「いじめ」とコールバーグの道徳性発達理論 ――小山田圭吾事件が問いかけているのは? (7)――
「いじめ」とコールバーグの道徳性発達理論
――小山田圭吾事件が問いかけているのは? (7)――
前回は、村瀬学著『いじめ――10歳からの「法の人」への旅立ち――』 (ミネルヴァ書房、2019年、以下、『いじめ』と略します) がどのように「いじめ」を把握しているのか、そしてその理解を元にした対策はどんなものなのかを概観しました。
「いじめ」の対策として村瀬が『いじめ』の中で薦めているのは、普通の「クラス会」とは別に「特別クラス会 (広場) 」を設けていじめの問題を話し合うことです。普通のクラス会が、「授業の場」あるいは「教育の場」に位置付けられているのに対して、「特別クラス会」は「法の場」として位置付けられます。それは、「先生のルール」と「子どもの自由なルール」という公開された場で共有されているルールの場に、「掟 = 子ども法」という地下に潜ったルールを持ち出して話し合いをするということです。
この「特別クラス会」を機能させるために、4月の新しい学年が始まる最初の日に、先生は生徒との間で「六つの合意」を取り交わします。念のために、「六つの合意」を再掲します。
合意① 「アンケートの項目」をわたしはしない、させない。
合意② トラブルは「公開の場」へ持ち出して議論する。
合意③ 公にされたことでの「仕返し」を許さない。
合意④ 「仕返し」がわかれば、緊急クラス会を開く。
合意⑤ 「緊急クラス会」でも改善が見られないのなら、親に来てもらい、現状を話す。
合意⑥ 家族と先生と学校が話をしても、違法性の改善が見られないのなら警察に訴える。
このような合意が守られれば、「いじめ」そのものを防げるであろうことは分ります。同時にいくつかの疑問も生じます。
例えば、「いじめ」は、一つのクラスの中に限定されているものではありません。例えば部活などの場で「いじめ」のあることは良く知られています。その場合はどうすれば良いのでしょうか。あるいは、前の年から続く「いじめ」があり、組替えで別のクラスになった「仲間」が、新学年になってもその行為を続けるというケースはどうでしょうか。
『いじめ』は、基本的な教科書であり、このような応用問題については別の著作や研究・実践があるのかもしれませんが、「クラス」より広範囲の場、例えば全校での取り組みも必要になってくるのではないでしょうか。
また「いじめ」は世界のどこでも起きているのですから、外国での経験や研究も参考になるはずです。その際に、「いじめ」を考える枠組みの一つとして、ロレンス・コールバーグの道徳的発達理論が役に立つと思えるのですが、村瀬の『いじめ』では、コールバーグへの言及が一切ありません。9歳から10歳頃に、子どもの中に「法」という意識が芽生えることを基本として「いじめ」の問題を扱っているのですから、コールバーグ理論の中の、中間的段階に現れる正義や法についての志向の変化・発達との関連を考えるのは自然なように思えるのですがどうでしょうか。
心理学や教育学を勉強した方には常識だと思いますが、ここで、コールバーグ理論の発達段階を日本語と英語のウイキペディアを元に簡単に示しておきましょう。各段階の下のイタリックの言葉は、その段階での道徳的思考の典型を示しています。
http://www.afirstlook.com/docs/diffvoice.pdf
1.慣習以前のレベル
第一段階=罰と服従への志向
「警察に捕まらないならば、それはOKだ」
罰の回避と力への絶対的服従がそれだけで価値あるものとなり、罰せられるか褒められるかという行為の結果のみが、その行為の善悪を決定する。
第二段階=道具主義的相対主義への志向
「気持ちが良ければ、やって良いんだ」
正しい行為は、自分自身の、また場合によっては自己と他者相互の欲求や利益を満たすものとして捉えられる。具体的な物・行為の交換に際して、「公正」であることが問題とされはするが、それは単に物理的な相互の有用性という点から考えられてのことである。
2.慣習的レベル
第三段階=対人的同調あるいは「よい子」への志向
「私のためだから、そうして欲しい」
善い行為とは、他者を喜ばせたり助けたりするものであって、他者に善いと認められる行為である。多数意見や「自然なふつうの」行為について紋切り型のイメージに従うことが多い。行為はしばしばその動機によって判断され、初めて「善意」が重要となる。
第四段階=「法と秩序」の維持への志向
「義務を果せ」
正しい行為とは、社会的権威や定められた規則を尊重しそれに従うこと、すでにある社会秩序を秩序そのもののために維持することである。
3.脱慣習的レベル
第五段階=社会契約的遵法への志向
「思慮深い人たちみんなの考えだ」
ここでは、規則は、固定的なものでも権威によって押し付けられるものでもなく、そもそも自分たちのためにある、変更可能なものとして理解される。正しいことは、社会にはさまざまな価値観や見解が存在することを認めたうえで、社会契約的合意にしたがって行為するということである。
第六段階=普遍的な倫理的原理への志向
「みんながそれと同じことをしたらどうなる?」
正しい行為とは、「良心」にのっとった行為である。良心は、論理的包括性、普遍性ある立場の互換性といった視点から構成される「倫理的原理」にしたがって、何が正しいかを判断する。ここでは、この原理にのっとって、法を超えて行為することができる。
ここで「慣習的」という言葉は、「世間で受け入れられている善悪の判断」という意味です。多くの人は十代でこのレベルに達します。村瀬は『いじめ』の中で、9歳か10歳頃に子どもたちは「法の人」としての目覚めを経験することを指摘していますが、それは第1レベルの第二段階から第2レベルの第三そして第四段階への発達だと考えられます。
そして、『いじめ』の中の中心的解決方法として提案されている「特別クラス会」は、子どもたちを第3レベルの第五段階における判断をするような環境を創ることだと考えて良いでしょう。それも自分たちの手で「社会契約」をつくるという積極的な意味を持つことになるのです。
そして、コールバーグの理論を活用することで、「いじめ」の問題にどう取り組むのかという研究や実践も世界的に、そして我が国でも行われてきています。ネット上で探しただけでも、星野真由美による「いじめ問題への道徳的発達理論によるアプローチの方法について」(教育科学研究 第15号 1996年7月、17-27)や、その中でも触れられているコールバーグの提唱した「ジャスト・コミュニティ」の実践を取り上げている「ジャスト・コミュニティを目指す全校(学年)道徳という指導法」(田沼茂紀道徳教育研究室 2006年2006年12月24日号)が見付かります。
「ジャスト・コミュニティ」は、これまでこのブログで取り上げてきた、「集団的自立」や「特別クラス会(広場)」と共通した考え方ですので、これらの異なる理論や実践が相互に補い合い適用範囲を広げるなどすることで、さらに効果的な「いじめ」対策が可能になるのではないかと思います。
私は、コールバーグの発達段階理論を見詰めながら、第三者機関についての要件をより具体的に考えられるようになりました。その結果は次回に。
[21/9/26 イライザ]
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