反核平和の火リレーが、平和公園原爆慰霊碑前に帰ってきました
7月4日に平和公園原爆慰霊碑前をスタートした「第41回反核平和の火リレー」は、県内23全市町と広島県庁を経由し22日午後6時過ぎに原爆慰霊碑前に帰ってきました。
広島市長に最後の自治体要請
各自治体への要請行動の最後はいつものように広島市です。
「反核平和の火リレー」は、広島県への要請を終え、予定より少し遅くなりましたが、午後5時30分頃、松井一実広島市長、佐々木寿吉広島市議会議長、市議会市民連合市議団が待つ、広島市役所前に到着しました。
広島市役所前庭にある「慰霊碑」に全員で黙とうをした後、セレモニーが始まりました。司会者のあいさつの後、松井一実広島市長、佐々木寿吉議長、さらに市民連合市議団を代表して山内正晃市議が、それぞれ激励のあいさつ。
最後に広島地区平和友好祭実行委員会の代表が、松井市長、佐々木議長に要請書を提出して広島市役所前のセレモニーは終わり、拍手に送られながら最後のコースとなる原爆慰霊碑前に向かった出発しました。
到着式
予定の午後6時過ぎ、県内508キロ(当初は、655.5キロの予定でしたが、一部の区間が悪天候のため中止となった)約630人のランナーが引き継いできた「反核平和の火」が、8月6日の平和記念式典の準備が進む平和公園に戻ってきました。
最終ランナーは、新田康博県実行委員長と学生ランナーの、広島朝鮮初中高等学校中学3年のホ・チェリョンさん、キム・ユソンさん、キム・ソンヒョさん、岸田とわさん(高校2年生)岸田こはるさん(小学校4年生)姉妹、一般ランナーはトーチを手にした中船津徹郎さん(広教組)と原爆養護ホーム勤務の青野啓介さん、佐々木英樹さん、新谷龍一さん、中村陽士(たかし)さん、大嵜華奈さんの13人です。
慰霊碑に黙とうした後、新田実行委員長が「リレー走破の報告」、続いてを広島県原水禁、広島県被団協の代表から「ねぎらいの言葉」、広島県平和運動センター、社民党、新社会党の代表の紹介が行われました。さらに、広島市長のメッセージが紹介されました。
そして、7月4日に「平和の灯」から採火し、県内をくまなく走り継いだ「反核平和の火」が、消灯されました。
最後に、広島県音楽サークル協議会の指揮のもと、全員で「原爆を許すまじ」を合唱し、今年の反核平和の火リレーは無事終了しました。
一昨日、このブログに次のコメントが書き込まれました。いろいろなとことで多くのみなさんから応援があったことがわかりますので、紹介します。
「本日たまたまお見かけしました! 聖火をもって車について行っておられました。たまたまとはいえ自らこういった活動をされている方がいらっしゃることに誇りをもてます。そして是非頑張って頂きたいです。廿日市市山の手の歩道にたまたまいた中学生より」
いのちとうとし
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