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2020年12月 6日 (日)

宇品線のモニュメントを訪ねてーその5

今日は、最後の宇品線モニュメント「宇品駅」です。

パークゴルフ場の南端を過ぎると宇品線は、大きく右(西方向)にカーブします。私が、このブログを書くために参考にした広島市郷土資料館発行(2018年刊)の「宇品港 広島の海の玄関の物語」には、ちょうどこのあたりから北方向に延びる宇品線の様子を写した写真がありました。

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線路が堤防の内側に作られ大きくカーブしている様子がよくわかります。写真をよく見ると陸軍被服支廠の建物が映っています。その奥に写っている小高い山が、比治山です。同じような場所から私も写真を撮りました。

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頭上に東西に延びる高速道路が通っています。このあたりから高速道路は、旧宇品線の跡の上に作られているように思えます。その高速道路の下に作られた道路を西に進みます。高速道路の宇品インターチェンジ入口交差点の南西角に目指す「宇品駅」モニュメントがあります。ここのモニュメントは、プラットホームと広島陸軍糧秣支廠倉庫の壁の一部、同倉庫の写真がついた原爆被災説明版で構成されています。

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当時日本一長かったといわれた宇品駅のプラットホーム(貨物ホーム:560m)は、高速道路建設工事が始まる前までこのモニュメントの場所よりやや北側に東西に長く伸びて残っていたのですが、今はまさにモニュメントとしてほんの一部が残されているだけです。宇品駅の貨物ホームが、560mもの長さがあったのは、山陽線を走ってきた貨物列車をそのまま横付けして一挙に荷役作業が行えるようにするためです。

広島陸軍糧秣支廠の倉庫も、軍需品を大量に送り出す宇品港にはどうしても必要な建物だったのです。このモニュメントのすぐ南隣は、宇品中央公園です。ここは戦前、戦時における軍隊・物資等の船舶輸送を指揮統率した「陸軍運輸部船舶司令部」があった場所ですから、宇品駅モニュメントともに、戦前に宇品線がどんな役割を果たしてきたのかを、私たちに教えています。

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宇品中央公園には、陸軍運輸部船舶司令部跡を示すモニュメント以外に、「そうらも みなともよははれて」の歌詞が刻まれた唱歌「港」の歌碑や、「宇品凱旋館建立記念碑」などが建っています。一つ気になった碑があります。公園の南東角に建つ「平和の礎」碑です。表面には「ありし日に 君と遊びし 砂の浜 ここに建つなり 平和の 祈り」の文字が刻まれています。

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裏に廻ってみました。裏面にはこう刻まれています。

「先の大戦の後においても、強制抑留された本県出身の多くは この地宇品港から出港した この軌跡をここに刻み 世界の恒久平和と宇品港が国際平和港として発展することを祈念してこの碑を建立する  平成6年12月吉日 全国強制抑留者協会広島県支部」

この文章の後、戦後の抑留者の人数が刻まれた銅板も取り付けてあります。残念ながら、この文章には宇品港から出港した兵士による侵略戦争の様子は、全く触れられていません。ただ、抑留された兵士たちが、軍港宇品から送りだされたことを読み取ることはできると思います。私の父も、宇品港から出兵したのではありませんが、シベリアに抑留された一人ですので、この碑が、ちょっと気になりました。

宇品中央公園を後にし、道路を南にわたり宇品波止場公園に行きました。この公園は、港を管理する広島県が管理する公園です。ここを訪れた時は、最初のみるのは「陸軍桟橋跡」です。長く伸びた桟橋に、やや西に傾いた太陽の光があたっていました。

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 桟橋を進むと、一部ですが当時の石組が残されています。

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この桟橋、現在は「六管桟橋」と呼ばれているようですが、この桟橋の歴史を刻んだ説明版があったのですが、ずいぶん汚くなっており読みにくいのですが、「この桟橋は、戦時中多くの兵士を送り出した一方、多数の遺骨の無言の帰国をむかえ」たことが、古い写真とともに書かれています。

他にも「陸軍桟橋跡記念歌碑」や「海と島の博覧会」のシンボルタワーなどがありますが、これらの紹介は、今回は省略します。

陸軍桟橋(現「六管桟橋」)を見て、今回の宇品線モニュメントめぐりを終わりにしようと思い引き返そうとすると、この公園の入り口付近(「陸軍桟橋跡記念歌碑」のすぐ隣)に設置された宇品線のモニュメントが目に入りました。

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このモニュメントは、宇品駅の切り替え用のポイントを中心に構成されています。レールが上に曲げられているのは、宇品線の終点を意味しているのでしょうか。

ようやく宇品線のモニュメントを訪ねる散策は、終点に着きました。

いのちとうとし

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