ベトナムの歴史(その4)
ベトナム最古の人類
地球上に私たち人間の遠い祖先(猿人)が誕生したのが約500万年前、そして原人→旧人へと進み、現代人と同じグループの新人類の登場が約20万年前と言われています。ベトナム最古の人類の痕跡はベトナムの北部、中国との国境・ランソン省(地図★)の約40~30万年前の地層から見つかった原人の歯です。
ホモ・サピエンス(新人)の段階に入ると、約3万~2万年前の遺跡がタイグエン省(地図1)、フート省(同2)、ライチャウ省(同3)、ソンラ省(同4)、バクザン省(同5)、タインホア省(同6)、ゲアン省(同7)など北部地域で発見されています。「移動しながら生活していたと推定」されています。
ちなみに首都ハノイ(Ha Noi)は地図上の2に位置します。
日本列島では約3万8000年前に大陸から渡ってきたホモ・サピエンスによって歴史が始まったといわれ、その痕跡として長野県佐久市の香坂山(こうさかやま)遺跡がよく知られています。遺跡の年代は出土した炭化物の放射性炭素年代測定によって3万6000~3万5000年前と判明、国内最古の遺跡です。
ベトナムには原人の遺跡が残っていますが日本列島には原人、旧人の痕跡はなく、新人(ホモ・サピエンス)が出発のようです。新人の痕跡は10万年ほど前にアフリカで誕生して中東(4万8000年前)→中央アジア(4万5000年前)→中国北部(4万4000年前)→朝鮮半島(4万2000年前)、そして日本列島(3万8000年前)へと、想像すらできないとてつも長い時を下りながら広がってきたのです。
ベトナムに残る新人(ホモ・サピエンス)の痕跡が約3万年前、日本が2万8000年、遅れること数千年。自然に対して「無力」に等しい私たちの祖先が、どのようなルートをたどり日本列島に着いたのか。その困難を極める旅を経て、今日の私たちが存在している・・・・と、想像するだけでロマンです。
余談ですが、人類進化学者の海部陽介さんが「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」のドキュメンタリー映画(国立科学博物館企画・製作)『スギメ』のオンデマンド配信が7月17日から始まります。
詳細は、映画公式サイトへ! https://www.kahaku.go.jp/sugime/
(出典:「世界中に広がっていくホモ・サピエンス:国立科学博物館」)
ベトナム最古の国家 文郎国
時代は一気にくだります。フート省、タインホア省で3500~4000年前の新石器時代の遺跡から磨製石器が発見されます。さらに時代はくだり紀元前8~7世紀、「現在の北部と北中部にある紅河(ホン川)のデルタに似た言語や経済活動様式を持つ大きな集落が幾つか形成されるようになった」。そして、現在の「フート省・バックハクに都」を置く「文郎国が成立し、雄王を頂点として人々を統治する国家が誕生した。」(世界の教科書シリーズ『ベトナムの歴史』56㌻)。ベトナム最初の国、文郎国(ぶんろうこく:Văn Lang)です。
その後、紀元前257年、中国の秦と戦った蜀泮(しょくはん)が甌雒国(あうらくこく)を建てます。ベトナムにとって無視できない歴史的関係の国、言うまでもなく隣国の中国です。当時の中国は春秋・戦国時代を経て、紀元前221年に初めて中国を統一した秦(紀元前905~紀元前206年)の時代でした。ベトナムは、絶え間ない中国からの侵略に晒されてきました。
中国の脅威にさらされ、北属期へ
紀元前218年、秦は国土拡大のため南方へ進軍しますが、ベトナム軍の抵抗に遭い紀元前206年に退却します。翌年の紀元前207年、ベトナムで初めての国家・南越国(Nam Việt Triệu)が趙佗(ちょうだ)によって建てられます。南越国は2度にわたり漢に朝貢し、漢の「外臣」になりますが、第7代皇帝・武帝によって紀元前111年、約100年続いた南越国は漢の武帝の侵略を受け滅亡します。
中国との戦い勝利した後も「朝貢外交」をとり続けたベトナムの姿勢は、今日まで形を変えて続いているように思えます。しかし、それは決して無抵抗ではなく、いかなる謀略と侵略にも断固としてハネ返すという意思を込めた、「したたかな対中国外交」の歴史でもあります。
次回は、紀元前111年以降の「北属期」と呼ばれる「中国1000年の支配」を辿ってみたいと思います。
(注)本文の主な参考文献は世界の教科書シリーズ『ベトナムの歴史』、フリー百科事典『ウィキペディア』など。
(2021年6月20日、あかたつ)
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