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2022年4月29日 (金)

「大社基地」跡保存運動―つづき

戦後陸上自衛隊の訓練場として使った後、遊休地となった「旧大社基地跡」(約9万平方メートル)は、国の機関である中国財務局が管理していましたが、2003年から売却が始まり、滑走路の一部は太陽光発電などの用地となっていました。

昨年2月には、残っていた西側2万7200平方メートルが、出雲市の民間企業に売却されました。

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中国新聞記事より

この売却が報道された後、昨日紹介した「出雲市による調査と保存」を求める運動が具体的に始まったのです。市民団体だけでなく、日本考古学会も「遺跡保存は学術上きわめて重要な内容を有する」として、国や県に調査や保存を求める要望を提出しています。

中国新聞の昨年5月の記事によれば、当時出雲市の文化財課は、「平和学習など戦争を後世に引き継ぐため貴重な遺跡」とした上で、「民間企業が土地を取得している。保存について市がどう対応するか結論が出ていない」としていました。

しかし、出雲市は今年2月に「史跡指定はしない」との結論を出し、島根県もその方針を追認しました。

島根県や出雲市が、一定の結論を出すことに異論はないのですが、問題は、この結論を出すまでの経過です。市民団体などから寄せられた情報では、県、市とも「旧大社基地」跡の十分な学術的調査を行った形跡がないのです。もともと市民団体や日本考古学会が求めていたのは、「保存」だけではありません。その前提となる「調査」をきちんと行うことを求めていたのです。

この経過を検証していくと、昨年広島市で問題となった「サッカースタジアム予定地の発掘調査」を思い出さずにはいられません。広島市も専門家などの意見を聴くことなく「重大な価値はない」とし、取り壊し(一部の切り取り保存のみで)を進めてしまいました。

「きちんとした調査も行わずに自らに都合のよい結論を導き出す」姿勢はあまりにも似すぎていると感じるのは私だけでしょうか。

第2次世界大戦時の戦争遺跡が、文化財として指定されるようになったのは、よく知られているように原爆ドームの世界遺産登録運動の結果です。

「原爆ドームの世界遺産登録」の大きな障害となっていたのは、当時の国の文化財指定基準です。その基準では、文化財指定できるのは「概ね100年を経過したもの」とされており、原爆投下から50年しかたっていなかった原爆ドームは、文化財指定基準を満たしていなかったのです。ちなみに当時、経過年数が一番新しい文化財は、松江市の小泉八雲旧居でした。

しかし、「原爆ドームの世界遺産登録」を求める160万を超える市民の署名が力となり、文化財指定基準に新たに「戦跡」を加えることによって世界遺産登録実現への道(登録を申請する国がきちんと法的に保護していることが必要条件)を開いたのです。と同時に、そのことは、第2次世界大戦の戦争遺跡を文化財指定する道も開いたことになります。

この文化財指定基準の改正によって「戦争遺跡」が、文化財として認められることになったのですが、実際に文化財に指定されたのは、ごくわずかだといわれています。その原因の一つが、「ここの戦争遺跡」をどう評価するのかの基準が、残念ながら定まっていいないからです。

文化財指定基準の改正から、すでに27年が経過しています。戦争が終わって77年を迎えようとしています。それは「戦争遺跡」も77年以上の歴史を刻んだことになります。

すでに多くの「戦争遺跡」が、きちんとした調査もされないまま、壊れ、無くなっています。

広島市のサッカースタジアム予定地の「旧陸軍輜重隊跡」の遺構もそうですが、破壊されてからでは遅すぎます。「戦争遺跡」をどう評価するのか、早く一定の結論を出す時期に来ているのではないでしょうか。

不幸な歴史の生き証人としての「戦争遺跡」の保存は絶対に必要なことだからです。

いのちとうとし

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