フィールドワーク「安野発電所への中国人強制連行」-その4
上香草横坑を後にして向かったのが、水谷沈砂池開渠です。加計町の中心部に入る少し手前を右折し太田川支流の丁川沿いを進み、そのまた支流(名前が思い出せない)と合流する地点を右折して少し進んだところに、水谷沈砂池開渠があります。
施設名に「開渠」と付けられているように、地上に出て用水路となっており、目視できます。約8kmある導水路の中で、唯一の場所です。
水は、写真の奥から手前に豊かな水量が流れています。「沈砂池」と名称がつけられていますが、特別に池のように広くなっているのではなく、この「開渠」部分の真ん中あたりの導水路の底が1.5mぐらい掘り下げられており、そこに流れてきた土砂がたまるような仕組みとなっています。定期的に除去されているようです。
ここに地域の用水の取水口があり、左方向に流れています。写真左端にハンドルが映っているのが、取水用の設備です。
上垰横坑、光石横坑、西谷縦坑で紹介するのを忘れましたが、中国電力の説明によれば、ここの3カ所は、この水谷と同じように地域で使われる用水の取水口があるため、定期的に点検する必要から現在も使用されているとのことです。
こちら側が、下流方向の入り口です。建設当時は、ここからも掘削工事が行われていましたので、掘り口の一つです。
次の見学地は、丁川取水堰堤です。そこの移動する時に気づいたのですが、水谷沈砂池開渠は、下に小さな川が流れており、通水橋の構造になっていました。
丁川まで引き返し、右折して少しだけ上流に移動し、丁川取水口に行きました。
川に堰堤(写真の中ほどに横に白く見えている)が築かれ、左側の取水口から導水管に水が取り込まれています。ここから取り入れた水は、少し下流で、後で訪れる土居の取水口からの導水管と合流します。安野発電所で使われる水は、2か所で取水されています。
堰堤の上流側は流れてきた土砂でかなり浅くなっています。ときどき、そこの土砂を取り除いて水がたまるようにしているとの説明でした。土砂がたまっている様子を目にすると、その土砂の一部が水と一緒に導水管に流れ込むことが当然予測できますので、先ほど訪れた水谷沈砂池開渠の必要性が理解できます。
この取水口が、丁川横坑になります。写真対岸に丁川斜坑があったようですが確認できませんでした。斜坑となっているのは、導水管が下方を通っているため河岸から斜めに穴が掘って、トンネル部に進んだのです。
今日のブログで、フィールドワークの報告を終える予定でしたが、ここまでで少し長くなりましたので、あと1回続けます。
いのちとうとし
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