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2022年10月14日 (金)

フィールドワーク「安野発電所への中国人強制連行」-その3

昼食を終えて、つづきのフィールドワークの開始です。

次の堀り口は、下香草(かぐさ)横坑ですが、閉鎖されており中国電力でもその場所は確認できないということで、現地を見ることはできませんでした。

香草地区にはもう一つ掘り口があります。上香草横坑ですが、その前に香草収容所跡を訪ねました。写真の右側、戦後に植えられたスギが大きく育ち森のようになっている場所に収容所がありました。

20221009_131022

川原さんに準備していただいた資料の中に、ここの収容所の見取り図があります。

Img006_20221012103501

この図は、父が収容所の監視員を務めており、近所の住み収容所をたびたび訪れたことがある栗栖薫さんが、当時を思い起こし、2000年に描いたものです。栗栖さんは、「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史を継承する会」のメンバーとして、会の活動が始まった時から、当時の様子を証言してこられました。私も何度か証言を聞いたことがあります。

当時の劣悪だった中国人や収容所の様子が、川原さんから頂いた資料に紹介されていますので、その部分を引用します。

「収容所の建物に窓はなく、出入り口は警察官や西松組監視員が24時間見張った。寝具は新華院(いのちとうとし注:中国から強制連行される際、中国人が収容されていた施設)を出る時に支給され、自分で背負ってきた布団と呼べない薄い布団が2枚だけ。また服も中国で支給された単衣だけしかなかった。靴は履いてきた布靴が破れた後は、ワラで草履を編んで履いたが、ワラがなくなると履く物がなかった。冬になると、セメント袋を体に巻き付け、雪の中を裸足で働いた。

食糧は、質の悪いものが少ししか与えられなかった。いつも空腹だったので、野草を食べたり、水を飲んで腹の足しにした。病気やケガで働けなくなると、食事の回数や量が減らされた。病人は治療されず放置され、重病人は病床で死を待つしかなかった。」

この香草の収容所には、第2中隊と呼ばれる100人が、約200mという小さな建物の中に収容されていました。

4カ所あった収容所の構造は、どこも同じだったようです。

ここから約700メートル上流に移動したところに上香草横坑があります。そこまで移動します。

ここの横坑口も閉鎖されていますので、掘り口を見ることはできません。ここでは、下図のように掘り口から出て来た石をトロッコに乗せて捨て場まで移動したトロッコ軌道がありました。

Img008_20221012103501  

現在そこが道として使われています。

20221009_132120

左側の小さな小屋の奥が、石の捨て場です。図では、手前の斜線部分です。トロッコ軌道は、右手前に延びていたと思われます。当時石の捨て場は、崖になっており、一番底は約10mの深さがあったと言われていますが、今ではほとんど段差を感ずることができません。いかに大量の土砂を掘り出し捨てる作業が続いたか、想像できます。

今日紹介した栗栖さんが描かれた「1944~45年当時の香草収容所・工事現場付近の見取り図」を手にして現場に立つと、様子は変わっていますが、当時の様子を思い描くことができます。

この上香草横坑で働かされ、トロッコから石を捨てる作業中トロッコが横転する事故にあい、失明することになった宋継堯(ソン・ジャヤオ)さんの手記です。

「私は陳さんと二人でトロッコに石をつんで押していました。トンネルを出た下り坂のところでトロッコがひっくり返り、崖の下に放り出されました。石が落ちてきて頭を打ち、目には砂がいっぱい入りました。仕事を止めるとおこられるので、泥のたまり水で目を洗っただけで、仕事を続けました。両眼を失明したために、ことばでは言えない困難な一生を送ってきました。」

すぐにきちんとした治療が行われておれば、宋さんは、失明することはなかったかもしれません。宋さんの証言に胸が痛みます。

フィールドワークの紹介は、今回で終わりにする予定でしたが、当時の様子を紹介したため、少し長くなりましたので、今日はここまでにします。つづきは、16日に掲載します。

いのちとうとし

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