事を読みながら思い出したことがあります。近くの公園に立つ「加藤友三郎生誕地碑」のことです。その公園は、わが家から180mほどの近くにある大手町第2公園で、中電病院のすぐ南側にあります
この公園に東南に加藤友三郎生誕地碑が立っています。
この碑の正面には次のように刻まれています。
「先内閣総理大臣元帥海軍大将正二位大勲位功二級子爵加藤友三郎閣下生誕之地」
裏側には、「昭和五年八月」と刻まれ、左側面には「為教育大詔煥発四十周年海陸軍二十五周年記念建立」と刻まれています。
この碑の左横に、NPO法人加藤友三郎顕彰会によって2015年2月に設置された「先内閣総理大臣加藤友三郎閣下生誕地碑について」と題した説明版があり、広島で最初の内閣総理大臣になった加藤友三郎が1861年2月22日にこの地で生まれたことや1921年にワシントンで開催された「海軍軍縮会議」に日本の首席全権として出席し功績をあげたことなどが記載されています。
この説明版の下側には、いつの時代かまでは書かれていませんが、古い地図が付けられ、真ん中ほど上部の「加藤種之介」という住居に矢印が付けられ、ここで加藤友三郎が生まれた場所であることが示し、その場所が現在「大手町第2公園」になっていることが書かれています。
この説明板では、加藤友三郎のことは書かれていますが、この碑の由来は何も書かれていませんので、左側面にある「為教育大詔煥発四十周年海陸軍二十五周年記念建立」がどんな意味を持っているかは不明です。気になったので「教育大詔煥」ということばをネットで検索したのですが、この言葉では見つけることができませんでした。「教育勅語」のことかなと思ったのですが、教育勅語は1980年に出されていますので、この碑が建立された昭和5年(1930年)との間は、50年ということになりますので「四十周年」とは合いませんので、私には理解不能の一行です。
加藤友三郎生誕碑の正面の文字を紹介しましたが、実は右側にもう一行肩書が刻まれています。「華府第一回平和会議首席全権」です。一番上の文字「華」の字が良く読み取れないのですが、「華府」とはワシントンの漢字表記です。
加藤友三郎が参加したワシントン会議については、中国新聞に詳しく紹介されていますので、ここでは触れませんが、この会議のことで思い出したことがあります。
このワシントン会議には、加藤友三郎(海軍大臣)が首席全権と務めましたが、同じ全権委員として貴族院議長の徳川家達(いえさと)とともに元日のブログで紹介した幣原喜重郎(駐米大使)も参加していたことです。
ワシントン会議は、海軍の軍縮交渉が行われたことが最も良く知られていますが、中国問題も議題となっており、1920年代の東アジア・太平洋の国際秩序、国際関係を規定する諸条約も締結されました。そこで大きな役割を果たしたのが幣原喜重郎です。
このワシントン会議の体験、外交の努力によって、世界平和の実現を図るという考え方が、日本国憲法制定の中に活かされることになったと言えます。
大手町第2公園を訪れた後、加藤友三郎の銅像が、確か中央公園にあったはずだと思いだし、ついでに中央公園まで足を運びましたが、サッカースタジアム建設中の中央公園では見つけることができませんでした。
帰宅後調べると、「2008年に中央公園に建立された」という新聞記事がありますので、銅像があったことは間違いありません。今この銅像がどこにあるのか調べてみたいと思います。
いのちとうとし
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攻一級は、特別の人ですか
投稿: 堀北 | 2023年1月 4日 (水) 12時20分
堀北さん
コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。
私も詳しくは知らないのですが、調べた範囲での簡単な答えです。武功のあった軍人を与える賞として、1890年に制定された制度で、金鵄勲章と呼ばれていたようです。
功一級から功七級までに分かれていたようですので、「功一級」は、特別の人に与えられたと思われます。
投稿: いのちとうとし | 2023年1月 8日 (日) 10時19分