「子ども」を主体とする学校制度 ――小山田圭吾事件が問いかけているのは? (4)――
「子ども」を主体とする学校制度
――小山田圭吾事件が問いかけているのは? (4)――
前回もそうだったのですが、最初は「今回が最終回」という心積もりで書き始めるのですが、内容が複雑ですので、次の回にまで待ち越すことになってしまいます。ということで、今回も完結はしませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
これまでは、小山田圭吾事件を犯罪だと考えるべきだという点から出発して、そのためにも被害者からの発信が大切であること、そしてそれが可能になるのは、被害者の発信をきちんと受け止められる人や組織があり、被害者との信頼関係が基本になくてはならないことを確認してきました。
発信を受け止める側には、当然、家庭つまり保護者も入りますが、小山田事件との関連で、ここでは学校に焦点を合わせてきました。そして、その学校には被害者と同時に加害者も在籍しており、被害者と加害者双方の教育・指導をする責任が学校にあることを考えると、学校が「犯罪」という視点からの対応についての全責任を負うことには無理があるのではないかと考えられるという結論に達しました。
そこで、学校とも警察とも「独立」した関係にあって、子どもたちとの信頼関係を築くことができ、かつ「いじめ」を被害者の立場から捉えて、実質的な行動の取れる「第三者機関」といった性格のものを創れないか、という問題提起になりました。今回はその続きです。
「いじめの中には犯罪としか言えないものがある」という認識は正しいのですが、その前に、犯罪的ないじめも出発時点から「犯罪」そのものであるかどうかを考えることも必要です。「犯罪」になってしまった時点でどうすべきかに焦点を合わせる以前の問題提起として、「いじめ」を「犯罪」にしないような手立てがないものかを考える必要もありそうです。
《北欧の事例》
答えの一つは既に1990年代の北欧にありました。尾木直樹さんが、『日経xWOMAN』の2015年6月3日号で、1996年に北欧4か国を訪問した時の報告をしています。
北欧4カ国を訪れた際に驚いたのは、子ども達が主体的にいじめを無くすための取り組みをしているという点でした。子ども達が昼休みに2~3人のチームを組んで、「いじめている子、いないよね」とパトロールするのです。
デンマークでは学校理事会が大きな権限を持っているのですが、校長、PTA会長、地域の弁護士といった13人の理事の中の7人が、小学校5~6年生の子ども達でした。
この実践例だけで、「いじめ」対策についての理想に近いあり方が理解できたような気がします。そして、子どもの権利条約の四つの柱を具現しているだけでなく、大人が積極的に関わってこれらの柱を教育の場で子どもたちのために提供しているという事実も、子どもの権利と大人がどう向き合うのかの良いお手本になっているのではないでしょうか。
念のため、ユニセフのホームページに掲載されている4本の柱を引用しておきます。
(1) 命を守られ成長できること
すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます。
(2) 子どもにとって最もよいこと
子どもに関することが決められ、行われる時は、「その子どもにとって最もよいことは何か」を第一に考えます。
(3) 意見を表明し参加できること
子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。
(4) 差別のないこと
すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。
私の提案した「第三者機関」とこのような実践例の大きな違いは、「犯罪」としての「いじめ」対応にどのくらい配慮するのかという点です。しかし、子どもたちが学校運営の面でも主体性を発揮できるシステムを前提として考えるとき、学校そのものの「いじめ」対応で果す役割が大きく変わるはずですので、「第三者機関」の必要性もその視点から見直す必要が出てきます。
その点については次回に譲りますが、今回の趣旨は「北欧の教育は進んでいる。それに比べて日本は遅れている」という主張をすることではありません。その逆です。
そのために、高校と大学の同級生の柴田勝征さんの著書から引用します。彼も数学を専攻し、その後、教育や言語学比較文化論等幅広い分野で活躍したのですが、彼の著書、『フィンランド教育の批判的検討』 (2012年、花伝社刊。以下「検討」と略します。) に取り上げられている我が国での実践例や理論的な整理を紹介します。300ページ近くの大部であるこの本では、国際学力比較(PISA)で常にトップクラスの成績を収めているフィンランドの教育を批判的に検証していますが、その中で「いじめ」についての調査・研究や検証も行われています。
《我が国での実績》
「検討」では、16ページを割いて「いじめ」についての記述があるのですが、そのほとんどは、楠凡之さんの『いじめと児童虐待の臨床教育学』 (2002年、ミネルヴァ書房。以下、「教育学」と略します。) の紹介です。本来ならこの本を読んでから内容を要約すべきなのですが、「検討」では、かなりの分量を引用していますので、以下の記述は完璧とは言えなくても近似値としてはそれなりの意味があるのではないかと考えています。
柴田さんは、「教育学」の内容の内、日本の教育学が強調している「教師集団」や「生徒集団」の役割を、フィンランド教育の「礼賛的紹介者」が無視していることを指摘しているだけでなく、学校におけるいじめ対策のカギである、という認識を示しています。
その概略ですが、「教育学」ではまず、「子どもの発育段階を4つの直に区分して、それぞれの時期のおける子どもの自我・社会性の発達的特徴と、それを反映した主要ないじめの特徴を提示しています。」
その4段階とは次の通りです。
(1) 6歳から9歳頃 (小学校低学年)
(2) 9,10歳から11歳頃 (小学校高学年)
(3) 11歳から13歳頃 (中学入学前後)
(4) 14歳から17歳頃 (高校生)
さらに注目すべきなのは、大脳の発達と子どもの社会性の発達とを密接に結びつけて考察していることです。
その結果として、「いじめ」の問題に関わる教師が心すべき留意点を5つ挙げています。
(1) 「集団的自立」のエネルギーを発揮できる活動世界の創造
(2) 子どもたちとの相互的な関係性を築きつつ、自らの価値観を明示していくこと
(3) 仲間集団のなかに相互尊重の関係性を実現していくこと
(4) 「9,10歳の発達の節目」を乗り越えていける学力の保障
(5) いじめや仲間集団内のトラブルを克服していける自治的な力量の形成
これらの留意点は、ただ抽象的に説明されているのではなく、具体的な実践例とともに、これらの留意点を日常的にどう生かすのかについても触れられています。
私の力量では、これだけ詳細かつ具体的なアドバイスを短く要約することは難しいので、関心のある方は是非、「検討」あるいは「教育学」をお読み頂ければと思います。さらに、楠さんの著書『虐待・いじめ 悲しみから希望へ 今、私たちにできること』 (2013年、高文研) も「教育学」をテキストにした楠さんの授業で、受講生たちの実際の経験を元に、 実践的な分析が行われている分り易い解説ですので、お読み下さい。
次回は、そこを出発点に、「第三者機関」についても考えてみたいと思います。
[21/9/6 イライザ]
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