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2022年12月 6日 (火)

ヒロシマとベトナム(その39-2)

ベトナム象、広島を歩く-3のつづき

いよいよ芸州広島藩・玖波宿に入る

11月19日、大竹市で開催された広島県郷土史研究会協議会大会に参加しました。大竹は旧山陽道と山陰道が交わり、瀬戸内海航路に繋がる要衝で古くから栄えた地です。福島正則が築き一国一城令で廃城となった亀井城趾、幕末期の第二次征長戦争(芸州口の戦い)の砲弾跡が残る西念寺などをめぐりました。

下の地図は「電子足跡ルート地図:旧山陽道(西国街道)歩き旅」から引用したものです。旧山陽道は亀居城の南側を通るルートで紫色で描かれています。県史協大会で講演された石田雅春・広島大学准教授は、「亀居城築城当時(注1)は海岸線が城の南側近くまで迫り、西側は入り江が深く入り込んでいた。西の毛利への備えとして築城された目的から見て、城の北側を通る狭い山陽道で芸州侵攻を防ごうとしたと考えられる」と、赤線のルートを示されましたので、筆者が赤線ルートなどを加えました。

Photo_20221204104201

 ベトナム象が旧山陽道を江戸に上ったのは亀居城が破却され100年余経た享保14年(1728年)ですので、当時の西国街道(旧山陽道)は狭い北側ではなく、紫色の海側だったと思われます。

岩国藩の関戸宿と広島藩の小方宿の間には地図の下方に見るように「苦の坂峠」という峠があります。厳島神社の祭神である市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)(注2)が通ったおり、「えらや 苦しや この苦の坂は 金のちきりも 要らぬものを」と、あまりの急坂でこう呟いたことから名前がついた伝えられています。苦の坂峠は第二次征長戦争(芸州口の戦い)の激戦地にもなりました。

峠越えの様子は分かりませんが、長崎を発って以来幾度も難所を克服した賢いベトナム象は、さほど苦労せず超えたものと思います。峠を超え程なく下ると小方のまち並みに入ります。象一行は、恐らく亀居城北側ではなく南側(紫色)を通り小方宿に入ったものと思われます。

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和田家長屋門跡

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上田宗箇が贈ったと伝えられる手水鉢

現在のイズミゆめタウン大竹店北側に位置する旧山陽道筋には和田家長屋門跡が残されています。長屋門を潜ると芸州広島藩の家老で茶人、上田宗箇が贈ったと伝えられる「手水鉢」も残されています。是非、一度訪れてみてください。

和田家は元大内家の家臣で旧佐伯郡21ヶ村の割庄屋(注3)を務め、第二次征長戦争時には焼け出された村民の救済に尽くすなど、大竹市の復興・発展に多大な貢献をされた旧家です。その和田家には江戸期の古文書1万数千点が残されているとのこと。ベトナム象は小方宿に泊まっていませんが通過しています。“もしかすると、和田家文書に何らかの記録が残されてはいないか”と期待し、前出の広島大学・石田准教授にお尋ねしてみようと思っています。

次号では広島城下に入ったベトナム象を紹介します。

(注1)1600年の関ヶ原の戦いで敗れた西軍の盟主・毛利氏が山口(萩)に移封され、福島正則が広島城に入ります。慶長8年(1603年)、甥の福島伯耆守正宣に1万石を与え築城を開始、慶長13年(1608年)に城は完成。しかし、築城から僅か3年、慶長16年(1611年)に破却されました。その理由は明らかではありませんが、様々に思いを馳せることができます。

(注2)宗像三女神(むなかたさんじょしん)の1柱と言われ、アマテラスとスサノオの誓約(うけい:誓って約束すること)で生まれた水の神とされています。

(注3)士分に準じて郷士としての家格を付与されている者も多く、藩によっては扶持を与えられていることもありました。当時の郡村行政は代官・郡代の下、割庄屋・庄屋・与頭(くみがしら)などの村役人によって行われていました。割庄屋は代官・郡代と庄屋の間にある立場で 数ケ村から数十ケ村を一括支配し、年貢や諸役などの割り振り、指令などを行っていました。

(2022年12月6日、あかたつ)

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