「広島ブログ」

2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 「5・15 沖縄『復帰』50年を考えるヒロシマ集会-アメリカ世(ゆ)は終わったのか」 | トップページ | 平野薫作《傘》 »

2022年5月17日 (火)

復帰50年5・15沖縄平和行進

5月13日(金)~15日(日)の3日間、「復帰50年5・15沖縄平和行進」が3年ぶりに開催され、広島県から14名、全国から1000人を超える人が参加しました。

 初日の13日は「5・15沖縄平和行進全国結団式」が那覇文化芸術劇場なはーとで行われました。主催者を代表して仲宗根哲共同代表より「コロナ禍で3年ぶりに平和行進の開催となりました。復帰50年の節目の年に是非とも平和行進を実施したいとの思いで慎重に検討した結果、感染拡大防止を図る観点から行進規模を大幅に縮小しての開催としました。」「復帰しても何も変わらない基地の島沖縄の現状がある。復帰50年の思いをはせながら沖縄の問題を全国の問題と共有して行動していただきたい。」とあいさつされました。続いて、藤本泰成さん(平和・人権・環境フォーラム代表)より「この間、沖縄ではアメリカ軍により市民が特に子どもや女性の尊厳がないがしろにされてきました。復帰50年を契機にして引き続き基地も戦争もない世界の実現に向けて取り組みを進めましょう」と連帯のあいさつがありました。

 基調講演は、「復帰50年と平和運動の課題」と題して前泊博盛沖縄国際大学教授より「沖縄返還50年を迎え、今後は周年が忘れられ、今年50年が最後になるかもしれない。覚悟をもって半世紀=反省期を検証しなければならない。」と提起された後「復帰運動の変遷、核抜き本土並み・基地のない平和な沖縄など復帰に託した沖縄の願いの現状」など問題提起されました。

151

 二日目は、朝から雨天の中、1000人を超える参加者で「5・15沖縄平和行進」を行いました。感染拡大防止のため休憩や昼食を取りやめ、宜野湾市民会館中庭から八重島公園までの約9キロを午前中に行進しました。途中、右翼団体による妨害行為やヘイトスピーチが繰り返されましたが。行進団は整然と当初の目的を達成するため行進しました。

最終日の15日は、「5・15平和とくらしを守る県民大会」が初日と同じ会場の那覇文化芸術劇場なはーとで開催されました。

152

決意表明する藤本講治さん

冒頭上原邦夫共同代表が「復帰50年経過した今も国民主権・平和主義・基本的人権の尊重の日本国憲法の三原則がないがしろにされている沖縄。50年前の不退転の思いに立ち返り運動を進めていきましょう」とあいさつ。

 次に連帯あいさつ、玉城デニー沖縄県知事のメッセージ、平和行進団の報告、来賓のあいさつが行われ、その後4県(北海道・東京・長崎・広島)及び学者の5人より「沖縄と全国を結ぶ決意表明」が行われました。

広島県からは藤本講治憲法を守る広島県民会議事務局長が「基地もない・核もない・戦争もない平和な社会に向けて沖縄と連携して取り組みを進めます」そして「ネバーギブアップ」と力強く発信しました。

 最後に、基地のない、平和な日本、戦争のない世界をつくるため力を尽くすことを誓う大会宣言を全体で確認し、「団結ガンバロー」で終了しました。

 3日間ともあいにくの雨天となりましたが、「観光地沖縄」と同居する基地問題は、復帰50年を迎えても沖縄は今も何も変わらないばかりか「アメとムチ」の国の政策によって沖縄の市民が分断されてきていることを改めて知ると同時に、有事における「基地の島沖縄」について考えさせられました。

「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」の被爆地ヒロシマの思いを沖縄と連帯して核兵器も基地も戦争もない世界に向けて取り組んで行きます。

高橋克浩

【編集後記】沖縄復帰50周年平和行進の報告を平和運動センター事務局長の高橋克浩さんから寄せていただきました。

[お願い]
この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
広島ブログ

広島ブログ

 

« 「5・15 沖縄『復帰』50年を考えるヒロシマ集会-アメリカ世(ゆ)は終わったのか」 | トップページ | 平野薫作《傘》 »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

#平和推進」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「5・15 沖縄『復帰』50年を考えるヒロシマ集会-アメリカ世(ゆ)は終わったのか」 | トップページ | 平野薫作《傘》 »