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2021年5月 3日 (月)

平和の鐘

今年のフラワーフェステバルの会場の一つとなる旧広島市民球場跡の北側、ハノーバー庭園の南側にある「平和の鐘」のことをどれだけの人が知っておられるでしょうか。私も今まで気にして見たことはありませんでした。ところが思いがけない出会いから、この「平和の鐘」について調べることになりました。

「平和の鐘」と名の付く「鐘」は、世界各地に、日本全国に、そして広島市にもいくつかあります。広島市内では、平和公園内にある「平和の鐘」がよく知られていますが、今日は、このハノーバー庭園南側にある「平和の鐘」について紹介します。

「思いがけない出会い」と言ったのは、先日、平和運動センターへ行くため旧市民球場後を自転車で移動している時のことです。旧市民球場跡地とハノーバー庭園の間で、数人の市の職員が何か調べている様子が目に入りました。一旦は、通り過ぎようと思ったのですが、気になったので、そばに行き「何をされているのですか」と訊ねてみました。

「今、芝生の養生の具合を調べているのですよ。ここにある平和の鐘の周りの土を掘り起こし、周囲の斜面に芝生を植えたので、それがきちんと育っているのか調べに来たのです。」

よく聞いてみると、ハノーバー庭園の南側に立っている「平和の鐘」の柱の下部分が、土盛りによって埋まっていたので、作られた当時の地面まで戻すため盛り土を取り除いたため、その周囲の土手が崩れないようにと芝生を植えられたそうです。確かに、よく見ると柱の下の部分が、土に埋まった跡でしょうか白くなっています。

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「響け!平和の鐘 実行委員会」ホームページより

市の担当者の話が続きます。「この『平和の鐘』は、これまでただ一回平和公園以外で開催された1949年の平和祈念式典の際、広島銅合金鋳造会が広島市に寄贈されたもので、当時焼け跡に残った金属を集めて鋳造したものです。鐘の音は、あまりすんだ音色ではないと聞いています。」と教えていただきました。「平和の鐘」の傍らにはある説明版を後で読むと、「ただ一回平和公園以外で」の部分を除いて、同じ内容のことが記載されています。

さらに市の担当者からは「1949年以降は、長くこの鐘は鳴らされていませんでしたが、数年前からある団体の人たちによって、8月6日に鳴らされるようになりました。」とのこと。

後で、もう少し詳しいことを知りたいと団体の連絡先を問い合わせたところ、団体「響け!平和の鐘 実行委員会」のホームページ(hiroshima-peacebell.org)を紹介されました。

「響け!平和の鐘 実行委員会」のホームページを見ると、詳しい情報が書かれていますので、その一部を紹介します。

「塔の高さは、9メートル。第3回広島平和祭(現在の平和記念式典)で一度だけ鳴らされた後使われることがなく、ながく忘れられた存在でした。戦後すぐの混乱と資材不足のなかで、『原爆死没者の霊を慰めるため』『命をかけて』鋳造した鐘です。中央公園の片隅で、戦後の広島の復興を見守ってきた生き証人でもあります。」

印象に残るのは、「焼け跡に残った金属を集めて鋳造された」ということです。多くの平和の鐘がありますが、こうした由来を持つ鐘はこの鐘だけではないでしょうか。これだけでも様々な人の思いがこもった鐘だということが理解できます。ですからこの鐘の上部には「英文でノーモアヒロシマズと平和の象徴の羽ばたき」が刻み込まれています。

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ホームページには、制作の経緯が写真入りで詳しく書かれていますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。

活動の紹介には「わたしたちは、その存在に気づいて、平成27年(2015年)から毎年86日にこの鐘を撞く活動をはじめました。」と書かれています。

昨年の式典の様子が「第6回 響け!平和の鐘祈念式を次のとおり開催しました。(略)あいさつ文『被爆者の魂の響きが二度と途切れないよう頑張りましょう』を代読。黙祷に続いて、提唱者の船越聖示さんが『この鐘こそが浜井信三元市長の魂のこもった平和の鐘であり、大事に継承していきたい』とあいさつ。その後、実行委員会メンバーと参加者が順次点打し、来年の祈念式を約束して解散しました。」と紹介されています。

「浜井信三元市長の魂のこもった」という言葉が出ていますが、それをうかがわせる経緯がホームページには次のように書かれています。「鐘の形は、当初釣り鐘型が予定されていたが、浜井信三広島市長が『世界の平和を祈るのだから、外国人にもなじめるものを』とベル型にしたと伝えられています。」

平和の鐘祈念式は、8月6日の午前9時30分から午前10時までの30分間実施され、参加者は、約20人だったようです。前年2019年の第5回の式典は、合唱団を含め約100人が参加した(第4回は約150人参加)と記されていますので、例年はもっと参加者は多いようです。

今回もまた新たな被爆後の歴史を知ることになりました。

いのちとうとし

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