劣化した政治の「震源地」はどこか? (6) ――憲法違反の小選挙区制度 (5) ――
劣化した政治の「震源地」はどこか? (6)
――憲法違反の小選挙区制度 (5) ――
《小選挙区制は、政治論ではなく憲法論で扱うべし》
小選挙区制を考える視点はいくつかありますが、これまでの議論では、主に「政治論」として扱われてきました。その中でも強調されて来たのが、「政権交代がし易くなる」でした。常識的には、これも大切なことです。腐り切った政権が何年も続くことには大きな問題があるからです。
しかし、仮にそれが事実だとしても、そのような政治を民意が望んでいるとしたらどうなのでしょうか。そんな政治を民意が許すとは思えないのですが、仮に「思考実験」として、そんなことが起ったとしましょう。圧倒的多数の人々が、腐っていてもその政権を支持し続けているという事実があったとしましょう。
私たちは、「政治」についてそれなりの期待を持ち、理想を掲げています。それは、これまでの人類の歴史、日本の歴史に基づいた「常識」です。その前提で考えると、「圧倒的多数の人々が、腐っていてもその政権を支持し続けているという事実」などあってはならないのです。
しかし、「思考実験」では、その「あってはならない」ことが現実に起きているという仮定を設けて、それを前提として、その先を考えるのです。つまり、人類進化の過程で人類が獲得した「知性」により、長い歴史の中で積み重ねた「経験」を凝縮した「知恵」があるにもかかわらず、圧倒的多数の人たちが、「腐敗した政権」を支持し続けるということが「現実」だと仮定するのです。
ここで「思考実験」としてもう一つの仮定も導入しましょう。それは、そのような「圧倒的多数」の選択が間違っていると考える人たちがいるという仮定です。人類の多様性を仮定すると、ある一つの「意見」について、100パーセントの人が賛成することは不可能だからです。その「少数派」の人たちが、「腐敗した政権」が間違っていることを指摘したとして、それでも「圧倒的多数」は、腐敗政権を支持し続けたとしましょう。
さらに、このような「政治劇」が、あたかもあなたの足元に置かれている「箱庭」のような場所で起きていて、あなたはその劇の演出を任されていたとしましょう。小人国に辿り着いたガリバーのような立場だと考えて下さい。ここであなたは、腐敗政権を支持し続ける「圧倒的多数」の立場に立つのか、それを間違いだと指摘している「少数派」の側のどちらかの選択をして、これから後のシナリオを決めなくてはならないとしましょう。
実は、二つの選択肢の内、「少数派」の立場を現実の社会で体現しているグループが存在します。霞が関に多く見られる、いわゆる高級官僚と呼ばれる人たちです。自分たちの知性や能力に絶対的自信を持ち、日本という国家を指導し動かすのは自分たちであるという自覚とともに、「衆愚」の上に立って当然だと考える傾向があります。良く言えば「賢人政治」ですが、安倍政権で問題になった、「森・加計・桜」のような現象が、その結果であることも冷静に評価しなくてはなりません。
官僚たちの実態は多くの人々によって告発されています。彼らには大きな権力があるからです。中でも、1995年に出版された宮本政於著の『お役所のご法度』一冊だけ読んでも、その恐ろしさを十分に知ることができます。
恐らく、そのような可能性も含めて、「演出者」としてのあなたが、長い歴史の中で選択したのが、多数派の意見で政治を動かすという原則なのです。「賢人政治」にリスクがあるように、多数派の意見で政治的決定を行うシステム、それを「民主主義」と呼ぶことにして、それにもリスクは付き物です。しかし、長い人類史の中で、こちらの方のリスクがより少ない、そしてより良い結果を生む可能性が高いという判断が、世界
的に行われて来たのだと考えられます。
その判断の助けになったのが、「力の支配ではなく法の支配」によって、物事を動かすという原則です。つまり言葉に対する信頼が大きかったのです。さらに、「法の支配」が現実の場面で効果的に機能するために、憲法を出発点とする法体系が作られるようになりました。特に日本国憲法を丁寧に読むと、現実の政治が私たちの期待を裏切らないように様々な工夫が凝らされていることに気付きます。
前口上が長くなりましたが、「政権交代が可能だから」という「政治論」のレベルで小選挙区制を論じる前に、「憲法論」として論じておくことで、日本政治の本質を見抜くことができ、より良い政治を創るためのヒントが得られるのではないかと思います。という結論から、小選挙区制を考える上で、参考になる憲法上の問題を取り上げておきましょう。
本論は次回に回しますが、「党議拘束は憲法違反」であることを俎上に載せます。
[2020/9/11 イライザ]
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"圧倒的多数の人たちが、「腐敗した政権」を支持し続けるということが
「現実」だと仮定するのです。"
≪仮定≫せずとも、今のこの国の、強烈な現実。
困ったもんです。
"「法の支配」が現実の場面で効果的に機能するために、
憲法を出発点とする法体系が作られるようになりました。"
国務大臣は就任時に憲法に手をやり尊重擁護を誓うべし。
これ補則にでも入っていたら。
『お役所のご法度』読みました読みました。その前の『お役所の掟』も。
投稿: 硬い心 | 2020年9月11日 (金) 17時49分
「硬い心」様
コメント有り難う御座いました。
仮定にしなくても良いところを「仮定」にしたのは、皮肉の意味も込めてのことです。
宮本政於氏は、厚生省批判をしたため、酷い苛めを受けましたし、その後、懲戒免職になり、わずか51歳で亡くなっています。主権者の立場で仕事をしている官僚は、森友事件で犠牲になった赤木俊夫さんもそうですし、宮本さんもそうなのですが、自らの命を賭けて仕事をしていることが良く分ります。それはそれで貴重なのですし、感謝してもし切れません。でもそれほどの危険を冒さずとも、「全体の奉仕者」として当り前に仕事のできる官僚制度に変革して行かなくてはならないですね。
投稿: イライザ | 2020年9月12日 (土) 14時48分