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2021年11月24日 (水)

「李実根会長追悼集」発刊記念会

19日の午後6時半から、広島留学生会館で「李実根会長追悼集」出版記念会が開催されました。

1975年8月2日の結成以来広島県朝鮮人被爆者協議会の会長を務め、昨年3月25日、享年90歳で永眠された李実根さん偲ぶため、朝鮮人被爆者協議会によって「追悼集」の発刊作業が進められてきました。その「追悼集」が、李さん夫婦の結婚70周年の節目の日である「11月18日」に発刊されました。ですから出版記念会も「18日に」ということで準備されましたが、会場の都合で19日の開催となりました。

人が集い楽しく語り合うことが好きだった李実根さんの「追悼集」出版記念会でしたが、コロナ過ということもあり、参加者も50人に限定せざるを得ませんでした。当日の来賓あいさつも秋葉忠利前広島市長、宗教者吉川徹忍さんの二人のみでした。来賓のあいさつの前に、この会のために大小田沙和子さんが作成したDVDの上映があり、元気だった李さんの姿を偲ぶことができました。

発刊された「李実根会長追悼集」の内容を少しだけ紹介します。

Img013_20211121173601

巻頭には、李さんが原爆ドーム前に立つ写真とともに李さんの著書「PRIDE 共生への道~私とヒロシマ~」の一部が掲載されています。

「活動家は自分がいかなる環境にあっても毅然とした態度を取り続けることが肝心なのだ。どんな逆境にあっても動じることなく、その境遇を逆手にとって、自分に有利に働くように創意性を発揮した自らの待遇を変革させる運動を常に起こしていく主体性を持たねばならない。政治活動をする者にとっては、‟闘う姿勢“こそが生命線であり、それこそが自己やその集団を守る武器であるということが、その時に得た教訓であったのだ。」

短い文章ですが、私たちへの教訓となる一文です。

「発刊によせて」は、朝鮮総連広島県本部の呂世珍委員長、そして李実根さんの長男李英一さんの「根のある木には実りあれ」と題したお父さんへの思い溢れる文章が続きます。

「父がわが家に残したものは、3冊の本(「PRIDE」「白いチョゴリの被爆者」「アンニョンハシムニカ 李さん」)と、『価値ある生き方』という言葉です。」「「李実根―根ある木には実りありと付けられた父の名前。その根を枯らさぬように、代を継ぎ、遺志を守っていく覚悟であります。」

追悼集の中心は、生前李実根さんと様々な立場で関わってきた14人から寄せられた「在りし日の偲ぶ追悼文」です。5000回にも及んだといわれる被爆証言、講演のこと、旧高野町高暮ダムへの「朝鮮人強制労働犠牲者追悼碑」の建設、在朝被爆者問題、人間的な交わりなどなど、多様な内容となっていますので、様々な場で活躍された李さんの往時の姿を思い起こすことができます。私も「在朝被爆者と李実根さん」のタイトルで寄稿させていただきました。追悼文の後には、「広島から世界へ」「広島・日本と祖国をつなぐ」「家族の支えと共に」のタイトルごとに分類された写真の数々、「李実根会長の歩み」をたどる年表も付けられています。多くの人にぜひ一度手にしてほしいと思います。

この追悼集は、400部発行されましたが、うち200部を希望者に有料(1000円)で配布され、その売上金は、李さんの子どもたち孫たちが通った朝鮮学園に寄附されることになっています。

この出版記念会は、広島県朝鮮人被爆者協議会の総会も兼ねていましたので、李実根さんの跡を受ける新会長には、これまで理事長として李さんを支えてこられた金鎮湖さんが就任されることが決まりました。

いのちとうとし

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