上関原発誘致表明から40年
1982年6月29日、当時上関町長だった加納 新(かのう あらた)さんが、町議会の場で「町民の同意が得られれば、原発を誘致してもいい」と表明して、今年は40年という年となっています。地元山口県内のマスコミは、節目の年として多くの特集記事を報じていました。
しかし上関原発計画は前年の81年6月山口県議会で、当時の社会党議員が「誘致の動きがあるが…?」と質問したところ、県当局もそれを認めていますから、実質的には40年以上におよぶ建設計画なのです。
「10年ひと昔」という言葉がありますが、その4倍以上もの期間、上関町民の中に取り返しのつかない分裂と分断を生じさせている上関原発問題、私はこの期間の長さを思うだけでも許すことができません。
町長の誘致発言が行われたその年の11月、上関町祝島(いわいしま)では、島民から原発建設計画に反対する署名が集められ、島民の9割が署名し「愛郷一心会(あいきょういっしんかい)」が結成されました。この会は「愛する郷土のために心を一つにする」という意味です。現在の会の名前は「上関原発を建てさせない祝島島民の会」となりましたが、私は「愛郷一心会」の方が、祝島の人たちの気持ちを適格に表現していると思っています。
原発計画地、田の浦から観る祝島の夕日
上関原発は、3・11後の国の「エネルギー基本計画」においても、認められていない新設の原発建設計画です。にも関わらず中国電力は「必要だ」と言い続けています。
上関原発建設の計画地には、面積にして約20パーセントの「原発建設には土地は売らない」という地主の土地があります。そのため約14万平方メートルの海面を埋め立てることとしています。
08年、中国電力は埋立て許認可の権限を持つ山口県に対し、最初の許可を申請しました。工事完了までを3年とした期限内に、埋め立て工事ができず期限を迎えました。この期間内に福島第一原発事故が起こったのは、皆さん知っておられることです。その後、中国電力は埋立てが出来ない中でも、延長申請を繰り返しています。
この度の埋め立て工事期限が、来年1月6日にやってきます。中国電力が事業者としての主体性と、40年以上も住民に迷惑を与えてきたという罪の自覚を持っているのなら、「延長申請は行わない」とするのが当然だと思います。
この度の株主総会で交代した中国電力の瀧本夏彦新社長は、7月4日に就任あいさつのために上関町役場を訪れ副町長と面会しました。報道陣の取材に対し「(延長申請について)現時点では決まったものはない」と答えています。上関原発建設問題の責任は中国電力だけでなく、山口県知事や上関町長にも大いにあります。
海は埋め立てられたら、元に戻すことはできません。計画地の正面に在る祝島の漁業者は、漁業補償金の受け取りも拒否しているのです。
昨年12月号の業界誌『エネルギーフォーラム』と、福井県にある業界紙『北陸政界』は、上関町が放射性廃棄物の処分場に狙われていることを報じました。確定的な証拠が在るわけではありませんが、臭いはプンプンとしています。
現在の計画地、上関町田の浦(たのうら)地区の風景は、40年前とほとんど変わっていません。今なら原発計画が撤回されれば、その姿を回復させることは可能でしょう。しかし亀裂した人間関係を元に戻すのは、そう簡単なことではないと思っています。
木原省治
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