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2021年8月16日 (月)

読み飛ばしは避けられた ――総理一人の問題ではない――

読み飛ばしは避けられた

――総理一人の問題ではない――

前回は、今2021年8月6日の広島市平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)において、総理大臣挨拶が読み違いと読み飛ばしをしたことを取り上げました。[式典の名称についての説明をしておくと、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が正式名称ですが、その前の「広島市平和記念式典」は、その双方を合わせた形のいわば略式の名称です]

読み違いは、冒頭で、「広島市」を「ひろまし」と、「原爆」を「げんばつ(もしくはげんぱつ)」の二つです。

次に、飛ばした部分は前回も引用しましたが、以下、下線を引いてあるところです。

国連総会の場で、「ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします」と世界に発信しました。我(わ)が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。

 近年の国際的な安全保障環境は厳しく核軍縮の進め方を巡っては、各国の立場に隔たりがあります。このような状況の下で核軍縮を進めていくためには、さまざまな場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取り組みを粘り強く進めていく必要があります。

(注――下線部は、首相が読み飛ばした部分)、

実際に、式典会場での言葉は、次のようになりました。

国連総会の場で、「ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない核軍縮の進め方を巡っては、各国の立場に隔たりがあります。このような状況の下で核軍縮を進めていくためには、さまざまな場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取り組みを粘り強く進めていく必要があります。

明らかに意味が通じません。官邸の説明では、総理が読んだ蛇腹は複数枚を糊付けしてあって、その糊が固まってページを開けなかったとのことです。

前回は、外国特派員協会での記者会見で述べた感想を報告しましたが、今回は、どうすれば、読み飛ばしを避けることができたのかを考えてみたいと思います。

 《「大切さ」をどう示すか》

まず、自分が読み上げる挨拶が重要なものであれば、原則として、それは自分で書くべきでしょう。挨拶ではありませんが、ラブレターを他人に書いて貰うのは例外中の例外でしょう。シラノ・ド・ベルジュラックの代筆が功を奏したのは、そこにシラノの思いが込められていたからです。

しかし、総理大臣は多忙です。重要な挨拶ばかりと言っても良いスケジュールの中で、それぞれの分野を担当する官僚や秘書たちが代筆するのも仕方がない、いや、職務を全うするためには必要なことなのかもしれません。

その前提で、総理と代筆者 (代筆だけではなく、読み易い用紙にプリントし総理に最終コピーを渡す等の挨拶関連の仕事全てをする人または人々をこう呼びます。さらに、総理とこれらの人々を略して「総理たち」と呼びます) それぞれに何ができたのかという「十分条件」を挙げてみましょう。その際、ポイントになるのは、自分たちの価値判断の中で「大切だ」と考えられることを、どのような形にしているのかです。

広島の平和記念式典での挨拶が総理たちに重要だったのは、蛇腹を選んだことが示しています。他の場合と同じく、A4の用紙にプリントしても、読むことに支障はないからです。それほど重要だったのですから、総理個人としては事前に一度は原稿を読んでおくべきだったのです。一応は目で追うくらいはしたのかもしれませんが、内容を理解して読むという最低限の努力までは行かなかったのかもしれません。

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少し客観的になって、超多忙な総理大臣という立場を考慮してみましょう。代筆者たちが総理に蛇腹を渡したのが式典の直前だったと仮定すると、「事前に一度読む」という余裕さえなかった可能性が出てきます。

ごく当たり前の挨拶の場合と比較すると分り易いと思いますが、挨拶をA4の紙にプリントアウトしたとすると、渡す側は、最低限、何枚渡すのかを確認します。これができなければ官僚として完全にアウトですから、総理の側の仕事には就いていないはずです。それを渡された側では、内ポケットに入れるために、三つか四つに折らなくてはなりません。その時に、2枚か3枚であっても、ざっと全体に目を通すことはできます。

さて、蛇腹を多当紙に包んで渡す場合、「ごく当たり前」ではないのですから、念には念を入れて、「事前に」多当紙の包みから中の蛇腹を取り出して、始めから終わりまで、物理的に問題がないのかをチェックして当然です。今回はそれもせずに、つまりプリントアウトした時点から何もせずに、挨拶分を書いた書類を総理に渡したことになります。

さらに、長崎では総理がトイレに行く時間を取るために、式典に2分遅刻したとのことですが、それと合わせて考えると、「代筆者たち」そして側で総理の時間管理を任されていた官僚たちの大失態、いや、怠慢としか考えられません。

まず代筆者たちの誰かが自ら、挨拶のプリントアウトされた蛇腹を読み直した上で、「総理、これは大切な挨拶ですから、一度は目を通して下さい」と言えば、避けられた読み飛ばしだということなのです。そして、「大切な挨拶だから、朝食を摂りながらでも一度目を通そう」ともしなかったのが総理大臣なのです。

これが可能だったのは、代筆者たちと総理大臣との間に、揺るがすこともできない厚い信頼感があったからとしか考えられません。それは、毎年同じ内容で繰り返される、広島・長崎での式典で「読む」挨拶は、今年も毎年と同じ内容であり事前の準備など必要ない、という共通理解です。

しかしながらダメ押しは、自分で読みながら、その意味を理解していなかった総理大臣です。字面を追うことはできても、その意味まで考えずにただの「読む機械」としての役割しか果せなかった政治家としての責任、総理大臣の役割はそれで良いと黙認してきた官僚たち、そしてそれを許してきた日本の政治全体が問われています。

あれほど悲惨な犠牲を払った人間に対する心からの慰霊の気持とは無縁な政治、そして核兵器廃絶という被爆者や日本全国の圧倒的多数の市民たちの願いを裏切る政治が問題なのです。

[21/8/16 イライザ]

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コメント

詳細な解説。ありがとうございます。新聞等々、見出ししか、見ていません。ケネディ大統領側近のライターのソレンセン氏。日本では、望むべくもない・ですか。ケネディ大統領の名言集は、このソレンセンさんの手になるものですか。Let Us Begin Beguine .この歌、好きです。映像に学生時代?若きビル・クリントンさんの姿を、見ます・

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

名スピーチライターが評価され、同時にそのスピーチを読んだ政治家や有名人の言葉として持て囃された時代がありましたね。そのレベルの「矛盾」が、社会のあらゆる部分で許容されていたように思います。例えば、女性や黒人、そして少数派の人々についての差別です。

長い間、「本音」と「建前」という形で、様々な「矛盾」を処理してきた日本社会では、矛盾解消への意思が相対的に弱いのかもしれません。

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