ヒロシマとベトナム(その15) 被爆75周年 ―ヒロシマとベトナム戦争- を考える〔Ⅱ〕
猛毒ダイオキシンを含んだ枯葉剤を製造したモンサント社
前号(7月5日)で約束した「枯葉剤の毒性と人体や自然環境への影響」について考えてみたいと思います。
枯葉剤は有機塩素系除草剤2.4.5-Tと2.4-Dの混合液ですが、2.4.5-Tの製造過程に高濃度のダイオキシン(2.3.7.8-TCDD)が不純物として混入します。その枯葉剤を第2次世界大戦末期、対日戦で原爆とともに使用する計画があったことは前号で紹介しました。
化学兵器として軍事利用された枯葉剤の生産を一手に担っていたのが、世界の農薬市場の約50%を占め、遺伝子組換え種子や除草剤ランドアップなどで日本でも知られているモンサント社(注1)です。明治学院大学国際平和研究所訪問研究員のミー・ドアン・タカサキさんは、『ベトナムの枯葉剤/ダイオキシン問題-解決の日はいつ』の中で、「工場での生産を急ぎ、また利潤を増やすために短時間で製造する工程がとられた。低温で13時間以上かけて製造すればダイオキシンは発生しないにもかかわらず、工場は温度を上げ短時間で反応させたものと推定される」と、述べています。
(注1)モンサント社は2018年6月、化学工業製品や薬品製造を手掛ける多国籍企業のバイエルに買収され社名は無くなっています。世界各国で遺伝子組み換えやゲノム操作作物・食品をなくす運動が展開されていますが、日本でも「反モンサント・バイエル世界同時アクション」が取り組まれるなど問題の多い会社です。
製造、使用が禁止された「2.4.5-T」
2.4.5-Tは一般名、「2.4.5-トリクロロフェノキシ酢酸」と呼ばれる広葉用除草剤で、アメリカの植物学者、アーサー・ガルストンが発明しました。ガルストンは大豆の開花を早めるホルモンの合成に着手し、トリヨード安息香酸(TIBA)を発明します。そのTIBAは濃度を高めると落葉を促す性質を持っていました。ガルストンの発明に軍の細菌兵器研究部門が目をつけ、枯葉剤(オレンジ剤)という化学兵器を作り出したのです。
2.4.5-Tは日本では1964年に農薬登録されましたが、生物への催奇性作用(注2)を持つことなどから1975年に農薬失効とされました。「毒劇物取締法」で劇物と指定され、製造も使用も禁止されています。
(注2)ある物質が生物の発生段階において奇形を生じさせる性質や作用。(「ウィキペディアフリー百科事典」より)
アメリカは当初から人体への影響を知っており、ガルストンもオレンジ剤の使用に反対していました。人体や環境への影響については次号で報告しますが、その枯葉剤が1961年8月から1971年1月までの10年間、南ベトナムに撒かれ続けました。
枯葉剤散布(ランチハンド作戦)に出撃する米軍機。10年間に2万回出撃し、243万ヘクタール、南ベトナム全土の20%に散布された。
最後の散布から50年近く経た今日なお、枯葉剤に含まれたダイオキシン(2.3.7.8-TCDD)が、深刻な被害をもたらし続けているのです。環境省のパンフレットによれば、「一般に、ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)をまとめてダイオキシン類と呼び、コプラナーポリ塩化ビフェニルのような同様の毒性を示す物質をダイオキシン類似化合物」と呼んでいるとのことです。ダイオキシン類は210種類、ダイオキシン類似化合物が数十種類あり、「毒性があるものが29種類、2,3,7,8-TCDDはダイオキシン類の仲間の中で最も毒性が強いことが知られています。」とあります。
青酸カリの1000倍以上の毒性
「青酸カリの1000倍以上と毒性が強く、人工物質としては最も強い毒性を持つ物質である」と言われ、「ダイオキシン類対策特別措置法」に規定する耐容一日摂取量は〔4pgTEQ/kgbw/日〕とされています。体重1kg当たり、一日に4ピコグラム以下です。1pg=10-12gですので、1兆分の4グラムというとてつもなく小さな値ですが、分光分析技術によって検出できます。ちなみに体重60kgの人の場合、24-10g=24g/1000万です。
1兆分の1gのイメージについて先の環境省のパンフレットには、「東京ドームに相当する体積の入れ物を水でいっぱいにした場合の重さが約1012gです。このため、東京ドームに相当する入れ物に水を満たして角砂糖1個(1g)を溶かした場合を想定すると、その水1ccに含まれている砂糖が1pg(ピコグラム)になります。」と書かれています。私たちには想像もできないほど小さな値ですが、それほどに毒性が強いということです。
世代を超えて幾十年も続く被害
ダイオキシンは水に溶けにくく油脂に溶けやすい性質です。ですから人や動物の乳汁や血液、身体でも特に脂肪組織に蓄積されます。一度体内に摂取されたら、その半分が体外に排出されるまでの半減期は10年~17年と言われています。つまり、一度枯葉剤に汚染されたら20年近く経ってもまだ半分の量のダイオキシンが体内に残留し、40年後にも4分の1のダイオキシンが、60年経っても8分の1のダイオキシンが残っていることになります。
青酸カリの1000倍という毒性を持つ1兆分の1オーダーのダイオキシンが長期にわたり身体を蝕み、細胞を破壊し、様々な病気や障害をもたらし続けるのです。
「作戦で枯れたマングローブ林とフン少年」(中村梧郎『戦場の枯葉剤』より
大地に降り注がれた枯葉剤は動植物を汚染し、食物連鎖によって人体に摂取されます。枯葉剤自体は分解しても、水に溶けにくいダイオキシンは湖沼や河川、土壌に潜み、人々の健康と生命を脅かし続けています。
人体と自然環境への影響、枯葉剤被害の実態に触れられませんでした。次号(9月5日)で報告します。
(2020年8月5日、あかたつ)
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