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2021年12月 9日 (木)

原爆ドーム世界遺産登録25周年記念集会と12.8不戦の誓いヒロシマ集会

原爆ドーム世界遺産登録25周年記念集会

25年前の12月7日、ユネスコ世界遺産委員会は「原爆ドーム」の世界遺産登録を決定しました。

翌年から毎年12月7日には、原爆ドーム前で「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」が開催されてきました。

25周年の節目となる今年も「核兵器廃絶広島平和連絡会議」が主催し、記念集会が開催されました。20周年となった2016年には、記念のシンポジウムも開催されましたが、今年はコロナ禍ということで、記念集会のみとなりました。

午後6時から始まった集会は、最初に10月24日に亡くなられた坪井直前広島県被団協理事長のありし日を偲んで黙祷をしました。坪井さんは、「原爆ドーム世界遺産登録を求める署名活動」には、広島県被団協の事務局次長、事務局長として深く関ってこられました。次に連合広島の大野真人会長(今年11月に就任)が主催者あいさつ。続いて連合広島から「原爆ドーム保存事業基金」への寄付金100万円が松井一実広島市長に贈呈されました。これを受け、松井市長のあいさつ。気になったのは、あいさつの中で「核兵器禁止条約」に全く触れられなかったことです。

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後は例年のとおり、献花、献水、そして連合広島女性委員会亀井美砂子委員長が集会アピールを提案と続きました。集会アピールの一部です。

「原子爆弾の恐ろしさ、愚かさを後世に伝えるために、この『原爆ドーム』のユネスコ世界遺産登録に向けて、多くの市民や県民が一体となって、4年の歳月をかけて署名活動などの運動を取り組んだ。その熱い情熱の結集である、164万を超える請願署名が政府を動かし、世界遺産登録委員会の決定を手繰り寄せることになった。・・・こうした中、核兵器の開発や製造、保有、使用を全面的に禁ずる核兵器禁止条約の批准国・地域が、発効条件となっている50に達し、本年1月22日に条約が、発効された。しかしながら、日本は『日米同盟のもとで核兵器を保有する米国の抑止力を維持することが必要』として批准していない。こうした状況だからこそ、ヒロシマの果たす役割は重い。私たちは、『原爆ドーム』世界遺産登録の意義を再確認し、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に向けて運動を強化していかなければならない。・・・」

最後に広島県被団協箕牧智之理事長が、「被爆者がいなくなっても核兵器の怖さ悲惨さを訴え続けてくれる」と原爆ドームの役割を訴える閉会のあいさつを行いました。その後、参加者(81人)が献花をし、流れ解散となりました。

 

12.8不戦の誓いヒロシマ集会

毎年12月8日に「憲法を守る広島県民会議、広島県平和運動センター、8の日平和行動ヒロシマ女の会」など5団体の主催で開催している「戦争への道を許さない!12.8不戦の誓いヒロシマ集会」が、今年は弁護士会館で開催されました。

主催者を代表して山田延廣弁護士による開催あいさつの後、石岡修(元広島県教職員組合委員長)さんの「12.8開戦から80年―教え子を再び戦場に送らないために」と題した記念講演が行われました。

石岡さんは、広教組の平和教育の歴史の中で、大きな役割を果たしたのが被爆教職員だったことを紹介しながら、平和の危機を乗り切るためには「憲法9条を中心に置くこと」の大切さを強調し、最後に坪井直さんの「私たちは仲間をつくり、粘り強く闘い続けなければなりません。感情的な強力からの平和は崩れやすく、冷静な人間の英知から真の平和が保持されます。」の言葉が紹介されました。

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そして、集会アピールを採択した。閉会あいさつを行うこととなった私は次のように訴えました。「真珠湾攻撃から80周年の節目の年、マスコミもいつもと違う報道を行っています。しかし、と私は言いたのです。あの戦争は、真珠湾攻撃からだけ始まったのではありません。その前に長い中国での戦争行為がありました。また80年前の今日は、マレー半島への上陸作戦が実施されました。その中心部隊は、この広島の第5師団だったことが語られることはありません。日清戦争以来の軍都廣島は、侵略戦争の拠点だったのです。

サッカースタジアム予定地の地下から、かつての軍事施設が発掘されました。しかし、広島市は、その価値を検討することもなく、取り壊しを決定しました。このことは、広島が、被爆地であると同時に軍都、侵略戦争の拠点であった歴史を消し去ることでもあります。私たちひとり一人がこの事実にきちんと向き合うことが、今進む戦争への道を止めることにつながると思います。」

そのことを痛切に感ずる今年の「12.8不戦の誓いヒロシマ集会」でした。

いのちとうとし

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コメント

真珠湾攻撃。渕田美津雄さんの本を、読みました。真珠湾は、浅いのだそうですね。猛訓練。事実経過を、みています。何で宣戦布告を、手渡しなのですか。ラジオ放送でも、事足りると、聞きます。何で、蔣介石は、日本に、進駐無しですか。わが町は、英連邦軍が、主と、聞きます。    

青井さま

コメントありがとうございます。
宣戦布告、きちんと相手に通告しなければならないという意識は、持っていたのでしょうね。蒋介石の日本進駐、当時の中国は日中戦争が終わったとはいえ、内戦が始まりましたから、とてもそんな余裕はなかったのだと思います。

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