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2022年10月 5日 (水)

ヒロシマとベトナム(その37)ベトナム象、広島を歩く-1

「日越国交樹立50周年」を前に

来年、1973年9月21日にパリのベトナム民主共和国総代表部で日本国政府とベトナム民主共和国の代表が外交関係樹立に係る交換公文に署名して半世紀、「日越国交樹立50周年」を迎えます。古(いにしえ)から連綿と続いてきたベトナム(越国)との関わり、交流を経て今日があります。そうした日本とベトナムとの交流史を辿ってみたいと、昨年3月から本Blogに新たなシリーズ「ベトナムの歴史」の寄稿を始めました。

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1973年9月21日パリで調印された「外交関係設立交換書簡」

「日越国交樹立50周年」を来年迎えることから、身近な広島県や東広島市におけるベトナムとの交流の痕跡を探し始めました。

外務省の「国籍別外国人入国統計」によると1950年のベトナム人は18人、外交関係が樹立された1973年は1,411人、2021年末は432,934人です。「国交樹立」半世紀で307倍に増え、中国に次ぐ第2位を占めています。

東広島市に初めて足跡を残したベトナム人は?

ところで、〔東広島市に初めて足跡を残したベトナム人は?〕

調べると1994年に初めて6人のベトナム籍市民が登録されていました。「国交樹立」から20年後に初めてのベトナム人の足跡がありました。ちなみに、今年9月末のベトナム籍市民は1,554人です。

ところで、〔どのような人?〕

一挙に6人ということから、「広島大学の留学生では」と広大を訪ねましたが、当時の記録があったとしても紙媒体でデータベース化されておらず、調べることはとても困難」とのこと。広島大学留学経験を持ち、現在、ベトナム国家大学ホーチミン市校 人文社会科学大学の日本学部長をしている友人(フィン・トロン・ヒエンさん)に尋ねてみることにし、何となくネットで「広島大学ベトナム人留学生第一号」と検索してみました。

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2014年3月15日、博士号を取得し帰国の「ヒエンさんを送る会」

〔あった!〕

広島大学「国際同窓生ネットワーク」「留学生時代の思い出」(注1)にグエン・ティエン・ルックさんの寄稿を見つけました。6人の学友とともに留学し、1992年~1994年3月まで千田キャンパスで、4月から1999年の帰国までの5年間を東広島市で過ごされたのです。

奇遇なことに、ヒエンさんの恩師に当たる方で、学会で来日されたルックさんの送迎をヒエンさんから頼まれ、エスコートした方でした。遠回りして〔東広島に初めて足跡を残した人〕にたどり着き、記憶力の乏しさをあらためて痛感です。

ちなみに当時の広島大学への留学生は540人、ベトナムからは6人だったとのことです。今年5月1日時点では84カ国・地域から1,638人、ベトナムからは55人です。

(注1)広島大学国際同窓生ネットワーク「留学生時代の思い出」 https://www.hiroshima-u.ac.jp/ialumni/memories/memories04

(2022年10月5日、あかたつ)

【編集者】あかたつさんからは、「ベトナム象、広島を歩く―1」は1回分の原稿として送られてきましたが、少し長めでしたので、今日、明日の2回に分けて掲載することにしました。明日は、いよいよ「ベトナム象」が登場します。

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