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2022年12月28日 (水)

旧広島陸軍兵器支廠フィールドワーク-その4

今日は、弾薬庫跡の紹介です。以前からここに弾薬庫の遺構が残っていることは知っていましたが、現地を訪れたのは今回が初めてです。

弾薬庫跡といっても、弾薬庫そのものの遺構はもちろん残っていません。弾薬庫跡を偲ばせるものは、周囲にめぐらされた土塁です。

広大医学部の東側を通る南北に貫く道路の東側・中国管区警察学校の西側境界に当時の土塁の一部が残っています。

20221218_115559

中国管区警察学校の入り口から南に約100m続いています。

土塁の傾斜は急ですが、どういう目的で使用されたのかは不明ですが、所々に煉瓦でつくられた石段が刻まれています。

 20221218_115842   

この石段をよく見ると、石垣のところで終わっています。現在の土塁は、下側が石垣になっていますが、石垣の高さは私の背丈(180cm)より高いので、当時の土塁は、もっと手前まで延びていたことが想像できます。道路をつくるときに、石垣の部分から道路側に延びていた斜面が削られたため、削り取った垂直部分が、石垣になったのです。土塁の高さは、私の目測ですが、約5m以上あると思います。

20221218_120214

土塁の一番南側まで行くと、コンクリートの壁がありますが、切り口を見ることができ、土塁が頑丈に作られていたことがわかります。

ところで段原公民館の講座で、藤野先生から「弾薬庫は、最初広島城を中心とした陸軍の敷地内に作られたが、広島陸軍兵器支廠が作られると同時に、この場所に移設された。終戦が近くなった時期に、米軍の空襲から逃れるため、東広島の八本松に移設された」ことが紹介されました。藤野先生の話では、それぞれ移転した年を紹介していただいたのですが、メモを取り忘れてしまいました。

私は、藤野先生が「八本松に移設された」と聞いた時、その場所は、八本松に今もある「川上弾薬庫」だと勝手に思っていましたので、メモを取り忘れた移設の年を調べようと「川上弾薬庫」の歴史を調べました。そこで私はとんでもない間違いをしていたことに気づきました。現在は米軍が所有している「川上弾薬庫」は、もともと海軍の弾薬庫として作られたものですから、ここに陸軍の弾薬庫が移されることは絶対にありえなかったはずです。

それでは、「八本松に移設された弾薬庫はどこに移設されたのか?」が気になります。さらにネットで調べてみると、米軍空中写真を用いた広島陸軍兵器補給廠八本松分廠の調査と活用方法の提案 - 広島大学 学術情報リポジトリ (hiroshima-u.ac.jp)が見つかりました。

詳しくはこの論文を読んで欲しいのですが、ここに記載された内容によれば、八本松駅から東南に2.1kmほど離れた丘陵地に陸軍の弾薬庫跡が、見つかっているのです。戦時中は、八本松駅から引込線が延びていたことも紹介されていますので、この場所で間違いありません。ようやく疑問が解けましたので、少し暖かくなったら、東広島のあかたつさんと一緒に、この場所を訪ねることを約束しました。

旧広島陸軍兵器支廠フィールドワークの後に訪ねた場所があります。

それは、霞町に弾薬庫が移る以前の弾薬庫があった基町です。その場所は、現在広島地方・高等裁判所が建っている場所です。

その敷地の北側に、当時の弾薬庫の周りに作られていたと思われる土塁の一部が残っています。

20221226_160714

以前は、手前の空き地部分に住宅が建っていましたが、この住宅が壊され整地されていましたので、今回はこれだけはっきりと残った土塁を見ることはできませんでした。手前のフェンスが約2mですので、ここの土塁の高さも約2mぐらいです。

真ん中に写っている大きな木が、被爆クスノキです。この木も以前は、こんなにきちんと写すことはできませんでしたので、これだけでもここに来たかいがありました。

この報告で、「旧広島陸軍兵器支廠フィールドワーク」は終わりです。

いのちとうとし

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