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2022年12月25日 (日)

爽やかな風を感じたい師走だが!!

爽やかな風を感じたい気持ちの師走ですが、なかなか感じさせてくれないですね。11月頃から喪中ハガキが相次いで届きました。「えっー」という唸り声とともに、生前の思い出が沸いてきて悲しくなる日々でした。

「少数労働組合」で頑張っておられ、たくさんのことを教えてもらった二人の方の喪中ハガキは、そのハガキを持ったまま立ち尽くしてしまいました。飲みながら熱く話し込んだこと、一緒にチラシを配ったこと、大切にされたこと、期待されたこと、それに応えようと頑張ったこと、などなどが思い浮かびます。

歌謡曲で「いい奴ばかりが先に逝く。どうでも良いのが残される」というフレーズで始まるのがありますが、まだまだお互いに頑張りたかったのですが。

広島電鉄の宮島線電車が開業から100年ということで、『わたしの宮島線』というタイトルのエピソードを200字程度で募集していました。

なんとなくという気持ちで応募したら採用されてしまい、3月末まで宮島線の2台の電車の吊り広告に掲示されています。

680

広島電鉄ホームページより

こんな文章です。

若くして夫を亡くした母は、宮島線の草津駅近くで働いていました。私は小学生の頃、毎日五日市駅まで迎えに行ってました。現在の場所より50メートルぐらい西側に駅はありました。母が到着するまで、駅舎の中でずっと待っていました。

 ある日、母は大きな布袋の中に子犬を入れて電車から降りてきました。「これが居ったら、省治も寂しゅうないじゃろー」と話しました。迎えにくる息子が愛おしかったのか、煩わしかったのか知りませんが、今でもあの前の道を通る度に思い出します。

11月29日、東京都立大学の宮台真司教授が切りつけられて、重傷を負ったというニュースがありました。宮台さんとは直接的な交遊はありませんが、とても共鳴する評論をしている方だと尊敬していました。

しかしこれを知った同大学学生のコメント、「怖いです」「早く捕まってほしい」「あしたから学校へ行くのが怖くなる」と語り、大学は集団帰宅を呼びかけたといいます。学生の気持ちも、学校の措置も分からなくはないのですが、なぜ加害者への怒りのコメントが無いのだろうか、集団帰宅は小中学校生のようで、なんともまあ-イヤハヤという気持ちになりました。

あれから約1か月、日本の警察なら容疑者を捕まえるだろうと思っていましたが、慎重な捜査が続いているのでしょうね。

平和公園を訪れる修学旅行生らへの碑めぐりガイドの用事が、コロナの行動制限の緩和とともに、どんどん入ってきていました。師走になったから、もう無かろうと思っていましたが、22日で年内は終わりました。

平和公園に来て何かを感じ取りたいという思いで来る人に、碑めぐりのひと時が、これからの世界の平和について考える『熱い思いの時間』になって欲しいと思うのですが。

22日のGX(グリーン・トランスフォーメーション)会議で、政府が原発回帰に大きく踏み込んだこと、この号で書こうかと思っていましたが、年明けの最初の号にさせていただきます。

私が担当するブログの年内分は今号で終わりです。読んでいただきありがとうございました。

木原省治

【編集者】木原さん、今年一年様々な問題提起、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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コメント

今年もお疲れさまでした。勉強になる記事が多いです。
来年もよろしくお願いします。

金星さん

コメントありがとうございます。
私も木原さんの記事に勉強させていただきました。
来年もよろしくお願いします。

金星さん、コメントありがとうございました。いただいたコメントで、23年に向けて少し爽やかな風が感じられそうです。

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